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2009年5月 6日 (水)

心を痛めること 幼児虐待

 幼児の虐待が頻繁に報道されている。いろんなケースがあるが、母親が子連れで再婚した場合の血の繋がらない父親からの虐待は考えさせられる。

 最近では離婚は珍しいことではなくなり、子連れの再婚も増えてきた。実の子でさえ育てるのが難しいのに、血の繋がらない子を育てることは大変なことだ。最も悲劇を生むのは、母親が子連れの場合である。男は子に前の夫の影を見出す。しだいに目障りになってくる。愛情は注げない。真面目な男だったら邪念を振り払おうとするだろうが、女を愛していればいるほど存在を否定したくなる。親がそう思い始めると、子もなつかない。男が虐待を始めても、女は男に逆らえないので、止めることができない。

 こういう例は全体から見ればごく一部なのだと思う。しかし、難しい問題ではある。血がつながっていようがいまいが同じように相対することができないものか。過去に、社会主義の国で、子供は社会のものだという考え方を推し進めようとした。それは結局上手くいかなかったのだと思う。動物の中には自分以外の子供も育てるものがあるらしい。それは種の保存のための本能的行動だろう。人間もそうあるべきだと思うが、現実はうまくいかない。孤児院の経営などで頑張っている人もいるから、やればできるのだとも思うが、この場合は全くの赤の他人であるから、まだ割り切れる面がある。連れ子の場合はどうしても性的な関係を引きずるから難しいのだ。養子縁組なら、夫婦ともに納得ずくで受け入れるのだからまだ救われる面がある。何度も言うが、本当に難しい。これは、文学が背負うべきテーマだと考える。

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