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2009年7月の投稿

2009年7月29日 (水)

交わらない社会 格差の固定化

 格差社会という言葉はほぼ市民権を得て、ごく少数の論者を除いて保守の陣営でも認めるところとなった。すでに高度成長を経て形成されていた中間層からバブル後に相当の規模の集団が下層へと転落していった。また、ロストジェネレーションと呼ばれる若者の集団が終身雇用のエスカレーターに乗りきれず下層に合流していった。したがって、この格差社会の問題には、労働者のなかの二極化と世代間の断絶という二つの問題を含んでいる。後者について付け加えると、過去においても若者は所得水準が低く、それが青年運動の根拠となっていたが、それでもしばらく我慢すれば、終身雇用制のなかで徐々に給与が増えていき、その当人にとってみれば問題が解消してしまう構造のなかにあったのである。

 格差問題には今ある格差に加えて、その再生産という厄介な問題を含んでいる。言いかえれば、階層の固定化である。流動性に富んだ社会では富者と貧者との間に階層間の行き来があり、しかも成長期においては貧者から富者への上昇が顕著に見られた。その富者にとっては近くの貧者はかつての自分であり、自分の出自を見るという意味で忌避すると同時に懐かしき存在でもあった。どういう感情を持つかはそれぞれで違いはあるだろうが、兎に角近くにいたことは間違いないだろう。近くにいれば、いくらかでも連帯の可能性が残されていた。これに対し、階層が固定化されるとどうなるのだろうか。

 高所得の子弟は、相当の金額(それは時としてパート労働者の年収に匹敵する)を投じて進学塾に通い、名だたる進学校に進む。そして難関大学から大手企業へと昇っていく。これに対し、低所得者の子弟はそういうコースとは無縁であり、公立のなかでも底辺校と言われる学校に進む。そして将来の就職の道は厳しい。この二つの流れは途中で交わることがない。お互いに遠い存在として、特別に意識することなく生きる。生活のフィールドが全く異なっているのである。極端な対比かもしれないが、この傾向は今後ますます強まっていくのではないだろうか。ある意味、英国のようなはっきりとした階級社会になっていくのではないかという予感すらある。上流階級の子は、その階級独特の言葉を話し、独特のカルチャーを持つ。下流の子はまた上流に対しては閉じた社会を形成している。

 日本の場合はまだ格差の歴史は浅い。貧富の差がいくらかあることはやむを得ないとしても、互いに川の支流が流れ込むように混じり合う社会として在ることを期待したい。かつて、キング牧師はこう演説した私には、ある日アラバマ州が小さい黒人の少年と黒人の少女が小さい白人の少年と白人の少女の手を握って、姉妹と兄弟として親しくできる状況に変えられるという夢があります。」

 私は、日本の上流と下流の少年が、白い子と黒い子のように互いに差別の観念に囚われ、長い歴史の闘争なしには到底克服できないような深い深い溝に隔てられることを危惧する。

2009年7月26日 (日)

シンクロでメダルなし

 世界水泳のシクロナイズドスイミングで、日本はこれまで毎回獲得してきたメダルを逸した。ソロ、デュエット、チームそれぞれで順位を落とし、地盤沈下の様相を見せてきた。これまではロシアという壁があって、世界大会のデュエットで立花・武田組の金はあったものの後塵を拝する結果となっていた。しかし、確実に銅メダルはとってきた。それゆえ、注目度も高く、国民が期待する種目の一つであった。

 敗北の原因はなんだろうか。詳しくはないが、ひとつは世代交代の時期ではなかったか。ニュースで見ていると、非常に若い選手が出場していた。次に、優秀なコーチの流出があったのではないか。中国やスペインにコーチが出て行った。井村さんの件は有名であるが、先日のニュースではスペインチームにも今現役のコーチが参加している。井村さんは現在は日本で若手の選手育成に力を入れているようだが、あのような大御所が下の組織で指導していると、ナショナルチームの監督はやりにくいのではないか。口出ししたりすることはないのだろうが、そう思ってしまう。

 そんな理由で、選手の演技は精彩を欠いてしまった。日本は欧米に比べ手足が短く、プロポーションで劣っているので、演技の同調性が勝負だった。それが今回は不十分だったので点数が伸びなかったのだ。私が心配するのは、現実のスキル低下以上に、イメージの低下である。プロの審査員であれば純粋に演技だけで判断するのだろうが、記録を争う種目ではないだけに印象が左右する。日本はレベル低しという先入観が出来上がればそれが大敵になる。北京での結果で、中国と日本の力関係が入れ替わった。そのことに対する井村雅代の功績は大きい。あの出来事が、今に尾を引いているといえないだろうか。

 巻き返しは非常に難しいと思う。技術レベルの向上は時間をかけて指導すれば出来ないことではないだろう。しかし、大会を重ねて力関係を変えることは容易ではない。想像以上の時間を必要とするだろう。そして私が最も恐れるのは、国民の関心の低下である。シンクロはもう駄目だなと思ってしまったら、興味が湧かない。そうするとマスコミも取り上げない。そうすると選手もコーチも士気が上がらない。あえて誤解を恐れず言うならば、関心を喚起する方法は、ビーチバレーにおける浅尾のような存在を作り上げることしかない。いや、それ以上のものだ。浅尾はまだ力不足。容姿もよく、実力もまた必須である。

アクセス数増加の原因②

 昨日のブログへのアクセス数が94件あり、もう少しで100件を超えるところであった。かつては1日に10件あれば多い方だったが、大きな変わりようである。昨日の件数を記事別に見ると、「思考の整理学」が圧倒的に多く、48件と過半数を占めている。それまでもアクセスは多く、グーグル検索でトップにランクされるまでになったが、そのことの影響は大きいにしても、もっと特別な理由があるはずである。現に、今日はこの時刻までで2件しかない。従って昨日特別なことがあったのだ。

 例えば、特定の学校の学生が一斉に検索したという推理はどうだろうか。予備校の講師が、この本はよく出題されるから読むとよいと薦めたとか、教師が週明けにテストがあり、そこでの出題を示唆したとか。後者の方であれば、今日もアクセスがあってよさそうなものだが、そうではないから前者の方が可能性がある。

 ちなみに、今日の日本経済新聞の広告に「思考の整理学」が掲載されていた。「2008年、東大・京大で一番読まれた本」がキャッチフレーズである。広告によると80万部を突破したらしい。毎年3万部程度はコンスタントに売れている勘定になる。確かにすぐれた本だと思う。私は、この本と同様に、加藤周一の文庫本も強く推薦したい。考え方や書き方についての方法論は書いていないが、彼の考え方そのもの、論の展開そのものが勉強になる。私は、加藤周一の本を読めば頭がよくなると勝手に思いこんでいる。

角田光代 「対岸の彼女」

 この小説は、ともに三十代半ばの小夜子と葵を中心に展開する。小夜子は勤務先で社内結婚し、今は三歳の女児の母親であり、専業主婦である。葵は旅行会社の下請けで生きている小さな会社の社長である。ストーリーは、小夜子の生活を軸にした現在と葵の中高生時代を行き来する形で進んでいく。

 小夜子は夫と娘のあかりの三人でマンションに暮らしている。公園デビューを果たすが、すでに出来上がった母親たちのグループに近寄りがたく、距離をおいていた。娘のあかりも同じように他の子どもたちの輪に入っていくことができない。こういう状況に耐えがたいものを感じた彼女は、再び働き始めることを決意する。なかなか採用にはならなかったが、葵から採用の電話を受け取る。ただし、旅行関係の仕事ではなく、新たに始めようとしているハウスクリーニングの作業であった。

 葵は神奈川に住んでいた中学生時代にいじめを受け、心配した両親は母親の実家がある群馬に引っ越す。入学した高校はあまりレベルの高くない女子高だった。そこでは目立たない女子のグループに入り、他のグループからは距離を置き、大人しくしていた。それでいじめられることは免れた。そんな中でも、心を開いて話ができるのはナナコというクラスメートだった。ナナコとは放課後に、学校から離れた川の岸辺で食べたり飲んだりしながら語り合った。他の生徒がいる前でナナコとつきあうと、いじめの巻き添えになると感じていたからであり、ナナコもそれを気遣ってくれたのだ。ナナコの話は、悲観的な内容が少なく、比較的問題なく、順調に育ってきたように思えた。しかし、周囲から聞こえる噂や実際に訪問した彼女の家の様子からは、そんな順調さは何も感じることができなかった。ナナコは親も近くにおらず、妹は非行グループと行動していたために孤独であり、希望を捨て去ったのだ。

