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2009年7月18日 (土)

夢と希望

 数日前のこと、出張中のホテルでテレビを見ていたら、難民の家族が集団で生活している団地の様子をドキュメンタリーとして放映していた。そこにはアジアを中心にして多くの国の難民家族がおり、日本に来てから生まれた子供たちも多い。かれらは日本の学校に通い、皆日本語を普通に話す。一方で親たちは母国語しか話せない場合も多く、親子のコミュニケーションも問題になっていた。そのことは同時に帰属意識のギャップも生み、子供たちが自分を日本人として認識していることに対して、親たちは不本意な気持ちを抱いている。

 本国では、お国の主に政治的な理由で不自由な状態にあり、そこから逃亡してきた経緯を持つ。逃亡の過程では、相当危険な目に合っているようだ。親たちはその忌まわしい記憶を滅多なことでは子供には話さない。しかし、こども達はそのことに気づいている。逆に、思い切って過去を話すことによって、子は自分が何者かを知り、親に対する理解と愛情を深めることができるのだという。

 なかで、カンボジア難民の子である、利発そうな男の子が紹介されていた。彼の作文が印象的であった。「今の生活が好きです。夢や希望がいっぱいあるからです。」親から聞いた内戦時代のカンボジアの状況との対比でそういう感情が表現されたのであろう。それはそれで説得力がある。ウソではなかろう。しかし、今の日本の社会に、なかんずく、難民の子に夢と希望が、いっぱいあるだろうか。たまたま、彼が非常に優秀で夢を現実にする可能性はある。あえて言えば、そうなってくれたらいいと願いさえする。とはいっても、難民の子弟全体を捉えたら厳しい状況にあると言わざるをえない。義務教育は受けられたとしてもその先はどうだろうか。働き口はなくはないが、非正規雇用の可能性が高い。職業に貴賎はない。貴賎がないのなら待遇に大きな差はあろうはずがないが、現実には市場の原理によって労働力の価格が決定するのである。

 どの子供にも「夢と希望」が持てる条件を整備したい。結果には格差が生じるとしても、伸びゆく機会は与えられなければならない。教育は基本的に無償であるべきだし、企業は就職を希望する学生を門前払いせず、その人格と資質と意志を試す場を設けるべきである。理想論かもしれない。放っておいてそうなることはない。こういう問題には政治的な力が必要である。彼らを追い出したのが政治ならば、彼らを救うのもまた、政治である。

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