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2009年5月 6日 (水)

一般化することの怖さ

 この3日の日曜日の朝に、サンデーモーニングという番組を見ていた。冒頭から新型インフルエンザに関する報道が続いた。報道の内容は私が思うに妥当なものだった。現在は弱毒性であり、恐れることはないが、備えはしておこう。高温多湿の季節がやってくるので一旦沈静化するが、秋以降のシーズンになると再び感染が広がる恐れがあるので注意。その間に、強毒性への変異がないとはいいきれない。メキシコで死者が多いのは、メキシコだけ強毒性があるというのではなく、発表されている以上に感染者が多く、分母が大きいから死者数が多いのである。また鳥インフルエンザからの新型インフルエンザへの変異と感染も危惧される状況で、こちらの方が怖いという見方もできる。こういったところが現状では正しい認識のようである。

 さて、他のニュースを挟んで後半に議論されたのは、文明の捉え方である。今回新型インフルエンザが急速に世界へ広がったのは世界がグローバル化した結果である。これは金融危機が世界に広がったのと同じく、世界の一体化であり、そのことは人類を豊かにしたが、同時にデメリットが大きくなって人類を危機に陥れようとしている。したがってこの文明の問題を人間はどう受け止めるべきか、人類はどういう道を選択すべきか真剣に考える時期に来てしまった。ついては、私たち一人ひとりが自分たちの生活の仕方について、これでいいのか考えなければならないという主張が繰り返された。

 これはこれで間違いとはいえないだろう。消費者の立場から生活を見直し、われわれはこういう生活を欲するというメッセージを製品とサービスを供給する側にぶつけていくことは力になると思う。しかし、これにしても消費者(先進国の)という立場からの行動提起である。人間とか、人類とかいう大きな括り、概念では問題は捉えられないし、少なくとも解決策は具体的に出てこないだろう。せいぜい、考え直そう、見直そうが関の山である。環境問題やエネルギー問題、食糧問題が深刻化している過程において、その動きの主体になったのはやはり企業であり、他方では国家ではなかったのか。だから、その主体が今後どういう動きに方向転換するのかが焦眉の問題である。その動きを作るにはどうしたらよいかを一人ひとり考えようというのなら、それは非常に意味のあることである。そういう前提なしに、人類は、人間は、一人ひとりはと繰り返しても、逆に問題を見えなくしてしまうだけではないだろうか。

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