 二年生の夏に、葵は親の反対を押し切って、ナナコと熱海の民宿にアルバイトに出かける。きつかったが、他の事は忘れて仕事に集中することで楽しい夏休みになった。バイトの報酬を受け取って帰ることになったが、ナナコが帰りたくないと言い出す。葵は一見強そうで自立しているかに見えるナナコの心の中の恐ろしく深い空洞を発見した。そういう彼女に同調し、葵も放浪の旅に出ることを決意する。持ち金を節約するために、ラブホテルに泊まったり、ディスコで食べ放題の食事をとったり、男を鴨にして奢らせたりした。それでも所持金は半分以下に減ってしまう。葵は昔にいじめられた連中を思い出し、彼女たちを探し出そうとする。あるファストフードで働いている一人を見つけ、ナナコと二人でカツアゲを行う。7千円を巻き上げた二人は、葵がかつて住んでいたマンションの屋上に向かう。二人はこんな生活を続ける虚脱感から逃げ出し、別の世界へ行きたいと妄想する。明確に死にたいと思ったわけではないが、そんな気持ちに押されて屋上から飛び降りてしまったのだ。世間は、この事件の経過を曲解し、異常性愛の果ての逃避行と書きたてた。またナナコの家庭環境のひどさも報じた。二人とも大きな怪我もなく助かったが、ナナコが転居転校することで離れ離れになってしまった。

 小夜子はハウスクリーニングのトレーニングを受け、作業に自信が持てるようになった。そして自前で注文が取れるように、チラシを作成し、休日もマンションに配布して回った。それを見た住人から注文も入るようになった。しかし、夫や姑との関係は徐々に悪くなっていった。夫は妻が働くことに非協力的であり、ハウスクリーニングという仕事への理解もなかった。また、葵の会社の従業員たちも新しい事業には否定的で、葵の経営手腕にも疑いを抱いていた。結局、従業員たちは辞めてしまい、ハウスクリーニングの企みは頓挫することになり、小夜子は仕事を諦めざるをえなくなった。

 ナナコとの過去を引きずっている葵と現在の生活に確かなものを感じ取れない小夜子。ともにうまく人間関係を築けない弱さがあり、かと言って心底信用できない人間とも要領よく付き合っていく器用さもない。何か確かなものを求めて二人は、もう一度やり直そうと決意して、この作品は終わる。

 葵と小夜子のような問題を抱えた女性は多いのだろう。女性・・・そう、この小説は、小夜子の夫の「女性の労働に対する無理解」以外、男性の問題点には全く触れていない。女の世界の話である。角田光代は基本的に男性の読者は想定していないのであろう。相手の懐に入ってくことを恐れる心。孤独には耐えられないが、深い付き合いもできない。一定の距離を置いた人間関係を望み、かつ、それを失うことを極度に恐れる心性が若い女性を支配しているのではないか。この二人は、そういう状況を極端ではあるが、象徴的に表している。本質的な要素を書きだしていない限り、現代を代表する作品にはなりえない。

 なにが、そういう状況を作り出しているのか。作品のなかで解明されることはない。角田光代には見極めている部分もあるのだろうが、小説の中にその問題は持ち込んでない。示唆程度に表すことは可能であろうが、敢えて避けているように見える、それは小説家としての抑制であり、分別というものだろう。それを解明するのは、社会科学であり、ジャーナリズムの世界である。社会の構造変化とともに人間関係や個々の人間の意識も変化していく。精神は精神で、相対的に自律的ではあるが、社会の構造から自由であることはできない。そのことを認識できた人間の精神が、初めて「自由」なるものを獲得できる。

2009年7月25日 (土)

対談 高校野球の魅力 

A:「夏の選手権の地方予選が戦われています。今や夏の国民的な行事とも言えるまでになった高校野球ですが、なぜここまで国民の関心を集めるのでしょうか。」

B:「そうですね。一言では言えませんね。いろんな要素があると思うな。まず、日本人は野球という競技そのものが好きなんだろうね。男だったら少なくともキャッチボールぐらいしたことがあるだろうし、ほとんどの人が草野球を経験している。だから親しみがあると同時に、いくらか知識があるからにわか評論家になれるんですよ。球場へ行って御覧なさい。ここは送ってくるだろうなとか、だめだよ釣り球に引っかかっちゃあ、とか大声出してるでしょう。だけど選手まで聞こえることはない。あれは、俺は野球には少しうるさいよというアピールだろうね。声に出さなくても、頭では皆解説しながら見てるんじゃないの。」

C:「それはあるね。だけど悪いことではないでしょう。少しは分かるから見に行くのです。フェンシングなんか見たって分からないでしょう。だから見に行かない。」

A:「分かりました。確かに競技人口は最大でしょう。高校だけだったらサッカーより少し多いぐらいだけど、草野球まで入れたらやはり、一番多い。」

C:「だから見に行くわけ。特に地方はそうでしょう。プロ野球も人気は高いけれども、せいぜいオープン戦しか見れないでしょう。生の試合となると高校野球でしょ。好きな人なんか練習試合でも見に行っちゃう。それからね、自分の知っている選手も出てるでしょう。応援したくなるよね。少年野球だって同じこと。」

A:「でも、それだったら他の競技でも同じではないですか。」

B:「いや、やっぱり野球は特別だな。注目度が違うよ。予選から報道される。新聞でも登録選手は全員名前が出るから。そんなスポーツないでしょう。地区の決勝戦はNHKで放送されるし。すごいことだと思う。」

C:「甲子園に出たらもうすごいよ。全試合、全国放送です。1試合で2時間半ほど時間をとるとしたら全部で120時間も放送される。オリンピックやワールドカップ並だね。NHKは高野連にいくら払っているの?」

A:「知りません。今度調べておきます。」

B:「注目されているから放送する。これは当然なんだけれど、主催の朝日新聞にしたらすごい商売に違いない。朝日が主催しているって知っている人多いよね。8月だけ朝日新聞を取る人もいるぐらいだし。予選からテレビに出しているのもテレビ朝日の系列でしょう。」

C:「大会を盛り上げるには、話題のチームや選手が欲しいだろう。ハンカチ王子だとかマー君だとか、すごい効果だ。若い女性や主婦なんかもキャーキャー言ってる。テレビや雑誌も取り上げて、商売のネタにしている。純粋に競技としても面白いけれど、話題性かな。」

A:「地方予選から注目選手を追いかけるのは、甲子園へ向けてのPRなのでしょうか。でも途中で負けてしまったらおしまいですね。」

C:「花巻東の左腕投手、名前は忘れたけど・・・。」

A:「菊池君です。」

C:「そうそう。彼がまた出てくるから注目だね、それからまだ分からないけど、横浜のスラッガーでいるよね。」

A:「筒香でしょう。」

C:「おまえ、なんでも知っているなー。ツツゴウっていうのか。難しい名前だなあ。」

A:「ツツゴウで、フツゴウありますか。」

C:「おやじだね。めっちゃおやじ。とにかく、そういう選手が出てきたら盛り上がるってこと。もっとなんかある。」

B:「雑誌に書かれてましたね。朝日は甲子園に皇太子夫妻を呼ぼうとしていると。これも宣伝の一つでしょう。それから、これは選抜の方だけど、本物の進学校が出てきたら話題性抜群だ。灘高校が21世紀枠で出てきたら、すごい視聴率になるんじゃないですか。これは彼らに頑張ってもらうしか手の打ちようがないけれど、秋季でベスト16に残ったら絶対出してくるはずだ。」

C:「そんなことまで考えているんだ。ところでBさん、話題を変えて、高校野球のプレーそのものの魅力はどうですか。」

B:「いろいろありますが、発展途上の面白さかな。まだまだ未熟だけど必死にやっているとこがいい。未熟だから、みんなで助け合わないと勝てないですから、チームワーク重視になるでしょう。」

C:「そうですね。それだけに監督の力も大きくなりますね。選手の調子や心理状態、それから監督の采配でどっちへ転ぶか分からない危うさが魅力ですか。でもね、それはあるけれども、未熟な選手の中に高校生とは思えない選手が出てくるでしょう。これも楽しみ。松阪はすごかったな。それからずいぶん昔だけれど、江川はすごかったわ。バッターでは清原だね。」

B:「チームでもすごいのがありました。清原桑田のPLが筆頭です。冗談で阪神よりも強いと言われました。それから箕島、横浜、智弁など。」

A:「普通のチームにも魅力はありますよ。そちらが高校野球的でしょう。勝ち上がっていくにつれてどんどん力が付いていくのが面白いと思います。佐賀北はその典型的なチームでした。」

C:「四番の子が早稲田に行ったらしいけど、他に目立つ選手はいなかったよ。どうして勝っていったのか説明がつかないね。簡単に言えば勢いなんだろうけど・・・。注目されるから相手もやりにくかったに違いない。勝っちゃまずいかなあという空気があったりして。そこまで行かなくても、見えない敵があるのは間違いない。」

A:「いろいろ意見をいっていただきましたが、自分なりに高校野球の良さを見つけていくことが大切ではないでしょうか。NHKや朝日の思惑もあるでしょうが、そんなことに惑わされず、高校野球の存在意義を考えていきたいですね。」

風にゆれる朝顔の花

 7月も残り少なくなったというのに天気が愚図ついている。梅雨はもうしばらく明けそうにない。マンションンの正面にあるこんもりとした森の上に少し強めの雨が降りそそいでいる。風もあって、窓を開け放った部屋の中に冷えた空気を吹き込んでくれる。ベランダでは、朝顔の花が風に頼りなく揺れている。自然を感じることの少ない都会生活では、珍しい時間である。

