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2009年7月12日 (日)

宮部みゆき 「火車」

 このところ、現代を代表する作家の作品を読もうと思い、文庫を買うときには意識して選ぶようにしている。先日ブログに書いた平野啓一郎の「顔のない裸体たち」に続いて、宮部みゆきの「火車」を読んだ。これは平成四年の作品なので、もう十七年前の作品になる。山本周五郎賞を受賞しているし、買った文庫は第六十刷になるので、評価も人気も高い本である。

 背伸びをして購入した分譲住宅のローン返済に行き詰った福島県の勤め人一家が、夜逃げをして散り散りバラバラになる。父母娘の三人家族であるが、当時高校生だった娘がこの小説が展開する事件の中心をなす。取り立て屋からひたすら逃げ回ることが彼女の人生になってしまい、身売りされたも同然の状況に追い込まれる。それでもなお逃げ続け、数年後には伊勢の旅館に住み込みで働く場所を見つける。そこで地元の裕福な不動産業者の息子と関係ができ、親の反対があったものの結婚することになる。これで逃亡生活にも終止符を打つことができると思いきや、籍を移したことで足がつき、再び取り立て屋から嫌がらせを受けることになる。彼女と夫は、債務を負っている父親が死んでいれば追い回されることがなくなり苦境から逃れられると考え、東京に行って、生き倒れになった労務者の記録を調べて歩く。しかし、どうか死んでいてくれ死んでいてくれと祈りながら記録をめくる妻の鬼のような形相に夫は失望し、離婚を求める。こうやって再び彼女は孤独となる。この後、大阪で契約社員として通信販売の会社に職を得る。当然過去の履歴は隠している。彼女は、今の境遇から完全に抜け出すには、自分を捨て他人に成り変わることしかないと考える。そしてそのために通販の顧客データベースを利用する。コンピュータはセキュリティーが固いので、入力後のシートを、同僚の男性社員をたぶらかして手に入れる。対象は、身内の少ない顧客が望ましい。何人かをリストアップする。第一の標的は姉しか身寄りのいない同年代の女性だ。ガソリンを使って放火で殺害を企てたが、一命を取り留め、病院で治療を受けることになる。計画は失敗した。だが、彼女にとっては都合がいいことに、第二の標的であった、母一人子一人の境遇にあった女性の、その母親が階段から転落し事故死したという事実を知ることになる。これで新たなターゲットを追いかけることになった。標的の女性に近づき、殺害を実行する。そしてこの女性になりすまし新たな人生をスタートさせた。東京で職を得た小さな会社で、出入りの銀行員と知り合い婚約する。そこまでは順調だったが、男性の勧めでクレジットカードを作りに行って失敗に気が付く。入れ替わった女性が信用情報機関のブラックリストに載っていてカードが作れなかったのである。このままでは入れ替わった意味がなく、また過去が暴露する恐れもある。すぐさま、婚約者のもとから逃亡する。(作品の構成ではここがスタートになっている)そして、再び第一の標的に近づく。入院中であった姉が死亡していることが分かったからである。この女性に電話で連絡をとり、銀座のイタリアンレストランで待ち合わせをすることになる。そこには、この小説で事件を追いかけてきた休職中の刑事と仲間の刑事、捜査への協力者が待ち構えているのである。ここで、この作品は終わる。

 事件の社会的背景が分かりやすく書かれている。多重債務者を生みださざるをえない社会の仕組みに対する告発の書であると同時に、そういう境遇に陥らないための教育の書であるとも言うことができる。この小説が支持されているのは、ここで訴えている危険が身近に存在していることが誰にも分かるからだろう。住宅ローンになればある程度慎重にはなるものの販売会社と銀行が組んで貸しこもうとするし、カードでの割賦購入、キャッシングは手軽に行えるようになっており、コマーシャルはここかしこに溢れている。そういう環境で、一部の消費者は(といっても、極一部ではない)堅実に使いこなすことができず支払能力を上回る。その時に手を出すのが消費者金融である。この高利の攻撃を逃れる道は自己破産であるが、それさえ出来ずに逃げ回り消耗し、最後は列車に身を投げて最終逃亡を図る人も出てくる。

 明日は我が身かもしれない。誰しもなんとかなると思う。しかしどこに落とし穴があるかもしれない。病気や事故で働けなくなったら?考えただけでも恐ろしい。

  おまけ:今後読む予定の小説 → 石田衣良「アキハバラ@DEEP」、吉本ばなな「TUGUMI」、角田光代「対岸の彼女」

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