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2009年5月 1日 (金)

昔の「必殺」は面白かった

 また必殺シリーズがテレビ放映されている。私が年をとったからなのか、社会が変わったからなのか、なぜだか昔のような面白さを感じない。

 そもそも「必殺」のおもしろさはどこにあるのか。条件として必要なのは、「悪いやつ」の存在である。悪ければ悪いほど恨みは募る。恨みを晴らすことに人は喜びを感じてしまうのである。恨みを晴らすために、自分の命や人生を犠牲にすることが、人にはできる。それが芸術の材料にもなるし、民族の記憶となって宗教の起源にもなったりする。ところが、今の「必殺」に出てくる悪い奴はたかがしれている。描き方が非常に淡白である。時間をかけ、丹念に悪人の像を作り上げることができていない。クライマックスは短時間でよい。手の込んだ道具で仕留めなくてもよい。単純に刀で仕留める主水に一番の迫力を感じたりするのだ。

 「悪」の存在がはっきりしなくなった。決して「悪」がなくなったのではない。見えにくくなっただけである。仕組みのなかに織り込まれているのである。合法化したと言ってもよいだろう。世の中で何が起こっているのか、眼を凝らそう。当り前のことは何一つない。

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