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2009年5月23日 (土)

港町ブルース

 1969年、第11回日本レコード大賞は森進一が受賞するはずであった。しかし、ダークホースの佐良直美にさらわれてしまった。あの時の森の涙を忘れることができない。

 港町ブルースはその年最大のヒット曲であった。レコード売り上げ枚数でもオリコンの実績でも佐良の「いいじゃないの幸せならば」を大きく引き離しており、誰もが受賞を信じて疑わなかった。それが一転して、最優秀歌唱賞に森の名前が呼ばれ、彼は驚きと失望の表情に顔をこわばらせた。後に「襟裳岬」で大賞を受賞し、ある意味名誉を回復するのだが、それによっても決して取り戻すことのできない心の傷が生まれたと私は勝手に思っている。森にとってはそのタイミングでどうしても手に入れたい賞だったと推測するのである。

 では、なぜ選ばれなかったか。業界が決める賞であり、そこにどれだけの公平性が求められるのか難しいところではあるが、ファンあっての音楽業界であり、消費者の期待を裏切るような判断を下してはならない。しかし、実際には業界内での一般人には知ることのできない力関係に左右されたのではないだろうか。また、一歩引いて、客観的に不利な点があったとすれば、レコードのリリースが佐良の方が後であり印象が強かったこと。「港町ブルース」のようなご当地ソングに対する評価が定まっていなかったことが上げられると思う。

 「背伸びしてみる海峡を 今日も汽笛が遠ざかる・・・」無抵抗に受け入れている歌詞であるが、そこには特殊な状況がある。なぜ背伸びをしているのか。海峡に目をやっているのだから視線はかなり遠くを見つめているはずだ。それなのになぜ背伸びを。「今日も」ということは、何日もそこに立ち続けているということなのか。「汽笛が遠ざかる」ということは・・・。船の速度は決して速くはない。遠ざかるまで、かなり長い時間が経過しているはずだ。そう考えていくと、これはただ事実を描写しているのではなく、何かを象徴的に表しているのだということが分かる。海峡を隔ててある陸地は未来なのだ。そこには、今は手に入らない幸福がある。だから、背伸びをしてまでも視野に入れたいと願うのだ。来る日も来る日もそこに立ってしまうのだ。不幸ではあるが、決して不幸に甘んじたくはない、そんな大衆の感情を表現したのが演歌ではないだろうか。「生きていくのが辛い日は、おまえと酒があればいい」と小さな幸せに逃げ込むのも人生の知恵ではあるが、私達は大きな希望を捨てて生きることができない。

 

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