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2009年8月の投稿

2009年8月30日 (日)

本物と偽物 もしくは 信念と打算

 人を評価する場合に、自分自身に対して、こいつは本物か偽物かと問いかけることがある。私は、経営トップから人事について意見を求められることがあるのだが、経営に近いポジションに人を抜擢する場合にはこの問いは欠かせないものである。

 経営に関する本を読むと、必ずと言ってよいほど管理と経営は違うとか、管理の延長が経営ではないとか書いている。そこには、いくつかの意味が含まれていると考えられるが、要は管理技術に長けた者をそのまま無条件に上に上げてはならないという主張である。ただし、管理技術や能力が経営の邪魔になるというわけではない。まったく異質の要素が付加されないと条件を満たさないということなのだ。

 それは何か。明確に定義できないので、いくつか回りくどい表現を使うかもしれないが意見を述べたい。まず、「裏切らないか」という基準だ。会社にはいい時もあれば、悪い時もある。どんな会社にもある。本当に悪くなった時に逃げないということである。人間、逃げようと思えばいくらでも理由は付けられる。親の面倒を看なければならないとか、自分の体調が思わしくないとか言い訳はある。事実そういう事態は発生するのだが、それを逃げの口実に使うのである。
 次に、経営とは組織全体に責任を負うことである。責任とは、社員の顔や家族の顔を思い浮かべることができるということだ。そして自分の生活よりも彼らの生活を優先して考えるということだ。これは誰にでもできることではない。小さな会社では一人ひとりの実際の顔が思い浮かぶだろう。大きな会社の経営者の場合は、もっと抽象的な顔かもしれない。あるいは大きな会社であっても現場に重きを置くトップならば、全員とは言わないまでも相当数の社員の顔を知っているだろう。知っていることは、何事にも代えがたい力を生んでくれるのだ。

 二点、判断の基準になる要素を上げてみた。サラリーマンの延長が経営者でないことは誰にでも分かることだろう。大事なのは、マインドであり、信念である。打算で大きな責任を負うことはできないはずだ。打算が先にあれば、どこかで失敗する。清水の舞台から飛び降りるぐらいの覚悟がなくてはならない。
 最初に書いたように、人事について意見を求められたときにはそういうことを考えて答えるようにしている。とはいえ、自分自身を考えたときには、理屈は承知しているつもりだが、まだまだ覚悟不足と言わざるをえない。

「自由」とは何か 日曜の午後に考える

 これだけで一生を費やしてしまうほど重たいテーマで、しばし考えることはあっても深く追求することは避けている。今日は衆議院議員選挙の日で、それとこのテーマとを結びつける気はないが、他に用事がないので少し考えてみることにしよう。

 いきなり「自由」という概念を考え始めると、あまりに漠然としているので、機械的ではあるが、「経済的自由」「政治的自由」「文化的自由」の三つに分けてみる。今社会的に取り上げられるのは経済的自由だろう。そしてその主体は企業である。市場経済のなかで、どれだけ規制をなくして自由に活動させるかという議論で、最近ではサブプライム問題以来、緩和が行き過ぎだったという論調が支配的だ。一方、経済主体は企業だけではなく、個人事業主もあれば、雇用されている労働者もいる。かれらの自由とはなにか。それは、好きな商いができる、好きな職業を選択できることを意味している。しかし、これは一見常識的な見解だが、よく考えてみると一定の条件が前提になければならないことが分かる。それは、前者について言えば、商いを始めるための資金である。親から遺産を譲り受けたならいざ知らず、独力で始めるには何年かを犠牲にして資金の蓄積を行う必要がある。借り入れる方法もあるが、担保なしに個人に融資する銀行はあるまい。後者で言えば、一定の学歴と能力が不可欠になる。学歴を手に入れるには多くの時間と費用がかかることは自明のことである。仮に特殊な才能によって可能になる職業があるにしても、才能を磨くには金がかかる。レッスンなしに、才能は開花しない。
 ここまで、経済的な自由について簡単に考えてみたが、特に個人にとっては極めて形式的な「自由」であることが分かる。自由なんだから、どうぞお好きな道を選択してください。思い通りの生活を手に入れるかどうかは単純にあなたの意志の問題ですというわけだ。しかし、現実には、個人は非常に弱い立場に立っているのである。企業といえど、常に盤石であるとは限らず、経済社会の変動によって浮き沈みはあるが、個人に比べれば力があることは疑いえない。個人は、周囲に影響を与えるよりも、周囲から影響を受ける要素が圧倒的に大きい。受け身なのである。

 話を「政治的」自由に移そう。これは、言論・集会・結社の自由を意味する。たとえば、時の政権に対して支持する人もおれば、支持しない人もいるのはごく普通の話だが、それさえも思うに任せられない国家もあるだろう。ましてや、それを口に出して言う、人を集めて宣伝し、示威行動を行う、それを恒常的に行うために組織を結成することにまで至れば、反対勢力との軋轢も激しくなる。しかしながら、近代国家においては、内容はどうであろうとも(破壊的な目的を持たない範囲に限られるだろうが)認められる権利である。未だミャンマーのように軍政がひかれ、自由の制約された国家もあるが、比較的広く認められた権利ではあろう。注意する点は、これも個人の場合は発言する手段や場を持たない場合が多く、政党や各種の圧力団体に比較して不利だということだ。多少なりとも光明が見えるとすれば、インターネットの普及で個人の主張が発信され、世論を形成する道が開かれたということだろう。

 最後に「文化的自由」だ。これは、衣食住において制限を受けることなく、また芸術活動においての制約がない。男女の交際・婚姻・出産などにおいても本人の意思が尊重されるということである。これも経済的な自由と同じく、形式的な意味あいが強いと言えるだろう。「自由」から「権利」へと読み替えていかない限り、実質の自由を獲得することはできない。

 自由と言ってもいろいろな中身があり、比較的ましな憲法を持っている国においてさえもつねに保障されているのでもなく、形式に騙されることなく、その内実を追いかけていかなければ手に入れることができないのが自由である。したがって、自由とは、能動的に生きる人においてのみ生きた概念となりうる。逆に、施しを待っている人においては死んだ概念となり、その価値を喪失する。

SF映画を見て

 SFものはあまり好んで見る方ではない。現実離れした世界に興味が湧かないからだろうか。とはいえ、若いころはSF小説の方は冒険小説と並んで好んで読むジャンルであった。若いという要素もあるし、そもそも映画自体を観る機会が少なかったということもあり、文字に今の何倍もの想像力を掻き立てられたのである。
 タイトルは忘れたが、子供のころに読んだSF小説で記憶に残るものがある。どこかの天体へ探索に出かけた一隊が探索中にトラブルに巻き込まれ、故障した宇宙船一機と隊員一人を残したまま地球に帰還する。ところが、残された隊員が宇宙船を修復して先に地球に帰っていたという話である。書店でこの本が売られていないか何度か探したが分からない。ぜひ、もう一度読んでみたい小説である。

 ところで、今日の本題である。SF映画には、宇宙ステーションや天体にある基地などが舞台として描かれているが、皆立派な建造物で、コンピューター制御されていて人が少なく、全然生活感がない。建物を造るには、それなりに人手がかかるし、基地を維持するのにも労力は必要だ。しかし、労働者の姿は見えない。あるいは、見えたとしても場合によっては奴隷に働かせていたりする。随分未来の話なのに、古代の奴隷制社会を思い起こさせる。ついでに言っておくと、飽きずに戦争を繰り返している。そういう場面をメインにしないとストーリーにならないのかもしれないが、未来の物語と言っても要するに現実に縛られてしまっているのだ。小説の作者や映画の製作に携わる者は、その想像力が現実の枠の中から出ることができず、しかも現実の世界で見たくないものを削ぎ落としてしまっている。
 人類の未来は平和であってほしいが、いくら進歩しても日常の生活はきらびやかなものではなく、地味に淡々と進むのであろう。戦いも争いもないが、そこのある生活の喜びは平凡なものだろうと想像する。社会が成立する基礎には労働がなくてはならないし、個々の労働は社会の成立に不可欠のものとして評価されるし、当事者にもそのことへの誇りが持てる社会でなければならない。それでも、働くということは機械的に頭や体を動かさなくてはならない側面があるので、楽しいとか充実しているとかいう感覚は常に得られるものではないことを覚悟すべきである。とはいえ、人間はそんななかにあっても、生きるとはどういうことなのか追求することを止めないだろう。だから、芸術や信仰といったものは、易々と滅びるものではない。

 SF映画は、夢の世界を描くだけなのか。そういう作品ばかりではなかろう。あまりに現実的な見方をしてしまっては、折角お金を払って観ている映画が面白くなくなってしまうだろうが、すべてを受容するのではなく、なんかおかしいんじゃないかという感覚を持つことも大事だと思うのである。

2009年8月29日 (土)

妙見山にて

 能勢の妙見山に行ってきた。息子の夏休みの宿題である植物採集にお供した。阪急電車から能勢電に乗り換え、妙見口まで。そこから徒歩でケーブルカーの駅まで。ケーブルに乗って中腹まで上がり、そこからはリフトで上がる。しばし山道を歩くと山頂近くの広場に出る。地味な場所で、正味のお参りか散策が目的になる。植物採集では思ったほどの収穫はなかった。花の付いた植物などそんなにないことが分かった。時期も悪いのだろう。

