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2009年1月の投稿

2009年1月25日 (日)

息子の大学受験

 息子が大学を受験する。できれば現役で合格してほしいと親は願っているし、本人も浪人はしたくないようだ。複数の大学を受験するが、その中には、合格しても行く気のない大学もある。本番初日は受かりやすい大学を選んであり、さしずめ予行演習と言ったところだ。受験料は3万円が相場の様だ。1万人受験する大学では、それだけで3億円の収入。大きな大学では10万人受けるから、30億円である。経費を差し引いても大金が手元に残る。大学にとっては大きな資金源である。これに加えて、入学金がある。水増しで合格者を出した分の入学金も相当な金額になる。30万円程度が相場であるから、仮に千人辞退すれば3億円になる。大学のブランド価値を維持しておけば、これらの収入は安定して見込めるわけだ。これを支払う方も非常に大きな負担で苦しいのだが、リスクを軽減するためには仕方のない選択である。

 ところで、気になるので、インターネットで入試のデータを調べてみる。そうするといろいろなことが分かってくる。志願者数の変化、合格最低点・最高点・平均点の変化などなど。合格者の科目別最低点を見ると、2~3割ぐらいしか取れていない科目がある。そこで不足した分は得意科目で挽回していることになる。総合点の勝負だからそういうことはある。稼げる科目を持っていると有利なのだ。失敗しても取り戻せるということ。

 東大のデータを見ていて気付いたが、合格最低点がやたら高い。最低点は他の大学並みに7割程度で普通なのだが、最高点はもう満点に近い。これは他の大学にはない。特別に優秀な学生は東大に集中しているという証である。彼らには解けない問題はないのであろう。ある意味、出題者に近いレベルの能力があるということだろう。

 さて息子の受験はどうなるのだろうか。しばらく落ち着かない日々が続く。

 

2009年1月18日 (日)

猫以下になった人間

 先日テレビ朝日の報道ステーションで生活困窮者の生活を報じていた。収入がなく、糖尿病を患っており、一日200円から300円の食費で暮らしている男性が取り上げられていた。それはそれで厳しい状況であり、そこから抜け出すには自力をもってしては最早不可能である。しかし、この日感じたのはそういうことではない。この話題が終わった後のCMである。ネコ用のいかにも贅沢なペットフードである。それは肉の缶詰であり、買ったことがないので分からないが、200~300円はするのではないか。明らかに、先ほど紹介された男性より贅沢な食生活を行っているのである。

 猫以下の人間が、この日本にたくさん生きているのである。いや、生きていると言っていいのだろうか。猫以下の人間は生きているとは言わない。

2009年1月12日 (月)

生活の三重苦

 前に住宅、教育、医療は最低限の水準を国家が保証すべきであると書いた。この三要素は文化的な生活の指標であり、憲法でも最低ラインが保障されている。

 ところが、現実には、この三要素の負担が過重になって、生活を脅かすようになってきた。これを生活の三重苦と呼ぶ。あまりにお金がかかりすぎるのである。

 まず教育から考えてみると、義務教育はまだいいとしても、高校から大学へと進む場合の出費は大きい。私立高校では授業料や施設費、通学にかかる交通費まで含めれば百万円は下らないだろう。私の住んでいる大阪府の私学は全国でも最高水準にある。大学は国立でも私立の高校並みに金がかかる。私立大学では学費だけで年間百万円を超えるケースが多い。普通の勤労者の可処分所得を想定すると支払は容易ではない。コツコツと蓄えた貯金を崩したり、教育ローンを組んだりして工面しているのが実情ではないか。私は、教育は脅迫ビジネスであると考えている。お金をかければそれだけ将来が保証されるというわけではないが、かけなければリスクが増大するという不安にかられるのである。塾や予備校などの受験産業や進学実績を誇る中高一貫私学などは、そういった不安感を基盤にした産業だと言えるのではないか。次に住宅であるが、日本の住宅、特に都市部の住宅は高い地価が影響して著しく高い水準にある。特にバブル期には現在の2倍から3倍に跳ね上がり、その時期に購入した世代は今なお重いローン負担に苦しんでいる。以上の負担を40代から50代にかけての世代は二重に抱えているケースが少なくない。彼らにとっては、家と子供の教育のために働いているというのが実感だろう。

 さて、それに加えて、家族に病人がいたとする。世帯主が勤労できないほどの病気にかかれば一気に生活は困難に陥り、ひどい場合には破たんが待っている。保険に加入していればまだ救われるけれども。また世帯主でなくても家族の一員が重病になれば高額の医療費が必要になり、先ほどの住宅や教育の負担と合わさって、これまでと同じように返済していくのがきつくなってしまう。貯えがあればよいが、なければ新たな借金を考えなければならない。しかし、これとて一定の所得がなければ借りることはできない。それでも借りようと思えば、高金利の「消費者金融」に手を出すことになるのだ。

