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2009年9月の投稿

2009年9月27日 (日)

こどもの生活 私の小学生時代より

 最近のこどもは勉強しなくなったというが、昔の小学生もさほどしていたとは思われない。地方の農村のことであるから、当時の小学生を代表しているとは言い難いが、データなしに当て推量でいえば、平均して1日30分ぐらいの勉強時間ではなかったか。要するに、多くのこどもは宿題をやる程度のことだった。ちなみに私自身は、時期によっても違うが、1~2時間ぐらいと、多い方だったと思う。時期によって違うというのは、担任の先生によって学習意欲が違ってくるので、例えば3年4年と受け持ってくれたS先生はモチベーションを上げるのが上手く、よく勉強した時期にあたる。

 当時は、携帯電話がなく、テレビゲームもなく、パソコンもなかった。すると、勉強以外のたっぷりある時間を何に使っていたのだろうか。テレビはあった。確かにテレビは見たが、それでもこどもが興味を持つ番組は限られていたので延々と見ているわけではなかった。演芸番組や歌番組、ドラマも家族と一緒に見て楽しんだ。こどもだったからなお一層そう思ったのかもしれないが、今よりも大人受けする内容のものが多かった。コントでも政治社会を風刺する内容のものが見られたが、今はそういったものは滅多に見られない。
 昼間は友達と遊んでいた。遊び場はいくらでもあった。川で魚釣りができたし、海岸で野球ができた。この時間は延べ時間にしたら相当なものである。農作業の手伝いもした。私はぐうたらな性格だったのでサボって怒られたが、それでも田植えや稲刈りには駆り出された。他では、読書をした。親に買ってもらった本もあるし、図書館でも借りて読んだ。
 では、今のこどもとどう違うのだろうか。自分のこどもを材料にして見てみるが、世間一般とは多少違うかもしれない。まず、友達と遊ぶ時間が圧倒的に少ない。これは間違いない。テレビを見る時間には大きな差はないと思う。本は昔のこどもと比べると読まなくなっているだろう。テレビゲームをやっている時間が長い。外での遊びと読書が、この時間に置き換わっているのではないか。ゲームは、こどもの生活や行動を変えた大きな要素である。

 友達と遊ぶ時間が減ったことの影響は大きいと思う。同学年だけではなく、年上年下も交えて遊んでいたから、そこでのこどもなりの人間関係において学ぶところが大きかったのではないか。決して、楽しいことばかりではないが、新たに知ることも多かった。
 今はそれがない。濃密な人間関係がないまま上にあがっていく。人間の代わりに、ゲーム機やパソコンが対話の相手になってしまった。コミュニケーションも携帯メールが手段となり、文字という物体がその中身になってしまった。

 とにかく、大きく様変わりしたのは実態のようだ。これも社会の変化にあって避けられない問題かもしれないが、これでいいのかという問いは忘れてはならないだろう。

2009年9月26日 (土)

労働と学習

 個人にとっても社会にとっても最も本質的な行為は「労働」である。したがって、健全な社会においては、「労働」を担う人間が主人公として輝きを持つ。

 かつて、働くことが一番大事だという考え方が日本にはあった。そこにはいろいろな考え方が流れ込んでおり、意味も一様ではなかったのだと思う。それは、伝統的な思想の中にもあったし、労働運動のなかにも働く者が社会を支えているという確固たる信念があった。だから、「労働」が軽視され、毀損させられる動きに対しては国民の多くが参加して阻止すべきであったし、一定の成果は残すことができた。
 では、今はどうなのだろうか。非正規雇用が増えた。アルバイトは、自分の労働力を時間で切り売りしなければならない。本来、働いた者には、明日またよりよい労働が可能になるだけの報酬が支払われなければならない。また、将来の日本を考えるならば、夫婦が子をつくり、育てていけるだけの報酬が与えられてしかるべきである。しかし、現実はそこから遠く離れてしまっているようだ。もう一度、社会の基軸はなんであり、何を中心的な価値とするかを論議しなければならない。

 学習は、未熟だから行うのである。子供たちは、将来の生産・労働を担うために時間をかけて勉強する。自分たちは、半人前であり、食わせてもらっているという謙虚さが必要であり、だからこそ頑張って勉強し、その借りを返さなければならない。大人はそのように扱わなければならない。「労働」を軸として、それをより豊かにするために「学習」を位置付けなければならない。この基本的な考え方を共有できれば、それを基準にして教育やその他の政策、あるいは一般大衆の生活の在り方まで、向かうべき方向性が定まっていくのではないだろうか。

学力の低下について

 もともと日本の大学生は勉強しないという定説があり、私も自らの経験から判断してそれは間違いないと思う。もう三十年も前の話だが、結果的に見ると大学院に進んだ連中は試験前に限らず普段から勉強しており、就職していった連中は試験の前だけ俄かに勉強していた。比較的水準の高いと言われる大学でもこんな有様だったから、他は推して知るべしである。今は逆に、学生がまじめに授業に出るようになったと聞く。それは本当かどうか定かではないが、そうだったとしても、大学に入るまでの勉強が足りないために学力低下が進行していることは間違いないようだ。昔は、入試を突破するために相当な時間数を費やす必要があったので、そのなかで身に着く能力もあったはずだ。大学では、議論がまともに成り立つ程度には皆の考える力や話す力はあったのだと思う。

 小中学生の学力については国際的な資料があるのでそれを見れば分かるが、以前と比べて他国との比較で順位を落としている。これには、教える中身の問題とかける時間の問題があると思われる。内容の問題については近年見直しが行われて、削除されていた分野が復活するなどして教科書も分厚くなったようだ。この効果が今後出てくるのかどうか予想できないが、しばらくの期間非常に薄い内容で現場の授業が行われてきたことは事実だ。公立の中学のカリキュラムを見て驚いたのは、数学の授業が週に3時間しかないことだった。数年前の話だが、私立では5~6時間あったから半分かよと思ったものだ。これでは差が生まれるのも当然で、そのギャップを埋めるためには公立の生徒も塾へ行かなければならなくなる。私立の授業料よりは安いだろうが、かなりの出費である。
 このように、教育の内容が貧弱になり、それがまた時間の不足にもつながっていったのである。一方、高校生の自宅での勉強時間は著しく減少している。ある本によれば、校外学習時間がゼロという高校生が全体の60%もいるらしい。私も振り返れば、ゼロの日があったけれど、宿題程度はやっていたから、少なかったと思う。それにしても60%ということは、宿題を出さないか、やるやらないは任意になっているかのどちらかだ。このように見てくると、いずれ彼らを受け入れることになる企業にとっても、広く日本という国家にとっても由々しき事態だと言わざるを得ない。

 さて、学力の低下は、学習時間の減少が主たる原因と考えるので、なぜ勉強しなくなったのかを考えてみたい。この点については多くの論者がいくつかの角度から分析を行っている。新聞の記事で読んだり、関連する本を何冊か読んでいるので、そこにある論点を記憶に頼りつつ参考にし、また引用しながら自分の意見を語ってみたい。
 まず、児童や生徒が自ら学習を放棄したのではなく、時間を奪われたという問題設定をして始めたい。彼らから時間を奪ったものとして三つのものが考えられる。①携帯電話②テレビゲーム③インターネットである。携帯電話への病的なまでの依存がこどもたちに広がっている。会話やメールの返信に時間をとられることに加え、いつ受信するか分からない不安定さが集中した学習を阻害していると考えられる。テレビゲームは携帯化し、時と場所を構わずプレイすることができるようになった。ソフトも多数開発され、購買意欲をそそる宣伝活動もすさまじい。ゲームに奪われている時間も無視できない長さであり、以前なら学習にあてていた時間に浸食していることは間違いない。三つ目はインターネットである。これはゲームとは逆に中高と進むにつれ接続している時間が長くなっていると思われる。机に座るとまずグーグルやヤフーの画面が出てきて、ニュースを眺める。それからお気に入りの動画を見たり、音楽を聴いたりで時間をつぶす。テレビを見ている時間よりはるかに長い。なかなか教科書や参考書に手が伸びないのである。
 以上三つの阻害材料をあげてみた。実際、私の生活の中でも確認できる現象である。携帯電話は二男に当てはまるし、テレビゲームは三男のこと、インターネットは他ならぬ私自身である。以上、昔にはなかった三つのものが(強いてあげればゲームはあったが、初めは喫茶店でやっていたし、その後家庭にも入り込んだが、テレビに接続して行うものだったので家族から孤立することはなかった。)学習を奪う要因になっていることを述べた。それは今や親にも浸食しているので、これをやめさせろと言っても非常に困難な課題になるだろう。せめて、使う目的を明確にして、節度ある使い方を教えるしかない。

