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2009年7月18日 (土)

仕事の成果 稲盛和夫氏の方程式

 稲盛和夫の著書を読んだことがあるが、そのなかにこういう方程式が書かれてあった。即ち、仕事の結果=考え方×熱意×能力である。そして、点数の幅は、熱意が0点から100点、能力も0点から100点。考え方がマイナス100点からプラス100点である。ポイントは、考え方のマイナスの評価にある。

 熱意も能力もなければ何も生み出さない。何もしていないのと同義であるし、その人はいないも同然である。しかし、それ以上の害悪はない。問題は、考え方が間違っていることである。「間違っている」とは、会社が向かっている方向とずれていることを意味する。こういう人が頑張れば頑張るほど組織を破壊し、不利益をもらたすことになる。

 加えて言えば、ただ一人の人間が間違った考え方に陥っているとしても、その人間に影響力がなければ大きな問題はない。怖いのはそれが伝播することである。例えば、こういう人がいるとする。「会社で今力を入れようとしている事業は失敗するに決まっている。あまり頑張って先頭を走ると失敗の責任を押し付けられるからほどほどにしておこうぜ。」と陰で同僚後輩に話しかけている。意図するとしないとに関わらず、事業の推進を妨げ、計画が正しかったかどうかの判断さえできなくしてしまう。反論を表に出して訴えることには大いに意味があるけれども、陰で自説を吹聴することは組織の破壊活動に等しい。他意がなければ注意する程度に押しとどめるのがよかろうが、意図があるならそれなりの処分が必要だろう。

 以上は極端な例だが、これとは違って、その人の仕事に対する基本的なスタンスの問題もあるだろう。マイペースで、与えられた仕事をほどほどにこなし、なんとか暮らしていけたらいいというスタンスの人もいるだだろう。こういう人には成長は見込めないにしても、さきほどの例のような害悪はない。方程式で言えば、熱意の項に当てはまるのかもしれない。すなわち、そこの点が著しく低い。彼には昇進昇格の機会は訪れないし、当然昇給も少ない。それは自らの考え方がもたらした結果であり、おそらく本人も納得するはずである。もちろん、周りにはそう見えても、本人に頑張っている自覚があるのなら認識のギャップがあり、不満の種になる場合もありうるが。しかし、こういう人が数多くいると企業は成長しない。これは当然のことである。成長の方向性が意識されなければ一人ひとりの成長もない。業績も伸びない。将来の経営者予備軍も生まれてこない。全体に停滞が生まれることになるが、変動する社会では現状維持はありえない。まさに停滞は後退と同じことである。

 のんきに気楽に暮らせたら、さぞかしいいだろうとは思うが、現実が動いている以上、自分だけがゆったりしているわけにはいかない。自分自身も変化させながら、人生を展望する必要がある。そうしながら、どうやったら比較的平穏な社会の実現が可能かを考え、問いかけることには意味がある。平穏な社会は、平穏な生活にしがみつくことから生まれはしない。

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コメント

私の周りを見回すと、成功の方程式のとおりに、本当にそのとおりになっています。
特に考え方が、0やマイナスだとそのとおり結果も
0がマイナスになっています。
素晴らしい方程式というか、宇宙の秩序というか
そういうものを感じます。


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