 ところで、山道を歩いていてすれ違った二人連れがこういう会話をしていた。「こういうところに住んでいたら、クーラーいらんね。」そりゃそうだ。確かに、真昼でもひんやりと涼しい。朝晩ともなれば冷え込むだろう。しかし、住めますか。住むだけなら住めるでしょう。でも仕事がありません。大阪市内まで通うのは直接車で行くか、能勢電の駅まで車を使うかしかない。随分面倒な話である。都合のいい部分だけ取ってくるのは口では簡単だが、実際の生活では成り立たない。こういう場所は、せめて別荘ぐらいで考えないと。
 住んでみると、いいことばかりではないのです。私も能勢町内に住みましたが、夏が涼しいということは冬が寒いのです。氷点下5~6度ぐらいまで下がります。雪が降ります。最初は喜んで雪だるまを作ったりしますが、そのうち飽きます。軽油代がかかります。車が2台必要です。維持費がかかります。ガソリン代がかかります。物価が高いです。そう考えてみると、都会に住むより生活費のかかることが分かります。メリットは地価が安いことと自然がいっぱいあることです。自然はたまに触れるといいものですが、いつもそのなかにいると特別利益を生みません。喘息治療が目的なら別ですが。地価の安いことは、固定資産税に多少影響しますが、それほどの額ではありません。

 以上、たまたま耳にした会話から発想が飛躍しました。

第91回全国高校野球選手権大会を振り返って

 夏の甲子園を振り返って、野球ファンの3人に語り合っていただきました。

清水 「中京大中京の優勝で幕を下ろした大会でしたが、全体としては非常にいい大会だったと思います。皆さんはいかがでしたか。」

河本 「そうですね。結構面白いというか、いい勝負がたくさん見られた大会だったですね。」

児島 「結果的には優勝候補の中京が優勝旗を手にしましたが、内容を見ると予想外の波乱もあって、印象的だったと思います。

清水 「河本さんの戦前の予想は?」

河本 「中京は候補の一角でしたね。力は一番あると思っていました。他では、北から言うと、花巻東、東北、帝京、明豊あたりを押していました。」

児島 「それに加えるとしたらPLですか。地方大会の内容がよかったですから。」

清水 「準優勝の日本文理の名前が上がりませんでしたけれど・・・。」

児島 「ノーマークですよ。誰しもそうでしょう。」

河本 「同感。」

清水 「では、印象的な試合を上げていただけますか。」

河本 「私は勤め人ですからすべての試合を見たわけではありませんので、見た範囲で言いますが、花巻東と明豊の試合は力のぶつかり合いという感じがして見ごたえがありました。菊池君と今宮君は試合の半分ほどしか投げていませんが、互いに意識しあった気迫のピッチングでしたね。今宮君は筋力のある選手で、打球の速さは超高校級だし、あの154kmには驚きました。」

児島 「私は中京と関西学院の対戦ですね。戦前の予想は中京の楽勝というムードでしたが、私は中京優位は変わらなかったけれど、意外に接戦になると見ていました。関学は初戦の勝利でムードが上がっていたし、兎に角応援のすごさが後押ししていましたからね。中京は戦いにくいはずです。それから関学の山崎君の落ちるボールが中京の強力打線に通用すると見ました。予想どおり接戦になりましたが、最後は力で押し切りましたね。結果論ですが、中京の優勝にとって最も意味のある試合ではなかったでしょうか。」

清水 「私も一つ上げさせていただくと、というか3試合戦ったのですが、高知対如水館の対戦ですね。大会序盤は天候が悪く雨に泣かされました。9回戦った試合を見に行きましたが、力は互角だったと思います。点差は開きましたが、紙一重の差です。そういう意味では運がなかったと言えるでしょう。試合とは別に、如水館の応援は、ブラスバンド、男子応援団、チアリーダー、生徒たちが一体となっており、素晴らしい内容でした。何度か出場経験があり、かつ私学でなければできないでしょうね。では、次に優勝した中京と日本文理についてお話を聞きましょう。」

河本 「中京はやっぱり強かった。監督は守りを重視していましたが、打てるから守りが大事になるんですね。堂林君はいい投手だけれど、ある程度の失点は覚悟しなければならない。最低限に抑えて、それ以上に打ちまくるという戦いです。長打力は圧巻でしたね。基礎体力が際立っていましたが、金属バットならではの打球が飛びましたね。関学との戦いでサヨナラホームランが出ましたが、左バッターで左中間に入る打球は金属ならではの伸びですよ。」

児島 「関学との試合は前に触れたとおりで、ここがポイントでしたね。後の試合はある意味横綱相撲というぐらい強かった。決勝で最後に追い上げられましたが、結局勝ってしまうところが自力なんだと思いました。」

清水 「児島さん、日本文理については。」

児島 「本当にノーマークでしたね。闘いながら強くなっていったチームでしょう。それから、こう言ったら失礼だろうが、対戦相手に恵まれましたね。決勝の中京以外は戦いやすかった。これも巡りあわせです。早くから強豪に当たっていたらどうなったか分かりません。」

河本 「それはあるね。でもいいチームでした。新潟の野球に新しい歴史を刻みましたし、地域差が縮まったという印象を与えました。地域差の件は、事実としてあると思うけれど、地方の私学が特待生として有力な選手を集めて出てくるケースもあるし、単純には言えないな。その点、花巻東は県内の選手でやっているから立派ですね。これまでの岩手のレベルを踏まえてもそう言えます。」

清水 「野球留学については一定の制限が加えられましたが、実態はあまり変わっていないように思えますね。選手の出身地を見ると大半が他県のチームが結構ありました。他になにか特徴的なことはなかったでしょうか。」

河本 「県立岐阜商業の健闘があります。私は東海地区同士の決勝になると思ったのですが、準決勝で惜敗しました。投手の山田君がよく頑張ったと思います。」

児島 「昨年の大阪桐蔭の優勝がありましたから、PLに注目したのですが、今の岐阜商に敗れました。一回戦から本調子ではないと見ていましたが、力を出し切れませんでした。これは、大阪予選の激戦が影響していると思います。勝ちぬくのが本当に大変な地域ですからね。そこでのダメージは大きいでしょう。昨年の大阪桐蔭のような例もあるし、清原の時のPLのような圧倒的な結果を出したチームもありましたが、あれは本当に強かったので参考にはなりません。逆の例を考えると、智弁和歌山などは甲子園に出てきて活躍できる条件があると思いますね。和歌山は高校が少ないし、甲子園まで近いし、練習の環境はいいし。監督の采配ばかりじゃありませんよ。」

河本 「日常的な練習環境の差、地域的な差など条件には差がありますね。しかし、一旦試合が始まってしまったら同条件ですから。そこがスポーツのいいところです。同じ種類の金属バットを使うわけだし。方っぽが木のバットだったら大きなハンデだろうけどね。それを考えると、水着でタイムが変わるという水泳は変なスポーツだね。」

清水 「話は変わりますが、新型インフルエンザの影響もありました。天理高校の選手が感染して大会前の練習ができなかったとか、立正大淞南の選手が感染してベンチから外れたりとか、一部に影響が出ました。5月の騒動の時は甲子園大会も中止になるのではないかと心配されましたが、その後落ち着きました。しかし夏休みになり、クラブ活動を通じて高校生の間に感染が広がりました。」

児島 「しかし、大会でいえば、ごく一部への影響で済みましたからよかったですね。」

河本 「そうだね。これからますます広がるだろうから、秋季大会のころがどうなっているか。選手諸君は体力があるから重症化はしないだろうけれど、一週間練習を休むと現役選手にとっては影響が大だね。」

児島 「スポーツ選手の場合は、感染予防と言っても難しいところがありますね。練習後の手洗いうがいは励行すべきだけれども練習中はマスクなんかできないし、格闘技なんかは接触しないで練習なんかできませんから。」

清水 「いろいろな話題が出ましたが、今日はこのへんにしたいと思います。ありがとうございました。また機会があればお話をお聞きしたいと思います。できれば、選抜大会の時に集まりたいですね。では、終わります。」

言い訳するな

 俺は頭が悪いからとか、俺は才能がないからとかいう言葉をたまに聞かされることがある。そう言う人を見てみると、確かに特別頭がいいわけでもないし、際だって才能に恵まれているわけでもないが、他と比べて目立って劣っているのでもない。
 こういう人は自分を本当に頭が悪い人だと思っているのではない。たいていの場合、この発言は努力しないことへの言い訳であったり、失敗への予防線だったりするのである。世の中には、著しく頭が良い、あるいは悪い人がいるのだけれども、それはごく一部であって、多くの人々については大きな開きはない。仕事など社会生活において成功失敗を左右する要素は、ものの考え方や姿勢、「努力」の度合である。だから、初めから頭が悪いなどと言ってチャレンジを怠れば、自ら可能性の芽を摘んでいることになる。
 世の中、やってみなければ分からないことが多い。とはいえ、備えなしにいきなり行動すれば失敗もしやすい。考え過ぎてもいけないが、成功までの道筋を想定して要所を押さえれば上手くいくことが多いのである。だから、頭の良しあしで人間を分けるのではなく、努力するしないを評価基準にすればいい。これは、他人の評価の問題ではなく、あくまで自分をどう生かすかの問題である。

2009年8月23日 (日)

暑い暑いと言うけれど

 時候のあいさつとして暑いですねと言うのは分かるが、会社でいつも顔を合わせている人同士が暑い暑いと言い合うことには抵抗がある。夏だから暑いのに決まっている。しかし、今年の夏は例年に比べて気温は低めであり、特に朝晩はしのぎやすい。熱帯夜が少ないのである。私は寝る前にエアコンのスイッチを切ることにしているが、例年明け方になると顔から首筋にかけて汗が流れ落ちる。それが、今年はほとんどないのである。

