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2009年5月の投稿

2009年5月31日 (日)

Sさんの言動について

 今日の朝刊に、新潮社の広告があった。そのなかで、作家SさんのエッセイがPRされていた。この本を読んだわけではないので、内容に立ち入ることはできないが、Sさんは保守の論客として広く知られており、おおよそ見当はつく。気になるのは、PRの文句で、それは本文からの抜粋ではなく、新潮社が考えたものである。『これが海外の「貧困」の現実だ。日本に「格差」などあるといえるのか。』『作家の冷静な視線が日本の「格差社会」を嗤い飛ばす。』とある。

 アフリカや南アジアに深刻な貧困問題があり、そこに目を向けることは重要な活動であると思う。その問題で日本がイニシアチブを発揮することは、国際政治において有益である。しかし、海外の貧困が、日本の現状を問題なしと結論付ける根拠になるのだろうか。われわれにとって優先すべき課題は足元の問題である。確かに飢え死にする人は滅多にいない。(それでもゼロではない。)しかし、病気や失業で安定的な収入を欠く人が多くおり、現金がなければたちまち困窮するのが現実である。当事者たちは文字通り路頭に迷うことになる。警視庁の発表によれば、1~4月までの自殺者数は1万1千人を超え、過去最悪のペースであり、昨年後半からの経済情勢の悪化が背景にあることは疑いえない。この様な状況を「嗤い飛ばす」ことができるだろうか。

 Sさんは、日本人に厳しい人だ。世間に頼らず、行政に頼らず、自分の力で生きて行きなさいというのが彼女のスタンスだ。彼女が大衆に寄り添い、大変だけれども、頼るところがない以上、元気を出して生きていこうじゃないかと鼓舞しているのなら理解もできようが、そうではなく、上から見下しているとしか思えない。今回の事態は、グローバル化という大きな流れに、企業と行政という個を超えた力が加わって生じた、構造的変化が基礎にある。個人の怠慢とか甘えとかに由来するというものではない。それを、すべて、「甘えるな」というスタンスで切られたのではたまらないではないか。

 言論は自由である。出版も自由である。手に取った人には、鵜呑みにしないで批判的に読むことを期待したい。

ベランダに溢れる音

 JR新大阪駅近くに私の住居がある。とは言っても、立派なものではなく、築三十年を超える古いマンションの一室である。休日は、ベランダ近くの窓際で、本を読んだりパソコンに向かったりする時間が多く、そのときに外から様々な音が流れ込んでくる。

 JR在来線では、何本もあるホームの中で一番近くに発着するのが、関空と京都を結ぶ特急「はるか号」と和歌山と京都・大阪を行き来する特急「くろしお号」である。発着時には案内のアナウンスが流れ、風向きによっては鮮明に聞き取ることができる。特にくろしおのアナウンスは、帰省のときに何度となく乗車したので懐かしい気分になる。ほかにJR貨物が通過するが、こちらは停車しないため音が大きく、朝早くからよく聞こえる。

 在来線の他に、新幹線の駅がある。通過する列車はなく、防音もしっかりしているので電車の音は聞こえないが、アナウンスや発車を知らせるベルの音がよく聞こえ、日本語と英語のアナウンスが入り混じる。

 自動車の音も聞こえる。西の方向に新御堂筋が走っており、風向きによってよく聞こえる日がある。大きな事故があったりすると流れが止まって、走行音も中断する。新御堂の高架下を交差して走る幹線もあり、距離としてはこちらが近い。

 最後に飛行機の音がある。伊丹に着陸する飛行機がほぼ頭上を通過するのである。回数としては、当然午前中と夕方から夜にかけてが多い。機種は様々あるが、ジェット機とプロペラ機があって、ジェット機には大小何種類かがある。どれもほぼ同じ高度を飛んでいると思われるが、大型の機種は近くを飛行しているように感じられる。エンジンが大きいから、その音もまた大きい。プロペラ機には独特の音がある。戦争映画で聞く戦闘機の音はこの種類だ。

 こういう場所に私は住んでいる。今書いた情報だけでも位置関係が推定できるだろう。

2009年5月30日 (土)

越路吹雪のこと

 越路吹雪は好きな歌手の一人である。日本人の趣味は雑食性であり、世界のあらゆる文化を取り入れようとする。シャンソンもまたそのなかの一つであり、好む人が多い。おそらく、ジャズよりは少ないが、ハワイアンやカンツォーネよりは多いのではないか。とはいえ、私などは日本のシャンソン歌手といえば越路吹雪しか知らないし、本場でもイヴ・モンタン、シャルル・アズナブール、ジルベール・ベコーぐらいしか知らない。でも、なぜかシャンソンは好きなのである。

 越路さんは胃がんでなくなったが、もとから丈夫でなかったようで、一日の公演が終わると疲労でぐったりして動けなかったという。それだけ全力投球だったのだ。シャンソンと言えば、物憂げな歌い方が特徴と思いがちで、そういう歌もあるけれどもすべてではない。越路さんの「ろくでなし」は迫力がある。生命力を感じさせる歌い方で、聴いているものを元気にさせてくれる。1980年に56歳で亡くなったが、あんなに舞台映えのする歌手はそれ以降見ることができない。残念ながら、80年と言えば私がまだ24歳の時で、越路さんの良さが十分に分かる年齢ではなかった。それでも、たまにテレビで見ると惹かれるものを感じていた。今になってDVDなどで在りし日の姿を見、歌声を聞くにつけ、生の舞台を見たかったと思うのである。

 最後にベストスリーを上げて終わりたい。1位「ろくでなし」 2位「サン・トワ・マミー」 3位「愛の賛歌」

  追記:「愛の賛歌」は当たり前過ぎて3位にしたが、あらためてDVDを見たら素晴らしかった。ピアノの伴奏もよくて、うまい下手は分からないが、越路の伴奏ができる喜びを感じながら弾いているのではないかと、そういう感じを抱かせる音色だった。

ある団体の動きについて

 ある宗教団体が政党を結成した。通常、政教分離の観点から、実態はそうであったとしても見かけ上は宗教団体とは別物として設立させるが、この宗教団体は露骨なやり方をした。この団体は信者が100万人と言われ、私の知る範囲でも2人いる。一人は、中高一貫の学園設立に関係している。そもそも宗教としても首をかしげたくなる。教義は詳しくは知らないが、「幸福」と「科学」を並べている点が不思議である。幸福というものを科学的に追求することはできないだろう。科学ができるのは、人々が自分の生活を幸福だと感じるための条件づくりである。幸福かどうかは一人ひとりの個人が決めるのである。また、「科学」そのものが宗教と両立しない。宗教がいうところの真理は、科学では説明のつかない領域のものであり、切り離して扱うべきである。それでは二つの相反する世界観を一人の人間の心のうちに抱えなければならなくなるではないかと反論されそうだが、まさにそれ以外ではありえないのである。矛盾の存在する社会であれば、心の救済のために信仰は必要だろう。しかし、心の不均衡を背負いながら救済を求めるという、とんでもない運命を近代人は背負っていると覚悟しなければならない、