 他に勉強しなくなった要因はないか。先ほどよりも、もっと広く社会的な要因と言えるが、90年代以降の経済環境の変化の中で、学ぶ意欲を失ったという説である。バブル経済崩壊後、産業界は様々な負債を抱えることになり、構造改革と称してリストラを推進し、また新規の採用を絞り込んだ。その祭に生まれたのがロスジェネと呼ばれる世代である。今の子供たちとその親は、この現象を目の当たりにしているので、昔に比べると学習に対する意欲を失っているのである。逆に、そういう境遇に落ち込みたくない、落ち込ませたくないという家庭では、相当な費用を投じて生き残りに熱心だ。進学塾へ行き、中高一貫の私学に進み、難関大学へ入り込む。それで安泰というほど甘い社会ではなくなったが、それでも正社員になれる確率は格段に高いのは現実だろう。この連中は、相対的にはよく勉強する。しかし、絶対的な学力は知り合いの塾の先生に聞いても落ちているということだ。全体のレベルが下がっているから、偏差値は高くなるという理屈なのである。このようにして「意欲格差社会」とか「希望格差社会」とか言われる実態が生まれている。
 どうせ就職がないのなら、どうせフリーターになるのなら勉強しても仕方ないと思うのは、やむを得ないことのようにも思える。雇用の問題を抜本的に解決しようと思えば、まずは政治の力に頼るしかない。それに対応して産業界が重い腰を上げれば雇用はいくらか生み出されるはずである。とはいえ、それを待つまでもなく、いわゆる落ちこぼれという子供たちにも頑張ってもらいたい。しかし、そこから頑張るのは大変なことだ。私も経験があるが、分からない授業を長時間聞き続けるのはまさに苦役である。昔は、それでも席を離れて歩き回る生徒は高校にもいなかったから、じっと席に座り居眠りでもしているのが最良の対処法だった。周りに迷惑をかけなければ、それほど怒られることもなかった。確かに、授業は分かれば面白いのである。面白いまでいかなくても、苦痛ではない。分かればまた次の次元に進むことができる。好循環に乗ることができるのである。先に言ったようにここに乗り損ねたら復活は難しい。何か特別なきっかけが必要だ。いい先生にめぐり会って(学校でも、塾でもよい)その先生の教科が好きになり、それが分かり始めたら他の教科にも興味が湧いて、総合力が身に付いてくる。そんなことも少ないだろうがあるに違いない。

 時間を奪う要因、意欲を削ぐ社会状況について見てきた。最後に、内田樹氏の見解を私の表現が混じるかもしれないが、紹介して終わることにしたい。
 昔は家庭に「労働」があった。農家では、作業の手伝いがあったし、個人商店ではお店の手伝いがあった。一般の家庭でも、家事を手伝ったり、買い物に行かされたりしたのである。そして、それは賃労働ではなく、特別な代償はなかった。ご苦労さんというねぎらいの言葉と家族がそれによって救われるという実利があった。彼の行為は何ものかと「交換」されるものではなく、「贈与」されるものである。
 ところが、今はそういう労働はほとんどなくなってしまった。労働を通じて社会との関わりを学び自己を確立するというプロセスを消失した。これとは逆に、子供は小さい時からお金を持ち、おもちゃやゲームのソフトなどを買うようになった。先に、消費の主体として社会と関わるようになったのである。お金を持っていれば、子供でも大人と対等に相対することができる。少しわがまま言っても許容される。本来、子供は未成熟で中途半端な存在であり、一人前とは認められない存在だった。それが大きく変わってしまったというのである。
 子供は教室でも消費主体として振る舞う。学校に入ったばかりの小学生が、勉強して何になるのかと教師に問う。自分は席に座らされてじっとしていなければならない。この自分に何をしてくれるのかと要求する。苦痛と等価のものを何のためらいもなく要求するらしいのである。内田氏は言う。それに対し、勉強すれば将来こういういいことがあるよと功利主義的に誘導するのはよくない。何のために勉強するかは、答えなくてもいい問いであると。それは、どうして人を殺してはいけないのですかという問いと同レベルである。子供には分からない。分からないから、6年、3年、3年、4年と長い時間をかけて学ばなければならないのである。何か具体的な物と交換するために勉強するのではない。頑張ったらいい点が取れたとか、先生に褒められたとか、そういうささやかな報酬のために勉強するのである。あるいは、ただ決まったように学校に通い、淡々と時間をすごしているだけでよいのである。ところが、今の子供は、自分が少しでも価値を見いだせるもの、苦痛に耐えてでも聞くべきものと認めなければ耳を傾けないものらしい。
 話はそれるが、大学生の時代は、自分たちは消費だけして、生産しない階層として認識していた。だから、労働者にはいくらか引け目を感じていた。進学率がまだ低い時代には、「学生さん」と呼ばれ、これから社会を担う人として評価され、優遇された。その代わりに先ほど言ったように学生の側にも謙虚さがあった。時代は変わり、学生は掃いて捨てるほどに増え、その延長戦には多くのフリーターやニートがいて、尊敬されるどころか、場合によっては疎んじられるようになった。学生の方も働いていないことへの後ろめたさはないようだ。どこかで大事なものが忘れ去られたのであろう。学んだり、働いたりすることが、何の疑いもなく尊重される時代がもう一度必要になる。それがなくて、日本の再生はありえないのだ。

比較の仕方 新聞記事より

  新聞を読んでいて違和感を感じる記事があった。このシルバーウィークの列車と高速道路の利用状況を報じる記事だった。
 そこでは、単に状況を伝えるだけではなく、ゴールデンウィークとの比較をしていた。初めての秋の大型連休ということで、その影響がどれだけのものかを知るためにゴールデンウィークと比べるのは的を射た見方だと言えよう。問題は、表現の仕方である。ゴールデンウィークに比べて高速道路の通行台数は何パーセント減った、逆に列車の利用客は何パーセント増えたという言い方をしている。多い少ないを語るのはよいが、増減は無意味ではないか。もともと違うものなのであるから、減った増えたという言い方はおかしい。
 このような書き方になるのは、同じだけ休みが続けば、国民は同じように行動するはずだという前提があるのではないか。しかし、実際は時期の違いなどから同列に論ずることはできない。比較するなら前年と比べるのが一般的だが、今回初めてのことなのでそれもできない。単純に多い少ないだけ書けばよかったのではないかと思う。細かい話だが、多数の目に触れる記事は特に注しなければならない。

2009年9月23日 (水)

須藤孝三 伝説のボディビルダー

 世界のボディビルダーで一番の好みはフランク・ゼーンであるが、日本のビルダーでは何といっても須藤孝三である。75年、76年とミスターユニバースのタイトルを獲得しており、日本人のなかで最も国際的に認められたビルダーだと言ってよい。
 須藤氏は私と同じく三重県の出身なので、余計に親近感がある。私が高校生の時にタイトルを手にしているが、その当時私は月刊ボディビル誌を購読しており、そこで紹介されていたのをよく覚えている。日本人にしては手足が長く、プロポーションで欧米人に引けをとらなかったのが第一の成功要因だ。次に、筋肉の量は驚くほど多いわけではないが、脂肪が落ち、水分がよく抜けてカットが出ている。最後は、ポージングのうまさだ。氏に言わせると、不得意な部位があっても、ポージングでカバーできるのだそうだ。見せる角度で、良く見せることができる。
 プロポーションやポージングを見ていると、日本のフランク・ゼーンという表現がぴったりである。これから同じレベルのビルダーが出てくるかどうか。まさに希有のビルダーなのだ。

 ポージングの様子は、YouTubeの動画でご覧下さい。「須藤孝三」で検索すれば、素晴らしいゲストポーズが見れます。

グリーンコンシューマー

 鳩山首相が、温暖化ガスの25%削減(1990年比)を打ち出し、環境への取り組みが一層加速化されそうな情勢である。これに対しては積極的に支持する意見もあれば、現実的ではないとする意見もあって、受け止めは一様ではない。とはいえ、環境問題が今後の政治経済のキーになる課題であることに疑問を差しはさむ余地はない。

 企業におけるエネルギー使用量の削減努力は継続的に続けられている。私の勤務する会社でも、生産高は増えてもエネルギーの消費量は減少させる方針で取り組んでおり、今のところ計画どおりに進んでいる。各社、環境報告書を作成し、環境への配慮を企業の社会的責任として認識してそれを実践する姿をアピールしている。今後ますます要求が厳しくなり、どういう方針を掲げて実効性のある施策を推進するかが、企業の命運を決する課題になるのは間違いない。ただし、産業界からは、25%という目標はあまりにも厳しく、これまで努力してきただけに改善の余力は少ないとする意見が出ている。確かに、現場で取り組んでいる立場からしてもその意見には無理からぬところはあるが、企業が社会を支えているという自覚に基けば、チャレンジする価値のある目標だと思う。

