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2009年4月19日 (日)

ブログを書くこと

 たまに趣味はなんですかと聞かれて、読書とブログですと答えることがある。これは、実は正しくない。聞かれたから仕方なく答える外向きの発言である。

 「趣味」の定義もいろいろあるだろうが、勤め人からすれば、「仕事のことを忘れて、継続的に楽しめる特定の行為」とでも表現できるだろう。その定義から考えると、どうもブログはそこから外れる。仕事にかかわる話題はほとんど取り上げないので前半部分はクリアするが、決して楽しくはないので、趣味ではなくなる。

 いつも文章として外に表現する中身が出来上がっているわけではない。ときに、考えが浮かんでメモをし、そのテーマから出発することはあるが、稀である。大抵が画面を開けてから考えだす。そうすると、生みの苦しみが始まる。生活はほとんど無意識に進行し、感じたり考えたりすることはあっても、外部からのその時々の刺激に対して反応しているだけである。したがって、数百字にまとめて表現できるような主張は日常的には生まれないのだ。少ないながらも形ある断片的な観念をつなぎ合わせて一つの主張にすることは、非常に苦しいことである。書くことを生業にしている人とは違って、書いても書かなくてもどっちでもいいのだから気楽なもんだろうと思われるが、決してそんなことはない。

 仕事の領域は離れて、自分の存在証明のためには書くしかない。ボランティアなどの活動もありうるし、今後やらないと決めているのでもないが、今は書くしかないのである。書くことは苦しい、書いたことが、その瞬間から自分を拘束し始めるからである。言葉にすれば嘘に染まるという歌の文句もあるが、言ったことが嘘であれ、本当であれ、言葉として外に出すと自分自身を規制し始める。ある意味原理になってしまうのだ。卑近な例で言えば、あの人はこうこうこういう人だと断じてしまうと、それからその人の行動の一つ一つがそこから解釈されてしまう。そういうことは仕事をしていてもよく発生することなのだ。

 だから、雉も鳴かずば撃たれまいというように、黙っていればいいものを、敢えて言うことには、リスクが潜んでいるということなのだ。他者から批判を受けるという意味もあるが、それよりも自分で自分を撃っているという側面が強いのである。とはいえ、2年2か月書き続けてきて、スランプもあったが、しばらくは続けようと思う。

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コメント

コメントありがとうございます。見てもらっていることが分かるので、とても嬉しいし、励みになります。いろんなことに興味が持てて、どうでもいいようなことをよく知っているのが私の持ち味かもしれません。ひとつひとつは深くないので専門家にはなれませんが。ひとつのことに集中していれば、人から認められる業績も残せたのかもしれないと後悔する時もあるのですが、結局変えられませんね。

 ブログを書き始めたとき、3日目ぐらいでもうネタが尽きてしまってやめようと思いました。僕の場合は、Sakkoさんのように会社にも努めていないので、「大人の男の人」と話をしたりすることも仕事がらほとんどないし、ほんとに何を書いていいのかと思ってしまいました。ただその日にあったことの中で、生徒を元気づけられるようなことがあればと思って1年2ヵ月続きました。

 Sakkoさんのようにいろいろなジャンルに詳しい人はいいですね。引き出しがいっぱいあって。

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