 大阪という土地は天気の変化がゆるやかだ。風は強くなく、雨が少ない。平地が広がっているせいだろう。かつて住んでいた大阪府能勢町の気候と比較すると分かりやすい。能勢町は山に囲まれた町だ。こういう地形では天気が急に変わる。特に冬場は、北から風が入り始めると雲が次々に飛んできて空を覆い尽くす。そんな時でも、大阪市内に出てくると晴れあがっていることがしばしばあるのである。

 生地の三重県南部は雨の多い土地だ。南から風が入ればたちまち天気が崩れる。南の風は湿気を含んでいて、それが紀伊山地の南東斜面にぶつかることにより、雨雲が発生する。土砂降りが有名なのは尾鷲だ。私も一度、車を運転中に集中豪雨に見舞われたことがある。バケツをひっくり返したようなという表現があるが、それを上回る激しさだった。ワイパーを最速にしても前は全然見えない。危険なのでヘッドライトを点灯して徐行する。10~20kmぐらいで低速運転したが、路肩に停車した方が安全だろう。しかし、それも尾鷲市内を抜けるころには収まってしまった。あれだけ降ると、却って気持がスカッとするものだ。大阪ではあのような雨は経験がない。

 朝顔は小さい鉢の中で根を伸ばすことができず、窮屈そうだ。それでも、寿命は短いけれども美しい花を咲かせている。地べたに植えてやればどんどん大きく成長することだろう。私たちの周りの人間は鉢植えになっていないだろうか。根を張る場所は、家庭であり、学校であり、職場であり、広くは社会である。昨今の社会の状況を見ると、最低限の鉢さえも奪おうとしているように見える。

津市一身田

 中学生の時期に、津市一身田で下宿生活をしていた。下宿のおばちゃんには大変お世話になったし、通っていた中学の先生方にも熱心にご指導いただいた。しかし、この3年間は自分史のなかでも重苦しい気分のぬぐえない時期であったと言わざるをえない。残念ながら得るものは少なく、次に訪れる挫折への序曲としか捉えることのできない期間である。敢えて積極的にとらえるならば、以後の人生に大きな教訓を与えることになったその「挫折」が、この3年間によって導かれ、生み出されたのだと考えることにより、意味が付与されることになる。

 四畳半の部屋に住み、ラジオを聞くことが最も大きな楽しみであった。NHK、NHKFM、CBCラジオ、東海ラジオ、遠くはTBSラジオ、ニッポン放送、文化放送まで聞いていた。リクエストの葉書をよく投函し、しばしば採用された。特にその当時流行っていた洋楽が好みで、今でも年代別のヒット曲集を買ってきて聴いている。( 「オールド・ファッションド・ラヴ・ソング」「カリフォルニアの青い空」「名前のない馬」など) 深夜放送のパーソナリティーでは、まだ知名度の低かったみのもんた、あまり好きではなかったが人気のあった落合恵子、そして愛川欣也などがいた。名古屋の局では、天ちんこと天野鎮夫、坪井のりおなどがいた。また森本レオが番組を持っていたり、売れる前の板東英二が番組でスーパー回りをしていたことを思い出す。まったく、ラジオなしではありえない生活だった。

 その部屋の窓を開けると種類は分からないが大きめの木が一本植わっていて、その向こうには田んぼが広がっていた。夏には蛙の大合唱があり、部屋の明りに誘われて虫が飛来して網戸にへばりついた。夏は暑く、冬は寒かった。当たり前のことだが、エアコンはもちろんなく、扇風機もなかったと思う。机に向かっていると頬から顎をつたって汗が流れ落ちた。また、アルミサッシなどなく木枠の窓であったため、とにかく冬は寒かった。朝、目が覚めると吐息が白くなったものだ。3年生になるとコタツを買ってもらったが、それまでは今は懐かしい足温器だけだったので、明治時代の苦学生と大差ない生活だった。

 成長期の下宿生活は、食の面でも楽ではなかった。下宿で出される食事はご飯は腹いっぱい食べられるが、おかずは限られていた。とにかく食べられるだけお腹に詰め込んで部屋に戻るが、深夜近くなると必ず空腹になる。小遣いも多くはないからお菓子など買う余裕がなく我慢することが多かった。また試験が近づくと更に空腹の度が高まる。頭を使うと腹が減るということをしみじみ感じた。今思うと、この時期に栄養価の高い肉などをたらふく食べていたら、恐らく身長は2~3センチ違っていたはずだ。

 そんな環境で3年間を過ごした。記憶をたどれば、先生や同級生のことにも触れることができるが、ここではやめておこう。津市一身田。浄土真宗高田派本山、専修寺のある町。考えてみれば、1974年3月以降、一度も足を踏み入れていない領域である。

2009年7月22日 (水)

人が育つ条件 評価者の存在

 人がその才能を伸ばし、大きく成長するためのはどのような条件が揃っていなければならないのか。これをお風呂の湯船のなかで考えていた。明日の朝礼のネタにしようと思ったのである。

 天才イチローをモデルにして考えてみよう。彼はずば抜けた才能の持ち主だと思うが、自分ひとりで成長したわけではない。技術的に見れば、指導者の存在があるだろう。草野球ならばいざ知らず、プロのレベルは我流では身につかない。加えて不可欠の要素として、よき理解者を見落とすことができない。

 理解者と言っても、二種類ある。一つは、理屈抜きに応援してくれる人々である。肉親から始まって周囲の支持者、ファンまで幅広く存在する。もう一つは、彼を適切に評価してくれる理解者である。今日、強調したいのは、この評価者のことである。才能を伸ばし、実績を残す人間の近くには、有能な評価者がいる。継続的に、かつ客観的に評価してくれる観察者の存在が成長に力を与える。この観察者のおかげで、彼は自分の現在の位置を知ることができるし、どちらの方向へ伸びていったらよいかをも知ることができる。

 何かで読んだことがある。有能な文学者には、彼を正当に評価できる批評家が付いていると。才能は発見されるのである。いくら飛びぬけた才能であっても、その価値の分かる人間に出会えなければただの人で終わってしまうであろう。天才の誕生には、そのそばにもう一人の天才が必要なのである。イチローの場合は、仰木彬だったのかもしれない。

 イチローを例に出して話を始めたが、一般論としてもこのことは言える。一人の少年が伸びゆくためには、彼の理解者が必要だ。それは親かもしれないし、教師かもしれない。どこにかれの良さがあって、それがなぜ良いのかを知らせてくれる。そのことで彼には少なからず自信が生まれ、自分のさらに目指すべき目標を提起してくれる。そういう真の理解者であり、応援団である人々がいてくれたらまさに幸運である。逆に、周りに誰ひとりそのような存在がいなければ、彼の人生は暗く淀んだものになるだろう。

 改めて感じたが、人間は一人で成長できないのだ。私を導く日の光がなければならない。私が光を見つけるのが先か、光が私を見つけるのが先か。それとも人知れず、日陰の低木の様に朽ち果てるか。

 

2009年7月20日 (月)

姜尚中とマックス・ウェーバー

 日本経済新聞の日曜日「半歩遅れの読書術jで姜尚中がウェーバーについて書いている。大学入学当時の「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」との格闘の思い出である。

 私も大学のサークルでチャレンジした記憶はあるが、結局は十分には分からず解説本に頼って要旨を理解したように思う。学生の間では、最初に読んだのがウェーバーであればウェーバリアンになり、マルクスであればマルキストになると、まことしやかに語られていた。それは今でも当たっているのではないかと思っているほど、説得力のある説である。それだけ、この二人のインパクトが強いということなのだ。

 ここからは、姜尚中の主張をそのまま紹介して、内容についての論評は避けることにしたい。彼の見解に特に異論はないからだ。

 「この本の凄さは、近代資本主義の起源を論じながら、その行く末を、ある意味ではマルクスよりもシビアに見据えていることである。神なき時代の『ニーチェ的深淵』をくぐり抜けたウェーバーの冷めた眼差しは、資本主義をラディカルに批判しつつも、その進歩的な生産力のポテンシャルを肯定的に評価していたマルクスと違って、ほとんどダンテの『神曲』の一節『いっさいの望みを捨てよ』を思わせるほど、悲観的だ。」このあとも続くが、興味の在る方は、7月19日の朝刊を見ていただきたい。

サラー・チャンのツィゴイネルワイゼン

 クラシック音楽には疎い方だが、いいものは人の心を動かすと見えて、YouTubeでたまたま耳にすることになったサラー・チャンというバイオリニストの演奏に感動した。ツィゴイネルワイゼンは元々好きな曲なので、その要素も影響しているのだろうが、彼女の弾き方が素晴らしい。素人の勝手な思い込みかもしれないが、女性とは思えぬ力強さがあると同時に、その音色に奥深さがあるように感じた。こういう時は砂の中に宝石を発見したような気持がして、詳しい人から見たらいまさら何をと思うだろうが、素人の楽しみとはこういうものである。

