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2009年5月30日 (土)

ある団体の動きについて

 ある宗教団体が政党を結成した。通常、政教分離の観点から、実態はそうであったとしても見かけ上は宗教団体とは別物として設立させるが、この宗教団体は露骨なやり方をした。この団体は信者が100万人と言われ、私の知る範囲でも2人いる。一人は、中高一貫の学園設立に関係している。そもそも宗教としても首をかしげたくなる。教義は詳しくは知らないが、「幸福」と「科学」を並べている点が不思議である。幸福というものを科学的に追求することはできないだろう。科学ができるのは、人々が自分の生活を幸福だと感じるための条件づくりである。幸福かどうかは一人ひとりの個人が決めるのである。また、「科学」そのものが宗教と両立しない。宗教がいうところの真理は、科学では説明のつかない領域のものであり、切り離して扱うべきである。それでは二つの相反する世界観を一人の人間の心のうちに抱えなければならなくなるではないかと反論されそうだが、まさにそれ以外ではありえないのである。矛盾の存在する社会であれば、心の救済のために信仰は必要だろう。しかし、心の不均衡を背負いながら救済を求めるという、とんでもない運命を近代人は背負っていると覚悟しなければならない、

 どうも現実と信仰とを混同しているようである。教義のもとにこの世のすべての現象を統一的に合理化しようとしている。宗教は、あくまで心の救済の領域に留まるべきであり、社会的な活動を行うとしても、信者および周辺市民の生活改善を求める大衆的な運動に限るべきである。

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