 暑い暑いと言葉にして発してみても暑さが和らぐわけでもあるまい。少しはマシだと思えば、多少なりとも気分が楽になるというものだ。負の効用が生まれるような言動は避けた方がよい。これは問題から目を背けるということではない。それこそ生活の知恵の問題である。同じような事例として、疲れたとか、しんどいとか、忙しいとかいう弱音がある。弱音を吐いたからと言って問題は解決しない。解決するには原因を明らかにして、対策を講ずるしかないのだ。

 私の考え方は功利的にすぎるだろうか。弱音ぐらい、愚痴ぐらい言わせてくれよと反論を受けそうな気もする。それは、分かる、理解できる。私もこころの中では、そう思うことがある。しかし、言葉にしてしまうと、その言葉に影響を受けてしまう。自分だけではない、周囲も影響されるのだ。お互いのことを考えれば、前向きの言葉を努めて発すべきである。

2009年8月22日 (土)

「自分探し」を考える

 家の近所にある専門学校では夏休みに合わせて体験入学企画を実施している。少子化で専門学校の経営も厳しく、兎に角早めに生徒を集めたいということで多くの専門学校で同様の企画を実施しているようだ。

 その専門学校の前を通り過ぎた時に目に留まったのは、「自分探し」をしてみようという文句であった。最近よく聞く言葉であるが、その時に思ったのは、専門学校というのは特定の専門知識や技能を身に付けるところであって、そこで自分探しもなにもあったものではないということだ。学んでいるうちに、これは自分には合わないと判断して別の道に進む選択はありうるが、よく分からないから入ってみるかでは、授業料の高さと貴重な時間の喪失を合わせて考えるとリスクが大きすぎないか。限定された道に進む場合は、一定の覚悟が必要になるだろう。

 とはいえ、「自分探し」という言葉は、進路に悩む若者の関心を惹く。これは昔も同じだった。どこかに、自分らしく生きる「何か」があるのではないかという思いを抱く。それは、現実的に考えれば、「個人的な興味→趣味、社会的な興味→ボランティア、学ぶこと→学校、働くこと→職場」などの具体的な選択の問題である。時間とお金に余裕があり、モラトリアムの時間を過ごせる青年であればゆっくり考えることもできようが、切羽詰まれば、否応なしにどこかに働く場所を求めなければならない。実際、さしあたって仕事は探すのだけれども、雇用情勢の厳しさもあってアルバイトや派遣労働で食っていかざるをえない若者がかなりの割合でいるのである。そして、そのような境遇にあっても、なお「自分探し」を卒業できず、ふらふらしている者がいる。それは、将来に希望が持てないから抽象的な期待で自分を誤魔化しているのか、曖昧な期待にすがってるから現状から抜け出せないのか。私は前者の要素が強いと思うが、「自分探し」は根強く若者の心に住みついている。

 主体的に考えれば、「自分探し」などはなく、あるのは「自分作り」である。何を学ぶか、どういう仕事に就くか、具体的に生き方を選択し、選んだ道を歩くことである。私のように、50年あまり生きてきた人間にとっては、当たり前のことである。探せば、どこかに転がっているようなものではない。ところで、改めて、「自分」とは何だろうか。これを考えるときに大事なことは、文字通り自分だけを見ていたのではその正体が分からないということだ。周辺との関係を抜きにして、不変の実体としての「自分」はありえない。

 自分の意志で生まれてきた人はどこにもいない。生物学的に親から生命を授かってこの世に生み出されたのである。そして、通常その親と、場合によっては親の親と、また兄弟と家族を形成して育ってきた。第一義的には、自分とは血縁である。従って、親や兄弟を知り、理解することが自分を知ることである。次に、人間はご近所の人たちと付き合い、近所の子供たちと遊び、学び、近所の神社で祭りを楽しんで育ってきた。第二義的には、自分とは地縁である。地域における関係を知ることで自分を知ることができる。以上の基本となる二つの要素は自分を起点に考えると所与のものである。そして次は、自らの選択による関係に入ることになる。それは、具体的に言えば、受験を経て入っていく大学であり、専門学校であり、その後入っていく職場である。そこでの友人関係、師弟関係、上司部下の関係などが自分自身を形成することになる。自分の領域を決め込んでしまって、そこから出ず、人とのやりとりを拒絶してしまったら、その本人の成長はそこでストップしてしまうことになる。

 整理してみると、「自分探し」という言葉を使うならば、「自分探し」とは、自分の周囲と自分との関係の知ることである。そして、その関係をより豊なものに発展させていくことが「自分作り」である。よく大きな業績を残した人が、自分を支えてくれた親に感謝するとか、応援してくれた周囲の皆さんに感謝するとかいうコメントを残している。本人の強い意思があって成果を上げたには違いないが、様々な条件・環境が整っていなければ成就しなかったであろう。それは物理的な条件・環境以上に、人との関係が他に優越していたからである。そういう意味で、感謝の表明は見せかけのパフォーマンスではなく、現実的な根拠があってのものだと言える。もう一つ、付け加えるならば、その当人の業績およびそこに至る過程で、周囲の人たちも励まされ成長したのであろうから、その人々もまた感謝の念を抱くであろうし、抱かなくてはならない。

 青い鳥は、日常の世界の外にあるのではない。

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2009年8月17日 (月)

関西学院高等部の善戦

 今日の対戦で、中京大中京に4対5のスコアで敗れたものの、善戦したと言えるだろう。監督自らコメントしているように、力では圧倒的に中京に歩があった。とはいえ、7対0が実力差だという評価は謙虚すぎる。せいぜい7対2ぐらいではなかったか。つまり、10回対戦すれば2勝できる程度の力が関学にもあるということだ。この対戦が、その2勝に当たる可能性もあったのである。結果敗れたものの4対5というスコアは力以上のものが出せたという意味でよく戦ったと言ってよい。

 ところで、この対戦を見て感じたことを3点書いてみたい。それは①守備、特に投手力の重要性 ②兵庫県のレベルの高さ ③応援の力 である。

 関学は守備力がしっかりしていた。決して華麗なプレーではないが、よく練習ができていたのではないかと思う。野手の捕球は確実で、内野手の送球は安定していた。そして特筆すべきは山崎の好投である。テレビの解説によると5月から投げ始めたらしいが、捕手としての経験が投球術を生み、それはその後の投球経験によって更に磨きがかかった。彼の登用により、チーム力は格段に上がったに違いない。過去の戦績は調べていないが、それまでは点は取っても失点が多く、勝ったり負けたりのチームだったのではないか。今日の試合でも、彼を先発させたらどうだったかという意見もあるが、それは監督の考え方であるから触れないでおきたい。

 兵庫県はレベルの高い地区である。これは説明するまでもない。勢いで勝ってきたという言い方は間違いではないが、勢いだけで勝てないのもレベルの高い地区の特徴である。報徳、育英、滝川などの有力校を連破することは確率的にも非常に困難なことであり、それを実現させた力は決して小さくないと考えるのである。

 最後は地元の有利さ。応援の大きさである。関学がホームチームであり、中京はアウェーで試合をしている状況だった。この応援が流れを関学側に引き込む力になったことは間違いなかろう。これは単純に地の利と受け止めればいいことで、これ以上言うことはない。逆に、この条件のなかで中京はよく戦ったと言える。それだけ力があるということでもある。

小説のなかの人間

 夏目漱石の小説を読んでいると、働かないで家の財産で食っている人間が少なからず出てくる。封建制社会から資本制社会への移行期には、そういう身分の人がたくさんいたのだろう。今でも財産持ちはいるけれども、遊んで暮らしている人は見かけない。金持ちもそれなりに働き、リタイアしてからのんびり暮らそうとするのが今日のスタイルのようだ。それは、財産と言っても、放っておけばあっという間に目減りしてしまうので、人生の多くを残している段階ではまだまだ増やす努力が必要だからだろう。もっと端的に言ってしまえば、金利があまりに低く、金利では食っていけない社会になったということだ。

 ところで、働かないで食っている人達は、一般の勤労者と違って風変わりである。妙に信仰心が厚く律儀だったり、逆に女たらしだったり飲んだくれだったりで道徳心に欠けている。帝政末期のロシア文学を読んでいると、地主たちにも同じような傾向があり、そこでは日本の文学よりもはっきりした特徴を出している。それは旧体制の規律が緩んでいるから、そういう極端な個性が出てくるのだろうか。あるいは、時代の特徴をそういう個性で表現しているのだろうか。いずれにしても現代の小説には出てこない人物像には違いない。

 それに対して、今の時代の流行りの小説に登場する人たちは至って真面目である。正規であろうが非正規であろうが労働者は決められたように真面目に働き、迷ったり悩んだりしながらも、平凡に暮らしている。悪いことをするといっても、せいぜい浮気ぐらいである。しかし、人間関係は希薄で、その生活は危うい。決して活き活きと生きているわけではないのである。

 そこでは、「悪」は表に出てこない。日常の生活の場で、人に悪態をついて混乱させるような性悪な人間は描かれない。決して正味の善人で満たされているのではないが、悪の要素は、たとえば、ネット社会の匿名性の中に埋もれていたりする。それがいつ吹き出し、爆発するか。そこに目を向ける文学もある。あまり見たくない世界であるが、現実にそれはある。昔のようにはっきりした悪ではなく、強い個性ではなく、平板でありきたりに見える人間のなかに沈潜する暴力の芽として存在している。秋葉原での無差別殺人事件は、いろいろな解釈ができるけれども、現代社会に特有の悪の形式なのではないだろうか。それは人格に備わった悪というよりは、何かに動かされている感じがする。

