« 北島三郎 女シリーズの名曲 | トップページ | 高度成長期を代表する歌3曲 »

2009年9月21日 (月)

懐かしのテレビドラマ 「冬の雲」

 オープニングの芦田伸介のナレーションをよく覚えている。とにかく、重々しい。リメイクした「白い巨塔」や「華麗なる一族」には昔の名残があるが、最近のドラマにはこういう感じはない。また、それに続く主題歌もすごい。重苦しいと言った方がよい。

  愛とは 春の日の花のように
  美しく、香り高きものであろうか
  愛とは 夏の日の太陽のように
  誇り高く、きらめくものであろうか
  愛とは、秋の日の落葉の下に泣く虫のように
  せつないものであろうか
  愛とは 冬の日の、その青空の

 ナレーションとは対照的にドラマの筋の方はほとんど覚えていなかった。You Tubeでその一部を見ることができるが、思い出せる場面はなかった。私が小学校6年から中学1年にかけての時期、すなわち38年もまえの作品であり、中学に入ると全くと言っていいほどテレビを見なくなったので、記憶が途切れてしまったのだと思う。ただ、大谷直子が出ていることは覚えていた。足の悪い女性を演じていたので印象に残ったようだ。彼女以外の出演者にも名だたる名優が顔をそろえている。二谷英明、久我美子、市原悦子、田村正和、近藤正臣などである。木下恵介の脚本でTBSが本格的に取り組んだドラマで、力の入れようが分かる。
 当時のドラマがすべてこういう路線であったのではなく、同じ木下恵介でも「おやじ太鼓」のようなコミカルな味を出しているものもあった。ちなみに、おやじ太鼓は私の父が好んで見ており、世間でもこちらの方が、冬の雲以上に人気があった。
 さて、今のドラマを見ていると、昔とはずいぶん変わってきたという印象を持つ。以前は、家族とは何か、男と女の愛とは何か(ドラマ途中のナレーションに「愛の本質」という言葉が出ていた。)罪とはなにかなどを、どこまで本気かどうかは別にして、扱った作品があった。今見られるドラマは、そういった重厚なテーマは避けて、若者の生活感に合わせて非常に淡白に作っているように見える。状況によっては生まれてしまう、人間の醜悪さや暴力性、人間同士の感情の行き違いなどを、ことさら強調して表現するのがドラマであり、芝居だった。ところが、今は取ってつけたような演技よりも自然にさらっと流す方が好まれるのだろう。多少悪役っぽい役柄もあるけれど、素はいい人なのである。それはそれでいいのだけれども、人間は環境の動物であって、場合によっては悪いことをしたり、意地悪なことを言ったり、最後に裏切ったりすることがあるのだということを、たとえドラマのなかにあっても表現しておくことが必要だ。社会が発展し、近代化したように見え、人間同士お互いに尊重し合えるようになったかに見えるが、不況のあおりで職を失ったり、収入が減ったりして人間が変わってしまいつつあるのも現実なのだ。人間の性質をよく知っておけば、情勢に流されず、持ちこたえることもできる。いざというときに免疫を持たない人間が増えているのは、病気だけではなく、精神の方にもあるようだ。

 

« 北島三郎 女シリーズの名曲 | トップページ | 高度成長期を代表する歌3曲 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 北島三郎 女シリーズの名曲 | トップページ | 高度成長期を代表する歌3曲 »