 さて、家庭に目を転じてみると、論者によっては、家庭での削減余地は大いにあるのでここでの取り組みが企業よりもなお重要であると主張している。ただし、そこには一定の費用が発生するので家計の負担が増大するとの懸念も表明されている。太陽光発電の設備購入やいわゆるエコカーの購入などが大きな出費として考えられる。他にも節水型の便器に買い替えるだとか、電灯をLED照明に変えるだとかすれば確かにお金は出ていく。しかし、逆にその効用もあるわけで、省エネ型の商品開発は産業界にイノベーションをもたらし、停滞した経済に活力を生み出すだろうし、実際にエネルギーの節約にもなるのである。
 そのように見れば、企業にとってもメリットは大きい。要は、世の中の変化を商機としてとらえるかどうかである。いくつかの調査結果を新聞等で見ると、確実に消費者の意識は変わってきている。意識して環境によい商品を選ぶとか、環境問題への対応を積極的に進めている企業の商品を積極的に購入しようとする傾向が強まっている。昔のように、そこそこの品質があれば売れるという時代はすぎ、消費者が商品を選別し、開発までをリードしてしまうような時代になった。これは環境問題とは別に発生している社会現象であるが、環境をキーワードとして取り込みつつ発生しているという点に注目しなければならない。いわゆる「グリーンコンシューマー」がぞろぞろと姿を現し始め、影響力を持つに至ったのである。

 グリーンコンシューマーとは、ウィキペディアで検索すると
グリーン・コンシューマー(Green-Consumer)とは、訳すると「緑の消費者」の意。 この「緑」は「環境にやさしい」を意味しており、 買い物をするときに、できるだけ環境に配慮した製品を選んで購入する消費者のことを言う。
 主義にまでなっている人はまだ少数かもしれないが、ところどころでこのような消費行動をとる人が増えているようだ。企業はそれに呼応して商品開発を進めなければならない。これは早くから環境への対応を企業理念として掲げてきた企業にとっては喜ばしいことである。先駆けて開発し、市場に粘り強く説明して買っていただいていた商品が、さほど時間をかけなくても受け入れてもらえるようになったのだから。しかし、どの企業でも同じことをやりだしたら、消費者の方も、いかに目が肥えだしたとはいえ、選別に戸惑うことだろう。そこで大事なのは、売りたいがために理念をにわかに掲げるのは邪道であって、理念の実践が商品として結実している企業こそが本物だということだ。とはいえ、市場社会は競争社会であるから、結果的に勝ち残らなければこの主張の正当性は示せない。これは厳しい現実である。
 テレビを見ていると、Y電機が、環境によいことをしていると盛んに宣伝している。この会社は、社員の待遇が非常に厳しいとか、電機メーカーから販売のヘルパーを強制的に供出させているとかの悪いうわさが絶えない会社である。ホームページで、CO2の削減にいかに貢献したかを訴えているが、その中身はいかにたくさんのエコ商品を売ったかという実績に基づいている。出店、買収で巨大化すれば生まれる成果であって、それと環境配慮とは直接関係がない。多少なりとも環境問題に取り組んでくれるのは、やらないよりはましであるが、本物の会社かどうかは疑わしい。同業ではないが、こんな会社には負けられないという思いがある。

 結論。グリーンコンシューマーが今後の社会形成の過程で、重要な「主体」となっていくだろう。

2009年9月22日 (火)

キングオブコント2009に東京03

 3月29日のブログでお薦めした東京03が今年のキングオブコントのタイトルを獲得した。こういう賞には縁がなく、エントリーしていたことさえ驚きだったのに、優勝してしまうとは。しかし、もっとも実力があるのは彼らだという評価は私にもある。

 お薦めのネタは
① バンドの方向性
② サングラス
③ 本当は?
④ 空気を読みすぎる男
⑤ 熱血教師対熱血教師

 You Tubeで見てください。

積極的な思いをこそ言葉に

 消極的な感情や気分は言葉にせず、積極的な思いをこそ言葉にしたい。それが人生により多くの実りをもたらす秘訣の一つである。

 気持は言葉に表すと、その中身が鮮明になるとともに、大きく膨れ上がる。これは、悪いことでも良いことでも同じである。「ああ、仕事がうまくいかない。」「なんだか、やる気がでない。」「面白くないことばかりだ。」などという消極的な言葉を吐き続けていると、それが膨張して自分を支配し始める。逆に、「失敗したけれど、少しコツがつかめてきた。」「計画通りはいかないけれど、近い結果が出るようになった。」「相談すると、以外に協力してくれるものだ。」など、前向きな要素を言葉で表現すると、それが自分自身を後押ししてくれるようになる。現実というものは、否定的な要素で満たされているのではない。同じことであっても、見方によって変わってしまう。功利主義的な考え方になってしまうが、何が正しいかではなく、何が自分にとって意味があるかが大事なのである。自分を成長させてくれるものが善なのだという考え方は、生きる上で欠かせないものである。それは決して、他人よりも得をしようというような偏狭な考えではなく、もっと高尚なものである。

 気が滅入ると、悪い考えに取り付かれてしまって悪循環が起こる。心(脳)に傷があったりするとそれは致命傷になりかねない。深みにはまると気分を変えることさえ難しくなり、医師やカウンセラーや薬の助けを借りなくてはならない。そうなれば、積極的に人の力を借りる方がよいのだが、そうなる前に自分でコントロールできるようになりたい。それは病気にならないための対策ということよりも、もっと積極的に、成功の哲学なのだという位置づけが望ましい。

シルバーウィークの人の動き

 今日は5連休の4日目であるが、この間の人の動きは活発であるようだ。昨日はJR新大阪駅の構内を歩いたが、非常に混雑していた。また知人の話では、高速道路が渋滞していて行楽地からの帰りが明け方の4時になったということである。日本旅行の社員の話では、観光地のホテルは満館で、休み直前になっても空きはないかとの問い合わせが多く寄せられていたらしい。
 この行楽地に向かう動きは、お盆休みが低調であったのと対照的である。お盆は行楽よりも帰省が優先されたようだ。高速道路の利用は多かったが、観光地へは向かわなかった。8月は全般的に旅行関係が振るわなかった。それは、景気の低迷で消費が促進されないという基本問題に加え、選挙があったことと、新型インフルエンザの影響があると考えられる。しばらくじっとしていたが、連休を機に少し余暇を楽しもうという判断が働いたのである。
 新型インフルエンザはなお感染が広がっているようだが、報道されている限りでは死者、重症者が少ない。従来の季節性と比べても少ない。これは、感染者が体力のある若者に集中していることと、早めにタミフルなどの薬で対処していることが功を奏しているのではないか。南半球での流行は下火に向かっているらしいので、日本での流行も冬になる前に収束に向かう可能性もある。

 ということで、休みは明日まで続くが、人出の多いのは経済にとって喜ばしいことである。とはいえ、財布の中身はさびしいものがあろうから、これから本格化する秋の行楽シーズンがどうなるのか心配である。政権が変わり(国民の力で「変えた」という言葉の方が適切か)気分的にはいくらか希望を感じている人も増えただろう。長期的には困難な問題をたくさん抱えているが、政策の進め方によっては短期的によい経済効果が出る望みはある。私自身は懐疑的であるが。

 

2009年9月21日 (月)

高度成長期を代表する歌3曲

 連休ということもあって時間があるのに任せて、歌謡曲シリーズで続けたい。特に昭和歌謡史の解説をするつもりもないので、あくまでも自分の好みに従い、好きな歌をピックアップすることにしたい。

 1 僕は泣いちっち 1959年 守屋浩歌
 2 ああ上野駅 1964年 井沢八郎歌
 3 東京の灯よいつまでも 1964年 新川二郎歌

 「僕は泣いちっち」が少し時代的には早いが、50年代の後半から高度成長期に入ったというのが通説になっており、その時期の代表曲として上げてもよいだろう。大衆の意識が東京へと流れ始めていることを物語っている。

  僕は泣いちっち

 僕の恋人 東京へ 行っちっち
 僕の気持を 知りながら
 なんで なんで なんで
 どうして どうして どうして
 東京がそんなに いいんだろう
 僕は泣いちっち 横向いて泣いちっち
 淋しい夜は いやだよ
 僕も行こう あの娘の住んでる 東京へ