 どうも現実と信仰とを混同しているようである。教義のもとにこの世のすべての現象を統一的に合理化しようとしている。宗教は、あくまで心の救済の領域に留まるべきであり、社会的な活動を行うとしても、信者および周辺市民の生活改善を求める大衆的な運動に限るべきである。

2009年5月24日 (日)

武器輸出三原則を緩和

 日本政府は武器輸出三原則を緩和するという。そんなことで、日本の将来を台無しにすることがあってはならない。日本は政治的にも経済的にも大国になる必要はない。大企業からの要請があっても、一線を越えて膨張する考え方を取り入れてはならないと思う。そういう時に、石橋湛山の小国の思想は参考になる。

 日本が、その個性を国際政治の舞台で発揮するために必要なことは、まず自国のよさを認識することである。日本の真骨頂は、ものづくりの技術にある。そこには科学技術のレベルと造形芸術のレベルの高さがある。その強い部分を強化し、世界に影響力を持ち、ひいては尊敬される国になりうるには、無駄なことにエネルギーを消費しないことだ。

 自国の国民と周辺の国家の進歩に役立つ思想と技術の普及に努め、存在価値を認めてもらい、日本の国家と国民はなくてはならないものだという評価を受けようじゃないか。大事なのは人づくりだ。人を育てることで、豊かさにとって真に必要な富を増大させるのである。優秀な戦闘機をいくら作ったところで、それは進歩ではない。折角作り上げた富を破壊させるものであって、他にどんな価値があるというのだろうか。

西岡利晃がメキシコで防衛戦に勝利

 西岡利晃が敵地メキシコで防衛戦に勝利した。実力では互角に戦えると思ったが、敵地なのでその分だけやや不利と予想したのだが、早い回にKOした。報道によれば、1ラウンドにダウンを喫したが、2ラウンドから右のリードブローが当たりだし、それが3ラウンドの左ストレートのクリーンヒットを呼び込んだようだ。

 西岡の戦績を見ると素晴らしい内容である。デビュー当時を除けば、ウィラポンにしか負けていないのである。長谷川、内藤に続く実力者だと言ってよい。今回の防衛でひと山越え、年齢的には厳しいが次の指名試合までは頑張れると思う。

 さて、昔ほどのボクシング人気はないが、日本人チャンピオンが多く生まれているのはなぜだろうか。よく、ボクシングはハングリーなスポーツだと言われる。その通りだと思う。経済的に恵まれた人間はボクシングなんかしない。こんな割に合わないスポーツはないのである。確かに元手はかからないが、練習はきつい。ランキング入りしても実入りはほとんどない。世界チャンピオンになっても将来が保障されるわけでもない。それでも夢を追うのは、今をかなり厳しい条件で生きているからだろう。多くの若者はフリーターという身分でトレーニングを続けているのだから。アメリカ、中南米、南アジアに強い選手が多いことを考えると、ボクシングは貧困が支えるスポーツかもしれない。

日馬富士初優勝

 久々に大相撲の千秋楽をテレビで見た。優勝決定戦で日馬富士が白鵬を破って初優勝を果たした。これでモンゴル出身力士の三強時代に突入したという感想を強く抱いた。白鵬も謙虚だが堂々としていて人気はあるが、日馬富士は軽量にも拘わらず稽古で強くなってきたという印象が強いので、日本人に好かれるタイプだ。日本人力士では、稀勢の里がかろうじて外人勢に割って入れるか、期待を持たせるが、よほど頑張って自分の型を作らないと難しいだろう。

 前にも書いたが、外国から来る力士はレスリングやモンゴル相撲などで身体能力の高さを認められてスカウトされている。日本の力士では、学生相撲での実績を認められて入門するケースはよくあるが、アマチュア相撲の選手層は厚くないからどうしても外国出身者と互角に競争できないのである。これはもう仕方のないことで、日本人だけではレベルが落ちるばかりなので国際化せざるをえないのである。また、外人力士が出世することで相撲中継が外国向けの商品になるというメリットもあるに違いない。

 ところで、本場所になると、大麻や暴力事件などの話題が聞かれなくなる。古い体質の改善、制度・組織改革はどうなっているのだろうか。身内に甘い体質と言われ続けているが、閉鎖的な組織だからそうなるのは当然であって、やはり人事面での改革が必要だ。優秀な力士が優秀な経営者になれるとは限らないので、思いきって相撲界の外から人材を登用してもらいたいと思う。

映画DVD鑑賞 「飛べ!フェニックス」

 23日の夕方、梅田へ買い物に出かけた。新型インフルエンザの影響でいつもの土曜に比べ明らかに人出は少なかった。マスクをしている人は一割から二割程度で、まばらという表現があたっている。用心深い人は外出を控えていて、気にしない人が繁華街に集まるからそういう割合になるのだろうと思った。平日の通勤時はもっと多くの割合になるだろう。

 ロフトで文房具を買った後、ヨドバシカメラでDVDソフトを購入した。買うのは専ら古い洋画である。廉価版が出ていて、買いやすい。新作だと4~5千円するし、邦画は古くても高い。黒澤映画や松本清張原作の映画は面白いが、やはり高価なので余裕のある時にしか手を出せない。

 今回は、20世紀フォックス社の①「飛べ!フェニックス」②「トラ・トラ・トラ!」ワーナーブラザーズ社の③「カッコーの巣の上で」の3本。①はテレビで見たことがあり、②は会社の同僚から借りて見たことがある。③はアカデミー賞受賞の名作だが、見たことがない作品である。

 さっそく、①の「飛べ!フェニックス」を見た。双発の輸送機がサハラ砂漠を飛行中に砂嵐に遭遇し、不時着する。救援を待つが、コースを外れているので望み薄である。歩いて脱出しようと試みるものが現れるが、数百キロの道のりを踏破することは不可能に近い。飲料水は10日分しかない。不凍液を蒸留しても4日分増えるだけである。一人二人と犠牲者が出始め、焦りがただよう。そんななか、ドイツ人の技師が、機体の一部を利用して単発の飛行機を組み立て脱出する案を提示する。救援を待つ時間に機体を調査して、理論的に可能であることを確かめ、設計図も書いていたのだった。最初は皆半信半疑だったが、他に道はないと覚悟して協力し始める。時折不協和音を発しながらも思いをぶつけあって最後はまとまって機体を完成させた。そして体力も気力を限界に迫ったところで飛行に成功し、17日ぶりに人が生活する場所にたどり着くことができたのである。

