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2009年1月 4日 (日)

エドワード・サイードの知識人論

 サイードの「知識人とはなにか」(平凡社ライブラリー)を読み始めた。知識人論にとっては「知識人」のカテゴリー自体が重要である。彼の定義では、知識人の範囲をかなり狭くとらえている。彼は、ジュリアン・バンダの見解を引用しながら彼自身の主張を展開する方法をとっているが、基本的にはバンダの見解を支持していると言ってよいだろう。サイードの主張がはっきりと表れている部分を抜き出してみると、この一文がある。「わたしにとってなにより重要な事実は、知識人が、公衆に向けて、あるいは公衆になりかわって、メッセージなり、思想なり、姿勢なり、哲学なり、意見なりを、表象=代弁し肉付けし明晰に言語化できる能力にめぐまれた個人であるということだ。」また、その「表象」について、「知識人の表象とは、懐疑的な意識に根ざし、たえず合理的な探究道徳的判断へと向かう活動そのものである。」と述べている。さらに、最も重要と思われる主張であるが、C・ライト・ミルズの議論を引用して次のように言っている。「かたや政府から企業にいたる大組織のもつ強大な権力、かたや個人のみならず従属的位置にあるとみなされている人たち―マイノリティ集団、小規模集団、小国家、劣等もしくは弱小な文化や人種とみなされるものに属している人たち―が耐えている相対的に弱い立場、この両者のあいだには、内的な不均衡が存在している。こうした状況のなかで知識人が、弱い者、表象=代弁されない者たちと同じ側にたつことは、わたしにとっては疑問の余地のないことである。」

 以上のような主張を見てみると、つねに大衆の側に立っていると言われてきたフランスの知識人たちを思い出させる。その典型はサルトルであろう。そう考えると、あるべき知識人像は加藤周一の知識人論に通ずるように思われる。加藤周一は一般的には知識人を幅広く捉えている。たとえば、一定の教養を身につけた学生も知識人として扱っているが、職に就いたとたんに学び、社会を批判的の捉える活動を放棄してしまうと嘆いている。したがって、本物の知識人とはいかなる状況にあろうとも、批判的な立場で状況および自らの見解と思想的立場を言葉にし、外に向かって発言できる人間でなければならない。それは戦争という特殊な状況においても同じである。そう考えると、知識人とはかなり少数の集団とならざるをえない。もっとも、加藤周一は、小集団がちりちりバラバラに存在していることを否定的に見ていない。横の連帯がないことは大きな力にならないという意味では弱さがあるが、権力の側からすれば攻撃のしようがなく、永らえる強みがあるという。

 サイードにしても加藤にしても厳しい要求である。これは自分自身の生き方への自制でもあり、権力へ同調する「知識人」や無節操に大衆に迎合する「知識人」への痛烈な批判でもある。最後に、私の知識人論を述べると、知識人とは、社会の現状および進んでいくであろう方向について一定の認識をもつに至った人間すべてを言う。いわば、「分かってしまった」人間なのである。たとえば、大胆に言ってしまうと、マルクスを学んだ人間はみな知識人である。そういう人間が、何を発言し、どう行動するかが次の大きな問題となる。見ぬふりを決め込むのか、仕事に没頭して忘れようと努めるのか、なかなか行動できず忸怩たる思いで過ごすのか、思い切って行動するのか、選択肢はある。あるべき姿についてはサイードと加藤の意見に異論はない。しかし、予備軍を正規軍に引き上げることも、真の知識人の仕事ではないだろうか。知識人よ、黙したる良心に言葉を与えよ。

 

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