 祭の太鼓が テンテケテンと 鳴っちっち
 みんな浮き浮き 踊るのに
 なんで なんで なんで
 どうして どうして どうして
 僕だけションボリ みそっかす
 涙がホロリ ひとりで出っちっち
 お祭なんか いやだよ
 僕は思う 遠い東京の ことばかり

 上りの急行が シュッシュラシュッと 行っちっち
 いやな噂を ふりまいて
 せめて せめて せめて
 遠い 遠い 東京の
 空に飛んでけ ちぎれ雲
 汽笛がなっちっち 遠くでなっちっち
 夜汽車の笛は いやだよ
 早く行こう あの娘の住んでる 東京へ

 続く2曲は、同じ1964年の作品。昭和39年といえば、東京オリンピックの年である。そこに向けて高速道路と新幹線の建設が急ピッチで進められ、成長のけん引力となった。もはや高度成長は誰の意識にも当たり前のこととして定着していた。しかし、その現実は夢みたいなものではなく、労働者に努力と忍耐を強いた。場合によっては早や挫折し、地方へ還流する動きも起こっていたのであろう。「東京の灯よいつまでも」は歌詞から十分に設定が読み取れない。単に東京でのデートを帰郷して思い出しているだけなのか、東京で働き、暮らし、女性とデートもしたが、事情があって故郷に帰らざるを得なくなり、少し悔やみながら思い出を語っているのか・・・。

  ああ上野駅  

 どこかに故郷の香りをのせて 
 入る列車のなつかしさ
 上野は俺らの心の駅だ 
 くじけちゃならない人生が
 あの日ここから始まった

(セリフ)
 『父ちゃん僕がいなくなったんで 
 母ちゃんの畑仕事も大変だろうなあ、
 今度の休みには必ずかえるから、 
 そのときは父ちゃんの肩も
 母ちゃんの肩も、もういやだって 
 いうまでたたいてやるぞ、
 それまで元気で待っていてくれよな』

 就職列車にゆられて着いた 
 遠いあの夜を思い出す
 上野は俺らの心の駅だ 
 配達帰りの自転車を
 とめて聞いてる国なまり

 ホームの時計を見つめていたら 
 母の笑顔になってきた
 上野は俺らの心の駅だ 
 お店の仕事は辛いけど
 胸にゃでっかい夢がある

  東京の灯よいつまでも

 雨の外苑 夜霧の日比谷
 今もこの目に やさしく浮かぶ
 君はどうして いるだろか
 あゝ東京の灯よ いつまでも

 すぐに忘れる 昨日もあろう
 あすを夢みる 昨日もあろう
 若い心の アルバムに
 あゝ東京の灯よ いつまでも

 花の唇 涙の笑顔
 淡い別れに ことさら泣けた
 いとし羽田の あのロビー
 あゝ東京の灯よ いつまでも

懐かしのテレビドラマ 「冬の雲」

 オープニングの芦田伸介のナレーションをよく覚えている。とにかく、重々しい。リメイクした「白い巨塔」や「華麗なる一族」には昔の名残があるが、最近のドラマにはこういう感じはない。また、それに続く主題歌もすごい。重苦しいと言った方がよい。

  愛とは 春の日の花のように
  美しく、香り高きものであろうか
  愛とは 夏の日の太陽のように
  誇り高く、きらめくものであろうか
  愛とは、秋の日の落葉の下に泣く虫のように
  せつないものであろうか
  愛とは 冬の日の、その青空の

 ナレーションとは対照的にドラマの筋の方はほとんど覚えていなかった。You Tubeでその一部を見ることができるが、思い出せる場面はなかった。私が小学校6年から中学1年にかけての時期、すなわち38年もまえの作品であり、中学に入ると全くと言っていいほどテレビを見なくなったので、記憶が途切れてしまったのだと思う。ただ、大谷直子が出ていることは覚えていた。足の悪い女性を演じていたので印象に残ったようだ。彼女以外の出演者にも名だたる名優が顔をそろえている。二谷英明、久我美子、市原悦子、田村正和、近藤正臣などである。木下恵介の脚本でTBSが本格的に取り組んだドラマで、力の入れようが分かる。
 当時のドラマがすべてこういう路線であったのではなく、同じ木下恵介でも「おやじ太鼓」のようなコミカルな味を出しているものもあった。ちなみに、おやじ太鼓は私の父が好んで見ており、世間でもこちらの方が、冬の雲以上に人気があった。
 さて、今のドラマを見ていると、昔とはずいぶん変わってきたという印象を持つ。以前は、家族とは何か、男と女の愛とは何か(ドラマ途中のナレーションに「愛の本質」という言葉が出ていた。)罪とはなにかなどを、どこまで本気かどうかは別にして、扱った作品があった。今見られるドラマは、そういった重厚なテーマは避けて、若者の生活感に合わせて非常に淡白に作っているように見える。状況によっては生まれてしまう、人間の醜悪さや暴力性、人間同士の感情の行き違いなどを、ことさら強調して表現するのがドラマであり、芝居だった。ところが、今は取ってつけたような演技よりも自然にさらっと流す方が好まれるのだろう。多少悪役っぽい役柄もあるけれど、素はいい人なのである。それはそれでいいのだけれども、人間は環境の動物であって、場合によっては悪いことをしたり、意地悪なことを言ったり、最後に裏切ったりすることがあるのだということを、たとえドラマのなかにあっても表現しておくことが必要だ。社会が発展し、近代化したように見え、人間同士お互いに尊重し合えるようになったかに見えるが、不況のあおりで職を失ったり、収入が減ったりして人間が変わってしまいつつあるのも現実なのだ。人間の性質をよく知っておけば、情勢に流されず、持ちこたえることもできる。いざというときに免疫を持たない人間が増えているのは、病気だけではなく、精神の方にもあるようだ。

 

北島三郎 女シリーズの名曲

 北島三郎には数多くのヒット曲があるが、私が好きなのは「女(ひと)シリーズ」と言われる、星野哲郎作詞・島津伸男作曲の一連の作品である。北島には「なみだ船」や「風雪ながれ旅」のような男っぽい、威勢のいい歌が多く、それはそれで彼の持ち味が出ていて素晴らしいが、私は「女シリーズ」の情感あふれる歌声がその対極にあって面白く、好きである。
 なかでも、「函館の女(1965年)」 「博多の女(1967年)」 「加賀の女(1969年)」をベスト3としてあげたい。どれも女を地方まで追っていく、悲恋の物語である。シリーズものとして同じパターンの設定にしている。このうち「博多の女」は、他と違ってスローなテンポで、しんみり聞かせる歌である。こういう歌に共感するのは、やはり男ならではのもので、勝手に思い込んで追いかけて行ってしまう身勝手さがあるのかもしれない。とは言っても、女の方も、まんざらでもない素振りを見せているわけで、今でいうストーカーではない。

 概して、演歌になるのは女にしても男にしても捨てられた方であって、前面に「恨み」が出てしまうと流行歌としては聞きにくいところがあるから、内面に隠しつつも、やっぱり恨んでいるという微妙な表現にしているのだと思う。

 博多の女   星野哲郎作詞、島津伸男作曲

ひとの妻とも知らないで
おれは来たんだ博多の町へ
逢わなきゃよかった 逢わないで
夢に出てくる初恋の
君をしっかりだいていたかった

夜の那珂川肩よせて
ゆけばしくしく泣くさざ波よ
ゆるしてください ゆるしてと
わびる姿が いじらしく
おれはなんにも言えなかったのさ

それじゃゆくぜと 背を向けて
夜の中州に逃げてはみたが
まぶたをあわせりゃ浮かぶのさ
俺はやっぱり あの頃の
君をさがして 明日に生きるのさ 

2009年9月20日 (日)

「閉塞感」という言葉の保守性

 社会評論のなかで、「閉塞感」とか時代の「閉塞状況」とかいう言葉をよく目にするが、そういう認識は百害あって一利ぐらいしかないと思う。

 先が見えないことの憂鬱さを言いたいのだろうか。評論家や思想家と言われる人たちは、現状には悲観的であり、なかでも見かけ進歩的な人ほどその傾向が強いように思う。「見かけ」と言ったのは、現状を嘆くばかりで、この方向に行こうというビジョンを語らないからである。語れないのではなく、語らないのだと思う。彼らとて馬鹿ではないから、日本の将来についてあるべき姿を考えているであろうし見解も持っているはずだ。しかし、それを強く主張してしまうと世間が反応して賛否両論が自分に向かってくる。政治家ならば覚悟ができているだろうが、そうではないから曖昧な部分を残しておいて多くの人に聞いてもらいたい読んでもらいたい、あるいはテレビ局に呼んでもらいたい。そんな思惑が働くのではないだろうか。はっきり言う人は、大概マイナーな論者となっている。

