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2009年6月27日 (土)

O総裁の野望

 宗教法人KKの総裁であるO氏の顔写真を、時々新聞の広告で見かけることがある。彼がどのような人生を歩んできたかについて多くの情報を持たないけれども、現状を見ていると、恐らく自分の思い描いた通りに生きてきたのではないかと想像する。

 彼は、東京大学を卒業後、ある商社に就職している。その後退社し、宗教への道を歩き始めた。このまま企業に勤めても先が見えている、自分の才能をダイレクトに活かす場はないのだろうかと考えたに違いない。自分の能力に自惚れがあり、自己顕示欲の強い人間がとる行動である。選択肢としては政治の世界もあると思うが、大きな政党では下積みが必要であるし、草の根の活動などは余程確かな信念がなければ続くものではない。加えて、権力の中枢近くにたどり着かなければ、実利を得ることができない。その点、宗教は手軽である。何も縛るものがない。とはいえ、急速にかつ広汎に信者を増やそうと思えば、一定の体系をもった教義を準備する必要があるし、教祖としての才能も具えていなければならない。O総裁もすでに存在する教義に学び、そこから独自の世界を構築していったのである。

 詳しい過程は知らないが、今や信者は百万人と言われるまでに成長した。そして、政党を結成し、政治の世界に打って出た。シナリオ通りなのであろう。宗教団体である限り、直接的には信者に対する権威と権力を保持するにとどまる。社会に対する権力の保持と行使は、政治を必要とする。彼にとっての関心事は、信者の心の救済ではなく、社会を動かすことである。社会を国民にとってより良いものに変えることではなく、「自分で」動かすことを優先しているのではないか。そして、その思想の源泉は「我欲」である。それは、まさに、宗教者として真っ先に克服すべきものではないのか。そこにこそ、この宗教のまやかしが存在する。

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