 印象に残った点を3点上げてみよう。まず、遭難者の一人である医者の言葉。希望を持つことによって、長く生き延びることができる。実際に思い通りの結果が得られるとは限らないが、そのことだけでもやってみる価値があると言った。非常に合理的な考えであると思う。ただじっと待っているだけでは衰弱死に至る時間を浪費するだけである。目標を持つことにより、気力が生まれ、集団に規律が生まれる。これは、遭難ものに必ず出てくる、生き延びるための鉄則である。危機的な状況で誇張されているが、通常の社会にあっても、組織が生き残っていくための欠かせない要素である。次に機長と技師との関係。機長は年長者であり、経験が豊富で、機長という立場からもリーダー的存在であることは間違いない。遭難したのは自分の責任という意識が強く、あれこれ指示を出している。それが時に技師との確執を生む。機体の組み立てにおいては技師の方が専門であり、機長も譲らなければならない。最後にそのことが分かる。置かれた状況によって、最善の選択は何かを考え、過去の成功事例や立場も捨て去る勇気が必要である。三つ目は、クライマックスの場面。ドイツ人は技師とはいっても、模型飛行機の設計を仕事にしていることが分かる。本人は隠していたのではないが、周りは本物の飛行機を作ってきたと思いこんでいる。それで、この計画は成功するはずがないと落胆してしまうのだが、それに対する技師の言葉が説得力を持っていた。すなわち、模型飛行機も飛ぶ原理は同じである。だから偽物であるというのは間違いである。「本物」は操縦士がいるので操作ができるが、模型飛行機は自分で飛ぶのだからなお難しい、というのだ。最後の部分は私には分からないが、確かに模型飛行機の設計も同じ理屈で考えるに違いない。エンジンの出力に対してどれだけの大きさの翼が必要になるかなどの計算は同じ根拠でなされるのであろう。科学に頼らざるをえない場合には、非合理な思い込みは排し、科学的な知見を優先すべきということだろう。

 

2009年5月23日 (土)

港町ブルース

 1969年、第11回日本レコード大賞は森進一が受賞するはずであった。しかし、ダークホースの佐良直美にさらわれてしまった。あの時の森の涙を忘れることができない。

 港町ブルースはその年最大のヒット曲であった。レコード売り上げ枚数でもオリコンの実績でも佐良の「いいじゃないの幸せならば」を大きく引き離しており、誰もが受賞を信じて疑わなかった。それが一転して、最優秀歌唱賞に森の名前が呼ばれ、彼は驚きと失望の表情に顔をこわばらせた。後に「襟裳岬」で大賞を受賞し、ある意味名誉を回復するのだが、それによっても決して取り戻すことのできない心の傷が生まれたと私は勝手に思っている。森にとってはそのタイミングでどうしても手に入れたい賞だったと推測するのである。

 では、なぜ選ばれなかったか。業界が決める賞であり、そこにどれだけの公平性が求められるのか難しいところではあるが、ファンあっての音楽業界であり、消費者の期待を裏切るような判断を下してはならない。しかし、実際には業界内での一般人には知ることのできない力関係に左右されたのではないだろうか。また、一歩引いて、客観的に不利な点があったとすれば、レコードのリリースが佐良の方が後であり印象が強かったこと。「港町ブルース」のようなご当地ソングに対する評価が定まっていなかったことが上げられると思う。

 「背伸びしてみる海峡を 今日も汽笛が遠ざかる・・・」無抵抗に受け入れている歌詞であるが、そこには特殊な状況がある。なぜ背伸びをしているのか。海峡に目をやっているのだから視線はかなり遠くを見つめているはずだ。それなのになぜ背伸びを。「今日も」ということは、何日もそこに立ち続けているということなのか。「汽笛が遠ざかる」ということは・・・。船の速度は決して速くはない。遠ざかるまで、かなり長い時間が経過しているはずだ。そう考えていくと、これはただ事実を描写しているのではなく、何かを象徴的に表しているのだということが分かる。海峡を隔ててある陸地は未来なのだ。そこには、今は手に入らない幸福がある。だから、背伸びをしてまでも視野に入れたいと願うのだ。来る日も来る日もそこに立ってしまうのだ。不幸ではあるが、決して不幸に甘んじたくはない、そんな大衆の感情を表現したのが演歌ではないだろうか。「生きていくのが辛い日は、おまえと酒があればいい」と小さな幸せに逃げ込むのも人生の知恵ではあるが、私達は大きな希望を捨てて生きることができない。

 

2009年5月17日 (日)

宴会芸

 ブログのネタが切れてきたので、学生時代まで遡って話題を探さねばならなくなった。学生時代はとにかく飲むことが生活の2本柱の一つだった。(もう一本は、サークルでの学習会)ただ飲むだけではなく、そのなかで会話を盛り上げることが重要で、何か面白い話題を提供することが求められていたと思う。そういう意味では、ありきたりの話題では受け入れられないので意識的に切り口、着想を変えて考えていた気がする。それは、ただ教授の講義を聴いているだけでは生まれないことで、非常に役に立ったと考えている。少し、授業に出なかったことへの言い訳になっている気もするが。

 会話にプラス必要だったのが、「芸」である。あまり小難しい議論ばかりでは場が持たないし、参加できないメンバーもあるので、お互いに芸を披露しあう。この時に芸のないのは苦しい。一気飲みで凌ぐのはちょっと辛い。芸もつぎつぎに考えだすのは難しいから、パターン化する。追い込まれてとっさに出た芸もあった。ほとんどがナンセンスな中身で、自慢できるようなものは一つもない。ここで書くことは自分がいかに馬鹿だったかを披歴するようなものだが、それも含めて自分なわけだから、いくつか挙げることにしよう。

 ①ペドロ&カプリシャスの「別れの朝」をフランス語で歌う。もちろん出まかせである。なぜフランス語になったのか分からない。原曲はウド・ユルゲンスの作曲なので、ドイツ語で歌ったほうが正統なのだが。しかし、ドイツ語も話せないのだから、どうでもいい話。

②ピンクレディーのUFOをフランク永井の物まねで歌う。私は演歌が好きで、声も低温だったからそれなりの歌にはなっていたと思う。しかし、フランク永井を知っている人が少なかったので、当然ながらあまり受けなかった。