 以上のことは、特殊な状況ではない。誰にも起こりうることである。かくいう私も近い状況がある。この3つの要素にお金がかかりすぎる状況、あるいはそういうものを生み出す社会の構造を改革することが政治の論点でなければならない。どう扱うかで、その政治的立場が明確になる、メルクマールである。

2009年1月 4日 (日)

エドワード・サイードの知識人論

 サイードの「知識人とはなにか」(平凡社ライブラリー)を読み始めた。知識人論にとっては「知識人」のカテゴリー自体が重要である。彼の定義では、知識人の範囲をかなり狭くとらえている。彼は、ジュリアン・バンダの見解を引用しながら彼自身の主張を展開する方法をとっているが、基本的にはバンダの見解を支持していると言ってよいだろう。サイードの主張がはっきりと表れている部分を抜き出してみると、この一文がある。「わたしにとってなにより重要な事実は、知識人が、公衆に向けて、あるいは公衆になりかわって、メッセージなり、思想なり、姿勢なり、哲学なり、意見なりを、表象=代弁し肉付けし明晰に言語化できる能力にめぐまれた個人であるということだ。」また、その「表象」について、「知識人の表象とは、懐疑的な意識に根ざし、たえず合理的な探究道徳的判断へと向かう活動そのものである。」と述べている。さらに、最も重要と思われる主張であるが、C・ライト・ミルズの議論を引用して次のように言っている。「かたや政府から企業にいたる大組織のもつ強大な権力、かたや個人のみならず従属的位置にあるとみなされている人たち―マイノリティ集団、小規模集団、小国家、劣等もしくは弱小な文化や人種とみなされるものに属している人たち―が耐えている相対的に弱い立場、この両者のあいだには、内的な不均衡が存在している。こうした状況のなかで知識人が、弱い者、表象=代弁されない者たちと同じ側にたつことは、わたしにとっては疑問の余地のないことである。」

 以上のような主張を見てみると、つねに大衆の側に立っていると言われてきたフランスの知識人たちを思い出させる。その典型はサルトルであろう。そう考えると、あるべき知識人像は加藤周一の知識人論に通ずるように思われる。加藤周一は一般的には知識人を幅広く捉えている。たとえば、一定の教養を身につけた学生も知識人として扱っているが、職に就いたとたんに学び、社会を批判的の捉える活動を放棄してしまうと嘆いている。したがって、本物の知識人とはいかなる状況にあろうとも、批判的な立場で状況および自らの見解と思想的立場を言葉にし、外に向かって発言できる人間でなければならない。それは戦争という特殊な状況においても同じである。そう考えると、知識人とはかなり少数の集団とならざるをえない。もっとも、加藤周一は、小集団がちりちりバラバラに存在していることを否定的に見ていない。横の連帯がないことは大きな力にならないという意味では弱さがあるが、権力の側からすれば攻撃のしようがなく、永らえる強みがあるという。

 サイードにしても加藤にしても厳しい要求である。これは自分自身の生き方への自制でもあり、権力へ同調する「知識人」や無節操に大衆に迎合する「知識人」への痛烈な批判でもある。最後に、私の知識人論を述べると、知識人とは、社会の現状および進んでいくであろう方向について一定の認識をもつに至った人間すべてを言う。いわば、「分かってしまった」人間なのである。たとえば、大胆に言ってしまうと、マルクスを学んだ人間はみな知識人である。そういう人間が、何を発言し、どう行動するかが次の大きな問題となる。見ぬふりを決め込むのか、仕事に没頭して忘れようと努めるのか、なかなか行動できず忸怩たる思いで過ごすのか、思い切って行動するのか、選択肢はある。あるべき姿についてはサイードと加藤の意見に異論はない。しかし、予備軍を正規軍に引き上げることも、真の知識人の仕事ではないだろうか。知識人よ、黙したる良心に言葉を与えよ。

 

2009年1月 3日 (土)

2008年を振り返って その2

1 経済の変動に翻弄された一年

 経済の停滞、利潤の縮小を埋め合わせる切り札として、金融商品および金融派生商品が重視されるようになり、巨大な資金を抱える投資家や機関投資家が、最も有利な商品に、最も有利なタイミングで投資することに熱中した。こういう新たな投資活動には定石はなく、常に他の投資家の動き自体が変動要因になることを踏まえて、より有利な方向へ瞬時に資金を移動させるべく、神経質な動きを取らざるをえない。とはいえ、今まではうまく立ち回っていればそれなりに利益を生み出すことができた。先見性のないもの、資金力のないものへ損失をかぶせておけばよかったのだ。ところが、今年爆発した金融危機は、システム全体の破たんであり、誰かが儲かって誰かが損をしたという問題ではない。銀行、証券会社、投資家、機関投資家、政府系ファンドなど文字通り世界的な規模で損失を被ったのである。

