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2009年3月 8日 (日)

失業者をどうするのか

 働くことができるのに働けない人が多くいるというのは社会的にとって大きなロスである。これはあるべき社会を考える時の基本となる考え方だ

 ところが現実には失業者が多く発生している。社会が発展すれば、(というよりも、企業が経済活動を進めた結果として経済構造が変化していくと言った方が適切だが)必要とされる労働力の量も質も変わっていく。構造が調整される過程で労働力もそれに応じて配置に変動が起こる。計画経済ではないから、その調整は労働力市場を通じて行われる。成長業種では労働力不足が起こり、それは賃金が上昇することで他の分野から調達される。そういうメカニズムで徐々にバランスがとれていくのであるが、現実にはそうスムーズにいくわけではない。終身雇用が絶対的な条件ではなくなっているが、労働組合などの力が働いて、現状は維持されようとする。今の状態が安定的に続くことを期待する人が多ければ、なかなか労働力は流動化しない。元来人間は保守的なものであるから、タイムリーな調整は困難である。とは言ってもイノベーションの進行で、構造変化が生まれることは避けがたいことであり、できるだけ柔軟に労働力の移転が行われることが望ましいのである。

 そこでは行政が一定の役割を果たすべきである。企業からあぶれた労働者を他の企業に移転させることが仕事になるし、行政指導によって企業間での受け渡しをさせることもできるだろう。経済団体が自らそういう調整機関を設けることも可能だ。また、その移転を支援するためなら職業訓練の実施もよい施策である。と言うのは、変化の方向を読み切れずに役に立たない訓練を施してしまうリスクもあるからである。

 調整がスムーズに進み、労働者の痛みも最低限に納まることが求められる。職場が変われば待遇にも変化が起こる。まるっきり変わらないということはありえない。しかし、最低限の生活が確保できる水準の待遇は維持したい。調整はうまく進まず、残念ながら失業せざるをえなかった人々はセーフティーネットで救済すべきであろう。

 自由主義経済とは言っても、なにもかもが企業の思い通りにすすめてよいということではない。自由な企業活動の前提にはルールが必要である。こういうことはしてはいけないということは、受ける側から言えば規制である。何の規制もなければ、それは単なる「喧嘩」である。格闘技にもルールがある。ルールに従って競い合い、勝者と敗者を決めるのである。ルールのない競争は、まさに「喧嘩」である。

 この不況をどうやって乗り越えるのか。政治のやるべきことは多い。大事なのは、基本的な哲学を明らかにすることだ。競争が成長を生み、その結果として出てくる失業者は一定の率ではやむを得ないという考え方もある。そういう人でも一定のセーフティーネットの必要性は認める。それはそれで一般的によいことなのだが、その前に、失業者を生まない仕組みを作りだすことが重要ではないか。繰り返しになるが、Aという企業で100人の従業員を外の企業で受け入れて欲しいという希望を出す。それを行政機関(経済団体が作った機関でもよい)が、他の企業に斡旋する。その場合、6カ月訓練を実施したあとに就業させるのもよいだろう。能力を向上させた後であれば受け入れる側もより安心できる。

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