 現状が楽観できないものであることに異論はない。しかし、具体的に問題点を掘り起こして、それに対する対策を進める必要がある。それは、政治のレベルでは政策として実行される。経済のレベルでは、企業が経営として実践する。大衆のレベルでは、生活の仕方の変更として現れる。変わろうとしない者には、働きかけが必要だ。このように社会を変えること、発展させることは日々の地道な実践の積み重ねでしかないのだ。なにか分からないが憂鬱だとか、ストレスがあるとかいって曖昧にし、この現状に対してくさびを打ち込むにはテロしかないというような物騒な発想を生まないためにも、閉塞感というような表現を使う論者は評価しないほうがよい。(言うのは自由だから、妨げないが。)

 前向きで、積極的な言葉の使い方をしたいものだ。言葉は考え方を表す。消極的な言葉は後ろ向きの考え方と行動を誘発する。

イチローの記録 9年連続200安打

 「9年連続で200安打以上」という記録を達成したイチロー。これまで誰も記録していない偉業であり、イチローの才能と努力によって生まれた実績として素直に讃えたいと思う。

 さて、この記録はどうして生まれたのであろうか。彼の才能と努力の賜物であるには違いないが、客観的に見て達成の要因、要素はどこにあるのだろうか。
 ① 試合数の多さ + 打順(トップバッター) これは打席数を多くする要因である。多く打席に立つことが、安打を増やす条件になる。これに加え、選手の体調管理が重要。休んでしまえば打席数は減る。
 ② ①に加え、積極打法がある。打数が増えないと安打も増えない。待ちのバッティングでは安打の絶対数が増えない。
 ③ 左バッター + 俊足 これで内野安打が増える。こういう安打もないと200本の大台には乗りにくい。

 これが基本になる要素であると考える。これ以外にもイチロー自身の特殊な才能をあげることも可能である。バットコントロールの巧みさスイングの速さ抜群の動体視力である。また、常に「ヒットをたくさん打つ」ということを打者としての目標にしてきたことも動機として強く働いている。野球選手として、非常にシンプルな目標であるが、これにこだわり続けていることがイチローの強さの秘密である。当然、ホームランをたくさん打ちたいという欲求を持っていればこんな記録は生まれていない。そうであれば、今の2倍以上のホームランの記録は残せただろう。イチローには長打力もある。しかし、それでは並みの選手で終わってしまう。自分の特性を自覚して、できることに集中した結果だが、人間にはいろいろ欲があって、なかなかできることではないのだ。

2009年9月19日 (土)

体育祭の応援合戦から

 今日は息子の学校の体育祭を見に行ってきた。中高一貫校の中学1年に在学する三男の体育祭である。そこで見た、応援合戦について、組織論の見地から感想を述べたい。

 この体育祭は全体を4つのチームに分け、基本はチームの対抗戦として行われていた。他にも学年ごとのクラス別に点数が集計されていて、クラス対応でも順位が決まる仕組みもある。開会式に続いて、恒例の(長男もこの学校に通っていたので知っているのだが)応援合戦が行われた。緑チーム、赤チーム、黄チーム、青チームの順で行われ、私の評価では青チームが圧倒的に出来がよく、続いて緑チームで、赤と黄はよくなかった。
   では、青のどこが素晴らしかったのか。まずは、全体の統率がとれていること。これがグラウンドへの登場の仕方から違ってくる。全体に機敏で、緊張感があり、動作がそろっている。逆に駄目だと思ったチームは動きが緩慢で、視線が定まらずキョロキョロしている感じだ。次に企画力の差だ。各チームとも拳法の振り付けが基本になってよく似通った演技になっているが、青チームは他よりも一歩高度な技を盛り込み、また演技の切れ間に別のグループに面白い行進をさせて観衆の目をそちらに引きつけていた。最後に、バランスのよさがある。各チームともまずは全体の演技から入って、つぎに小グループの演技に移るが、それぞれが違う動きをしながらも、一つの構成のなかで動いている。下手なチームは別の小グループが演技を始めるときにまだ準備が終わっていなかったりした。

 チーム分けで、組織的な動きへの適応力や運動能力にバラツキが生じたとは考えられない。どこに違いがあるのか。まずは、リーダーシップの質の違いがある。高校生をまとめ、かなり長い時間にわたって練習に集中させるには、相当強力なリーダーが存在しなければならない。青チームには間違いなく優秀なリーダーがいた。次に、他にない企画を考えだす知恵者の存在がある。一人か複数かは分からないが面白いことを考えだすヤツがいたのだ。そして、最後のバランスのよさは、強力なリーダーとともに小グループに小リーダーがいたということだ。
 組織論的に見て、要所要所に肝心かなめの人材がいたということになる。強い組織とはそういう組織なのである。応援合戦の結果は、優秀賞2チームに青と緑が選ばれた。順当なところである。最後のあいさつで校長が、どのチームの応援も紙一重で甲乙つけがたかったと評したが、これは生徒へのねぎらいとして選んだ言葉であって、本心ではなかろう。校長が、ここで指摘したような要素を見抜けないでは職が務まるはずがない。

2009年9月13日 (日)

自殺考

 自殺(「自死」という言い方もある)については何度かブログで触れている。1998年以降年間の自殺者は3万人を超えており、減る気配はない。交通事故による死亡者が6千人程度であることを考えると、5倍以上の人数であり、その多さが分かる。その原因と対策については新聞紙上でもときどき見解が紹介されている。今日は日経の「今を読み解く」で東京工業大学の上田紀行准教授が論壇での代表的な主張を紹介しながら、自説も展開している。

 自殺の増加の社会的背景として経済情勢の悪化があり、原因のざっと半数が経済的理由であるらしい。他に、病気や人間関係の問題が原因としてあげられるが、これらは以前からベースとしてある原因であり、そこに経済的な理由によるものが上乗せになっていると解釈すればいいだろう。
 さて、なぜ自ら命を絶つのであろうか。経済的な理由があるからといって、すべての人が自殺するのではない。多重債務者の問題は、宮部みゆきさんの「火車」を紹介したブログでも紹介したが、弁護士など良き相談相手がいれば最悪の事態は回避することができる。身近なところに相談を受ける人や組織のあることを情報発信していれば、足はそちらに向かったかもしれない。一部には、本人の生活能力や判断力の問題に結び付けてしまうきらいもあるが、いくらかでもこの事態を解決したいと考えるのであれば、もっと広いところに目を向けるべきである。先ほどの上田准教授も、自殺問題は日本社会の根幹に関わる問題だという意見であった。私は、社会が弱者にどれだけ目を向け、すくい上げることができるか試されているのであり、いわば「救済力」が問われているのだと理解したい。

 ところで、背景にある経済問題に対して有効な対策を施し、失業者や債務者に対する応急的な対策も合わせて考えることが必要だ。当座の生活資金を給付したり、仕事を紹介したりすると同時に、先ほど述べたように自殺に向かう足を直接止める手段を講じるべきである。遠因ばかり論じていても、今死のうとしている人を救うことができないからである。

 自殺にもいろいろな中身がある。自殺サイトで知り合い、集団で自殺するようなケースもあった。若者の場合には、そういった「誘惑」めいたものに動かされることもあるのだろう。これには心理学的アプローチも必要になるだろう。また、東尋坊や樹海を死に場所に選ぶ行動の問題もある。何かしら、死に意味づけをしたいのかもしれないし、誰かに見つけてほしいという最後の防衛本能が働くのかもしれない。詳しくは分からないが、検討すべき要素ではあろう。
 電車への飛び込みが多いが、関西では私鉄よりもJRに集中しているようだ。これはなぜなのか。マスコミで報じられることが、JRを場所として選ぶ動機づけになっているのだろうか。これもはっきりとは分からない。分からないことが多いけれども、自殺防止には、その解明が欠かせない。自殺者の家族に話を聞くと、なぜもっと話を聞いてやれなかったのかと悔やむ声が聞かれる。まずは、聞くことが大事なのだと思う。家族も、社会も。

2009年9月12日 (土)

さよならさざんか 藤田絵美子

 必殺仕事人Ⅴの主題歌である。必殺シリーズのなかでも、西崎みどりの旅愁と並んで、もっとも秀逸の一曲であろう。歌っているのは藤田まことの娘さんである藤田絵美子だ。

 未完成の魅力というのはこういうことなのか。まだ幼さの残る歌声に哀愁が漂う。痛々しいほど傷つきやすく、清廉な少女のイメージと仕事人の、悪を討つという大義と引き換えに命を奪わなければならない寒々とした心情が共振して、われわれの胸に迫るのである。