 同じように、森昌子の「22才の別れ」を見つけたし、もう一つ付け加えると三浦洸一の「城ケ島の雨」を発見した。歴史のある名曲だけに藤山一郎を筆頭にたくさんの人が歌っているが、その艶のある声といい、躍動感のある節回しといい、抜群である。ちなみに、天才美空ひばりも歌っているが、残念ながらこの歌はあの人には無理である。この格調高き曲は清潔な人でなければ歌えないのである。美空は、上手いし、その事には疑問を差し挟む余地はないが、堅気には分からぬ世界と通じていたのだから、その点での制約は免れないのである。

 http://www.youtube.com/watch?v=_W_H2BEJbt0&feature=related

社会発展の原動力

 自然の恵みと労働が結びつくことによって社会の発展が進みます。自然の恵みが前提にあって、そこに労働が加わって歴史がスタートしました。労働の始まりは、人類史の始まりであるとも言えるのです。

 私は、この「自然」と「労働」を自分の哲学の基礎に置きたいと思います。まだ十分に整理されていませんが、自然は原則として再生可能な範囲で加工されるべきであるし、化石燃料のように限りがあるものについては節約が重要だという考え方を持っています。労働については、単に生産のために必要な行為ととらえるのではなく、労働という行為が人間自身の成長の原動力であると考えます。もうひとつ、「資本」も発展の原動力だという考え方がありますが、資本や市場は、自然と労働を結びつける手段としてあるのでしょう。それが目的ではありません。だから、それに代わって機能する仕組みがあれば、交代もありうるのです。

 加えて大事なことは、生命(人間そのもの)の再生産が保障されることです。結婚し、子供を生み、育てられる条件がなければ人類に未来はありません。爆発的な人口増加は問題を引き起こしますが、人口の減少もまた未来を閉じることになります。生命の再生産は、同時に労働の質を問題にするでしょう。労働が人間を作るのであり、労働の成果が適切に消費されてこそ生命は再生産されます。どういう場所であれ、どういう場面であれ、「労働」が働き手に相応しい状態に置かれているか注目すべきです。その程度が、その国家の水準を示します。これは体制によらず普遍的に適用される尺度です。

「気分」から「自覚」へ ブログの効用

 気分・感情を言葉にする。言葉を文章に組み立てる。文章を主張として発信する。ブログには普通の日記にはない、目的意識的な行為と緊張感がある。それは、人目に触れることを前提にした表現行為であり、自分の名を明かすかどうかに関わらず、一定の責任を生じさせることになる。匿名をいいことに好き勝手な発言も流通するけれども、こういうのは「気分」の垂れ流しであって、主張ではない。

 主張を表に出すという「自覚」的行為は、自然発生的には生まれない。まれに、感性鋭く、目の前に起こっている現象に対して何かを感じ取り、言語感覚鋭く、平穏な空気にくさびを打ち込む発言をする若者がいるが、これは天性のものであるか、それでなければ余程特殊な環境にいるからであろう。通常は、自分の意見を形にするためにはトレーニングを必要とする。欧米では公教育の場でもこの訓練は行われている。日本でも最近ではその認識が広がり、小学校でもプレゼンのまねごとが行われている。

 ブログの制作は、外から押し付けられたものではなく、自主的な行為である。自分の思いを表現して形あるものにしたいという欲求からスタートした。そして続ける中で、より高い中身を求めるようになってきた。継続は力なりと言うけれども、ただ続けるだけでは大きな力を生みにくい。そこには自覚的要素が不可欠である。時々、到達点を測り、必要に応じて軌道修正が図られて質が向上していく。自分の場合、スピードは遅いにしても、書き始めたころに比べて進歩しているように思える。数をこなすことによって要領を得たという側面もあるし、自分の価値観が整理(必要なものと不要なものを区別して、不要なものを捨てること)されてきたということだろう。

 前にも書いたが、趣味は何かと問われて、ブログと答えることもあるが、決して趣味と言えるほど気楽なものではない。今では、言葉は悪いが、ノルマになっている。書きそびれたからといって誰からも誹りを受けることはない。それでも書くのは、格好よく言えば、生きている証になっているからなのだ。よって、しばらくは書き続けなければならない。次なる自己表現の手段に移る時までは。

2009年7月19日 (日)

丹羽宇一郎氏の発言

 最も注目する財界人として丹羽宇一郎氏を取り上げたい。経営者として立派な人、魅力のある人は他にもたくさんいるが、丹羽氏の発言には他とはやや異なった趣がある。それは、いわゆるたたき上げの経営者にはない、歴史観であり、視野の広さではないだろうか。もちろん、丹羽氏も伊藤忠一筋の商社マンであり、たたき上げに違いはないが、単に経験から学ぶだけではなく、社会科学も含めて数多くの書籍から学ぶことにより、社会のあるべき姿についての見識を備えていると思う。

 彼の発言がすべて正しいわけではない。現役の経営者として、その発言と行動が目の前の現実に制約を受けることがある。それは致し方ないことだろう。現実のポジションを超越した自由な発言は、引退しない限り、逆に空虚に響くことだろう。彼は雑誌等でたびたび発言しているが、日本の将来の展望を語る部分では、私の考えとかなりかぶる部分がある。それをメモから抜き出してみたので、ここに列挙したい。

 ①今後、日本企業の正念場となるのは、人の意識改革と新たな収益構造を創出することでしょう。

 ②こうした中間層が減り、低所得者層が増えていけば、今まで日本の技術を支えてきた力を削ぐことになります。

 ③二極分化が消費支出を縮小させていくことは想像に難くありません。

 正しく日本の行く末を見通しており、そこを踏まえた政策提言も行っている。ここでは予測の正しさに触れるにとどめたい。

 この他、人生観、人間観、労働観に関わる発言も多い。鵜呑みにはできないが、考えるに値する内容である。

 ①考えながら読書をしている人とそうでない人では明らかに違いが出てくる。読書をしないような人間は、これからの経営者にしてはいけない。

 ②私の解釈を言えば、神とは自分以外のすべてです。すべての人が自分を見ている。そう信じて一生懸命やっていくことで人間は強くなっていくものだと思います。

 ③人生というものは、自分で振り返るとゴミもホコリも見えないきれいな写真のようなものだけが残りがちです。しかし、本当は写真に写っていない薄汚い部分がたくさんあったはずなんです。生きていくことはそういうことだ。このゴミやホコリの話をしないと本当ではありません。

 

千の風になって

 2年ほど前、日本人の死生観について加地伸行先生からお話を聞いた。メモを残していないので細かなことは忘れたが、日本人の死生観は仏教から来ているのではなくて、儒教の考え方が元になっているのだという。葬儀の進め方やお墓参りも儒教の影響を強く受けているということらしい。

 仏教は自然・社会環境の条件が非常に厳しいインドで生まれた。尋常でない暑さ、著しい貧富の差。そんな環境で生きていくことは、まさに現世そのものが地獄という観念を生んだ。したがって、死んでもなお現世に未練を残すことはない。仏教の考え方では、死んだ後お経をあげてもらったら、魂は位牌に移るそうだ。それから7日ごとにお経をあげてもらって49日目でやっとあの世行きとなる。しかし、お葬式を見ていると、出棺の時にはなお死体にすがりつき、死者に向かって語りかけている。死んでもなお魂が現実の世界をさまよっているという観念は儒教のものらしい。話は逸れるが、火葬にするのは暑い地域で、すぐに死体が腐るからだ。寒い地域は土葬が多かったそうだ。

 仏教では、死んだら輪廻のサイクルに入るか成仏するかのどちらかであって、魂がこの世に戻ってくることはない。お墓参りするのは、魂がまだこの世に残っていると思うからこそであろう。これもまた儒教的である。お彼岸やお盆の風習も同じことだろう。その時に魂が帰ってくるのである。さて、よく流行った「千の風になって」を聴いていると儒教の思想そのものだと思う。魂はわれわれを取り巻く自然のここかしこに留まっており、われわれを見ているという感覚である。

 あるテレビ番組で、「千の風になって」を聴いて、主人が亡くなった悲しみが和らいだという女性の手紙が読まれていた。これは、生と死の断絶を曖昧にしてしまうことでもある。そういう曖昧さは日本的であるかもしれない。本来、葬式をするのは死んだという事実を家族が確かめるための儀式であり、また世間に知らしめることにより残されたものがよりよく生きていくための環境づくりだと考えられる。そういう趣旨からすると、なお魂が身近にいるという感覚は、常に前を向いて生きようとする姿勢からは距離があるように思える。これからは生きることがなお厳しくなってくる。いつまでもめそめそしてはいられないのである。

得るものと失うもの

 何かを得るためには何かを捨てなければならない。個人でも組織でも広くは社会においても入れ物の容量は決まっていて、入れるばかりでは溢れてしまう。確かに、個人でも組織でも社会でも少しずつ成長していてキャパも大きくはなるが、最近ではその成長さえも危うい状況にある。

