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2009年9月21日 (月)

高度成長期を代表する歌3曲

 連休ということもあって時間があるのに任せて、歌謡曲シリーズで続けたい。特に昭和歌謡史の解説をするつもりもないので、あくまでも自分の好みに従い、好きな歌をピックアップすることにしたい。

 1 僕は泣いちっち 1959年 守屋浩歌
 2 ああ上野駅 1964年 井沢八郎歌
 3 東京の灯よいつまでも 1964年 新川二郎歌

 「僕は泣いちっち」が少し時代的には早いが、50年代の後半から高度成長期に入ったというのが通説になっており、その時期の代表曲として上げてもよいだろう。大衆の意識が東京へと流れ始めていることを物語っている。

  僕は泣いちっち

 僕の恋人 東京へ 行っちっち
 僕の気持を 知りながら
 なんで なんで なんで
 どうして どうして どうして
 東京がそんなに いいんだろう
 僕は泣いちっち 横向いて泣いちっち
 淋しい夜は いやだよ
 僕も行こう あの娘の住んでる 東京へ

 祭の太鼓が テンテケテンと 鳴っちっち
 みんな浮き浮き 踊るのに
 なんで なんで なんで
 どうして どうして どうして
 僕だけションボリ みそっかす
 涙がホロリ ひとりで出っちっち
 お祭なんか いやだよ
 僕は思う 遠い東京の ことばかり

 上りの急行が シュッシュラシュッと 行っちっち
 いやな噂を ふりまいて
 せめて せめて せめて
 遠い 遠い 東京の
 空に飛んでけ ちぎれ雲
 汽笛がなっちっち 遠くでなっちっち
 夜汽車の笛は いやだよ
 早く行こう あの娘の住んでる 東京へ

 続く2曲は、同じ1964年の作品。昭和39年といえば、東京オリンピックの年である。そこに向けて高速道路と新幹線の建設が急ピッチで進められ、成長のけん引力となった。もはや高度成長は誰の意識にも当たり前のこととして定着していた。しかし、その現実は夢みたいなものではなく、労働者に努力と忍耐を強いた。場合によっては早や挫折し、地方へ還流する動きも起こっていたのであろう。「東京の灯よいつまでも」は歌詞から十分に設定が読み取れない。単に東京でのデートを帰郷して思い出しているだけなのか、東京で働き、暮らし、女性とデートもしたが、事情があって故郷に帰らざるを得なくなり、少し悔やみながら思い出を語っているのか・・・。

  ああ上野駅  

 どこかに故郷の香りをのせて 
 入る列車のなつかしさ
 上野は俺らの心の駅だ 
 くじけちゃならない人生が
 あの日ここから始まった

(セリフ)
 『父ちゃん僕がいなくなったんで 
 母ちゃんの畑仕事も大変だろうなあ、
 今度の休みには必ずかえるから、 
 そのときは父ちゃんの肩も
 母ちゃんの肩も、もういやだって 
 いうまでたたいてやるぞ、
 それまで元気で待っていてくれよな』

 就職列車にゆられて着いた 
 遠いあの夜を思い出す
 上野は俺らの心の駅だ 
 配達帰りの自転車を
 とめて聞いてる国なまり

 ホームの時計を見つめていたら 
 母の笑顔になってきた
 上野は俺らの心の駅だ 
 お店の仕事は辛いけど
 胸にゃでっかい夢がある

  東京の灯よいつまでも

 雨の外苑 夜霧の日比谷
 今もこの目に やさしく浮かぶ
 君はどうして いるだろか
 あゝ東京の灯よ いつまでも

 すぐに忘れる 昨日もあろう
 あすを夢みる 昨日もあろう
 若い心の アルバムに
 あゝ東京の灯よ いつまでも

 花の唇 涙の笑顔
 淡い別れに ことさら泣けた
 いとし羽田の あのロビー
 あゝ東京の灯よ いつまでも

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