 世につれ、人間は変わる。無論、変わらない要素もあるだろう。だから古典を読む意味があるのだが、それだけで今人間の精神に起こっている現象を説明できるものではない。作家たちが、現代に生きる人間のどこに問題点を見つけ、同時にどこに活路を見出そうとしているのか。興味深いところである。

特別な日

 8月の6日、9日、15日は日本人にとって特別な意味を持つ日である。思想、信条、宗教を超えて厳粛に受け止めるべき重たい経験である。

 人間は、自分ではどうしようもない外からの力に翻弄されて生きてきた。外からの力のなかで最も大きなものは国家の力である。特に、戦争が勃発すれば、どれほどの人間がその人生を狂わされ、辛い目に遭遇しなければならないか。軍に召集され、戦地に向かう。大切な人との紐帯を切り刻まれ、残された人も同様に苦しむ。出征兵士は戦地で命を落とし、送り出した側も本国が戦場になって逃げ惑うことにもなる。私は、自分の子供を戦争に持っていかれることなど想像さえしたくない。どこに喜んで子を差し出す親がいるものか。彼らは動かされたのであって、自ら進んで動いたのではない。戦争は国家の論理である。民衆の論理ではない。

 原爆投下は避けられなかったか。そんなことはあるまい。日本の側からも、アメリカの側からも出来ることはあったはずである。遅くとも、沖縄戦での敗北後は戦の帰趨は決していたのであり、本土決戦など考えずに降伏しておれば広島、長崎の惨劇はなかった。アメリカの側も、なかなか白旗を上げない日本に業を煮やし、戦後処理を有利に運ぶため核を使ったのであるが、別の選択はありえたはずだ。起こってしまったことは取り返しがつかないが、そこから教訓を導き出すことにおいては、これからも大きな可能性が開かれている。

 戦争以外にも、運命を翻弄する外的な力は存在する。しかし、戦争が一番怖い。推進する側は「大義」を振りかざし、有無を言わせず国民を動員し、どうにも避けようがない。また、参戦は死に直結するものだからである。戦争なんて、もう起こることはないさと考えている人もいるだろう。しかし、こういうことは、いくら用心しても、しすぎることはない。戦争に向かう道は、いくら細い道であろうが、一本たりとも通してはならないのである。NHKの視聴者参加番組で、日本は先の戦争で核を持っていたら原爆を投下されることはなかったと主張する男性がいた。そんなことよりも、もっと早く降伏していれば原爆はなかったと考える方が現実的ではないか。投下される前に終結を図る冷静な国家があったならば、20万人を超える犠牲者はなかったのだ。

2009年8月16日 (日)

お寺のポスター

 実家の部屋の壁に、お寺からもらってきたポスターが貼ってあった。そこにこう書かれている。「鳥は飛ばねばならない。人は生きねばならない。」

 何かおかしいと思いませんか。実家は禅宗(曹洞宗)の寺の檀家である。仏教、その宗派ごとの考え方について勉強したことはないので分からないが、禅宗ではそのような考え方に立つのだろうか。鳥は放っておいても飛ぶだろう。人は説教しなくても生きるだろう。生きとし生けるものは、生きようとする本能に導かれて生きるのである。

 確かに、より良く生きることは人生の目標となろう。それは人間が持つ精神性のなせる業である。人は生きねばならないという意味が、より良く生きなさいという叱咤の言葉であるならば分からないではないが、それならば鳥が飛ぶことと同列で語ることはできない。鳥は皆飛ぶだろうが、人がより良く生きることは簡単ではないのだから。

 ケチを付けるわけではないが、どう生きるかという問いは、どう働くかという問いに近い意味がある。宗教があまりに現実的な課題に触れると宗教でなくなるのかもしれないが、どう働くのかを問わずして少なくとも現世の幸福を論ずることは不可能と思える。来世の幸福が現世の業の結果であるという理屈によるならば、これまた働き方が問題にならざるをえない。いや、そんなことと人の来世とは全く関係がないという教義を持つならば、それはそれでいい。念仏さえ唱えれば、誰も皆極楽へ行けると説くならば、それは宗教らしい。小難しい考え方は捨て、絶対的なものに身を委ねるだけでよいという教えは極めて宗教的である。その領域にとどめ、他の一切の分野は科学的な営為の対象とすればよいのである。

 難しい話になってしまったが、要は意味の分からないようなポスターは配るものではない。せめて解説ぐらいしてくださいと言いたいのである。

文芸春秋 昭和47年3月号

 お盆に実家に帰り、蔵の中を掘り返していると古い文芸春秋誌が出てきた。昭和47年3月号である。この時私は14歳だから、兄が購入したものである。この号では、第66回の芥川賞が発表されている。形式は今と同じで、選者の寸評と作品の全文が掲載されている。この回の受賞作品は、李恢成の「砧をうつ女」と東峰夫の「オキナワの少年」であった。作品名は知っているが、両者とも読んだことはない。

 興味を惹いたのは、作品ではなく、選者の顔ぶれである。37年前だから今と全然違うのは当たり前だが、すごいビッグネームが並ぶ。井上靖、丹羽文雄、大岡昇平、吉行淳之介、安岡章太郎、中村光夫など。ここまで偉い先生たちが集まると、逆にまとめるのに苦労するのではないかと思ってしまう。スバ抜けた作品があれば一致しやすいが、差がなければ好みも出てしまう。それはそれとして、これだけの選者が選んだ作品なら、受け止める側も納得性が高まるというものだ。選者が文学賞の権威を高めていると言えるだろう。

 文学賞の権威は、先ほど書いたように選者達の権威であるが、もう一つは受賞者のその後の活躍度合だろう。受賞を機に、いい作品が続けば賞の価値が高まる。逆に、最近でもよくあるのだが、その後鳴かず飛ばずであれば、あの賞も大したことがないという評価になってしまう。そもそも文学賞の目的は、有能で将来性のある書き手に賞を与えることにより、励まし、活躍の機会を与えることにあるのではないかと考える。そういう意味では、受賞した側の努力が足りないという捉え方もできるが、しかし、力量の足りない書き手が話題性が先行して選ばれてしまった場合などは、少々気の毒に思えてしまう。川上未映子の場合も、今後が苦しいのではないかと心配してしまう。

 芥川賞など特に権威のある文学賞は、受賞者の将来まで見越した選定が必要なのではないか。新人に贈られるものは、過去の作品を多く見ることができないのだから、限られた作品のなかに才能を見出さざるをえないので難しいが、今後の発展性の芽をたくさん含んでいるかなど、着目する点はあるだろう。そう考えると、文学賞はまず、選者の力量こそが問われなければならないことになる。

 

PL学園対聖光学院 寸評

 スポーツは何を取っても素人であるが、見るときには自分なりの解釈を加えながら見るように努めている。そうしているうちに、自分なりの見方ができてきて、予想も当たる確率を上げていく。

 この対戦はPLの勝利と予想した。おそらく、ほとんどの人がそう思ったに違いない。大阪地区のレベルの高さがあるし、今年は非常に強い勝ち上がり方をした。準々決勝では大阪桐蔭を下して、ほぼ代表を手中にした。さて、ゲーム展開であるが、聖光学院に先行されたもののPLは1回と3回に得点して3対1とリードした。ここでは、もはや聖光学院に流れが傾くことはないと思われたが、PLの方に2,3の気の抜けたプレーが見られた。集中しきれていないと見た私は、PLが負けるという仮説を立てた。というか、本気で負けると思った。実力があっても、そういうプレーの出る時は負ける傾向があるからである。その後、プレーを見守っていると聖光学院が3対3の同点に追いつく。非常にいい形だ。

 ここまでは、自分の予想どおりに動きだしたので、ひょっとしたらと思い始めた。ところが、その裏でまたPLに流れが行ってしまう。なんでもない3塁ゴロを一塁へ送球ミスするのである。これが発端となって3点奪われる。そしてスコアはそのまま試合終了まで動かない。あのゴロをアウトにしていれば、少なくとも3点は入っていないと思われる。最少得点差であれば、最終盤にまた何かが起こる可能性もあった。やはり守備は大事だ。打ち込まれたら仕方がないが、平凡な打球は確実にアウトにしたい。素人にでも分かる原則である。

 というわけで、予想は外れた。勝負は単純ではなかった。いくつかの要素の複合であるから、簡単には流れない。しかし、巡り合わせはあるものだ。昨日の立正大淞南対華陵の試合で、9回表にファインプレーを見せた淞南のレフトの選手が、9回裏にさよならホームランを放った。なんとなく予感めいたものは誰しも感じたに違いないが、本当にこういう時には打ってくださいと言わんばかりの好球が行くものだ。とは言っても、あんなファインプレーは誰にでもできるものではなく、鈍足だったら届かないであろうし、打つ方も力がなければあれほどの鋭い当たりは飛ばない。流れは間違いなくあったにしても、それだけで片付けたら選手がかわいそうである。勝負の基本はやはり力である。

ファンタグレープの味

 ファンタは私が生まれた1958年に発売されたらしい。ファンタを飲んだ記憶は小学生の時に始まる。ファンタはグレープ味でなければならない。

 それまでにあった清涼飲料水といえば、三ツ矢サイダーと地元のメーカーが作るラムネがあった。当時はまだ一般勤労者家庭の購買力は弱く、地方はなおのことそうであって、毎日サイダーが飲めるほどの生活ではなかった。たまに飲むサイダーとラムネは甘くておいしく、喜んで飲んでいた。さらに、そこにファンタが現れた。ぶどうの果汁は入っていないけれどもぶどうらしき味と香りがして、甘みもうんとあっておいしい。夏の暑い日には、答えられない清涼感と味だった。当時はホームサイズという大きさの瓶入りがあって、それを兄弟で分け合って飲むのだった。しかも、自分の小遣いでは買えないので、祖母から年金で受け取ったお金をせしめて買いに走ったのだった。