 個人のレベルで考えてみよう。限られた時間のなかで自己啓発に時間を割こうと思えば、他のことに費やす時間を削らなければならない。それは家族との団欒であったり、趣味の時間であったり、時には睡眠時間であったりする。新たに優先するものが出来た場合には、有限な時間の組み換えを行い、バランスをとり直すことになる。それは価値観の修正であり、ものさしの変更だと言うことができる。家族との時間を減らすような場合は、配偶者や子の理解を取り付ける必要がある。世間の様子が分かっている配偶者ならば多くを語る必要はないだろう。しかし、このように思慮深く事を進めることは誰にでも出来ることではない。人間、新たに手に入れるものには大きな関心を抱くが、失われるものには目を向けない。長く付き合ってきた彼女がいても、身近に感じのいい子が現れたら気を奪われることもあるだろう。そして、その子とどうやってねんごろな関係になっていくのか、そこにしか関心がもてなくなる。これまでの彼女と築き上げた関係は考慮することなく、逆に鬱陶しくなるばかりである。客観的に見れば、失うことも多いはずである。得るものより大きいこともしばしばあるだろう。

 例としてはよくなかったかもしれない。恋愛の場合は、当事者たちの得心の問題であって、周りがとやかく言うことができないからである。なかには説教する人も出てきて、そういう人間関係も捨てたものではないが、最後はどうぞ好きなようにしてくださいと突き放すしかない。他方、これが社会の場合はそんな単純な問題ではない。利害関係が現にあり、状況の変化や構造の変化が新たな軋轢を生むからである。分かりやすい事例として経済成長を取り上げてみよう。高度成長は日本人の生活を大きく変えると同時に、負の爪痕もたくさん残すことになった。都市住民を大量に作り出し、生活がより欧米化し、地域社会における人間関係も大きく変えていった。高層住宅に住み、自動車を手に入れ、電気製品を使い、温泉旅行に出かけ、デパートで買い物をし、ファミレスで食事をする。これらが、得たものであり、中流家庭の豊かさの象徴であった。失ったものは何か。自然であり、遊び場であり、地域社会であり、互助の精神であり、よい意味での民族の誇りであった。これらのことを総合的に評価するならば、すでに終わってしまったことは取り返しがつかないという事実も踏まえるならば、得たものの方が大きかったという答えを出すベきなのであろう。

 では、一定のレベルに到達し、停滞が始まり、同じ夢は二度と見ることができないと悟り始めた現在においてはどう考えたらいいのだろうか。もはや、一本調子の拡大はありえず、パラダイムシフトが必要であることは、事実を冷徹に見ることによってしか生き残りを図ることができない企業人に次第に理解されてきた。しかし、まだまだ変化の途上にあり、環境という名の下に新たなバブルが発生しており、そのことは環境という名の下の量的拡大だということができる。したがって、まだ時間がかかるかもしれないが、個人のところで言った、価値の組み換えとバランスの調整が避けられないのである。

 今大事なのは、何を捨てるかである。それが決まれば、新しい社会の輪郭が明確になる。間違っても、日本の強みにつながる文化的特質まで捨てることがあってはならないが。

2009年7月18日 (土)

吉本ばなな 「TUGUMI」 

 会社のHさんがよく読んでいるという吉本ばなな。私は、父親の吉本隆明の方に馴染みがある。学生時代に、「共同幻想論」や一連の政治評論集(勁草書房刊)を読み、それなりに影響を受けている。特に、その「転向論」には耳を傾けるべき中身があったように記憶している。

 ところで吉本ばななの作品は初めて読んだ。彼女も今年でもう45歳なのか。この「TUGUMI」にしても、20年前の小説なのだ。あえて避けてきた感がある。吉本と娘は違う。懐かしさはあっても、読む必然性はなにもないと。

 読後感は、悪くはない。彼女の作品に対する評論は一つも目にしていないので、予見はない。「つぐみ」という少女は面白い。面白いけれども、もう一つ正体がはっきりしない。病弱、細身、色白、長髪、美人・・・。病床に臥せっていることが多く、本を矢鱈たくさん読んでおり、観念の世界は常人よりも広がっている。外面よく、内面極めて悪し。病弱で、その生存が非常に危ういために逆に精神が先鋭化しており、時に恐ろしく高い電圧で持って気が放たれる。そんなイメージであるが、内輪で話されるつぐみの暴言に近いような言葉が、やや不快に感じられるのは私の受け取り方の問題だろうか。容姿と言葉とのアンバランスはこの小説の最も大事な仕掛けであるには違いないが、なにかしっくりこないところがある。全体としては、女性らしい柔らかな表現が多く、いかにも若い女性に支持されそうな内容だと思った。ところどころひっかかる表現もあるが、上手なのではないか。最後に、つぐみはてっきり死ぬものだと思って読んでいたが、持ち直してしまう。勝手に言わせてもらえば、死んだ方が返って、読者に彼女の記憶が鮮明に残ったのではないだろうか。

仕事の成果 稲盛和夫氏の方程式

 稲盛和夫の著書を読んだことがあるが、そのなかにこういう方程式が書かれてあった。即ち、仕事の結果=考え方×熱意×能力である。そして、点数の幅は、熱意が0点から100点、能力も0点から100点。考え方がマイナス100点からプラス100点である。ポイントは、考え方のマイナスの評価にある。

 熱意も能力もなければ何も生み出さない。何もしていないのと同義であるし、その人はいないも同然である。しかし、それ以上の害悪はない。問題は、考え方が間違っていることである。「間違っている」とは、会社が向かっている方向とずれていることを意味する。こういう人が頑張れば頑張るほど組織を破壊し、不利益をもらたすことになる。

 加えて言えば、ただ一人の人間が間違った考え方に陥っているとしても、その人間に影響力がなければ大きな問題はない。怖いのはそれが伝播することである。例えば、こういう人がいるとする。「会社で今力を入れようとしている事業は失敗するに決まっている。あまり頑張って先頭を走ると失敗の責任を押し付けられるからほどほどにしておこうぜ。」と陰で同僚後輩に話しかけている。意図するとしないとに関わらず、事業の推進を妨げ、計画が正しかったかどうかの判断さえできなくしてしまう。反論を表に出して訴えることには大いに意味があるけれども、陰で自説を吹聴することは組織の破壊活動に等しい。他意がなければ注意する程度に押しとどめるのがよかろうが、意図があるならそれなりの処分が必要だろう。

 以上は極端な例だが、これとは違って、その人の仕事に対する基本的なスタンスの問題もあるだろう。マイペースで、与えられた仕事をほどほどにこなし、なんとか暮らしていけたらいいというスタンスの人もいるだだろう。こういう人には成長は見込めないにしても、さきほどの例のような害悪はない。方程式で言えば、熱意の項に当てはまるのかもしれない。すなわち、そこの点が著しく低い。彼には昇進昇格の機会は訪れないし、当然昇給も少ない。それは自らの考え方がもたらした結果であり、おそらく本人も納得するはずである。もちろん、周りにはそう見えても、本人に頑張っている自覚があるのなら認識のギャップがあり、不満の種になる場合もありうるが。しかし、こういう人が数多くいると企業は成長しない。これは当然のことである。成長の方向性が意識されなければ一人ひとりの成長もない。業績も伸びない。将来の経営者予備軍も生まれてこない。全体に停滞が生まれることになるが、変動する社会では現状維持はありえない。まさに停滞は後退と同じことである。

 のんきに気楽に暮らせたら、さぞかしいいだろうとは思うが、現実が動いている以上、自分だけがゆったりしているわけにはいかない。自分自身も変化させながら、人生を展望する必要がある。そうしながら、どうやったら比較的平穏な社会の実現が可能かを考え、問いかけることには意味がある。平穏な社会は、平穏な生活にしがみつくことから生まれはしない。

夢と希望

 数日前のこと、出張中のホテルでテレビを見ていたら、難民の家族が集団で生活している団地の様子をドキュメンタリーとして放映していた。そこにはアジアを中心にして多くの国の難民家族がおり、日本に来てから生まれた子供たちも多い。かれらは日本の学校に通い、皆日本語を普通に話す。一方で親たちは母国語しか話せない場合も多く、親子のコミュニケーションも問題になっていた。そのことは同時に帰属意識のギャップも生み、子供たちが自分を日本人として認識していることに対して、親たちは不本意な気持ちを抱いている。

 本国では、お国の主に政治的な理由で不自由な状態にあり、そこから逃亡してきた経緯を持つ。逃亡の過程では、相当危険な目に合っているようだ。親たちはその忌まわしい記憶を滅多なことでは子供には話さない。しかし、こども達はそのことに気づいている。逆に、思い切って過去を話すことによって、子は自分が何者かを知り、親に対する理解と愛情を深めることができるのだという。

 なかで、カンボジア難民の子である、利発そうな男の子が紹介されていた。彼の作文が印象的であった。「今の生活が好きです。夢や希望がいっぱいあるからです。」親から聞いた内戦時代のカンボジアの状況との対比でそういう感情が表現されたのであろう。それはそれで説得力がある。ウソではなかろう。しかし、今の日本の社会に、なかんずく、難民の子に夢と希望が、いっぱいあるだろうか。たまたま、彼が非常に優秀で夢を現実にする可能性はある。あえて言えば、そうなってくれたらいいと願いさえする。とはいっても、難民の子弟全体を捉えたら厳しい状況にあると言わざるをえない。義務教育は受けられたとしてもその先はどうだろうか。働き口はなくはないが、非正規雇用の可能性が高い。職業に貴賎はない。貴賎がないのなら待遇に大きな差はあろうはずがないが、現実には市場の原理によって労働力の価格が決定するのである。

