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2008年12月 7日 (日)

加藤周一氏を偲んで ①日本的なもの

 加藤周一氏の日本論、日本文化論、日本人論は非常に面白いと同時に有意義である。最も重要な点は、単なる教養的関心からではなく、日本の現状と将来に危機感を抱き、日本の将来はどうあるべきかという問題を文化的な側面が中心ではあるが、真剣に検討していることである。また、日本の歴史に対し無類の関心を示し、文化的遺産から積極的、肯定的要素を発見し(同時にそれは根強くある偏見の排除でもあるが)新たな文化の創造のための普遍的な原理を創造しようとしている点にある。 ここでは、巷であたかも日本人に共有された感性であるかのごとく流布された「もののあわれ」概念の特殊性を指摘した評論の一部を抜き出し紹介する。その前に、先取りして、少しばかり分かりやすく解説しておくと、江戸時代に本居宣長らの国学者は、これまで日本の文化への中国からの影響が非常に強かったことをよしとせず、歴史のなかに純粋の日本文化を見出そうとした。選別していくと、中世の文学のなかに「徒然草」や「方丈記」を発見した。しかし、そこにある精神とは非常に浅薄なもので、到底哲学などと言えるものではない。同じ中世にも、すぐれたものはたくさんある。「方丈記」の代わりに「歎異抄」を、「徒然草」の代わりに「正法眼蔵随聞記」を取れば、事情は一変するであろう。

 「かくして、もののあわれ的偏見は固定した。第一には、国学を通じ、日本の文化の中から外来の要素を排除することによって、第二には、主として世襲的身分制度を通じ、日本的なものの評価に、民衆の参加を排除することによって。」

 「・・・枯淡の味は、日本の文化の特長ではなく、その頽廃の徴候にすぎない。」

 「この日本的なるもの(註:この場合は肯定的な意味で)すなわち感覚的豊饒と実践的な論理、風刺的機智と心理的洞察の才能は、たとえば中世に発するとしても、決してそこで終わったのではない。その後の文学と芸術が、その最高の水準において、絶えず展開し、証拠だててきたものである。・・・このような芸術、政治哲学、文学の中に躍動している精神が、もののあわれ的、わび・さび的精神からどれほど遠いかは、容易に想像されるであろう。」

 「日本的なものの概念を根本的に建て直すことは、日本の文学・思想・芸術によって育てられた尺度から出発して、外国の作品に対しても通用する普遍的な尺度をつくり出すためにどうしても必要な前提である。」  

 「偏見を透してみた過去は、今日の現実につながらないが、偏見を排して見直した過去は、現在の我々の状況につながり、その歴史的厚みとして現れるだろう。」  

 以上であるが、ここで、ついでに、戦時中に戦争阻止のために論陣を張り、残念ながら敗戦直前に獄中死した戸坂潤のニッポン・イデオロギー論を紹介したい。 農本主義者たちが使う「日本精神」という概念は、「説明されるべき対象ではなくて、却って夫によって何かを相当勝手に説明するための、方法乃至原理に他ならないからである。」と言っている。同様に「日本主義は何等の内容もないと考えられると同時に、それと反対にどんな内容でも押し込むことも出来るわけで、・・・。」と述べている。こういう中身のはっきりしない言葉をもってきてすべての現象を説明する原理にしてしまうのは安っぽいけれども侮れないペテンである。そういうことは世間にはよくある。先の国学による「もののあわれ」も今にして脈々と受け継がれ、思い出したように語られる。晩秋に枝から舞い落ちる枯れ葉に「もののあわれ」を感じると言っても、それは、ただ、秋が終り寒い冬が来ることに対する感傷的な気分にすぎないだろう。冬が終わればまた春がやってくるのだから、終末の感覚ではない。大衆は決して悲観論者ではない。

 ついでのついでだが、戸坂潤のニッポン・イデオロギーという論文は1934年に書かれているが、その論文のなかに安岡正篤が出てくる。細木数子に騙された、あの安岡である。

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