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2009年5月 1日 (金)

戦争映画について

 特別好きだというのではないが、時々DVDで戦争映画を観る。大抵が娯楽映画で、善玉と悪玉とに分かれ、観衆は善玉側について満足するのである。よく悪玉にされるのは、ドイツ軍やソ連である。背景として歴史的事実もあるのは確かだが、欧米の図式は非常にはっきりしている。007シリーズ(戦争映画じゃないが)ではソ連の描き方は非常に固定化している。映画が仮想敵国のイメージ作りに貢献していることがよく分かる。

 娯楽映画とは別に、記録映画として実際の戦争の映像もある。太平洋戦争の映像もDVDで観ることができる。ほとんどがアメリカの従軍メディアによる撮影だ。米軍の火炎放射機で黒こげになった日本の兵隊の映像は悲惨極まりないが、音がないために、死体というよりは物体に見えてくる。人間の想像力はいろいろな要素の影響を受け、正常に働かない場合も多いということだ。

 善玉の兵士が殺されると、その死が大きくクローズアップされる。重たい死として描かれる。それに対して敵の兵士は犬畜生が殺される程度の軽さである。一般の兵士は戦争にあたって徴集された普通の市民である。何の罪もないだろう。軍の命令で動いているだけである。敵も味方も命の重さに違いはない。ブルース・リーにバッタバッタとなぎ倒されるハンの手下も、それぞれ事情があってそういうポジションに就いたのだ。彼らにも言い分はあるだろう。そこまで想像力を働かせることは、逆に愚かなことなのだろうか。

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