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2009年1月 3日 (土)

2008年を振り返って その2

1 経済の変動に翻弄された一年

 経済の停滞、利潤の縮小を埋め合わせる切り札として、金融商品および金融派生商品が重視されるようになり、巨大な資金を抱える投資家や機関投資家が、最も有利な商品に、最も有利なタイミングで投資することに熱中した。こういう新たな投資活動には定石はなく、常に他の投資家の動き自体が変動要因になることを踏まえて、より有利な方向へ瞬時に資金を移動させるべく、神経質な動きを取らざるをえない。とはいえ、今まではうまく立ち回っていればそれなりに利益を生み出すことができた。先見性のないもの、資金力のないものへ損失をかぶせておけばよかったのだ。ところが、今年爆発した金融危機は、システム全体の破たんであり、誰かが儲かって誰かが損をしたという問題ではない。銀行、証券会社、投資家、機関投資家、政府系ファンドなど文字通り世界的な規模で損失を被ったのである。

 最も大きな要因は、サブプライムローンの証券化であった。単にローンを証券化したのではなく、他の商品を混ぜこぜにした。リスクが見えなくなり、証券化を加速させ、同時にサブプライムローンを膨張させた。結果、恐ろしい額の資金が流入した。この投資活動に参加しないものは、古い資本主義の信望者と思われ、たとえば日本の個人資産家でさえ、貯蓄をしているのはバカだ、金融商品に投資をして資産を増やすのがこれからの時代の運用だと扇動されたのである。

 結果どうなったか。ただ一つ信用の拠り所となっていた住宅価格が上昇を止めると、焦げ付きが表面化した。あとは、連鎖的に信用が崩壊していった。日本の銀行も欧米の銀行ほどにはつぎ込んではいなかったものの、一行数千億円単位の損失を被った。大きかったのは海外の資本の日本市場からの引き上げであった。株は売られ暴落した。日本の企業への資金が引き揚げられた。このことで銀行は資産を目減りさせた。直接の損失と合わせ、資本金が縮小し、そのことが貸し渋り、貸しはがしへとつながる。

 また、ドルの信用低下が進み、円が高くなった。それまで外需に支えられて好業績を残していたトヨタなどの自動車メーカーあるいは電機メーカーが一気に業績を落とすことになったのである。そのことの国内産業への影響はあまりに大きく、未曾有の事態を招くことになった。

 もう一つ、国内経済を歪ませた要因として、商品への投機があった。原油、穀物市場がある意味活況を呈したわけだが、これは値上がりが値上がりを生むという連鎖であり、誰しもいつかはその循環が途切れることを予想しながら、当然ながら、だれも手を引くことができなかった。そして金融危機と軌を一にして暴落していった。原油の値上がりは、燃料の値上がりや化成品の値上がりとなって、穀物の値上がりは様々な食品の値上がりとなって国内経済を疲弊させることとなった。そして、秋以降、逆の回転が始り、それはそれでまた、弱い部分にしわ寄せをもたらしたのであった。

2 政治の混乱があった

 日本の政治、特に保守政治は末期的状況にある。小泉政権は、日本の政治あるいは行政の古い体質をぶっ壊すといいながら、それは不十分なまま残して、経済だけはグローバル化を推し進めた。グローバル化とは、資本行動の自由であり、規制緩和であり、税制のフラット化である。その結果、大量の非正規雇用を生み出し、そのことがまた原因となって社会不安をも惹き起こした。そして、先ほど述べた金融危機に煽りを受けた日本経済の惨状に対しても効き目のある手を打てずにいるのである。

 これだけ対処すべき課題があるのに、政治はまともな対応をしていない。そもそも、国民の福祉や年金や教育などを根本的にどう考えるのかというビジョンが示されない。そういうメッセージは届いてこない。阿倍、福田、そして麻生も何もせぬまま短命政権に終わりそうである。これからどうなるかは予想もできないが、明るさが見えないことだけは国民の多数に一致した感慨であろう。

3 必死に生きるひとの姿と生かす仕組

 年末にかけて失業者が増大している。自殺者は3万人を超える状態が続いているので、今後ますます増加するのではないかと案じられる。また将来に希望が持てない若者、フリーターだけではなく現役の学生も同じであるが、決して諦めているわけではなかろう。人間は生きろと言われなくても生きる。生きたいのである。しかし生きるには条件が必要だ。すべて自分の責任だと言われれば、逃げ場はなくなる。すべて自分の責任だと言われれば、自分を責めるしかない。自傷するに至る。人生がうまくいかなくても、失敗しても、最低限、生きられるように、生きる場を残してほしい。困ったら、相談する場所を、目に付く所に置いてほしい。親兄弟、親類縁者にさえ捨てられた人たちもいる。それは決して良いことではないが、現実として起こっている事態なのである。救えなければ、自暴自棄に走る人間が出てくる恐れがある。実際に事件となっている。一番悪いのは、無責任だとか、性格が悪いだとか、甘えているだとか、モラルが低いだとか、そういうところに原因をもっていくことである。そんなことをいくら言ったところで問題は解決しない。なぜ事前に思いとどまらせることができなかったのか。なぜ思いを伝える機会、場がなかったのか。いくらかでも自分の存在価値を自分自身が認める機会はなかったのか。少なくとも、生きていくことだけでも保障される態勢があったなら、誰でもいいから殺したいとは思わないのではないか。

 しばらくは不安定な状況が続く。しかし、いつまでもそうであってはならない。いくら格差固定社会とは言え、「勝ち組」になったとは言え、そういう人のポジションも危うい。不安を抱えながら生きる勝者も不幸であるならば、最低限の保障がある社会が好ましいのではないだろうか。医療、教育、住宅、この三つは最低限の条件を国が保障すべきである。その上での、競争はあってもよい。稼いだ人は海外旅行へ行けばよいし、ブランド商品を買えばよい。稼げない人は、別のことに喜びを感じればよい。生きていれば、どこかに幸福はあり得る。

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