③万国びっくりショーというネタ。私の自慢の一物を披露しましょうと言って皆に背を向ける。そしてズボンのなかに手を入れ、もぞもぞする。突然振り向き、「万国びっくりショー」と叫びながらチャックのなかから親指を突き出すというものだ。芸とも呼べないもので、記憶ではこれは一回しかやったことがない。でも、結末は読まれていたでしょうねえ。

日清食品

 次男が今年、ある私大の商学部に進んだ。この大学では1年生からゼミがあり、そこで発表するので原稿を見てほしいと持ってきた。テーマは企業研究で、日清食品の報告をするのだそうだ。追加したらいいと思う項目やシェアは円グラフにした方が分かりやすいなど数点アドバイスした。全体をみると、大学に入ったばかりとしては、必要な情報が盛り込まれていてまずまずの内容だった。

 アドバイスするために、日清食品のホームページを開いてみた。日清は今は日清食品ホールディングズとしてグループ会社を取りまとめている。有名なところでは明星食品がある。21年3月期の決算短信を見てみると、連結の売上高が362,057百万円で前期比6.1%減。営業利益が23,552百万円で同14.9%減。経常利益は28,748百万円で同12.3%減。当期純利益は15,890百万円で、同16.9%増である。特徴的なのは、売り上げ高の減少にも拘わらず、売上原価が増えており、売上高原価率は50.76%から55.87%へと5ポイント以上上昇している。これは小麦粉やパーム油の値上がりによるものだという。これが営業利益の減につながっている。経常利益では、為替差損が発生しているが、この分を有価証券の売却益で埋め合わせた格好になっている。結果、営業利益が減った分だけ経常利益が減少している。純利益については、本来なら減少するはずであるが、法人税の調整が入り、前期比でプラスになっている。

 前期のまとめとしては、①原料の値上げに苦しんだ。②「移り香」の問題で、売上高にブレーキがかかった。③不況の影響で、安価な商品に志向が流れ、売上・利益に影響した。ということになろう。市場が飽和状態にあり、少子高齢化で消費の伸びも期待できない。そのなかで短信にも述べられているように、「消費ニーズの3極化」(品質で選ぶ層、価格で選ぶ層、新しい技術やコンセプトを評価する層)に対応するため、それぞれのポジショニングを明確にした製品開発を行っていくことが課題になるだろう。

 関西の企業であり、その商品にはずいぶんお世話になった。袋入りラーメンでは「出前一丁」をよく食べたし、カップヌードルも何個食べたか数知れない。日本人は年間に平均40食食べるそうだ。ちなみに、中国人も同じ40食。ただ人口が多いので、国では500億食になる。韓国人は年間80食を食べ、一人当たりでは世界一である。日清食品には、今後も日本の食を支える企業として頑張ってもらいたい。

2009年5月16日 (土)

桃井かおりのこと

 女優の桃井かおりと高田馬場のスナックで会話を交わしたことがある。当時わたしは大学生で、友人のA君とともに行きつけのスナック「花仙(かせん)」に飲みに行った。花仙は年配のママさんひとりで経営する、こじんまりしていて安く飲めるスナックだった。普通は置いていないサントリーホワイトのボトルがキープできた。サークルで勉強会が終わった後は大抵居酒屋で飲むのだが、二次会は花仙に行くことが多かった。ママさんはまだ存命で、埼玉の娘さんの家で暮らしている。もう90歳をいくつか超えた年齢になっているはずだ。

 ところで、ある夜A君と花仙に行って飲み出したが、われわれの他に男女2名の先客がいた。最初は特に彼らを気にすることもなかったが、カラオケを歌っていると女性が声を掛けてきた。私の歌に対して、「お兄ちゃん、歌うまいね。」と言ったのである。その言い方が、桃井かおり独特の感じにそっくり。見た目も、桃井に似ていて、私は「この人は、見た目が似ているので、意識的に桃井を真似た話し方をしているんだな。」と思ってしまった。それから、われわれと相手2人と交替で数曲歌ったと思う。時間が終電に近づいてきたので、立ち去ることにしたが、桃井似の女性から、「もう帰っちゃうのー。もっと歌おうよ。」と引きとめられてしまった。しかし、タクシー代を出せるほどお金がなかったので急いで帰ることにした。

 後日、ママさんから、あれは本物の桃井かおりよと教えられた。マネージャーと飲みにきていたそうだ。それを聞いてもっと話をしてお友達になっておけばよかったと後悔した。私はけっこうミーハーなのだ。ちなみに、桃井かおりは1952年4月8日生まれで、私の兄と同じ誕生日である。

民主党代表に鳩山氏

 NHKで民主党の代表選挙が中継された。結果は鳩山氏124票、岡田氏95票で、鳩山氏が新しい党代表に選ばれた。公共の電波を長時間使って放映されたが、これに対しては電波ジャックとの批判が一部に聞かれたが、次の政権に就く可能性のある第二の党ということで、大きな問題にはなっていない。

 投票の前に両候補者の演説が行われた。私は民主党の支持者ではなく、両候補者のファンでもないので、冷静に見ていたが、鳩山氏には抽象的な表現が多く、岡田氏の話の方が分かりやすかった。事前の情報では鳩山氏が優勢で、投票権が議員にしか与えられなかったので逆転は難しく、予想どおりになった。

 政党は、同じ政治的理念、目標を共有する人が集まった組織であるから、根幹の部分での違いはありえない。違うのであれば別の党へ行くべきである。他方、理念を実現するための手段の選択や細かな政策においては違いはあるだろう。その範囲での違いを浮き彫りにし、リーダーシップなどを加味してどちらが賛同できるかを決めるのが今回の選挙であった。ただし、今回の代表選は、誰のもとで総選挙を戦うかという重大な選択肢を含んでおり、その観点を抜きにして投票をしたのであれば、議員としては失格ではないか。私個人としては、岡田氏が勝った方が、民主党のイメージがアップし、勢いが出たのではないかと考える。小沢色は早く払拭するほうがいいと思うのである。

2009年5月10日 (日)

性同一性障害のこと

 

性同一性障害(せいどういつせいしょうがい、Gender Identity Disorder,GID)とは、生物学的には完全に正常であり、しかも自分の肉体がどちらの性に所属しているかをはっきり認知していながら、その反面で、人格的には自分が別の性に属していると確信している状態(日本精神神経学会)を指す、病名あるいは障害名である。