 討たれる悪は、今の社会にもある悪である。大衆は悪の存在を知っている。しかし自分で手を下すことはできない。フィクションの世界で自分の化身である仕事人に思いを託すのである。

http://www.youtube.com/watch?v=ME0gKQVvA34&feature=PlayList&p=A8BE81CEDC490A5A&playnext=1&playnext_from=PL&index=16

素人経済教室

 土曜日の午後、素人による経済談義。素朴な疑問から始める経済の追求。これからどうなるのか。 

 佐藤 「先日会社の催しで、結構有名なエコノミストの話を聞いたんです。欧米の経済は今非常に厳しくて、これからしばらくは回復できないと言っていました。株価も今は少し上がってきましたが、秋以降また下がると見ていますね。この点は私の知っている証券マンも同じように言っています。」
 春木 「欧米の経済の悪化の原因は昨年からの金融危機ですね。」
 佐藤 「そうです。金融派生商品から発生した損失は少なく見積もっても600兆円あるらしい。正確には誰にも分からないようです。これだけの資産が喪失すれば、その処理に時間がかかるし、その間は経済はなかなか回復できないと考えられます。」
 春木 「日本のバブル崩壊で失われた資産は100兆円ぐらいでしょう。6倍か。実際はもっと大きいでしょうから。きついですね。」
 佐藤 「アメリカ政府は相当額の財政出動をしました。しかし焼け石に水の例え通りの状況らしい。自動車の買い替え需要を喚起して一定の成果はあったようですが、売れたのは日本車とドイツ車でしょう。これには当然批判が出ますよね。だから予算も打ち切りになったらしいです。他も同様で、新たに消費を生むようなお金の使い方がありません。」
 春木 「アメリカの労働者の生活悪化はひどいと聞きます。失業が聞いている以上に進んでいるようですが。」
 佐藤 「これも先ほどのエコノミストからの聞きかじりですが、就職を諦めてしまった人も含めた広い意味での失業率は17%もある。ローンが返済できずに持ち家を放棄した人が大量に出てきて、今中古市場に出ている住宅は350万戸もあるんです。フードスタンプを受給している人は昨年の初めに比べて1千万人増えて3千5百万人にも達するそうです。」
 春木 「そうすると、消費は凍りついてしまったわけで、景気の回復なんて夢みたいなものですね。今まではGDPの7割を個人消費が占めていた。しかもそれは住宅の値上がりを根拠にして前借をして消費していましたね。担保がなくなったら、もうすがるものがない。あとは、国にすがるしか・・・。」
 佐藤 「アメリカの需要が激減すると、日本の企業は痛手です。アメリカと中国が輸出相手として大きいですから。日本の経済における輸出企業の影響力は大きいです。」
 春木 「アメリカは財政収支が悪化しているから苦しい。とはいえ、金融機関や自動車メーカー、それから自治体も破産しかけているらしいので財政出動は続けざるをえないでしょう。そうすると国債を買ってもらわないと。国債の引き受け国は今は中国なんでしょう。日本も多いと聞きますが。しかし、買ってもらうためにはそれなりの金利を付けませんと・・・。」
 佐藤 「おっしゃるとおりです。金利で資金を誘導するしかありません。でも、これはジレンマを生みます。金利が高くなればいよいよ住宅市場や自動車の買い替えだって敬遠されますからね。また財政収支の悪化は、ドル安を生みます。日本は円高に動きます。」
 春木 「他国に国債を買い支えてもらって、ドルが安くなるということは、総体的にアメリカの国力が落ちることですね。前から言われていることですが。それを軍事力の増強で乗り切ろうとすると、さらに経済が悪化して墓穴を掘ることになりませんか。」
 佐藤 「それもおっしゃる通りでしょう。オバマさんも一番苦しいときに大統領になって大変だろうけれども、ブッシュじゃ根本にメスは入れられなかっただろうし、頑張ってほしいな。しかし、大胆な政策を打つにもお金がないんじゃどうしようもないね。」

 春木 「さて、日本はどうなりますか。」
 佐藤 「その前に。ヨーロッパもアメリカ同様に金融の破たんが進行して、実体経済の悪化がひどい。雇用の状況も厳しいです。そうなると民族間の摩擦が表に出て政治問題になってくる。経済の安定化は大変重要です。では、日本の状況ですが、サブプライムローン問題の影響は欧米に比べ、うんと小さかった。これは日本の銀行がグローバル化していなかったから救われた面があります。資金が潤沢にあるという意味では日本はまだ恵まれていますよ。しかし、輸出の回復が不十分で、勤労者の所得も減少して内需も弱いから悲観的にならざるをえない。思い切ってお金を動かせないのが現状です。」
 春木 「そうは言っても、手をこまぬいているわけにはいきません。グリーンニューディール政策が注目されていますね。政権も変わったことだし、思い切った政策転換がほしいです。」
 佐藤 「期待としてはあります。あまり詳しくはないのですが、温暖化を防ぐという観点からも、太陽光発電や風力発電、燃料電池の開発などを充実させる必要があります。これらに関連する産業基盤を充実させることで、投資を促進できるでしょう。技術的にイニシアティブを握れば、海外からの投資も見込めます。また新たな雇用が生まれるので、失業者の救済も可能になるし、若者にも希望を与えることができる。」
 春木 「そういった展望を政府がはっきり示すべきです。そうすれば、投資をして、しばらくは我慢して見守ろうという気持ちも出てくる。」
 佐藤 「それをどこまで期待できるかわかりません。しかし未知数だからやってみる価値はあるでしょう。」

 これで第一回目の素人経済教室を終わります。

犯罪の原因をどう見るかⅡ

 先日、犯罪が起こる原因について考えてみた。それは、遺伝的な要素、育った家庭や地域の環境、今現在の職場などの身近な環境、そして広い意味での社会・経済環境の四つの条件から原因を見つけ出そうという主張だった。
 それはそれで一つの意見であり、短絡的に原因を決めつける傾向への警鐘であるが、もうひとつ目を向けるべき要素を忘れていた。それは、犯罪を誘発するに至った直接的な原因、言い換えると引き金となった条件のことである。

 例えば、身近な人間関係においてトラブルがあり気分がむしゃくしゃしている。気分を晴らそうとたくさん酒を飲む。酔っ払って繁華街を歩いている。チンピラとぶつかり口論になる。カッとして、たまたま近くに転がっていた鈍器で相手の頭を強打してしまう。こういう事態が想像できる。確か、映画「幸せの黄色いハンカチ」で高倉健が演じた男が犯した犯罪も同じような状況で発生したはずだ。こういうことは確率は小さいけれども、十分にありうる。しかし、大半はチンピラとぶつかることはないし、ぶつかっても口論で終わることが多いし、手を出すにしても何発か殴りあって終わるのである。ところが、運悪く、チンピラがナイフを持っていたりすると被害者になってしまうし、先ほど想定したようにたまたま近くに鈍器が転がっていたりして加害者になってしまうことがありうる。これはある意味、偶然であり、特殊な状況で発生していると言える。情状酌量の要素にはなるだろう。
 このように犯罪においては、直接引き金になる状況・条件がある。これも見逃せない観点である。犯罪捜査や裁判においては、ここが最も注目されるに違いない。本人が意図しなくても犯罪に巻き込まれることがままあるのだということを知るべきである。

 ところで、先ほどの例を最初から考えてみると、チンピラが歩いているような繁華街で正気を失うほど酒を浴びるという行為は、自ら犯罪の発生しやすい空間へと入り込むことである。安全で平和な生活を守りたければ、そのようなゾーンには足を踏み入れないことである。また危険な時間帯というのがあって、その間は外出しないことである。このルールに従えば、犯罪に遭遇するリスクを低く抑えることができる。もうひとつ加えると、付き合う人の選び方がある。ごく一般の市民との関係にとどめておけば安心である。危険な人間はひとところに集まっているものである。

浜圭介 天才作曲家

 浜圭介という作曲家の作る曲には独創性があって、それまで耳にしたことがないメロディーを聴かせてくれた。ヒットした曲も多数あり、特に70年代から80年代初めにかけてが絶頂期であった。

 それまでも日本の歌謡界には偉大な作曲家がいた。古賀政男がいたし、遠藤実がいたし、船村徹がいた。歌謡史に残る名作を数多く生み出し、戦後復興と高度成長を推進してきた国民大衆の精神的な支えになった。
  これに続いて70年代に入って頭角を現したのが浜圭介であった。ジャンルとしては演歌から歌謡曲まで幅広いが、演歌にしてもモダンな曲調が多く、いわゆるド演歌はない。最初期のヒット曲には「終着駅」があり、これを歌った奥村チヨを奥さんにしてしまった。

