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2009年2月15日 (日)

大学生の学力低下

 大学生の学力低下については行政、学会、マスコミなどでかなり多くの議論がされてきたと思う。その原因はともかく、学力が低下していることは皆が認める事実のようだ。

 4年生大学への進学者数は最近横ばいのようで、60万人程度である。私が大学に進んだ30年前は40万人であった。他方、18歳人口は現在120万人程度で、30年前は160万人であった。この数字から単純に4年制大学への進学率を計算すると現在が50%で、30年前が25%である。すなわち、率では2倍になったわけであり、絶対数でも50%増加している。

 学生数が減っているということは、そのなかに占める「できる子」の絶対数も減少しているということである。また同時に、進学者数の増加は、「できない子」の増加も意味する。この両面から考えて、大学生の学力低下が進んだのは当然の結果だと考えられる。

 大学の質を決める大きな要素として、「できる子」の絶対数があると仮定すると、少子化によってその数値は低下の一途をたどっているのであるから、質の低下は当然の帰結となる。そして、教育の質を思い切って上げて、「できる子」を増やすことを考えなけれならならなくなる。国力が、人材の質によって立つと仮定すると、教育が現状のまま推移すると国が滅びるという結果が予測されてしまう。

 単純な推論であるが、これを裏付けるような話はよく聞く。たとえば、MARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政)のレベルが下がり、昔の日東駒専(日大、東洋、駒沢、専)のレベルになったと言われる。また、国立の上位校でも、京大のレベルがこの10年間で大幅にダウンしたという話も聞いている。これらを裏付けるデータは持ち合わせていないが、社会の変化を見ている限り、うなづける話である。

 これまで、少子化と大学生数の増加をレベルの低下の原因に上げて見てきたが、これ以外にも学力低下の原因はある。進学校の教育が、簡単に言えば、今まで以上に予備校化したということだ。受験に合格するためのノウハウを教え込む機関になってしまった。以前もそういう傾向はあったに違いないが、今ほどマニュアル化されていなかっただろうし、それぞれの学校が独自性を発揮しようという気概もあったように思う。ところが、大学の合格実績を出していかないと優秀な生徒も集まらない傾向があからさまに出てきたので、そうも言っていられなくなった。また、昔は地方の公立高校でも独学で難関大学にチャレンジしていたが、今では塾や予備校に頼らないとノウハウは得られない。もう一つ言えば、大学の側もそういうノウハウでは解けないような問題は出さなくなったのではないか。高校生では解けない問題を出して、食いついてくる学生がいないか試したという昔話を聞いたことがあるが、今はそんなことをすれば逆に非難されるのかもしれない。というようなことで、本当の「考える力」、「問題解決力」と言った方がよいかもしれないが、それは育っていない。世の中で起こっている諸問題にたいして解を見つける思考作業は、いくつかの答えから正解を選び出す作業とは異なる。受験のための勉強も必要であると認めざるをえないが、合わせて考える地力を養成する教育も進めなければならない。このことは、最早、結論の出ていることであり、具体的な政策を実行しなければならない。

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