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2009年7月12日 (日)

負け組予備軍へ

 世の中の変化が激しい。生まれてこの方、変化のない時代はなかった。それでも就職するまでは比較的安泰だった。会社に入ってからバブル経済があり、そしてはじけた。そこが日本の苦難の始まりだった。

 バブルの傷は大きかった。企業は三つの過剰を抱えた。人の過剰、設備の過剰、負債の過剰である。労働者は「余剰人員」という呼び方をされ邪魔者扱いされた。新規の採用を抑制し、資産を売り払い、負債を整理していった。政府も国債を大量に発行して財政出動し、企業を救済した。それでもまだ復興は十分でなかった。企業に安い労働者を供給するために派遣社員に対する制限が取り払われた。さらに小泉首相の規制緩和によって景気が回復したかに思われた。確かに一部の企業(自動車や電機・通信など)では業績が驚くほど向上した。しかし、それは好景気の恩恵が全国全階層に行き渡ることと同義ではなかった。

 ロスジェネが生み出された。大量の派遣社員が生みだされた。格差が広がった。希望が持てなくなった。恵まれた者と恵まれない者との差はますます広がっていくと皆が思っている。変化はなお続いた。サブプライムローン問題に端を発する金融危機があり、リーマンショックがあって経済危機へと発展した。その傷はしばらく癒えそうにはない。

 経済の変化に合わせて会社も変わっていった。会社は変われる人材を評価する。同じ仕事を続けていたら、変化に乗り遅れる。それは間違いない。ほとんどの社員が変わろうと努力し、実際変わっていった。しかし、変われない社員もいる。世界観の問題か、性格の問題か、能力の問題か。そういう人を、次第に、悪気はなくてもお荷物と見るようになる。おれはこういう人間だからと割り切れば、雑務をしながらでも生きながらえることができるだろう。だが、それに耐えられない人もいる。なんとかついていこうと、もがくのだが、いつの間にか置いてきぼりになった自分を発見する。その戸惑いと苦悩が原因になってうつ病になる人も出てくるようになる。こういう場合、治療を受けたのち、配転させることになる。それでうまく適応し、回復すれば本人にとっても、会社にとってもひとまず安心である。

 できるならば、全員が前進して、一人の落後者も生み出さないのがよい。周りが手を差し伸べる必要があるし、本人も早く気づくべきである。厳しいけれど、のんきにしていては済まないご時世であることを伝えて、分かってもらわねばならない。

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