しばしば簡潔に「の性と身体の性が食い違った状態」と記述される。症状の度合いは、自分の持つ外性器に非常な嫌悪感を持ち外科的処置を必要とする状態から、異性装を行うことで耐えられる状態まで様々である。

同性愛と混同されることがしばしばあるが、意味合いは全く異なる。(ウィキペディアより)

 最近この障害についての認知度が高まった。それは、タレントとして活動している椿姫彩菜の存在が大きい。「わたし、男子校出身です」という著書のなかで、自らの半生を記して性同一性障害への理解を促している。私は彼女が非常に可愛いので前からファンだったが、後から事情を知った次第である。知ったからと言って、特段気持が変わったこともない。かえって、応援したくなったといえる。世間ではまだ無理解な人が多く、シャンプーのCMに彼女が出ているのは吐き気がするなどとネットで言われている。元は男のくせに、という言い方もされており、やはり性同一性障害が十分理解されていないことがうかがえる。もともと女だったのである。人格においては女だったのに、違う姓の肉体が付いてきてしまったのである。

 昔から男性なのに女性っぽい人は存在した。その逆の例も然りである。そして、そのことに対する偏見は強く、いじめられたり差別されたりしてきた。前回、吉行淳之介について書いたが、彼はそういう障害を持つ人への理解が深い人であった。「男娼」と呼ばれる人たちとのつきあいもあって、障害のせいで普通の世界から弾き飛ばされたことへの同情心があり、赤線で働いていた人たちに精神薄弱の女性が多かったことなども含めて社会的「弱者」への愛情が作品に綴られている。男娼について書かれたエッセイでは、「生まれつき」という表現を使っており、生来の障害という認識を持っていたようだ。念のための断わっておくが、性同一性障害を持つ人が皆男娼になるのではない。なかにそういう道を選択せざるをえない人がいるということである。因みに、ウィキペディアも断っているように同性愛者とは違う。自分は男であるという自覚のある人が男を好きになるのは同性愛である。性同一性障害者の場合は、自分が女だと思っているのだから異性を好きになっているのである。ゲイは男であって、男の立場から男を求めるのである。

 科学の進歩は様々な迷信を打ち破ってきた。この問題にしても、変態だと言われたり、親の育て方が悪かったからだと言われたりしてきた。ハンセン病にも誤解があった。読字障害も最近まで分かっていなかった。分かっていれば辛い人生を歩まずに済んだかもしれない。神経症や精神障害に対する偏見ももっともっとその原因が解明されれば社会的な理解が進むだろう。研究の成果を期待したいと同時に、国民全般が科学的認識を深める努力をしなければならない。そういう意味でも教育の役割は大きい。

吉行淳之介のこと

 高校生、大学生の時代に好んで読んだのが吉行淳之介だった。小説よりもエッセイの方が多く出版されており、私が読んだのもエッセイ中心だった。大半が男と女の関係にまつわる話でしかも「大人」の視点から書かれており、若者が読むに相応しい内容ではない。私には多少年寄りじみた嗜好があるのだろう。

 吉行氏は安岡章太郎や遠藤周作らと交友があり、かれらはまとめて「第三の新人」と呼ばれていた。安岡も遠藤もエッセイを書いており、お互いの行動や発言を交友録として書きあうことで飯の種にしている部分があった。彼らは皆、政治的な問題に対し直接発言することはなかったと思うし、社会的な問題から距離を置くことにより、個の内面に焦点を合わせていたと思う。やや内向的な傾向が強いと言えようか。

 吉行氏はフランス小噺をネタにすることが多かった。非常に面白いのであるが、これを面白いと思う人は日本の社会ではマイノリティーかもしれない。文学趣味のある人間、そういう意味で余裕を持った人にしか受けないように思う。ここで例を挙げることはことはできないが、私としてはお勧めである。

 先ほど男と女の関係にまつわる話と言ったが、その例を出しておこう。映画のシーンなどで、砂浜で男が女を追いかけるシーンがある。私が欲しかったらつかまえてごらんと言ってか駆けだすのである。しばらく走ると、つまずいて女が倒れる。男は女の上に覆いかぶさって結ばれてしまう。吉行氏は、これは女の策略だと言う。女は男との距離を測り、適当な場所でわざと倒れる。計算された罠だというわけだ。これは象徴的な場面であるが、男と女の関係は大概そういう風に流れていくのである。これは随分男にとっては都合のよい解釈だと女性から反撃を食らいそうだ。しかし、これは解釈の仕方であって、男も大抵は騙しているつもりなのではあるが、振り返ってみると俺が騙されていたのではないかという疑いを持つのである。現在でもまだ、女の人生は男に左右される傾向が強いが、その分男を騙せる能力を授かっているのだろう。次第に女の能力も権利も拡大し、対等になってくると関係が中性化して、駆け引きといったもののない、淡白な関係になるのではないかと案ずる。対等になることは歓迎だが、面白みはなくなると思う。それが新しい時代には必要なのだと言われたら、我慢するしかないが。というより、年齢から言えばもうそんなことはどうでもいいのかもしれない。嫁さんから捨てられないように努力するのが関の山だ。

 最後に、吉行氏は晩年に平和運動に控えめではあるが参加した。それに対して、あんな真面目な男を騙して運動に引き込んだという内容で批判をした文人がいたが、それは間違いだろうと思う。彼は、長年距離を置きつつも社会の動向に目を向けていたのであり、その結果最後になにかしたいと素朴に思って行動したのだと理解している。誠実な人であった。

2009年5月 9日 (土)

関関戦を初めて観戦

 甲子園球場で春の関関戦、すなわち関西学院大学対関西大学の野球の試合を観てきた。外野とアルプス席は閉鎖して、それ以外の席に観客を入れていた。応援団とチアリーダーの応援合戦があって学生野球らしい賑やかさがあってよかった。少し残念なのは学生の数が少なかったことだ。野球部関係者と応援団関係者を除くと本当に少なかった。これは過去に経験している早慶戦に比較しての話なのだが、それと同じとは言わないまでも学生の一割ぐらいは来てもいいのではないか。野球への興味がなくなったのか、大学への帰属意識が弱まったのか、関関戦そのものが早慶戦ほどは大きな行事ではないのか、理由がありそうだ。このへんの事情に詳しい方はコメントをいただけるとありがたい。

