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2009年5月 1日 (金)

新型インフルエンザ

 過剰反応が目立ってきた。マスコミは非日常性を好む。日常的なことはニュースにならないから当然と言えば当然であるが、インフルエンザにしても事が大きくなればなるほどニュース性が高まるのだから、それを期待してしまう。今回の事態を受けての基本的な対応は、心配は不要ですが、各自でできる限りの備えはしておきましょう、である。しかし、マスコミは、心配ですね、心配ですよと、心理的に追い込んでくる。

 横浜の高校生は、新型インフルには感染していなかった。それで本人も家族もほっとしたに違いないが、なんだか犯人であることの疑いが晴れたかのような報道に受け取れた。私は、いずれ日本にも感染者は現れると思うが、第一号の感染者はどの様に扱われるのだろうか。こんな時に外国へ行くのが悪いのだとか、身から出た錆のような、そんな空気が支配するのではないだろうか。インフルエンザの流行は人類の歴史のなかで何度もあった。医療や衛生についての知識が遅れていた時代には大流行した。今回も人類が生物として受けなければならない洗礼である。被害は少ないに越したことはないが、感染することにより抵抗力が育まれる側面もあるのだ。普通のインフルエンザでも老人を中心に多くの死者が出るのである。運動し、栄養を摂り、十分な休息をとれば抵抗力が維持され感染しても、あるいは発症しても軽度の被害で済むのである。

 無用な混乱は避けたい。多くの人はそう願っている。しかし少数ではあるが、この混乱で利益を得る人がいるだろう。点数を稼ごうとしている人もいるに違いない。国民の目が、そちらに行ってくれますようにと願っている人も・・・。

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