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2009年4月12日 (日)

キャッチコピー

 電車で、ある医療専門学校の広告を目にした。そのキャッチコピーがなかなかよくできていると思った。よくできているという意味は、専門学校への進学を考えている者にアピールする力があるという意味である。内容の良しあしの評価は人によって分かれるだろう。

 「支えるのではなく、ともに闘う。」(少し違うかもしれない)というチャッチだった。これはいろいろ解釈の仕方があるだろう。医療や介護を必要としている人も自ら回復や自立を求めて努力しているので、ただ助けてほしいと願っているわけではない。また医療活動や介護活動にあたる人も、「支える」となると、自分の役目があまりに過重に感じて苦しいだろう。「ともに」という言葉には、いくらかの救いの意味がある、反面、「闘う」という言葉には、医療は甘くはないよというメッセージも含まれている。覚悟して入って来いと言っているようにも受け取れる。

 さて、これはコピーの話であるが、実態はどうなのだろうか。医療や介護の労働は、長時間で、身体的な負担も大きい。現実には、「支える」という言葉がぴったりくる場合も多いのではないか。労働自体が厳しいうえに、待遇も悪いと来てはそう簡単に耐えられるものではない。実際に、離職する人も多いと聞く。長く続くためには、まずきちんとした社会的評価が必要である。一つ、少なくとも社会的に見て標準以上の待遇が保証されること。二つ、この仕事に従事する人は、評価され、尊敬されなければならないこと。この二点である。どんな仕事も必要な仕事であるかぎり、皆尊敬されるべきであろう。飲み屋でお酒の相手をする仕事も、それを必要とする人がいるかぎり役立っているのである。ただし、売春を斡旋したり、麻薬を売りつけたりする違法な行為は評価に値しない。これらは労働ではない。何も創造しないからである。逆に破壊をもたらしている。話はそれたが、労働は皆評価されるべきであるが、その強度や役目から考えて、医療や介護はもっともっと重視されてしかるべきだと思うのである。

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