 どの子供にも「夢と希望」が持てる条件を整備したい。結果には格差が生じるとしても、伸びゆく機会は与えられなければならない。教育は基本的に無償であるべきだし、企業は就職を希望する学生を門前払いせず、その人格と資質と意志を試す場を設けるべきである。理想論かもしれない。放っておいてそうなることはない。こういう問題には政治的な力が必要である。彼らを追い出したのが政治ならば、彼らを救うのもまた、政治である。

勝ち癖 負け癖

 なにごとも手抜きはしない方がよかろう。できることは確実に実行しておくのがよい。生活の場面であれ、仕事の場面であれ同じことである。

 これは習慣の問題であるが、長く続くうちに、その人の「人格」言い換えると「思想」として定着してしまうのである。けじめのない人、行動の雑な人には、こういう問題への自覚がない。もう少し仕上げをきっちりやってくれたらなあ、と思うことがありませんか?報告書の作成と提出においては最後のチェックを怠る。終業時刻近くになってもだらだらと仕事をしている。納期はいつも少し遅れる。こういう人はどこにでも、ある割合でいるのだが、多くは癖のものであろう。脳細胞に異変が起きたわけでも、特殊な物質が分泌されたからでもない。心がけ次第で、変えることができる範囲の問題であると考える。

 スポーツを見ていると同じ事を感じる。プロ野球では、大量リードされると試合を投げる監督がいる。それを、負けると分かっている試合に戦力を注ぎ込むのは資源の無駄遣いだとして、合理的な判断と見る向きもあるが、間違いであろう。勝負とは、人間同士の競い合いである。常に挑んでいなければ力関係に影響する。相手に組み易しと思わせたら不利になる。気を抜いてしまうと、緊張感のない勝負になり、「勝負勘」が育たない。結果、成績にも悪い影響が出るのである。こういう流れが積み重なると、勝てなくなる。「負け癖」が付くのである。V9時代の読売は、負けていても相手のチームに、いつ追い付かれるか分からないという恐怖感を覚えさせた。これは、つねに攻撃の手を緩めず1点ずつ粘り強く取りに行く姿勢が実力以上の虚像を作り上げたからである。

 強いチームには「勝ち癖」がある。状況状況でやるべきことを知っており、その実践において手を抜かせない。その積み重ねが結果を招き寄せる。じりじり追い詰めれば、相手自ら崩れ落ちてくる。これは企業でも同じだ。理にかなった素晴らしい戦術であっても、その実践が中途半端であったら、結果がでない。徹底されないのは、戦略を実行部隊に理解させていないからである。勝てる企業とは、当たり前のことが滞りなく進む企業である。

 個人でも、力の出し惜しみをせず、最後の詰めをしっかりやって、けじめを付けるようにすれば、その成果は大きく違ってくる。一つひとつは勝負といえるものではないけれども、仕事にも、「勝ち癖」は必要である。

アクセス回数増加の原因

 最近このブログへのアクセスが急に増えたことの原因についてさらに調べたところ、確かな事実が判明した。それは、ブログのタイトルにあった。アクセスが増えた主なブログ記事のタイトルは「思考の整理学」と「22才の別れ 森昌子」である。「思考の整理学」と「森昌子」のキーワードで検索され、ブログ記事に行きついているのである。

 グーグルで「思考の整理学」を検索すると、私のブログ記事が先頭から5番目に表示される。目につくから、見てみようと思う人が増えるのである。「森昌子」で検索すると、7番目のページにブログ記事が表示される。そこまで追っていく人は少ないかもしれないが、検索の絶対回数が多ければ行きつく人の数も増えるわけだ。

 こういうことが分かると、それが一番の目的ではないにしろ、多くの人の目に触れたいという欲求も刺激される。読まれるためのてっとり早い方策は、知人・友人にドメインを教えて回ることだが、むやみやたらに知らせたくない。文章のなかには私生活の中身が窺えるものがあるし、文章自体が私の考え方そのものであるからだ。いわば、裸を見せるようなものである。その点、私を知らない不特定多数の人に見られる分には気が楽である。

 カウンターの数字を上げるには、タイトルの付け方に工夫の妙があるようだ。あまりに一般的なものだと後方に追いやられる。逆にあまりに特殊なものだと検索そのものがない。とはいえ、いわゆる「マニアックなもの」は捨てたものではない。ブログで、ボディービルダーの「フランク・ゼーン」について書いたが、回数は多くはないものの安定して読まれている。数少ないボディービルファンのなかでも彼のファンは一部だろうが、私と同じ美的感覚を持つ人がいるということだ。一方、「思考の整理学」は本のタイトルで、長い期間安定的に読まれている。ビジネスマンや学生が多く読んでいると推測されるが、知的な関心から検索する人も一定数いるのであろう。加えて、1Q84の様な話題性はないのでブログ記事の数も多くはなかろうから、私のブログにぶつかってしまうことになる。こういう人がほぼ毎日何人かずついるのである。

 こう考えてくると、「思考の整理学」のパターンがもっとも狙い目であることが分かる。

2009年7月12日 (日)

宮部みゆき 「火車」

 このところ、現代を代表する作家の作品を読もうと思い、文庫を買うときには意識して選ぶようにしている。先日ブログに書いた平野啓一郎の「顔のない裸体たち」に続いて、宮部みゆきの「火車」を読んだ。これは平成四年の作品なので、もう十七年前の作品になる。山本周五郎賞を受賞しているし、買った文庫は第六十刷になるので、評価も人気も高い本である。

 背伸びをして購入した分譲住宅のローン返済に行き詰った福島県の勤め人一家が、夜逃げをして散り散りバラバラになる。父母娘の三人家族であるが、当時高校生だった娘がこの小説が展開する事件の中心をなす。取り立て屋からひたすら逃げ回ることが彼女の人生になってしまい、身売りされたも同然の状況に追い込まれる。それでもなお逃げ続け、数年後には伊勢の旅館に住み込みで働く場所を見つける。そこで地元の裕福な不動産業者の息子と関係ができ、親の反対があったものの結婚することになる。これで逃亡生活にも終止符を打つことができると思いきや、籍を移したことで足がつき、再び取り立て屋から嫌がらせを受けることになる。彼女と夫は、債務を負っている父親が死んでいれば追い回されることがなくなり苦境から逃れられると考え、東京に行って、生き倒れになった労務者の記録を調べて歩く。しかし、どうか死んでいてくれ死んでいてくれと祈りながら記録をめくる妻の鬼のような形相に夫は失望し、離婚を求める。こうやって再び彼女は孤独となる。この後、大阪で契約社員として通信販売の会社に職を得る。当然過去の履歴は隠している。彼女は、今の境遇から完全に抜け出すには、自分を捨て他人に成り変わることしかないと考える。そしてそのために通販の顧客データベースを利用する。コンピュータはセキュリティーが固いので、入力後のシートを、同僚の男性社員をたぶらかして手に入れる。対象は、身内の少ない顧客が望ましい。何人かをリストアップする。第一の標的は姉しか身寄りのいない同年代の女性だ。ガソリンを使って放火で殺害を企てたが、一命を取り留め、病院で治療を受けることになる。計画は失敗した。だが、彼女にとっては都合がいいことに、第二の標的であった、母一人子一人の境遇にあった女性の、その母親が階段から転落し事故死したという事実を知ることになる。これで新たなターゲットを追いかけることになった。標的の女性に近づき、殺害を実行する。そしてこの女性になりすまし新たな人生をスタートさせた。東京で職を得た小さな会社で、出入りの銀行員と知り合い婚約する。そこまでは順調だったが、男性の勧めでクレジットカードを作りに行って失敗に気が付く。入れ替わった女性が信用情報機関のブラックリストに載っていてカードが作れなかったのである。このままでは入れ替わった意味がなく、また過去が暴露する恐れもある。すぐさま、婚約者のもとから逃亡する。(作品の構成ではここがスタートになっている)そして、再び第一の標的に近づく。入院中であった姉が死亡していることが分かったからである。この女性に電話で連絡をとり、銀座のイタリアンレストランで待ち合わせをすることになる。そこには、この小説で事件を追いかけてきた休職中の刑事と仲間の刑事、捜査への協力者が待ち構えているのである。ここで、この作品は終わる。

 事件の社会的背景が分かりやすく書かれている。多重債務者を生みださざるをえない社会の仕組みに対する告発の書であると同時に、そういう境遇に陥らないための教育の書であるとも言うことができる。この小説が支持されているのは、ここで訴えている危険が身近に存在していることが誰にも分かるからだろう。住宅ローンになればある程度慎重にはなるものの販売会社と銀行が組んで貸しこもうとするし、カードでの割賦購入、キャッシングは手軽に行えるようになっており、コマーシャルはここかしこに溢れている。そういう環境で、一部の消費者は(といっても、極一部ではない)堅実に使いこなすことができず支払能力を上回る。その時に手を出すのが消費者金融である。この高利の攻撃を逃れる道は自己破産であるが、それさえ出来ずに逃げ回り消耗し、最後は列車に身を投げて最終逃亡を図る人も出てくる。

