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2009年7月 5日 (日)

22才の別れ 森昌子について

 伊勢正三の作詞作曲で、1975年に“風”が歌ってヒットした「22才の別れ」。私が高校生の時に流行った歌で、キャンプの時に皆で歌った覚えがある。詞も曲もナイーブな感じがして、ちょうど多感な年代にはたまらない歌だった。

 最近、休日の夜はYouTubeでナツメロを聞くのが楽しみになっている。今日は、懐かしの「22才の別れ」をかぐや姫で聞き、“風”で聞き、松山千春で聞き、村下孝蔵で聞いた。それぞれに特長があり、面白いのだが、やはりヒットした“風”の歌声がいいように思った。これは若いころの記憶が残っていて、歌声に乗って様々な情景が蘇るからなのだろう。

 ところで、ここからが本題なのだが、そのあと、森昌子の「22才の別れ」を聴いてしまった。そう、聴いてしまったのである。私にとってはまさに衝撃的であった。もともと森昌子の歌唱力には定評があり、私もそれは認めていたが、この歌をこれだけ繊細に歌えることが信じられなかったのである。この抒情性は、さだまさしのコスモスにつながるものである。“風”もいい味を出しているが、それはフォーク世代の感性であり、演歌を歌ってきた森はそれ以前の感性を表現してしまう結果になってしまったのだ。

 そういうわけで、すっかり森の歌に感動した私は、続いて「越冬つばめ」を聞いた。これは円広志が作った曲として有名であるが、社員旅行のカラオケ大会で私が歌い、優秀賞として1万円いただいた曲なので思い出深い。この曲も、森はとても上手に歌っている。元の詞もよいのであるが、彼女の歌声に乗ってしまうと、あまりに切ないのである。森昌子は決して美人ではないが、こんな歌を聞かされていると、うんといい女に見えてくる。実際いい女に違いはなかろうが、やっぱり女は怖い。女は化けるのであるから。

 これを読まれた方は是非YouTubeで森昌子の「22才の別れ」を聴いていただきたい。ただし、20代の森昌子でなければならない。

 http://www.youtube.com/watch?v=ZvzmdTB-O1g&feature=related

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