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2009年6月22日 (月)

マニフェスト

   国民が、自分の国の将来はこうなってほしいという意志をもつことは非常に重要である。主権と言うのは、自分たちの運命は自分たちで決めることができるという意味だと解釈する。他方で、政党は国民に対して、短期・中期・長期のヴィジョンを示さなければならない。短期はより具体的な政策として、長期は大きな枠組みとして示すことになろう。しかし現実には、政策が右往左往して定まらない政党が多い。根本的な原理、価値観が存在しないからだろう。また官僚の意のまま動かされているという側面もあろう。政策的な関心が細かいところへ行けばいくほど官僚の出番になる。大枠が不明瞭なまま官僚に任せるので、結局官僚の政治への関与を招くことになるのである。それを避けるためには、大枠、原理を決め、それに沿って細かな制度を設計させなければならない。

 官僚の意のままになれば、机上で設計した制度が推進される。官僚も思い付きではなく、学校で勉強した社会政策的理論を支柱にするであろうから、制度の実施は仮説の実験的な意味合いを持つのである。社会的規模の実験は、失敗すれば多くの人を困難に陥れる恐れがある。そういう悲劇は歴史上多く見ることができる。やはり、どういう方向に進むかは国民に分かりやすく説明し、判断を仰いだ上で結論を出し、合意に基いたスタートを切るべきなのだ。その意味でも、政党は目先の勝利のためのまやかしのマニフェストではなく、自分が正直追求する理念の具体化としてのマニフェストを示すべきなのだ。

 もうすぐ総選挙が行われ、政権交代もかなりの確率で起こりうる情勢である。政権党に投票した国民は、公約が果たされなかったら怒るべきである。選挙が終わったら終わりではなく、つねに監視が必要だ。そのことで政治家も鍛えられ、政治のレベルが上がるのである。

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