 それまでに世間に(とはいっても、身の回りの世間であるが)出回っていないものを初めて口にした時の感動は忘れられないものである。初めて飲んだファンタ、初めて食べた焼き豚、初めて食べたシュークリーム。他にもたくさんの記憶がある。この世にこんな美味しいものがあったとは・・・という感動である。焼き豚の時は、あまりの美味しさにご飯を食べ過ぎてお腹が痛くなった思い出がある。

 今では、それらのものは、いつでも食べられるようになった。特別高価なものではなくなった。そして当り前の味になった。大量に出回り、大量に消費すれば限界効用は逓減していくのである。これから、何が我々を満たしてくれるのか。売る側は、あの手この手で新しい商品を買わせようとするが、少し違うだけで全く新しいものはない。テレビ番組では食べ歩きで、美味しいものがあちらこちらにあるように宣伝するが、どうも無理やり美味しいと言っているように見える。

 そうだ。もはや驚くほど美味しいものなどないのだ。いい素材に適度に手を加えれば、それなりに美味しいものはできあがる。それは普通の美味しさだ。普通に美味しいと思えれば十分なのであって、タレントが目をむき出して競演するのは嘘っぱちなのである。それでは、あのファンタの味はなんだったのだろうか。新しい、未体験の消費社会の到来を象徴する味だったのだろう。それも、洪水のように新たに発売される数多の清涼飲料水に埋没し、目立たなくなってしまった。

恩田陸 「夜のピクニック」

 ある公立進学校の恒例行事である80km歩行で展開するストーリー。主人公は、ともにこの高校の3年生、西脇融と甲田貴子。二人は異母きょうだいである。融は正妻の子で、貴子は愛人が生んだ子である。父親の葬儀の際に顔を合わせているが、互いの家庭に交流はなく、言葉も交わしたことがない。しかし、同じ町に住んでいることから、同じ高校に進学することになった。1,2年時はクラスが違ったので、お互いに意識してはいても話す機会は生まれなかったが、3年では同じクラスになってしまう。

 貴子は私生児なので記録には残らず、またお互いの家庭も隠密裏にこの件を処理していたので、ごく限られた者にしかこの二人の関係は知られていなかった。ところが、この二人が親しくつきあっている友人たちは、二人の間に何かがあると感じていた。互いに気になる様子を見せながらも、一定の距離を置き、会話も交わさない。一部には、陰で付き合っているのではないかという疑いも持たれていたのだった。

 さてこの小説の中身は、ほとんどが80km歩行の行程における少年少女の会話であり、心の動きであり、関係の変化である。それに対し、市街地から田園地帯へ、田園地帯から海岸通りへ、そしてまた市街地へと移りゆく風景と、朝から昼、昼から夜、夜から朝へと向かう時間の流れが、背景画としての効果を上げている。甲田貴子は、この行程の中で西脇融と言葉を交わし、これまでの過剰に意識し合い遠ざけ合う関係を解消しようと心に期していた。しかし急にそれを後押しするような状況は生まれない。歩きながら語り合う中で友人たちの仲間を思いやる感性を受け留め、次第に心が解き放たれてくる。歩行の疲れが極限近くまで達して、そのことが余計な邪念を振り払ってくれる。そして最後の決め手は、アメリカの大学に進んだ親友である榊杏奈の弟順弥の登場である。わざわざアメリカから駆けつけ、二人がきょうだいであることを強く示唆するセリフを吐く。これでストーリーは急展開し、友人たちの計らいもあって二人で歩くことになり、会話し、打ち解けるのだった。

 読んでいるうちに、せっかちな私としてはストーリーのだらだら感に飽きが来はじめていたが、後半から展開に集中できるようになった。先ほど書いた、順弥が送り込まれてくる仕掛けが効いているのと、丹念に描いてきた友人達の人間性の輪郭が次第にくっきり現れてきたからではないかと思う。皆、それぞれにしなやかで、ある意味利口な少年少女である。それゆえに清々しい青春小説に仕上がっており、読んで損をしない水準に達していると思われる。ここで描かれているのは若年期の一要素、一断面にすぎないけれども、巧妙に一つのお話として完成させているために、違和感なく素直に受けとめることができる。

 この作品は、主に、主人公と同世代から少し上までの若者に読者が多いと思うが、私のような50歳を過ぎた中年にも大変面白かった。それは自分にもこういう青春があったらよかったのにという悔恨の情が、猶のことこの小説を甘美なものに仕立てているためであろうか。

2009年8月12日 (水)

差異と同質性

A:今の世の中を見ていると、何かにつけ差異を問題にしているように思えます。企業が生産したりサービスとして提供する商品は、とにかく差別化することが必須になっています。

B;市場で競争があるから必然的にそうなりますね。機能で差をつけたり、機能が同じなら価格で差をつけることになります。

A:人間も同じように市場に投げ込まれて、これは労働市場ですけれども、競争の結果、他者との差を意識せざるを得なくなっています。

B:現実は、そういう方向性が色濃く出ているわけですが、世の中にはそういった差異を作っていくメカニズムだけがあるのではありません。何か人間の手ではどうしようもないものに見えがちですが、そうではありません。もともと、農業をベースとする社会では共同体の中でその構成員には同類意識があって、少し変わった人間がいれば排除していったでしょう。いわば、同質性が排除の論理を生みだしていた。それが、市場社会へと移っていくと共同体は解体して、他者との同質性のよりどころが一旦失われて、徐々に意識されなくなる。

A:それは資本が求めるからです。労働力は自由であるのが原則です。資本の要請に従って労働力が流動性を持つ方が好都合だし、それによって生産力も増大したのですから。分業が徹底されると、同質性というのは意識されないでしょう。

B;ただし、労働運動や政治的な革新の動きはそれを問題視します。マルクスが、万国の労働者よ団結せよと訴えたのは、本質的に同じ条件下におかれたプロレタリアートがそこから抜け出すためには、同質性を認識して団結する他ないと考えました。大規模生産の場所においては、労働者が政治的に結びつく場が、ある意味用意されますし。ただ、使用する側はそれをよしとしないでしょうけれども。

A:労働者は、先進国ではそれなりの所得も得て経済的に進歩したためなのか、あるいは政治的に懐柔されたためなのか、とにかく組織率も落ちて大人しくなったのは確かですね。いい悪いの判断はできませんが。

B:私はそれは政治的な意味でバランスを危うくすると考えるんです。実際に現場で労働を担う人々の声が使用者や為政者や国民全体に届かなくなると、経済合理性だけが追求されて、生身の生きている「労働者」が毀損される恐れが出てくる。生きているわけだから、最低限生き続けられる条件が必要なんですよ。どれだけ必要かは、やはり当事者の声を聞くことが大事でしょう。大企業中小企業を問わず、所得の差を問わず、一定の範囲で同質性を見出して連帯しないと、声が届きません。政治も動きません。

A:私はそれほど悲観的には考えていないけれども、確かに労働者なんて言葉自体聞かなくなりました。少し前まで、寅さんの映画で聞けましたが。

B:そう言えば、そうですね。今は、どこどこの企業に勤める年収がいくらの誰々さんという認識でしょう。年収が異常なほどクローズアップされている。雑誌の特集にも目立ちますね。決していいことじゃない。

A;確かにね。人間が数値化してしまう。個性がそこに埋没しそうです。ところで、元に戻って、同質性のことですが、どこに同質性を認識して連帯する契機を見つけようとしますか。非正規労働者と正規労働者との間で利害対立が露わになっているかと。

B:それはね、単純に考えると労働者の間のパイの取り合いにしかなりません。私は、非正規と正規の双方が、とはいっても非正規もある程度組織化されていないと話し合いにはなりませんが、協議する場が必要だと思います。そこで使用者の側を入れない共通認識を作り上げる。内の関係では、ワークシェアリングの制度やそれを通じての所得の移動などを方針として決め、双方連帯して使用者側に提起すればいいんです。外に対しては、労働分配率の向上を要求すべきです。大事なのは、非正規も正規も同じ労働者であるという観点を見失わないことです。

A:論理を使い分けるということですね。なにもかもごっちゃにしてはいけないですね。他に大事なことはありますか。

B:そうですね。矛盾するようですが、一人ひとりの人間性における差異を認める懐の広さが欲しいですね。一つの固定的な尺度で持って人間を測り、そこにおける差を絶対的なものにすることとは正反対の内容がある。複数の尺度が共存する社会とでもいいましょうか。多元的な社会という言葉が論壇で使われたことがありましたが、そういう表現になりましょうか。とにかく、バランスが大事なんですよ。何と言えばいいのか、他者と自分はどう違うのかということより、過去の自分と現在の自分とがどう違うのかという比較軸の方が大切な場合だってあるわけでしょう。

A:なかなか難しい問題ですね。個性の比較なんて、いくらでも尺度がありうるでしょう。市場社会では企業の発展にどれだけ寄与したか、ものすごく機械的に判定して人間の評価を行うしかありません。基本的にはそうなる。あとは、企業がそれぞれの評価軸を作って、工夫してくださいと言うしかない。

B:少しは人間的な、一本のものさしでは測れないような生々しい部分を評価してほしい。そういう企業が伸びれば、社会も少しずつ変わるんじゃないかと期待しています。

A:そうなることに私も異論はありません。 

2009年8月11日 (火)

夏の甲子園観戦記 第3日

 今日から休暇に入ったこともあり、早めに家を出て、お昼前に球場に入った。今回は3塁側アルプス席に入って、応援する関係者たちの様子もみながら試合を観ることにした。第2試合の長野日大対作新学院、第3試合の天理対南砺福野、第4試合の如水館対高知を観ることができた。