 もう30年も前のことだが、早慶戦はまとまった数の学生が見に行く行事だった。私はサークルの仲間と一緒だったが、年中行事で、一シーズン1回は行っていた。試合前は夜遅くまで、というよりは朝まで飲むものだから、疲れが出て連日はきついのだった。周辺のサークルも同じように行動していた。応援団の指揮に従い学生同士が肩を組んで校歌や応援歌を歌ったり、みんなで野次を飛ばしたり、一体となって動いていた。最近は見ていないので分からないが、そういう一体感は薄れつつあるかもしれない。振り返ると、早慶戦の伝統とは、ある種の優越感に支えられた部分があるだろう。お互いにライバル視すると同時に、共に私学の両雄としての仲間意識もあった。NHKでは必ず中継が入り、それは6大学のなかでも例外であり、優勝争いに全く関係がなくても挙行される特権的な扱いなのだった。この時間を広告料に換算したら億単位の金額になるだろう。知名度を上げ、学生を集めるには大いに役立っている。歴史があり、規模があり、名の知れた大学はますます大きくなる。お金を持っている人がますます財産を増やしていくのによく似ている。

2009年5月 6日 (水)

心を痛めること 幼児虐待

 幼児の虐待が頻繁に報道されている。いろんなケースがあるが、母親が子連れで再婚した場合の血の繋がらない父親からの虐待は考えさせられる。

 最近では離婚は珍しいことではなくなり、子連れの再婚も増えてきた。実の子でさえ育てるのが難しいのに、血の繋がらない子を育てることは大変なことだ。最も悲劇を生むのは、母親が子連れの場合である。男は子に前の夫の影を見出す。しだいに目障りになってくる。愛情は注げない。真面目な男だったら邪念を振り払おうとするだろうが、女を愛していればいるほど存在を否定したくなる。親がそう思い始めると、子もなつかない。男が虐待を始めても、女は男に逆らえないので、止めることができない。

 こういう例は全体から見ればごく一部なのだと思う。しかし、難しい問題ではある。血がつながっていようがいまいが同じように相対することができないものか。過去に、社会主義の国で、子供は社会のものだという考え方を推し進めようとした。それは結局上手くいかなかったのだと思う。動物の中には自分以外の子供も育てるものがあるらしい。それは種の保存のための本能的行動だろう。人間もそうあるべきだと思うが、現実はうまくいかない。孤児院の経営などで頑張っている人もいるから、やればできるのだとも思うが、この場合は全くの赤の他人であるから、まだ割り切れる面がある。連れ子の場合はどうしても性的な関係を引きずるから難しいのだ。養子縁組なら、夫婦ともに納得ずくで受け入れるのだからまだ救われる面がある。何度も言うが、本当に難しい。これは、文学が背負うべきテーマだと考える。

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結婚について

 今さら新婚時代を思い出す年齢でもないが、角田光代さんの小説を読んでいて結婚を題材にしたものがたびたび出てくるので、結婚について少し考えてしまった。

 角田さんが描いている世界には、30代の女性で、交際している男性はいるのになかなか結婚に踏み切れないか、結婚しても長続きしない人たちが多い。女性は正社員の場合もあるし、フリーターの場合もある。何冊も読んでいないし、調査したわけでもないから断定しがたいが、フリーターの設定の方がメインなのではないか。生活が安定しなければ、結婚に踏み切れないのは客観的基礎があるから理解はできる。正社員で比較的お金がある場合でも、将来像がはっきり描けるほど未来への確信が持てないだろうことも想像できる。なにか確かなものがなくて、それでいて、現在が全く不幸というわけでもない。中途半端で、判断ができず、ぐずぐずしてしまうのである。そんなもどかしさ、やるせなさを描いているようである。これは私のような中年男には理解はできるが、共感できることではない。自分が結婚し、新婚生活を送った時代とは大きく変化しているからだ。

 今は、長く付き合って結婚するか、逆にできちゃった結婚で短期間の交際で籍を入れるかどちらかではないか。聞いているとそういう気がする。自分のことを言うのは恥ずかしいが、私と家内はつきあって2か月余りで結婚の約束をした。好きだから早急に夫婦としての関係を確立したい。それは生活の実態としても法的にもそうであったと思う。家内も異論はなかったはずだ。ある意味、衝動的な行為である。ゆっくり考えていたのでは思いきれない。現在は、生活の不安、将来への不安がそういう思い切った決断を妨げているのだ。逆に、結婚しても分かれるのはなぜかと考えてみたが、同様に生活の不安定さがあると思うし、もうひとつは無理に続けなければならない規範がなくなったからだろう。愛し続けようとする意思が弱くなった。人間は好きになろうとすればある程度はできるものである。(間違って家内が読むかもしれないから私は努力しなくても好きだと断わっておこう。)そういう意味では、男と女が引きあう力は格段に弱くなったのではないかと案じる。

 ところで、新婚旅行のことを思い出した。旅行は今から23年前の4月であった。贅沢だがハワイに行かせてもらった。これっきり定年までは海外に行くことはないと思っていたが、仕事で中国に行く機会ができた。中国に行っても楽しくはないが。結婚式の翌日、ジャンボ機に乗り込んでハワイに向かった。ここで書きたいのはその時の機内の状況なのである。大安の翌日で、新婚カップルで溢れかえっていた。前後左右皆新婚である。ご想像のごとく、熱気むんむん。息苦しいほどだ。そういう中にあって、私は少々恥ずかしい気持ちになったのを覚えている。私もそのうちの一人なのだから文句を言うわけにはいかない。しかし参った。今は結婚そのものが減っているから、さすがにそんな凄まじい光景は見られないだろうなあ。

 最後に、つまらん回顧が入ってしまった。結婚事情も社会の変化とともに様変わりしているのである。

一般化することの怖さ

 この3日の日曜日の朝に、サンデーモーニングという番組を見ていた。冒頭から新型インフルエンザに関する報道が続いた。報道の内容は私が思うに妥当なものだった。現在は弱毒性であり、恐れることはないが、備えはしておこう。高温多湿の季節がやってくるので一旦沈静化するが、秋以降のシーズンになると再び感染が広がる恐れがあるので注意。その間に、強毒性への変異がないとはいいきれない。メキシコで死者が多いのは、メキシコだけ強毒性があるというのではなく、発表されている以上に感染者が多く、分母が大きいから死者数が多いのである。また鳥インフルエンザからの新型インフルエンザへの変異と感染も危惧される状況で、こちらの方が怖いという見方もできる。こういったところが現状では正しい認識のようである。

 さて、他のニュースを挟んで後半に議論されたのは、文明の捉え方である。今回新型インフルエンザが急速に世界へ広がったのは世界がグローバル化した結果である。これは金融危機が世界に広がったのと同じく、世界の一体化であり、そのことは人類を豊かにしたが、同時にデメリットが大きくなって人類を危機に陥れようとしている。したがってこの文明の問題を人間はどう受け止めるべきか、人類はどういう道を選択すべきか真剣に考える時期に来てしまった。ついては、私たち一人ひとりが自分たちの生活の仕方について、これでいいのか考えなければならないという主張が繰り返された。