 明日は我が身かもしれない。誰しもなんとかなると思う。しかしどこに落とし穴があるかもしれない。病気や事故で働けなくなったら?考えただけでも恐ろしい。

  おまけ:今後読む予定の小説 → 石田衣良「アキハバラ@DEEP」、吉本ばなな「TUGUMI」、角田光代「対岸の彼女」

負け組予備軍へ

 世の中の変化が激しい。生まれてこの方、変化のない時代はなかった。それでも就職するまでは比較的安泰だった。会社に入ってからバブル経済があり、そしてはじけた。そこが日本の苦難の始まりだった。

 バブルの傷は大きかった。企業は三つの過剰を抱えた。人の過剰、設備の過剰、負債の過剰である。労働者は「余剰人員」という呼び方をされ邪魔者扱いされた。新規の採用を抑制し、資産を売り払い、負債を整理していった。政府も国債を大量に発行して財政出動し、企業を救済した。それでもまだ復興は十分でなかった。企業に安い労働者を供給するために派遣社員に対する制限が取り払われた。さらに小泉首相の規制緩和によって景気が回復したかに思われた。確かに一部の企業(自動車や電機・通信など)では業績が驚くほど向上した。しかし、それは好景気の恩恵が全国全階層に行き渡ることと同義ではなかった。

 ロスジェネが生み出された。大量の派遣社員が生みだされた。格差が広がった。希望が持てなくなった。恵まれた者と恵まれない者との差はますます広がっていくと皆が思っている。変化はなお続いた。サブプライムローン問題に端を発する金融危機があり、リーマンショックがあって経済危機へと発展した。その傷はしばらく癒えそうにはない。

 経済の変化に合わせて会社も変わっていった。会社は変われる人材を評価する。同じ仕事を続けていたら、変化に乗り遅れる。それは間違いない。ほとんどの社員が変わろうと努力し、実際変わっていった。しかし、変われない社員もいる。世界観の問題か、性格の問題か、能力の問題か。そういう人を、次第に、悪気はなくてもお荷物と見るようになる。おれはこういう人間だからと割り切れば、雑務をしながらでも生きながらえることができるだろう。だが、それに耐えられない人もいる。なんとかついていこうと、もがくのだが、いつの間にか置いてきぼりになった自分を発見する。その戸惑いと苦悩が原因になってうつ病になる人も出てくるようになる。こういう場合、治療を受けたのち、配転させることになる。それでうまく適応し、回復すれば本人にとっても、会社にとってもひとまず安心である。

 できるならば、全員が前進して、一人の落後者も生み出さないのがよい。周りが手を差し伸べる必要があるし、本人も早く気づくべきである。厳しいけれど、のんきにしていては済まないご時世であることを伝えて、分かってもらわねばならない。

2009年7月11日 (土)

目線と視線

 目線と視線はほぼ同じ意味で使われているようだ。ニュアンスとしては視線の方が対象を凝視している感じがある。ここでは視線という言葉を使うことにしよう。

 先日、森昌子の「22才の別れ」を絶賛した。歌が素晴らしかったからなのだが、加えて表情の作り方と視線の遣り方に感心したというか、ぞくぞくするものを感じたのである。彼女もプロであるから自然に出ているようなものではなく、計算された動きに違いないが、視線を落としたり、正面を見たり、視線を上げたりと、微妙に動いている。特に印象的な場面は、「17本目からは一緒に火をつけたのが昨日のことのように」と歌うところで、視線を上げて遠くに目を遣るシーンである。それは過去を振り返る目として実に有効であった。

 本論はここからである。どこに目をやるか、何を見るか。これは人間にとって根本的に大事な問題である。なぜならば、それによって人生が変わってしまうからである。下を向いて生きている人間は、つまずくことはないが遠くに行くことはできない。前をしっかり向いて、やや視線を上げて遠くを見据えるぐらいがよい。たどり着く先はあなたが目標としている場所だ。いつ着くのか確かではなくても、確実に近づいていることは間違いない。逆に、目標を持たない人間は、よそ見しながら歩いているうちに迷子になる可能性がある。実はそんな人間が大半なのかもしれない。50年、60年生きてきて、一体自分はどこに来てしまったのだろうかと呆然とする。そしてまた、そういう人間は老いやすい。そんな人でも初志はあったのだろう。忘れてしまうのだ。不要なことは早く忘れるべきだが、肝心なことは忘れてはいけない。それこそ、朝起きた時に、自分の行先はどこなのか考えるぐらいでないと目指す方向に進むことができないだろう。

 先日ある工場に出かけ、朝礼に参加したが、皆の視線が落ちていたのが気になった。何かしら元気がなく見えてしまう。実際そうなのだろう。前向きな、挑戦的な気持があれば前を向くであろう。とはいえ、そういう自分もうつむいて生きているかもしれない。鏡でもないかぎり、自分の姿は見えないのである。

http://www.youtube.com/watch?v=ZvzmdTB-O1g&NR=1

増え始めたアクセス数

 私は「ココログ」でブログを書いているのだが、カウンターを付けるサービスがあって利用している。それによって、アクセス数だけではなく人数やその他いくつかの切り口で分析することが可能になっている。単にブログを書くだけではなく、他に目的があるのでああれば、そのデータを戦略的に使うこともできるのである。

 さて、私は主にアクセス数とアクセス人数をウォッチングしている。これまで2年4か月あまりの間の1日平均アクセス数は5.9回である。特に積極的にPRしているわけではないので多くもなければ少なくもない数字なのだと思っている。勤めている会社の社員、同窓生、知人・友人の類に広く案内すれば、見てみようかという人がいくらか現れるに違いないが、そこまでの目立とう精神はない。今のところは、特に親しい付き合いの範囲でお知らせしているにすぎない。したがって、固定的な読者は10人に満たないと考えている。土日のアクセス人数は7~8人と安定しているので、そのほとんどが固定読者すなわち私の親しい知人・友人であろう。

 固定読者以外は検索でひっかるケースである。キーワードでひっかかれば見られるチャンスが生まれる。チャンスを広げたければキーワードに工夫をすればよい。グーグルのキーワードランキングを見れば、この瞬間の流行り言葉を知ることができる。以前、草薙剛が事件を起こした時に、彼の事件についての見方を「試しに」書いてみた。そうすると明らかに一時的にではあるがアクセスが増加した。概して、芸能人やスポーツ選手に対する関心が強く、事件を起こしたり、記録を作ったりした時に検索が集中することになる。キーワードとして、固有名詞が強いと言っていいだろう。

 ところで、今週の月曜日からアクセスの記録に変化が現れた。アクセス数が増えだしたのである。この1週間の一日平均アクセス数は28回である。この増え方はなにかあったに違いない。単なる偶然でないことは明らかだ。たまたまこの間に、世間での検索実行者が増えてこのブログに行きつく確率が高まったとは考えにくい。では逆に一人の人間が、ワード検索によらず私のブログに直接アクセスして、なめまわすように見ているとの想定はどうだろうか。これはありうる。ありうるが、5日間もそれを続けられるほど私の文章は魅力的ではあるまい。したがって、そういう人が混じってはいても、大半は「一見さん」だと思われる。今までの推測を総合的に考えると、何らかの方法・媒体を使って私のブログが広く知らされたのではないかという仮説にいきつく。

 しかし、今のところその検証はできない。そこを詮索してもあまり意味はないだろう。できるだけ多くの人に読んでもらいたいという欲求はある。あるが、今は自然な流れに任せようと思う。データを見ながら、あれこれ思いを巡らすことの方に意味がある。

2009年7月 5日 (日)

22才の別れ 森昌子について

 伊勢正三の作詞作曲で、1975年に“風”が歌ってヒットした「22才の別れ」。私が高校生の時に流行った歌で、キャンプの時に皆で歌った覚えがある。詞も曲もナイーブな感じがして、ちょうど多感な年代にはたまらない歌だった。

 最近、休日の夜はYouTubeでナツメロを聞くのが楽しみになっている。今日は、懐かしの「22才の別れ」をかぐや姫で聞き、“風”で聞き、松山千春で聞き、村下孝蔵で聞いた。それぞれに特長があり、面白いのだが、やはりヒットした“風”の歌声がいいように思った。これは若いころの記憶が残っていて、歌声に乗って様々な情景が蘇るからなのだろう。

 ところで、ここからが本題なのだが、そのあと、森昌子の「22才の別れ」を聴いてしまった。そう、聴いてしまったのである。私にとってはまさに衝撃的であった。もともと森昌子の歌唱力には定評があり、私もそれは認めていたが、この歌をこれだけ繊細に歌えることが信じられなかったのである。この抒情性は、さだまさしのコスモスにつながるものである。“風”もいい味を出しているが、それはフォーク世代の感性であり、演歌を歌ってきた森はそれ以前の感性を表現してしまう結果になってしまったのだ。