 最も大きな要因は、サブプライムローンの証券化であった。単にローンを証券化したのではなく、他の商品を混ぜこぜにした。リスクが見えなくなり、証券化を加速させ、同時にサブプライムローンを膨張させた。結果、恐ろしい額の資金が流入した。この投資活動に参加しないものは、古い資本主義の信望者と思われ、たとえば日本の個人資産家でさえ、貯蓄をしているのはバカだ、金融商品に投資をして資産を増やすのがこれからの時代の運用だと扇動されたのである。

 結果どうなったか。ただ一つ信用の拠り所となっていた住宅価格が上昇を止めると、焦げ付きが表面化した。あとは、連鎖的に信用が崩壊していった。日本の銀行も欧米の銀行ほどにはつぎ込んではいなかったものの、一行数千億円単位の損失を被った。大きかったのは海外の資本の日本市場からの引き上げであった。株は売られ暴落した。日本の企業への資金が引き揚げられた。このことで銀行は資産を目減りさせた。直接の損失と合わせ、資本金が縮小し、そのことが貸し渋り、貸しはがしへとつながる。

 また、ドルの信用低下が進み、円が高くなった。それまで外需に支えられて好業績を残していたトヨタなどの自動車メーカーあるいは電機メーカーが一気に業績を落とすことになったのである。そのことの国内産業への影響はあまりに大きく、未曾有の事態を招くことになった。

 もう一つ、国内経済を歪ませた要因として、商品への投機があった。原油、穀物市場がある意味活況を呈したわけだが、これは値上がりが値上がりを生むという連鎖であり、誰しもいつかはその循環が途切れることを予想しながら、当然ながら、だれも手を引くことができなかった。そして金融危機と軌を一にして暴落していった。原油の値上がりは、燃料の値上がりや化成品の値上がりとなって、穀物の値上がりは様々な食品の値上がりとなって国内経済を疲弊させることとなった。そして、秋以降、逆の回転が始り、それはそれでまた、弱い部分にしわ寄せをもたらしたのであった。

2 政治の混乱があった

 日本の政治、特に保守政治は末期的状況にある。小泉政権は、日本の政治あるいは行政の古い体質をぶっ壊すといいながら、それは不十分なまま残して、経済だけはグローバル化を推し進めた。グローバル化とは、資本行動の自由であり、規制緩和であり、税制のフラット化である。その結果、大量の非正規雇用を生み出し、そのことがまた原因となって社会不安をも惹き起こした。そして、先ほど述べた金融危機に煽りを受けた日本経済の惨状に対しても効き目のある手を打てずにいるのである。

 これだけ対処すべき課題があるのに、政治はまともな対応をしていない。そもそも、国民の福祉や年金や教育などを根本的にどう考えるのかというビジョンが示されない。そういうメッセージは届いてこない。阿倍、福田、そして麻生も何もせぬまま短命政権に終わりそうである。これからどうなるかは予想もできないが、明るさが見えないことだけは国民の多数に一致した感慨であろう。

3 必死に生きるひとの姿と生かす仕組

 年末にかけて失業者が増大している。自殺者は3万人を超える状態が続いているので、今後ますます増加するのではないかと案じられる。また将来に希望が持てない若者、フリーターだけではなく現役の学生も同じであるが、決して諦めているわけではなかろう。人間は生きろと言われなくても生きる。生きたいのである。しかし生きるには条件が必要だ。すべて自分の責任だと言われれば、逃げ場はなくなる。すべて自分の責任だと言われれば、自分を責めるしかない。自傷するに至る。人生がうまくいかなくても、失敗しても、最低限、生きられるように、生きる場を残してほしい。困ったら、相談する場所を、目に付く所に置いてほしい。親兄弟、親類縁者にさえ捨てられた人たちもいる。それは決して良いことではないが、現実として起こっている事態なのである。救えなければ、自暴自棄に走る人間が出てくる恐れがある。実際に事件となっている。一番悪いのは、無責任だとか、性格が悪いだとか、甘えているだとか、モラルが低いだとか、そういうところに原因をもっていくことである。そんなことをいくら言ったところで問題は解決しない。なぜ事前に思いとどまらせることができなかったのか。なぜ思いを伝える機会、場がなかったのか。いくらかでも自分の存在価値を自分自身が認める機会はなかったのか。少なくとも、生きていくことだけでも保障される態勢があったなら、誰でもいいから殺したいとは思わないのではないか。

 しばらくは不安定な状況が続く。しかし、いつまでもそうであってはならない。いくら格差固定社会とは言え、「勝ち組」になったとは言え、そういう人のポジションも危うい。不安を抱えながら生きる勝者も不幸であるならば、最低限の保障がある社会が好ましいのではないだろうか。医療、教育、住宅、この三つは最低限の条件を国が保障すべきである。その上での、競争はあってもよい。稼いだ人は海外旅行へ行けばよいし、ブランド商品を買えばよい。稼げない人は、別のことに喜びを感じればよい。生きていれば、どこかに幸福はあり得る。

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