« プロレスラーの死 三沢光晴氏逝く | トップページ | マニフェスト »

2009年6月21日 (日)

一心不乱

 「一心不乱」 この境地を知るものは、多くはないだろうが、少なくもない。ひとつの目標に向かってひたすら邁進する。脇目はふらない。結果はともかく、そのプロセスは当人にとって幸福な過程である。結果も、概してよいものに終わる。必死に努力するものは必ず報われるというのが、私の信条でもある。とはいえ、目標を一つに絞り込む、また一つに傾倒することは思い切りの要ることなのだ。

 過去に一心不乱になったことが一回だけある。これ以外にも懸命に努力したことはあるが、まだ冷静でゆとりを残していた。あれは中学3年の時だった。ある高校に行きたいと思った。当時の私の実力では到底入れない学校だった。中学の中でも、成績は悪い方ではなかったが上位ではなかった。にも拘わらず、大胆にも志望した。決意してから入試までは3か月ほどしか残されていなかった。そこからが、「一心不乱」の始まりだった。塾へも行かず、家庭教師も付けず(裕福でなかったので考えもしなかったのだが)特に誰からも指導は受けず、自分で買ってきた参考書に向かうだけだった。毎日、朝5時まで勉強した。学校で居眠りもしたが、必死に我慢した。ああいうのは、気合のものであろう。気が狂った様な集中力だった。人間、思いたてば相当なことができるのである。

 そうやっているうちに力はついていった。やっているうちは分からないが、結果を見るとそう解釈できる。入試当日は、比較的冷静だった。人事を尽くして天命を待つとはこのような心境であろう。数学では、すぐに分からない問題があったが、気分転換にトイレに行かせてもらい、そのあとで解くことができた。英語の問題では、発音の選択問題が分からなかったが、よく似た二つのどちらかに違いないと思い、勘で一方を選んだ。これがことごとく的中したのである。これは、まさに神がかり的な出来ことであった。力以上の結果であり、周囲の逆立ちしても無理だという予想を覆した。非常に痛快であったが、15歳の少年にとってはあまりに過酷な挑戦であったことはその後の経過を見ても明らかである。

 周りの生徒達は、塾で鍛えられ、家庭教師に教えを受けた人たちばかりであったろう。そうでなければ簡単に受かる学校ではなかった。そこで、受験で疲れ切った少年が再度奮起して皆についていくことは厳しかった。そして、ついぞ、あきらめなければならない時がやってきたのである。頑張れば何とかなるものである。しかし、頑張った後には、ひずみが来る。それは覚悟しなければならない。いや、それは今だから言えることで、後のことなど眼中にないぐらい必死になることがなければ大きな成果は手にすることができないのだ。何かに憑かれたように熱中すること。それが、大きな成功をもたらす。ある意味、宗教的熱中かもしれない。

 人間は、時として、恐ろしい力を発揮する。

« プロレスラーの死 三沢光晴氏逝く | トップページ | マニフェスト »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« プロレスラーの死 三沢光晴氏逝く | トップページ | マニフェスト »