 そういうわけで、すっかり森の歌に感動した私は、続いて「越冬つばめ」を聞いた。これは円広志が作った曲として有名であるが、社員旅行のカラオケ大会で私が歌い、優秀賞として1万円いただいた曲なので思い出深い。この曲も、森はとても上手に歌っている。元の詞もよいのであるが、彼女の歌声に乗ってしまうと、あまりに切ないのである。森昌子は決して美人ではないが、こんな歌を聞かされていると、うんといい女に見えてくる。実際いい女に違いはなかろうが、やっぱり女は怖い。女は化けるのであるから。

 これを読まれた方は是非YouTubeで森昌子の「22才の別れ」を聴いていただきたい。ただし、20代の森昌子でなければならない。

 http://www.youtube.com/watch?v=ZvzmdTB-O1g&feature=related

蝉が鳴いた

 今年初めて蝉が鳴くのを耳にした。私が住んでいるマンションの正面に、高い樹が集まるちょっとした林があって、例年夏になると蝉の大合唱が始まる。そのスタートが今日になるのだが、朝方少し聞こえたきり後が続かなかった。小手調べということだろうか。ある資料によれば、近畿地方での蝉の初鳴きは、ミンミンゼミは7月の初旬、クマゼミが7月の中旬となっている。とすれば、今朝の蝉はミンミンか?前の林の蝉はクマゼミばかりかと思っていたが何種類かあるのだろう。そういえば、アブラゼミが道に転がっているのを見たことがある。

 子供のころも、夏休みと言えば蝉というぐらい、家の周りで騒々しく鳴き続けていた。朝は蝉が目覚まし代わりだ。早朝から恐ろしく日差しがきつく、フラッシュをたき続けているほどの照度であった。そんな状態でも裸同然で外へ飛び出し、野球をしたり、川へ水遊びに出かけたりしたものだ。当然体は真っ黒になる。昨今は、紫外線が体に悪いとかいうが、当時はそんなことを言う人は誰もいなかった。ただし、農作業をするひとは麦わら帽子をかぶり、長そでのシャツを着ていた。そうしないと暑さで倒れてしまうからだ。農民は自然の怖さを知っている。趣味で家庭菜園を始めた人などは、夏場の熱中症に要注意である。

 話は逸れてしまったが、蝉の鳴き声は夏の風物詩のひとつである。夏の終わりにはツクツクボウシが鳴く。クマゼミに比べると控えめな声で、それが余計に夏の終わりを告げているように聞こえる。少し寂しい気持ちにさせられたものだが、同時に宿題を早くやれという叱責の声にも聞こえたのである。

思考の整理学

 外山滋比古さんの名著である。この本は1986年に筑摩から文庫で出版されたが、私が手にしたのは1年あまり前のことである。購入のきっかけは新聞広告であった。それまでも大手書店の文庫コーナーで何度か手に取ったことはあったものの棚に戻していた。新聞では、読者の声として、もっと早くこの本に出会っていればよかったと後悔の念が語られていた。それほどのものかと思いはしたが、買ってみることにしたのである。

 本の中身に詳細に触れることはしないが、ひとつだけ感心した部分を取り上げてみたい。それは文庫で、194頁から196頁にかけての文章である。そこでは、外山さん自身はそういう言葉を使ってはいないが、「現場知の可能性」について論じている。それは、私の外山さんについて持っていたささやかなイメージとは少し違った印象をもつ内容だった。そこまで論じられてきた内容も踏まえて、簡単にまとめると、「日本の教育は学校中心で、上から教えられる知識偏重の教育だった。たくさん記憶することが目的であり、試験もすでにある答えを貯えた知識のなかから取り出す形になっている。こういう教育では、自分で考える人、まだ答えのない問題にチャレンジできる人は育たない。このような教育の伝統のなかで、知識は本の中にしかないと思われている。学生時代には読書にいそしみ、いくらか議論を戦わせた青年も、社会へ出て本から離れると、とたんに知的でなくなり俗物と化す。しかし、これからは額に汗して働く現場から知や思考が生みだされなければならない。それはこれまでもあったのだが、価値がないと決めつけられたために育たなかったのである。仕事をしながら、普通の行動をしながら考えたことを、整理して、新しい世界を作る。これこそが主体的に生きる新しいタイプの人間像である。汗のにおいのする思考がどんどん生まれてこなくてはいけない。それを単なる着想、思いつきに終わらせないためにはシステム化を考える必要がある。」

 外山さんの主張には耳を傾けたい。現場の知がもっと重視され、体系化され、それが日本の強みになっていかねばならない。昨今の経済情勢を見ていても、その点では多くの人が同意するだろう。生産現場での技術的な知がある。組織における協働関係構築の知がある。互いの存在を認め、過度の競争を避け、共存共栄を図る知がある。そういった知を体系的に現場から組み立てる必要があるのである。心配なのは、企業が偏狭な姿勢をとって知の交流をせき止めてしまうことだ。また、労働者も企業内組合の制約の中で情報の発信に積極的にならないことである。非常に壮大な話になってしまったが、まずは、本をたくさん読んで知識を身に着け博学をめざす教養主義は捨て、「知は現場にあり」という考え方にシフトすることだ。

 最後に、外山さんの主張と加藤周一の主張とを比較してみると面白い。私は、基本的には矛盾しないと考えている。ともに、若い知識人の大きな部分が残念ながら見せかけにすぎないことを喝破している。社会へ出たとたんに多くの者の化けの皮が剥がれるという主張もおなじだ。ただ、これは外山さんが「知識人論」として書いていないので触れていないだけだと思うが、加藤は、「学生時代に学び、学んだことを自分の思想まで高めた者は、社会へ出ても決して揺らぐことがなく、生き続ける。」という趣旨の発言をしている。学校で学んだこと、本で学んだこと全般が無意味なのではない。言っていること、書いていることに対して真正面から立ち向かったかどうかの問題ではないか。そうやって掴んだ結論は簡単に消えはしない。職場でも同じで、起こっている現実に対峙しなければ知なぞ生まれてくるはずはない。

2009年7月 4日 (土)

個人情報の流出

 金融機関などから個人情報が大量に流出するという事件が後を絶たない。それは過失によるものもあるし、意図を持って行う犯罪行為による場合もある。いずれにしてもセキュリティーの甘さが原因であり、情報の扱いの難しさを感じる。1年近く前になるが、情報漏洩に関するセミナーに参加し、情報流出の実際にあった事例を聞いて怖さを感じた。例えば、女子大生からデジカメに使用した消去済のSDカードを集めて回った青年のケースがあった。消去しても完全には消えておらず、復元できるらしい。それを知らない女学生はデータを渡してしまい、プライベートな画像が危うく広汎に流失しそうになった。また、コンビニで宅配便を出すことの怖さを教えられた。荷物には差出人の住所、名前、電話番号が書かれている。受け付けたバイトの青年がそれをコピーして、女性のアパートに侵入する事件があった。鍵がなければ入れないと思うが、入口の周辺に合いカギを隠している場合が多く、探し出して入ったという。

 こういうことが世間で起こっている。私も過去の経験で意外に盲点になると思ったことがある。それは廃品回収である。子供会で活動資金を作ることと活動への理解を広げるために月に一度、古新聞の回収を行っていた。他に雑誌も出してもらったが、これはお金にはならない。新聞を小型トラックにいっぱい集めても5千円になるかならないかで、これじゃ一人5百円ずつ出し合った方がましだなと言い合ったものだ。とはいうものの、それはそれで意味のある活動だったが、集めているといろいろな新聞があり、雑誌に至っては見たこともないようなものが出ていた。そこで思ったのは、どういう新聞、どういう雑誌を見ているかでその家の考え方がおおよそ分かるということなのだ。特別詮索はしないのだが、聖教新聞があったり、赤旗があったりする。雑誌もアエラからサピオに至るまで種々ある。あるいは低俗な漫画雑誌が数多く出ていたりする。それでもってその家の考え方や知的水準が推測できてしまうのだ。実際、子供会ではそんなことはしないが、やろうと思えばできることなので、出す側には注意が必要である。宗教関係や政党関係の新聞は商業新聞の間に挟んで出すとか、人の目に触れさせたくないものは普通ゴミに混ぜて出すとかの配慮が必要だろう。業者に直接出す場合は、回収後に中をあさられるとお手上げなので危ないものは抜き取り、どこの家庭か特定できる情報が混ざらないことを確認のうえ、やはり一般ゴミに混ぜて出す方がよいだろう。最近ではシュレッダーを使う家庭も増えているという。

 これとは違う話だが、ごみ箱をあさればその家の暮らしが分かるといい、スーパーの出店をするときに品ぞろえの参考にしたという。この場合は地域住民の嗜好が分かればいいので個人を特定する目的はないのだが、それにしても気持ちのいいものではない。そうこう考えていると、そんなことまで気を使って暮らすのは息苦しいなあと思ってしまう。しかし、誰がどこで何を見ているかもしれない。昔なら地域社会はほとんど知っている人の集まりであったが、今は知らない人の集まりである。このままでは、ますます安心できない社会になる。

 

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