 これはこれで間違いとはいえないだろう。消費者の立場から生活を見直し、われわれはこういう生活を欲するというメッセージを製品とサービスを供給する側にぶつけていくことは力になると思う。しかし、これにしても消費者(先進国の)という立場からの行動提起である。人間とか、人類とかいう大きな括り、概念では問題は捉えられないし、少なくとも解決策は具体的に出てこないだろう。せいぜい、考え直そう、見直そうが関の山である。環境問題やエネルギー問題、食糧問題が深刻化している過程において、その動きの主体になったのはやはり企業であり、他方では国家ではなかったのか。だから、その主体が今後どういう動きに方向転換するのかが焦眉の問題である。その動きを作るにはどうしたらよいかを一人ひとり考えようというのなら、それは非常に意味のあることである。そういう前提なしに、人類は、人間は、一人ひとりはと繰り返しても、逆に問題を見えなくしてしまうだけではないだろうか。

記事数300件に到達

 ココログの記事数がこれで300件に到達しました。書き始めたのは2年2か月前です。最初は毎日書いていましたが、そのうち1週間に1度の割合を確保するのがやっとの状態になりました。内容も文字通り日記という位置づけで、あまり読まれることを意識しないで書いていましたが、カウンターを付けてからは、結構固定読者として見てくれている人がいることを知り、その人たちを意識するようになりました。あまり構成など気にしないで書き進むものですから、まとまりに欠けるかもしれませんが、中年のおじさんのなかにはこんなことを考えている人もいるのか、ぐらいに受け止めてもらえればありがたいです。主張に対しては、賛否両論、あるいは論評するにも当たらないという評価もあるでしょう。甘んじて受け止めなければなりませんが、勝手なお願いをさせていただければ、私もそう思うという共感のメッセージをいただければ幸いです。私もひとのブログにコメントを入れるときはそうしていきたいと考えています。

 これからも土日中心になりますが、がんばって書いていきます。パソコンを開けたついでに見てもらえると励みになります。

学生時代の仲間たち

 学生時代の名簿を実家から持ち帰り、懐かしんで見ていた。この人たちのなかにはマスコミで働いていたり、大学に残っていたりするのでネットで検索すれば当たるだろうと思いやってみた。

 先輩では、古いほうから書いていくと、福岡で大手予備校の世界史の講師をしているOさん。この人は自分で予備校を経営する目標を持っており、学生時代から東進スクールで働いていたが、ちょっと変わった人だったので、経営よりも講師が向いているような気がする。続いて、日経ネットナビの編集長だったSさん。休刊になってから何をしているのか分からない。名古屋外国語大学教授のTさん。ちくま新書を2冊出しており、テレビでも見かけた。国士舘大学教授のKさん。この人は大手船会社に就職したがすぐにやめ、インドに勉強に行ってしまった。その後どうしているのか分からずじまいだったが、今日ネットで当たってみると現在の仕事が分かった。名前と専門分野で判断したが、間違いなかろう。成蹊大学教授のKさん。やはり教授にまでなる人は皆学生時代からよく勉強していたし、自分なりの主張は持っていた。

 同学年では、国立民族学博物館准教授のSさん。フランスの社会思想が専門で、フランス語の講師としていくつかの大学を掛け持ちしているSさん。彼は慶応の大学院へ進んだあと、どうしているのか知らなかったが、これも今日検索したが、5年のフランス留学を経て現在に至っていることが分かった。読売新聞東北総支局長のKさん。実直な人柄で、私の好きなタイプの男である。

 後輩では、毎日新聞仙台支局長のMさん。ネットで、選抜高校野球21世紀枠で選ばれた利府高校に選抜旗を授与するかれの姿がニュースで紹介されていた。神戸大学准教授のUさん。

 最後に、先輩であるAさんのこと。今日知ったが、4年前に娘さんを自殺で失い、今、自死遺族の自助グループを立ち上げようと活動している。コメントし辛いところだが、友人のA君の兄だけに余計に悲しい気持ちだ。

 ネットには出てこない、地味な人生を歩んでいる仲間の方が数は圧倒的に多い。皆、頑張っていると思うし、頑張ってほしい。お前こそ頑張れと言われそうだが・・・。

三重の実家に帰る

 2日から5日にかけて実家に行ってきた。休日にブログの書き溜めをしたいところだが、この間はやむなくお休みをした。

 この正月から、和歌山周りの特急列車の利用はやめ、伊勢周りで、近鉄とJRを乗り継いで帰ることにした。特急を使わなければ乗車券だけで済む。交通費はほぼ半額である。時間も1時間あまり余分にかかるだけである。先を急がぬ旅だと思えば、苦にもならない。ただ、少々お尻が痛くなるだけだ。

 田舎には弟家族と母親が住んでいる。弟家族は嫁さんの実家に帰って不在であり、膝に痛みが出ている母一人だったので帰ることにした。お伴は一番下の三男であった。ただし、帰ってもあまりすることがない。出かける先がないのである。都会のように楽しめる場所がない。テレビを見るか、読書をするか、食料の買い出しに行くか、海岸を散歩するか、それぐらいである。読書は、今回は古本屋で買った2冊だ。東野圭吾の「むかし僕が死んだ家」と角田光代の「人生ベストテン」。一冊210円で、定価は500円程度だから安い。人気のない作家だったら105円で買えて、そのなかにもいい本はあるが、流行りの本となると少し値が上がる。息子も本を読んで過ごしていたが、それにも飽きていよいよ退屈し出した。このままでは大阪に帰ると言いかねないので、列車を乗り継いで太地町のくじらの博物館へ出かけた。長男、次男は過去に行ったはずだが、三男は初めての様子。イルカショウ、くじらショウ、シャチのショウと見世物はふんだん。展示物でいえば、腹びれのあるイルカが珍しい。このなかでは、シャチのショウが圧倒的な迫力で楽しませてくれた。3トンの巨体で飛び上がるのだからすごい。落下するときの水しぶきは半端ではなかった。

