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2008年10月12日 (日)

月影(法然上人の歌)

 月影の いたらぬ里は なけれども 眺むる人の 心にぞ澄む

 浄土宗の宗歌であるらしい。したがって公式の解釈があると思われるが、私は宗徒ではないので、自分なりの解釈をしたい。

 月の光は、人間が住むいたるところに降り注ぎ、牢屋にでも入っていない限りだれでも目にすることができる。しかし、それを美しいと思うかどうかは、見た人の心が決めるのである。世の中には、値打ちのある物、あるいは事が五万とあるが、それを見逃している人があまりに多い。考え方を変えるだけで、世の中が今までとは違った姿に見え、人生が豊かになるのである。その機会は、誰にでも与えられている。まずは、自分の心次第なのである。

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