 第2試合は点の取り合いで大味な試合になってしまった。両校の主戦投手は共に制球が悪く、四球を出すとともに打ち込まれ失点を重ねた。最終盤は、お互いに落ち着いて投げられただけに前半の乱調が残念である、とくに作新学院の二番手は落ち着くと球が走り、150キロ近い速球を投げていた。それならもっと早くできたのではないかと思うが、落ち着いて日頃の調子で投げることは、こういう舞台では難しいのだろう。

 第3試合は新型インフルエンザの感染で十分練習ができなかったとされる天理と、地方大会をミラクルな戦いで制した南栃福野の試合。予想外に応援団の人数が多くて、アルプス席はいっぱいになった。結果は天理の大勝である。南栃福野は、普通であれば甲子園には出てこれないチームであり、力不足は否めなかった。守備練習から球が手に付かず、それが試合にまで現れて失策を重ねた。死四球とエラーが大量点につながった格好で、それがなければもっとまともな対戦になっていた可能性がある。自信の有無は、プレーにも表れるもので、天理の野手陣は落ち着いたフットワークとグラブさばきを見せていた。いい選手は構えた姿が格好いい。余分な動作がなく、スマートである。逆に弱いチームの選手は、落ち着きがなく、無駄な動きが多い。この2チームは好対照のチームだった。他に、天理の外野手が初回の守りに入る時に、揃って外野スタンドに向けて礼をしたのが印象的だった。こういう姿は他校で見たことがない。

 第4試合は因縁の対決。雨で、2試合連続で途中中止になった。比較的よく似たチームで、守りは堅実であり、試合運びはそつない。しばらく力どおりに僅差で進行したが、7回に大きな展開がみられた。如水館が3対2の1点ビハインドで迎えた7回表の高知の攻撃。1死1、3塁で高知の好打者である投手の公文を迎えた。ここで、迫田監督はこれまで好投してきた西見に勝負させると思ったが、1塁が空いていないにも拘らず、敬遠させた。そして左腕の池内に交代。よほど信頼があったのだとは思うが、代えるのであれば左打者の公文のところで代えて、際どいコースで勝負させても面白かった。上手くいけばゲッツーもあったろうに。それから、池内が押し出しの四球を出して、続く打者にもボールを2球続けた時に、同じ左腕の浜田に代えてしまった。これ以上追加点はやれないという迫田監督の判断だろうが、打席途中のチェンジは考えにくい。信頼しているのならその打席は投げさせるべきだろう。結局浜田も四球を出して大量点につながってしまった。

 ほんとにちょっとした判断の違いによって試合は大きく動いてしまう。采配のミスと言えるかどうかは分からない。結果がよく出ていれば、好采配と持ち上げられる。しかし今回は結果がでなかった。少し弱気ではなかったか。私はそう思う。

静岡で地震 報道の仕方

 朝早く目が覚めてごそごそしていると部屋が揺れ始めた。数日前にも関東で地震があったので、またそちらの方面だろう、だから大揺れはしないだろうと思っていたら、その通りだった。8月になっても天気は芳しくなく、台風は来るし、今度の地震といい、夏休みの気分を殺がれる現象が続いている。

 揺れが収まるのが早いか、NHKのラジオをつける。こういう時のためにNHKはある。しかし、情報はすぐには入らず、津波警報が出ているので海岸には近付かないように繰り返し注意を呼びかけている。しばらくすると、いつものように被災地の役所に電話をつなぎ様子を聞いている。特に大きな被害はなさそうな報告だった。続いて、これも地方の場合によくあるのだが、ホテルのオーナーに電話を入れて状況を聞いた。前の東北の地震でもそうだったが(その時は女将が出ていた)こういう立場の人は、無事を強調する。全然平気ですとは言わないが、心配はないということを言いたいのである。今日から夏季休暇に入る企業が多い。いわゆるお盆休みで、宿泊客は多く、いつもより高い料金が取れる。こんな時にキャンセルが続いたのでははっきりと経営に影響が出るだろう。

 報道の面白さ(こういう言い方は誤解を招くが)は、聞く方の立場と答える方の立場のギャップである。放送局は被害の情報を早く伝えたい。そうすると、何かないか何かないかとせがんでいるように聞こえてしまう。逆に、先ほどのホテルのオーナーは、何もありません何もありませんと答える。そして、少し白けた空気を残して会話は終了する。これはNHKだからまだ地味だが、民放は派手だ。昨晩は、報道ステーションが串本まで行って、台風が近づく漁港の様子を伝えていた。串本まで出かけるのもご苦労なことだが、苦労なだけに余計に仰々しく伝えたいようだ。折角こんなところまで来たのに、台風の気配もしないのでは甲斐がないとなってしまう。風が強まってきました。湿気を含んだ重たい風です。接近を感じさせます。漁師の皆さんは心配げです。とまあ、こんな感じである。伝える側の意図、その場に立たされた記者やアナウンサーの心情などで伝え方が随分変わってしまうものなのである。

2009年8月 9日 (日)

夏休みの宿題

 夏休みには有り余るほどの時間が与えられている。アルバイトをせざるをえない状況や入試前の勉強に大半の時間を割かざるをえない状況を除けば、好きなことのできる時間があるのだ。ただし難敵である、宿題というものが控えている。そのボリュームは小中高で違うし、学校の教育方針によっても違ってくる。違いはあっても、宿題の処理の仕方で休みの過ごし方に少なからず影響を与えるだろう。

 ネットで、あなたは宿題を先にやる派か後にやる派か聞くコーナーがあった。こういうものに、「派」はないだろう。できるならば先にやってしまいたいと誰もが思っている。しかし他に優先したいものがあったり、特別やることがなくても宿題に向かいたくないという気持ちが勝って先送りするだけなのだ。かくいう私も同じだった。最後の3日間ぐらいは苦しんだものだ。そんななかにあっても、分量は大したことがなかったが、最初の1週間ぐらいで済ませたことがあった。その年は、気分も爽快で、高校野球をテレビ観戦したり、本を読んだり、ただひたすらゴロゴロしていたりだった。とはいえ、宿題を残していてもすることに大きな違いはないのだ。要するに、気にかかるものがあるとなしとでは、気分の違いが大きいということなのだ。いやいや、私はそんなことは気にしない。宿題を残していてもすっかり忘れて遊んでいるさという人もいる。どうせやらないのなら、すっかり頭から消し去ってしまう方が精神衛生上よろしいことは間違いなかろう。

悪い奴ほどよく眠る

 1960年制作の黒澤作品である。DVDを購入し、今日鑑賞した。「七人の侍」より6年あとで、「天国と地獄」より3年前の映画だ。土地開発公団と建設会社とが関わる贈収賄事件の首謀者たちに対して、かつて汚職事件のもみ消しを図るために自ら命を絶ち犠牲となった官吏の息子が復讐劇を演ずる。息子役の主演が三船敏郎である。

 汚職事件では、首謀者である組織の上層部には捜査の手が及ばず、中間の官吏が追及され、果ては口封じのために自殺を強要されるという終末がある。これは小説や映画だけの話ではなく、実際にも起こっていることである。犠牲者の陰で、枕を高くして眠っている巨悪の存在を摘発するのが狙いのように思われるが、黒澤の作品を見る場合にはそんな理屈は要らないのかもしれぬ。一級の娯楽作品は変な理屈抜きに楽しめばいいのだ。

 七人の侍は、私なりに組織論としての解釈を試みた作品だ。どうやって人を動かし、敵に勝利するか、ヒントになる要素を探しながら見たのである。それはそれで意味があり、面白かったが、ひとつの娯楽作品のなかにそういう厳格な要素を探求するのは無理がある。そういう要素はあるのだけれども、それを訴えるのが映画の目的ではない。だいたい、そんなに理屈っぽかったらヒット作品にはならないだろう。経験的に分かっている要素を散りばめて、あくまで映画を面白くするためのネタとして使っていると考えた方が自然である。

 黒澤映画は、理屈抜きに面白い。先ほど上げた作品の他に、「生きる」「赤ひげ」「野良犬」「用心棒」「酔いどれ天使」を見ているが、いずれも甲乙つけがたい。比較的上映時間の長いものが多いが、退屈するカットはなくてあっという間に結末を迎える。上等な小説も同じだが、時間の経過を忘れさせてくれるのが良い作品の特長である。

犯罪防止にかけるコスト、自殺防止にかけるコスト

 凶悪犯罪を含めて犯罪の件数は目立って増えているという認識はないが、拘置所や刑務所が収容人員オーバーで難儀しているという話は聞く。正確なところは定かでないが、刑務所の収容者一人当たりにかかる費用は、月5万円から20万円ほどらしい。数字に幅があるのは考え方の違いで、直接的な費用にとどめるのか間接的な費用を含めるのかで違ってくるようだ。いずれにしても、全国で年間何百億円という単位の税金が投じられていることは間違いない。国家にしても自治体にしても法律や条例というルールを作り、統治しているので、それを破る輩が少ない方が上手く運営できていることになる。犯罪の発生は無いのが好ましいし、ゼロは難しいにしても、少なく抑えられれば、行政としては費用の面でも好都合である。

 ところで、世の中には、罰則の強化によって犯罪を抑止できるという考え方が根強くあるように思う。犯罪を犯すことは全く以て本人の責任であり、悪い人が応分の責めを負うことに何の疑問があろうかと考える。大半の市民にとっては、自分や肉親が犯罪に手を染めるという想定は皆無に近く、それによって犯罪が減るのであればどうぞ厳罰化してくださいという受け止めなのだろう。また、犯罪被害者の肉親がマスメディアに登場することで同情心が昂じているとも考えられる。しかし、それは応急処置的発想であり、より根本的な解決を追求するならば、別の方策が生まれてくるのではないか。