 このように過ごしたが、最後、大阪に戻る日に思いついて、蔵に押し込んでいる学生時代の本や資料を掘り返してみた。そうすると懐かしい物が出てくる。明治大学の合格発表の時に写真を撮られ掲載された週刊プレイボーイや大学1年時のクラス名簿、サークルの名簿、サークルの学習会資料、思想を扱ったマイナーな月刊誌など。相当な量の資料である。ちなみに、その月刊誌の特集は、「知のパラダイム転換」についてであり、昔も今もこの手の雑誌は相変わらず同じようなテーマを扱っているなと思った。それはさておき、この書籍と資料が私の学生生活の証である。授業はほとんど出ていないから、これが拠り所なのである。だから、いつでも見られるように整理しておこうと思った。しかし、帰り際に思いついたので、ざっと片づけて続きは次回に残すことにした。いつまでも過去を振り返ってばかりもいられない。名簿関係だけは持って帰ることにして、蔵の扉を閉じた。

2009年5月 2日 (土)

肉を切らせて骨を断つ

 会社で経営について考えを巡らせている時に、この言葉が浮かぶことがある。サブプライムローン問題に端を発する金融危機に続き、リーマンショック以降は世界経済危機という言われるまで経済の状況は悪化した。もともと、所得の減少や少子高齢化で市場が縮んでいると言われていたところにこの事態であるから、企業間の競争はますます激化している。

 私の勤めている会社も、業界の上位企業から攻められ、また下位企業からも追い上げを食らっている。どういう戦術をもって自社の市場を守り、かつ他者の市場を攻めるか。簡単に言えば、他社の弱い所を攻める、矛盾を突くということなのだが、こちらの資源にも限りがあるので、すべての動きに対応できるわけではない。場合によっては、ガードを固めて打たせることもある。そして、相手に防御の意識がなくなった時に、数は少ないが強いパンチで一気に倒すのである。しかし、これには自信と信念が必要だ。打たれるのは怖い。気を緩めるとパンチをもらうかもしれないからだ。その気持ちを跳ねのけ、最後に必ず決めてやるという信念を持つことだ。ボクシングで例えたが、経営は組織の動きで闘うので、社員が作戦の趣旨を共有しなければならない。現実には、個々の社員が他社の個別の動きに対応してしまうことが多い。そこを我慢して、ターゲットを絞り、期間も限定して、集中して攻め込めば、市場全体で変化を引き起こすことができるのである。こういう戦い方は実際の戦争ならば普通の作戦だが、企業活動では散漫になってしまって、はっきりしないことが多い。しかし、昨今の情勢を見ていると、そうも言っていられないようだ。

2009年5月 1日 (金)

戦争映画について

 特別好きだというのではないが、時々DVDで戦争映画を観る。大抵が娯楽映画で、善玉と悪玉とに分かれ、観衆は善玉側について満足するのである。よく悪玉にされるのは、ドイツ軍やソ連である。背景として歴史的事実もあるのは確かだが、欧米の図式は非常にはっきりしている。007シリーズ(戦争映画じゃないが)ではソ連の描き方は非常に固定化している。映画が仮想敵国のイメージ作りに貢献していることがよく分かる。

 娯楽映画とは別に、記録映画として実際の戦争の映像もある。太平洋戦争の映像もDVDで観ることができる。ほとんどがアメリカの従軍メディアによる撮影だ。米軍の火炎放射機で黒こげになった日本の兵隊の映像は悲惨極まりないが、音がないために、死体というよりは物体に見えてくる。人間の想像力はいろいろな要素の影響を受け、正常に働かない場合も多いということだ。

 善玉の兵士が殺されると、その死が大きくクローズアップされる。重たい死として描かれる。それに対して敵の兵士は犬畜生が殺される程度の軽さである。一般の兵士は戦争にあたって徴集された普通の市民である。何の罪もないだろう。軍の命令で動いているだけである。敵も味方も命の重さに違いはない。ブルース・リーにバッタバッタとなぎ倒されるハンの手下も、それぞれ事情があってそういうポジションに就いたのだ。彼らにも言い分はあるだろう。そこまで想像力を働かせることは、逆に愚かなことなのだろうか。

昔の「必殺」は面白かった

 また必殺シリーズがテレビ放映されている。私が年をとったからなのか、社会が変わったからなのか、なぜだか昔のような面白さを感じない。

 そもそも「必殺」のおもしろさはどこにあるのか。条件として必要なのは、「悪いやつ」の存在である。悪ければ悪いほど恨みは募る。恨みを晴らすことに人は喜びを感じてしまうのである。恨みを晴らすために、自分の命や人生を犠牲にすることが、人にはできる。それが芸術の材料にもなるし、民族の記憶となって宗教の起源にもなったりする。ところが、今の「必殺」に出てくる悪い奴はたかがしれている。描き方が非常に淡白である。時間をかけ、丹念に悪人の像を作り上げることができていない。クライマックスは短時間でよい。手の込んだ道具で仕留めなくてもよい。単純に刀で仕留める主水に一番の迫力を感じたりするのだ。

 「悪」の存在がはっきりしなくなった。決して「悪」がなくなったのではない。見えにくくなっただけである。仕組みのなかに織り込まれているのである。合法化したと言ってもよいだろう。世の中で何が起こっているのか、眼を凝らそう。当り前のことは何一つない。

新型インフルエンザ

 過剰反応が目立ってきた。マスコミは非日常性を好む。日常的なことはニュースにならないから当然と言えば当然であるが、インフルエンザにしても事が大きくなればなるほどニュース性が高まるのだから、それを期待してしまう。今回の事態を受けての基本的な対応は、心配は不要ですが、各自でできる限りの備えはしておきましょう、である。しかし、マスコミは、心配ですね、心配ですよと、心理的に追い込んでくる。

 横浜の高校生は、新型インフルには感染していなかった。それで本人も家族もほっとしたに違いないが、なんだか犯人であることの疑いが晴れたかのような報道に受け取れた。私は、いずれ日本にも感染者は現れると思うが、第一号の感染者はどの様に扱われるのだろうか。こんな時に外国へ行くのが悪いのだとか、身から出た錆のような、そんな空気が支配するのではないだろうか。インフルエンザの流行は人類の歴史のなかで何度もあった。医療や衛生についての知識が遅れていた時代には大流行した。今回も人類が生物として受けなければならない洗礼である。被害は少ないに越したことはないが、感染することにより抵抗力が育まれる側面もあるのだ。普通のインフルエンザでも老人を中心に多くの死者が出るのである。運動し、栄養を摂り、十分な休息をとれば抵抗力が維持され感染しても、あるいは発症しても軽度の被害で済むのである。

 無用な混乱は避けたい。多くの人はそう願っている。しかし少数ではあるが、この混乱で利益を得る人がいるだろう。点数を稼ごうとしている人もいるに違いない。国民の目が、そちらに行ってくれますようにと願っている人も・・・。

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