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2009年8月 2日 (日)

歌声喫茶

 学生時代にサークルの学習会の後、年に何度か、新宿にある歌声喫茶「ともしび」に行った。ともしびは今でも続いていて、結構盛況のようである。ホームページを見ると、客は団塊の世代以降の高齢者が大半のようだ。われわれは、学生運動の余韻がいくらか残る時代だったので、その名残で出かけていたようなものである。店のなかは比較的広くて、特別催しがある日は除いてゆったりと座れた。学生であり、かつ饒舌な連中が揃っていたからうるさいぐらいよく話をした。それでも歌の時間になると会話は止み、合唱に加わった。

 ああいうところでは、ロシア民謡と労働歌が基本にあり、そこにフォークソングや流行歌も加わってニーズを満たしていた。とはいえ、一般の学生にとっては最早時代遅れの感覚は避けがたく、出入りするわれわれは、変わった学生たちだったに違いない。第一、サークル歌が「さらば恋人よ」というイタリアパルチザンの歌であったから、人によっては違和感を覚えるはずなのだが、ノンポリだからだろうか皆喜んで歌っていた。

 新宿には、ともしび以外に「どん底」という店もあった。ここは、ともしびより少し窮屈な店の作りだった。アコーデオンを弾く名物のおばちゃんがいて、歌声は賑やかだった。店の作りの違いがそうさせるのかもしれないが、ともしびとは雰囲気に違いがあったように思う。そうたびたび行っていたわけではないので確かなことは分からないが、客層が違うように思えた。

 歌声喫茶というのは、仕事帰りに飲んで歌って楽しむことが客の側の目的だが、他の職場の人たちとも同じ歌を一緒に歌うことによって、働く者どうしの連帯を築くという、「歌声運動」としての意味合いも持っていた。しかし、時代も移り変わり、何か老後の楽しみの一つになってしまったようだ。それはそれで結構なことなのだが。

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