 次に、私の好きな5曲をあげてみたい。
1 折鶴(1972年、千葉紘子)
2 そして、神戸(1972年、内山田洋とクール・ファイブ)
3 街の灯り(1973 堺正章)
4 舟唄(1979年 八代亜紀)
5 哀しみ本線日本海(1981年 森昌子)

 私は楽譜の読めない音楽音痴なので専門的なことは分からないが、全体に抑揚に富んでおり、特にさびの盛り上げ方がうまい。非常にオリジナリティーのある曲調なので、すぐに記憶に焼き付いてしまう。昨今の演歌をはじめとする流行歌にはどこかで聞いたような旋律が目立ち、興味をひかないが、これとは対照的である。ちなみに、私はどの歌もカラオケで歌えるが、特に「街の灯り」は好んで歌う一曲である。

2009年9月 6日 (日)

アメリカという国から日本の将来を見る

 これから世界がどうなっていくのか。誰も正確には見通すことができないが、おおよその流れはつかめる気がする。日本は高度成長によって経済的に先進国の仲間入りをして、一時は超優良国として君臨した。しかし、それは長くは続かず、バブル崩壊を経て凋落の傾向を強めている。

 アメリカを見ていると日本の将来が分かるという。確かに、政治的にも経済的にもアメリカの後を追っているのだから、結果として同じようになっていくのは理屈としても分かる。前にブログでも触れたが、岩波新書の「ルポ貧困大国アメリカ」(堤未果さん著)を読むとアメリカ社会の実態がよく分かる。公的な医療保険制度が脆弱なために医療費が高額になり、病気になっても市販の薬品でごまかしている状態で、まともに治療を受けられない。あまりに高額なので、日帰り出産が増加している。移民の暮らしは極貧状態で、違法移民の子どもがマクドナルドで時給2~3ドルで働かされている。大学生には奨学金をもらって卒業する人が多いが、就職先がなかったり給料が低すぎるため返済できない人が大量に出ている。軍が警備会社を下請けに使って戦争に参加させている。このようなことが書かれている。この様な実態は、たまに漏れ聞こえてくるが、ニュースなどでは全くと言ってよいほど報じられない。では日本はどうか。非正規雇用が増えて、この層での貧困はかなり深刻になってきている。健康保険証を持たない人が増加している。移民は受け入れるかどうか議論になっているが、実態として多くの外国人が入り込んで製造業やサービス業で安価な労働力として使われている。街を歩いていると、ときどき外国語の会話を耳にする。彼らは、言うまでもなく貧しい。大学生で、奨学金をもらわないと進学できない人が増えている。返済ができず、延滞するケースが増えている。さすがに、自衛隊が兵士を下請けでまかなっているという話は聞かないが、物資の運搬は運送会社を使っているのかもしれない。

 先進国の経済発展は停滞を免れない。先進国の生きる道は、先端の技術やシステムを他国に売りつけて富を吸い上げるしかない。BRICsが勢いよく経済発展を遂げ、GDPの差をどんどん詰めてきている。日本はもうすぐ中国に追い抜かれる。その勢いに乗っかって輸出をし、それで辛うじて稼いでいるというのが実態なのである。売るものがなくなったら、もはやお手上げである。だから、いいか悪いかは別にして、他国では真似のできない技術開発、システム開発を戦略的に進めることが必要だ。そういう面で、世界の国から頼りにされる国になって、それをベースにして各国と政治的な友好関係を築くことが必要だ。こう考えてくると、教育や研究に予算をつぎ込む必要が見えてくるではないか。

 アメリカの経済成長は金融危機があったにも関わらず日本よりは高い。アメリカにはヒスパニック系の移民が大量に流入している。彼らは安い労働力の供給源として機能している。もはや、海外に植民地は持てないが、国内になら合法的に持つことができる。まさに移民の植民地化ではなかろうか。そうやってアメリカは生き延びようとしているのだ。
 日本はどうするのだろうか。比較的平等で、教育レベルの高い中間層が存在し、技術先進国として世界に貢献し、政治的にも安定した国になる。移民も一定範囲で受け入れるが、低賃金の労働だけ押し付けるようなことはしない。こういう指針が必要ではなかろうか。

犯罪の原因をどう見るか

 検察の統計資料によれば、平成20年度の刑法犯罪の件数は全体では減少している。おもな減少要因は自動車による過失致死傷の大幅減であり、絶対数が大きいだけにその影響は大である。逆に、傷害や窃盗も減ってはいるものの、もっとも重罪に問われる殺人はやや増加している。
 犯罪が増えたり減ったりする原因はどこにあるのだろうか。犯罪とは、法に抵触し、法によって裁かれる行為であるから、法の定め方やその運用の仕方によって発生が左右される。これは基本的なこととして認識しておきたい。しかし、この点は当面の関心事ではないので、ここでは取り上げないことにする。問題は犯罪行為を誘発する原因である。
 犯罪の発生を説明するにあたって、いくつかの観点があることを知っておきたい。それは、個人の資質の問題から始まって社会的環境に至るまで、幅広く存在している。個人の資質の問題とは、親が乱暴者でその気質を子も受け継いでいると言った、遺伝の問題や特殊な家庭環境の問題を取り上げるものである。次は、当人が育った環境の問題、すなわち、家庭環境から学校を含む地域の環境あるいは人間関係に至る問題である。次の次元は、当人を取り巻く、狭い範囲での社会的環境である。たとえば、職場の状況、具体的には経営状態、待遇、人間関係などである。最後の次元は、広く社会的経済的環境におよぶ領域である。景気の状況、雇用の情勢、構造の変化などが考えられる。
 この四つの次元のどこに重きを置くかは、問題の扱い方にもよる。個々の事件を取り扱う場合と事件をまとまりとして広く一般化して取り扱う場合とでは、違った観点を持つことになろう。当然ながら、後者の方が社会的な見方を必要とする。また、個々の事件を扱う場合でも、その事件の性格によって見方が違ってくる。どちらもマスコミで大きく報じられたが、主婦が近所の子どもを殺害した事件と元派遣労働者が秋葉原で無差別殺人を犯した場合とではアプローチの仕方が違っていたように思われる。後者は、昨今の経済・雇用情勢を反映して社会的な観点での解釈が支配的であった。

 さて、犯罪の扱い方、原因の追求の仕方には様々な角度があることが分かった。では、犯罪はなぜ発生するのかという問いにはどう答えたらよいのだろうか。正直言って、一般化してこうだと言うのは難しい。客観性を気にせず、居直って言ってしまってよいものならば、例えば、いい大人だったらやっていいことか悪いことかぐらいは分かるだろうから、結局、こらえ性がないんだ。それは躾がなってないからだよ、と決めつけることができるだろう。一般の人は、おおよそそういう次元で判断しており、それを批判することもできない。
 問題の整理はできたが、原因について語ることができない。そこで、あえて一つの事件を取り上げて簡単に言及してみたい。それは先ほど触れた秋葉原の事件である。報道のされ方の中心は、彼が派遣労働者として職場を転々としており、そこでは他の労働者とのコミュニケーションが少なく、本人は冷遇されたと感じ、かなりの不満を抱える状況にあったという取材結果だ。これが彼に社会への不信を嵩じさせ、行き場のない怒りが無差別に通行人へと向かい、殺傷行為へとつながってしまったという解釈がなされた。場所が、秋葉原だったのは、そこがネット社会の象徴的地点であり、彼の生きる場がもはやインターネットの世界にしかなかったことの結果だったと考えられている。これらの解釈は、いくつか見なければならない要素の一つとしては妥当であると思う。もっと個人的な問題、彼の親はどういう人で、どういうふうに育てられたか。また子供のころにいじめを受けていなかったかどうか、などを見る必要もあるだろう。しかし、この事件の扱いに社会的視点が欠かせないことは間違いない。それは、彼の責任を軽くしようとする企てではない。ただただ、同じことを繰り返させないために、社会が考えるべきことはないのかを追求したいだけだ。