 犯罪の根本的解決には、まず、犯罪発生の原因の追求が必要になってくる。結果論になってしまうが、こういう手を打っていたら犯罪を犯す前に踏みとどまっていた可能性があると考えられる事例を耳にすることができる。原因が貧困や、人間関係の欠如にあるとすれば、社会政策の打ち方やボランティア活動の促進支援策によって元を断つことも可能だ。確かに、対策の範囲が広く、コストもかかることに違いない。それと犯罪者の収監に必要な費用と比べたらどちらが大きいだろうか。前者が大きいかもしれないが、犯罪発生による市民の不安感や過剰な相互監視意識などの除去を合わせて考えると、投資効果は大きいのではないだろうか。

 犯罪者を自分とは違う人間と決め付け、差別化し、排除するという方向は、犯罪に限らず、社会一般に「差別化」として強化されているのではないか。他者との間に、差ではなく、同質性を見出し、いたわり合い、保護しあい、連帯する機運は生まれてきそうにない。違うように見えても、人間なんかたいして違わないよ。みんなちょぼちょぼさという感覚は、昔には今よりもっとあった。大衆に寄り添う知識人も今よりは多くいたはずだ。とはいえ、何もなくなったわけではない。善意の市民、大衆。真面目に考えている知識人。より深く、より根本的に考えている研究者もいる。今声高に叫ばれていること、今進みつつある変化が本当に正しいのか考えなおしてみよう。

 自殺者の増加に対して、それを食い止めるための相談窓口を設置するなどの応急対策をとろうとする動きがある。私は、これは必要なことだと思う。多重債務者を発生させないための対策などやるべきことは多いが、人間は死んだら生き返ることができない。応急処置を行うべきである。

2009年8月 8日 (土)

高校野球 迫田監督の眼

 高校野球の監督の仕事は、選手たちの個々の力量を向上させつつ、組織としての力を育て上げ、戦えるチームを作り上げることである。また、実戦の指揮を執り、相手チームとの力関係の分析の上に立ち、試合の展開を読みながら戦術を展開し、自軍を勝利に導くことである。こう考えると、高校野球の監督も楽な仕事ではない。ましてや有力校の監督ともなれば周囲の期待が大きく、気の休まる時がないであろう。

 名の知れた監督は全国に何十人といるのだが、今日は迫田監督に触れたい。迫田さんは今年で70歳。広島商業の選手として夏の大会に優勝経験があり、監督としても同じく広島商業で優勝を遂げている。現在は如水館のチームを率いており、この夏にも甲子園出場を果たした。週刊朝日の記事によれば、、2006年に指導方針を変えたという。あの駒大苫小牧の練習を見た時が転機になったそうだ。コーチや監督はほとんど指示を出さず、ミスや問題点があれば選手同士が集まって話し合っていた。「こういうチームには勝てないと思った」という。選手たちに求めるのは、自分で考える力だと考えるようになったのである。

 力のある監督ほど、選手をコマのように動かし、自分の采配で勝利へ持っていきたくなる。それでも、選手に一定の力があれば、それなりの結果がでるのだが、想定した範囲を出るものではない。想像を超えるようなチーム力の拡大や試合での力の発揮は、個々の選手の自主的な模索による創造性によらなければならない。各チームがレベルを上げている今日においては、昔ながらの監督依存では通用しなくなっているのである。

 これは、企業における人材の活用と類似している。これだけ変化の激しい社会に対応するためには、トップダウンは必要だとしても、それだけでは間に合わなくなっている。現場現場での迅速な意思決定が必要だと考えられており、軍隊の組織論にまで取り入れられている。従業員が、あるいは兵隊が、自分で判断し行動し出したら著しく効率が上がり、成果につながるであろうことはかなり確かなことである。制度を変えるとともに、風土改革を行うことが多くの企業に求められている所以である。

 名将にして、方針の転換あり。いつでも自己変革を忘れぬ姿勢が、迫田さんの真の強さかもしれない。

2009年8月 6日 (木)

中流幻想の崩壊

 週刊東洋経済に「相次ぐ経営破綻 高級食器クライシス」というタイトルの記事があった。欧米の高級洋食器メーカーが次々と破綻し、日本のメーカーも同様に厳しい状況にあるのだという。こういう記事を目にするのは日常茶飯事であり、特別驚かなくなった。贅沢なものには手が出なくなったのである。

 中間層の崩壊については何度となく触れてきた。収入が減少し、それが固定的となり、現実的な選択として身の丈に合った生活をせざるを得なくなったということだ。かつても、中流とはいえどもさほど「豊か」であったわけではない。しかし、「豊かさ」の幻想は持っていた。貧しさから解放され、物が十分にあり、余暇に楽しみを持つことができる。そういう境遇に満足し、これからも続くと思いこんだ。今次々と崩壊しているものは、この思い込みの産物であったのだ。

 思い込みの産物を三つ上げたい。① 百貨店・・・百貨店の売上減少は留まるところを知らない。ひどい月には前年比で10%以上の減である。稼ぎ頭の高級衣料品が売れていない。もともと高級な衣服は百貨店に買いに行くという習慣があったから、百貨店が売れなくなったというよりは、高級品が売れなくなったという方が核心を突いているように思える。一昔前なら、家族連れでデパートへ行って商品を見て回り、大食堂で食事をして帰るというのが中流家庭の幸福パターンだったのだ。しかし、もはやそういう幻想は崩れた。  ②ファミレス・・・バブルのころを思い出す。夜遅くなってもファミレスは一杯だった。ところが今は、まだ夜浅い時間でも閑古鳥が鳴いている。すかいらーくという屋号の店は今年でなくなるという。家族で出かけ、洋食を食べるという行動は急激にすたれていった。集客しているのはサイゼリヤなどのファミレスというカテゴリーからは外れた低価格店である。 ③観光ホテル(温泉旅館)・・・温泉に入り、部屋で贅沢な会席料理を食べて、また温泉に入り、くつろぐ。そういう旅行の楽しみ方は少なくなった。かつては個人だけではなく、会社や労働組合などの団体客も多かったが、そういう客の方が先に消滅していった。日観連加盟のホテルは全盛期の半数以下になってしまった。

 もはや幻想は抱かなくなった。厳しい状況に立たされれば、目の前の現実と向き合うしかないのだ。身の丈にあった消費の仕方に徹し、そのなかに少しでも幸福な生活を見出すしかない。それなりの生活、それなりの満足である。おそらくは、効用に見合ったお金しか出さないというクールな生活観が支配的になりつつあるのだ、

 

2009年8月 5日 (水)

静と動

 静は動の形態の一つである。静は運動が停止した状態ではなく、いくつかの方向に向かう力が一時的に均衡を示しているにすぎない。自然にしても社会にしても、その構成部分は絶えず変動していて、それが組み合わさって運動が大掛かりになればなるほど動きが複雑になっていく。

 経験的に分かる例をあげてみると、大相撲のがっぷり四つの膠着状態がある。土俵の真ん中で四つに組み合って動かない状態が長く続く場合がある。なんとなく、お互いに力を抜いて休戦状態にあるかの様に見えるのだが、実際はまわしを引きあって簡単には動けない状態なのだ。観客から見ていると何ともじれったい取り組みに見えてしまうのだが、当人達は必死に組んでおり、その証拠に汗が滴り落ちているのである。時に水入りとなるが、ある時点を持って勝負は動き、以外にあっさりと決着がついてしまう。力の似通った力士同士だと、がっぷりになるとなかなか仕掛けられないものらしいが、我慢勝負に負けた方が一気に劣勢に回るのである。

 重病で、生命も危ぶまれる瞬間がある。よく、医師が、今夜が山ですね、などと言う。これは生と死の膠着状態がしばらく続き、その均衡が破られた時に、生に傾くか死に傾くかの瀬戸際なのだ。そして、生に傾き転がったならば、以外にスムーズに回復することがあるのだ。

 組織でもこういう状態はある。みな、それなりに頑張って働いているし、戦略も間違っているわけでもない。しかし業績は一進一退だ。企業は、周りの社会と関係なく、独立して動いているのではない。市場があり、競合するライバルがあり、それらを取り巻くもっと大きな世界がある。それらの複雑な動きとの関係で、自分の位置が決まってしまう。自分では動いているつもりでも、周りがその方向に同じように動いてしまうと相対的に静止しているように見えたりする。しかし諦めてはいけない。どこかの時点で、潮目が変わり、一気に動き出すことがあるのだ。自分が生きており、周りも生きているならば、このような動き方をするのである。だから、何事を見るのにも固定的にとらえてはいけない。つねに、固まって見えるものを分解して見つめてみると、様々な要素で構成されており、それぞれが特徴的な動きを示す。それを分析し尽くせば、自分がどこをひと押しすれば、より効果的に外部を動かし、自分の活路を開けるか、知ることができるのである。

 漠然としたことも、見える人には見えるのである。

2009年8月 4日 (火)

アキハバラ@DEEP

 ドラマにも映画にもなった作品。題材とストーリーが、特別奇抜だとは思わないが面白い。特長は、登場人物がそれぞれ個性的に描かれている点で、いわゆる「おたく」の青年たちの行動や感情が非常にダイナミックである。

