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2009年8月 6日 (木)

中流幻想の崩壊

 週刊東洋経済に「相次ぐ経営破綻 高級食器クライシス」というタイトルの記事があった。欧米の高級洋食器メーカーが次々と破綻し、日本のメーカーも同様に厳しい状況にあるのだという。こういう記事を目にするのは日常茶飯事であり、特別驚かなくなった。贅沢なものには手が出なくなったのである。

 中間層の崩壊については何度となく触れてきた。収入が減少し、それが固定的となり、現実的な選択として身の丈に合った生活をせざるを得なくなったということだ。かつても、中流とはいえどもさほど「豊か」であったわけではない。しかし、「豊かさ」の幻想は持っていた。貧しさから解放され、物が十分にあり、余暇に楽しみを持つことができる。そういう境遇に満足し、これからも続くと思いこんだ。今次々と崩壊しているものは、この思い込みの産物であったのだ。

 思い込みの産物を三つ上げたい。① 百貨店・・・百貨店の売上減少は留まるところを知らない。ひどい月には前年比で10%以上の減である。稼ぎ頭の高級衣料品が売れていない。もともと高級な衣服は百貨店に買いに行くという習慣があったから、百貨店が売れなくなったというよりは、高級品が売れなくなったという方が核心を突いているように思える。一昔前なら、家族連れでデパートへ行って商品を見て回り、大食堂で食事をして帰るというのが中流家庭の幸福パターンだったのだ。しかし、もはやそういう幻想は崩れた。  ②ファミレス・・・バブルのころを思い出す。夜遅くなってもファミレスは一杯だった。ところが今は、まだ夜浅い時間でも閑古鳥が鳴いている。すかいらーくという屋号の店は今年でなくなるという。家族で出かけ、洋食を食べるという行動は急激にすたれていった。集客しているのはサイゼリヤなどのファミレスというカテゴリーからは外れた低価格店である。 ③観光ホテル(温泉旅館)・・・温泉に入り、部屋で贅沢な会席料理を食べて、また温泉に入り、くつろぐ。そういう旅行の楽しみ方は少なくなった。かつては個人だけではなく、会社や労働組合などの団体客も多かったが、そういう客の方が先に消滅していった。日観連加盟のホテルは全盛期の半数以下になってしまった。

 もはや幻想は抱かなくなった。厳しい状況に立たされれば、目の前の現実と向き合うしかないのだ。身の丈にあった消費の仕方に徹し、そのなかに少しでも幸福な生活を見出すしかない。それなりの生活、それなりの満足である。おそらくは、効用に見合ったお金しか出さないというクールな生活観が支配的になりつつあるのだ、

 

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