 犯罪者の追及は、司法に委ねざるをえない。法廷では動機の特定など一定原因の追及もされるが、それは罪の大きさを決める判断材料にされるだけだろう。再発の防止策まで司法が考えてくれるのではない。それは、アプローチの違いによって、教育研究者であったり、心理学者であったり、社会学者であったり、経済の研究者であったり、場合によっては政治家であったりするのである。犯罪者をいくら罵倒したところでその声は本人に届くことはないし、再発を防ぐ力にもならない。専門の研究者が先頭になって、かつわれわれも関心をもって事件の背景を考え、必要な措置をとることが求められるのであり、そのために事実を知ることが大事なのだ。犯罪は小さな芽のうちに摘んでおけば重大化を防ぐことができる。悪い事なら何事も、すそ野を小さくすることが大事なのだ。兆候を見逃さないこと。親も、教師も、職場の上司も、組織のリーダーも、政治家も、それぞれの立場で気をつけなければならない。陪審員制度が始まったが、一番大事なことは、人を裁くことではなく、裁かなければならない人を無くすることである。

 
 

2009年9月 5日 (土)

嫁入り舟 抒情派演歌の最高傑作 

 抒情派演歌というジャンルが成り立つならば、その最高傑作は野路由紀子が歌った「嫁入り舟」であろう。1973年にヒットした、吉田旺作詞、鈴木淳作曲の作品である。
 歌詞と曲が絶妙にマッチして、どうにもならない悲しさを表現している。特に、「今日の最終でこの街出たいけど、老いた母一人残して行かれない」という一節は、好きな人と彼と一緒になった人との生活を近くで見ながら生きることの苦痛を予想しながらも、逃げることのできない境遇を痛々しく歌っている。また、「一度だけ彼にあげた唇かみ締めて」というフレーズは、いろいろな解釈が可能であろうが、女の怨念を感じさせるものである。この女性はこのまま引き下がることはないだろう。復讐するにしても泣き寝入りするにしても、幸せにはなれないだろうから、最後は女の意地の問題である。抒情的なメロディーには乗せているが、一回だけ唇を軽々しく奪っていった男への恨み節なのかもしれない。ちなみに、「一度だけ」は「たった一度」に変えたほうが効果的である。

『嫁入り舟』
傘に絡みつく柳をよけながら
雨の掘割を嫁入り舟が行く
彼の元へ嫁ぐ人を私はずぶ濡れて
見つめているほほの涙ぬぐいもせずに
今日の最終でこの街出たいけど
老いた母一人残して行かれない

濡れた白壁をかすめて飛ぶツバメ
アヤメ咲く中を嫁入り舟が行く
彼の手紙細く裂いて水面に浮かべてる
悲しみなど誰も知らず小船に手を振る
今日の最終でこの街出たいけど
老いた母一人残して行かれない

一度だけ彼にあげた唇かみ締めて
雨の中にかすんでゆく幸せ見送る
今日の最終でこの街出たいけど
老いた母一人残して行かれない

因果連関による説明の付け方

 今年も予測できない自然現象によって災害が何件か発生した。特に8月には、台風が影響した集中豪雨によって多数の死者が出て、ニュースでも大きく取り上げられている。
 その取り上げ方であるが、経過を追って、時間当たりの降水量や増水の状況、避難の仕方などを取材に基づいて報道している。それはいいとして、最後はキャスターが締めくくるわけであるが、このような「異常気象」を地球温暖化による現象として関係付けようとする向きがある。これについて、かなりこじ付けというか、無理を感じるのである。まず、「異常」気象というが、この異常とは人間にとっての異常であり、自然現象としては一定の頻度の範囲で発生していることである。台風が発生したり、台風の影響で前線が活発化して豪雨を生んだりするのは例年経験することであり、思い起こせば私が中学生のころに近所でも大雨による土砂崩れで死亡事故が発生している。そういう長い歴史のなかで繰り返している自然現象に対して、ダイレクトに温暖化との因果関係を見ようとするのは無理があるのではないか。
 確かに、温暖化の影響はもはや否定できないだろう。それは異常気象よりも、日々の気候の変化として、たとえば野菜などの植物の生育に影響している。こういったじりじりと迫りくる環境の変化にこそ危機が存在していると言えよう。「異常」なことをセンセーショナルに取り上げるよりも、日常に見られる変化を追いかけて、それを大衆に知らせるほうが、低炭素社会へと誘う力になるのではないだろうか。
 ところで、書いていて思ったが、豪雨の被害には社会的な原因も隠れている気がする。確かに気象の予報精度は上がり、それを知らせる媒体も進歩しているが、地域住民の高齢化は急速に進んで地域の荒廃が進んでいる。山林の手入れが行き届かず、保安の状況が悪化している。そういう背景があって豪雨に対する抵抗力が失われていると考えられないだろうか。
 こうしてみると、いろいろな角度からの解析が必要になることが分かる。単純に一本の因果関係を見るだけでは不十分である。これはあらゆる現象について言えることである。

安泰ではない 第45回総選挙結果より

 落選した自民党の長老たちは、この日が来ることを予想しただろうか。投票日前の報道で苦戦を伝えられてはいても通ると信じていたのではないか。
 スタート位置に着くこと、すなわち党公認の候補者になることは容易なことではないが、とにかく候補になって当選さえすれば、それ以降はまさに安泰。代議士先生として周囲からちやほやされて時間をすごし、当選を繰り返すことにより、いつかは大臣の椅子が回ってくる。これまでは、こういう人生設計ができたのである。
 中川といい、伊吹といい、山崎といい、久間といい、落選の報を受けての表情は茫然自失であった。ただし、逃げ出さずに敗者の弁を語る姿には、最後の意地を感じさせた。それにしても、今回のような劇的な形成の逆転は何度も体験できるものではない。自民の議席と民主の議席が一気に入れ替わった形になってしまった。これは小選挙区制の罠であろう。そもそもこの選挙制度を導入したのは自民党である。思惑としては、もっとも集票能力があったので、これで議席を独占することができると考えたのである。それはしばし効果を発揮した。バランスをとるために合わせて取り入れた比例代表制の議席数は抑えて小選挙区の比重を増し、結果として多数を維持してきたのである。ところが、潮目が変わると、二者択一の図式のなかで、一気に民主へとなだれ込んだ。これを、墓穴を掘ったと言わずして、何というのだろうか。
 北海道の高齢の選挙民が言っていた。中川さんは奢っていたので、ここいらでお灸をすえないとね。自民党は長期政権の上に胡坐をかいていたのである。長期ビジョンがなかったし、個々の政局において誠実な対応を欠いた。人事があまりにお粗末だった。議員のお行儀が悪すぎた。国民はすでに諦めをもって見ていたが、今回はほとほと愛想を尽かしたのである。安倍、福田および中川の辞任はみっともないものだった。また、年金問題のごたごたで、舛添は頑張ったが、民主の議員もそれなりに論客ぶりを国民に見せたことが信頼感をいくらか高める効果をもったように思う。

 自民党の復活はないとは言えない、しかし、長老の復活はない。若返って、いつ議席がなくなっても構わないという覚悟で、政治的信条を貫いて活動に専念することが再生への必須条件である。もはや、この変化の時代に、安泰という言葉はない。

営業の極意

 もう亡くなってから5年になるが、ときどき父のことを思い出す。父は、ある農業関連の団体で自動車の販売を仕事にしていた。成績は非常に優秀だったようで、ディーラーから感謝状をもらったりしていた。商談のためであろう、地方のサラリーマンとしては帰りが遅く、また朝も早かった。事務所に一番乗りすると気持がいいと言っていた。
 父と私は多く会話を交わす方ではなかったが、仕事に関する話を聞かされることがあった。そのなかに、今思い出してもなるほどと頷いてしまうことがある。私の出身地は海沿いではあるが背後に山が迫っており、広い平野のない地域である。したがって、その限られた土地に集落が分散しており、一つ一つが一定の独立性を持っていた。父が言うには、その集落(地区)で周囲の信頼の厚い人物と親交を持つことが営業の大きな武器になるらしい。「あいつの言うことなら間違いない。」と思われている人物である。○○さんもこの車がいいと言っていたというと多くを説明しなくても買ってくれるらしいのだ。地域のキーマンを押さえること。これは地方での営業の極意と言えるだろう。
 都市部では地域のつながりが薄いので同じようにはいかないだろうし、地方も変わってきている。とはいえ、地縁以外にも様々な人のつながりはあるので、そのなかでのキーマンをつかむことは有効な手段となるに違いない。
 最後にもう一つ。父は禿げていた。電話をかけるとき、「わしや。頭の薄い男や。」と枕詞のように言っていた。父は禿げていることもネタに使っていた。自分をどうやって売りこむか考えてそうしていたのか、自然に出ていたのか知らないが、通常はマイナス材料になることをトレードマークとして使ってしまうのだから大したものだ。父の葬儀には、会館を埋め尽くすほどたくさんの人が参列してくれた。どうやって生きてきたか、分かる瞬間だった。

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