 ページ、ボックス、タイコ、アキラ、イズム、ダルマの6人はそれぞれ病気などのハンディキャップを抱えているが、皆秀でた才能を持っている。その才能を結合させて、新しい検索エンジン「クルーク」を開発する。しかし、精魂傾けたこの「クルーク」を、大手IT企業の強欲なオーナーに略奪されてしまう。それを仲間たちの協力を得て、奪回するまでがこの物語の中身になっている。

 秋葉原という、IT社会の象徴である場所とおたく青年を題材にしているところが新規さを感じさせるが、表現されている核心は、ハンディにも関わらず自分の才能を活かす道を真っ直ぐに追いかけ、仲間と力を合わせて大きな仕事をやり遂げるという青春小説の基本ではないだろうか。

 長編であり、内容的にも読みごたえはあるが、いくつか疑問があるので書いておきたい。ハンディがあると書いたが、アキラの場合は軽いように思う。美人なので、返って見た目でしか判断されないというコンプレックスを持っているのだが、少し贅沢かもしれない。男性から見るから余計にそう思うのだろうが、美人で、スタイルがよく、格闘技までできるのだから自分に自信が持てる条件は十分である。どういう女性なのか、想像力を逞しくして読んでいた。

 もう一つは、エンディングである。途中が面白ければ面白いほど終わり方が難しい。途中は、これからどうなるかという期待を上乗せできるので書きやすいのだが、最後の最後はもう先がないから、正味の内容で勝負しなければならない。大手IT企業の本社ビルの厳重なセキュリティーを破って侵入し、頑強な護衛を倒してプログラムを奪回するが、そのくだりがやや弱いように思う。あっさりと終わってしまったという気がする。これは多くを期待しすぎるからだろうか。

 石田衣良は現在を代表する作家のひとりであり、テレビ出演も多く、評価も高い。今回初めて読んだのだが、その良さはもっと読まないと分からない気がする。

2009年8月 2日 (日)

よい政治家とは? 主張の一貫性

 政治は本来、政策で戦われなければならない。国、地方を問わず、どのような政策を選択するかで今後の生活が大きく左右されるのである。(ちなみに政策で重要なのは、制度の設計と予算の配分である。)従って、政治家の人柄は、その人物を評価するにあたり大変重要な要素ではあるが、まず第一にはその人の掲げる政治理念と具体的な政策が、選択の基準とされなければならない。しかし、ここでは政策の優劣そのものを論じることはしない。それは保留して、その判断の前提となるであろう政治家の資質に触れることにしたい。

 私が思うに、最も重要な資質は、主張の首尾一貫性である。そして、その一貫性は、歴史観など彼が持つ価値観の確かさに由来するものであると考える。確かな軸を持たなければ、状況の変化や外部の圧力によって容易にぶれが生じてしまう。選挙前に言っていることと、選挙に勝利してからやっていることが違うのであれば、誰が嘘つきかを判定することが選挙の最も大きな焦点になってしまうではないか。残念なことに、これまで嘘つきが大勢いた。勝利した者は、約束を実行しなければならないし、権限を得たことによって実行できる基盤は手に入ったのである。それにも拘わらず出来ないとすれば、選挙目当てで有権者の前に人参をぶら下げたか、与党のまとまりに著しく欠けるかのどちらかである。

 政治の理念は、政治家になりたいという意欲の前に存在しなければならない。若いころから政治家になりたかったという人物はそもそも信用できない。政治家になることが目的ならば、次に来るのは近道探しである。今の社会に問題点を発見しそれを何とかして解決したいとか、こういう社会に変えていきたいとかいう意思が基本にあり、その手段として政治家になるという選択が生まれるべきなのである。世襲がよくないのは、はじめから議員になることが目的化されているからである。まさに本末転倒の典型である。

 小泉純一郎には確かに一貫性はあった。ただ、間違った内容の一貫性だったと思っている。内容の正誤は、最終的には選挙民が判断すべきであろう。さて、小泉は、構造改革なくして景気の回復はないと言い続けた。構造改革の中身について意見の分かれるところはあるが、とにかく民営化・規制緩和を徹底してやる。そのことで経済の効率化が進み、企業の業績が上がる。国の負荷も軽減され小さな政府ができる。企業の業績があがれば働く者の所得が増え、税収も増大する。こういうストーリーであった。しかし、結果は逆に出た。彼は、抵抗勢力があって思うように構造改革が進まなかったから今日の事態を招いたと言うだろうが、あまり説得力はない。

 政策の内容に逸れてしまったが、小泉には一貫性があった。それに続く安倍、福田、麻生にはそれはなかった。このなかでは、まだ安部がその良し悪しは別にして信念を持っていそうではあるが、周りが愚かだったのか貫き通すことができなかった。他の二人は言うに及ばずである。

 民主党が政権を取ると断定はできないが、取ったら次に厳しい目を向けられるのは民主党である。勝ったのであれば、マニフェストに従って政策を推進しなけばならない。また個々の政治家がそれとは違ったことを言いだし、やりだしたら、選挙の意味はなんだったのだろうかという疑問が出るだろう。個人的に言えば、民主党のマニフェストにはいい面もあるが、賛成できない面もあるので、政権が変わったからといって手放しでは喜べない。ここで言うのは、あくまで一つの要素としての政治家個人の資質の問題である。そのことだけとったら、鳩山より岡田の方がましとの判断も生まれるが、それだけで政治の善し悪しが決まるものではない。

 結論。言うことがコロコロ変わる政治家は信用することなかれ。言うこととやることが違う政治家は信頼することなかれ。

歌声喫茶

 学生時代にサークルの学習会の後、年に何度か、新宿にある歌声喫茶「ともしび」に行った。ともしびは今でも続いていて、結構盛況のようである。ホームページを見ると、客は団塊の世代以降の高齢者が大半のようだ。われわれは、学生運動の余韻がいくらか残る時代だったので、その名残で出かけていたようなものである。店のなかは比較的広くて、特別催しがある日は除いてゆったりと座れた。学生であり、かつ饒舌な連中が揃っていたからうるさいぐらいよく話をした。それでも歌の時間になると会話は止み、合唱に加わった。

 ああいうところでは、ロシア民謡と労働歌が基本にあり、そこにフォークソングや流行歌も加わってニーズを満たしていた。とはいえ、一般の学生にとっては最早時代遅れの感覚は避けがたく、出入りするわれわれは、変わった学生たちだったに違いない。第一、サークル歌が「さらば恋人よ」というイタリアパルチザンの歌であったから、人によっては違和感を覚えるはずなのだが、ノンポリだからだろうか皆喜んで歌っていた。

 新宿には、ともしび以外に「どん底」という店もあった。ここは、ともしびより少し窮屈な店の作りだった。アコーデオンを弾く名物のおばちゃんがいて、歌声は賑やかだった。店の作りの違いがそうさせるのかもしれないが、ともしびとは雰囲気に違いがあったように思う。そうたびたび行っていたわけではないので確かなことは分からないが、客層が違うように思えた。

 歌声喫茶というのは、仕事帰りに飲んで歌って楽しむことが客の側の目的だが、他の職場の人たちとも同じ歌を一緒に歌うことによって、働く者どうしの連帯を築くという、「歌声運動」としての意味合いも持っていた。しかし、時代も移り変わり、何か老後の楽しみの一つになってしまったようだ。それはそれで結構なことなのだが。

ジャズの思い出

  学生時代に一度だけ高田馬場にある「イントロ」というジャズ喫茶に行ったことがある。今は理化学研究所に勤務するA君に連れられて行った。ジャズ喫茶というのは、どこでもビルの地下にあるらしい。ここではコルトレーンの曲を中心に流していて、A君はコルトレーンはいいよと言っていた。ジャズ喫茶は、その名のとおりジャズを聴くためのお店なので、会話はご法度で、ただじっとして聴くばかりであった。したがって、ジャズに特別興味のない人間にとってははなはだ退屈な時間であった。

 ジャズと言えば、同じ仲間内でS君も趣味にしていた。S君はいくつかの大学でフランス語の講師を務めながらフランスの現代思想を研究しているらしい。キース・ジャレットのケルンコンサートのレコードを教えてくれたのは彼だった。とにかく、良いから聴けというのである。確かに良かった。特に、酔っ払って帰って聴くと、かき回したコーヒーにミルクを流し込むように脳の中にピアノの音が溶け込んでいく感覚がした。

 同郷のY君と初めて顔を合したのは新宿の「びざーる」だったろうか。店の様子は全然記憶にないが、それからY君とのつきあいが始まった。彼は文学青年で、新宮出身の中上健次をよく読んでいた。気を遣わなくていいのがよいところで、よく彼のアパートへ押しかけたものだ。インスタントラーメンを作って食べ、残った汁にご飯を入れて雑炊にして食べた。そういう食事は後にも先にも、彼のところでしか味わったことがない。そんな心優しき青年も、数年前に御堂筋線構内で脳溢血で倒れ、一ヶ月間意識が戻らぬ状態だった。しかし奇跡的に意識が回復し、現在もリハビリ中である。

 家内と交際中に、ジャズピアニストのチック・コリアのコンサートを聞きに行った。お客はごくまばらで、演奏者もソロだから彼一人で、よく言えばすごくリラックスしたコンサートだった。家内とはまだ公然とした交際ではなかったので、バスもひとつ手前の停留所で降りるなどして人目につかないように行動していた。会うだけでドキドキするような、まだ新鮮な時期だった。

 数日前に、YouTubeでキース・ジャレットを聞いた。音は昔のままだが、同じようには聞こえない。こちらが変わってしまったからだ。音楽であれ、文学であれ、他のものであれ、それを受け止めた人間に何らかの影響を与える。影響を受け、成長する部分がある。成長しているから、同じように聞こえないのである。

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