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2008年10月19日 (日)

1998年という年

 1998年というと今から10年前ですが、日本の社会が大きく変わってしまった年だと言えるのではないでしょうか。「変わってしまった」ということは、それまで毎年変化が続いていたが、それが一定の段階に達し、構造的な変貌を遂げたという理解です。

 1995年から金融危機の状況が続きました。1995年には木津信用金庫の取り付け騒ぎがありました。また住宅ローンの焦げ付きが急増していきます。1996年には日栄ファイナンスの経営破たんがありました。1997年には拓銀と山一證券の倒産がありました。1998年には長銀と日債銀が一時国有化されました。このような危機はいわゆる公的資金の投入でしのがれることになりましたが、この間に同様に体力を弱めていた金融機関以外の企業を救済するために多くの政策が実行されましたし、企業自身もそういう後押しを力にして今までにない激しいリストラを断行しました。ちなみに、ここで言うリストラは、狭い意味で従業員の首切りを意味します。

 1998年のトピックスは、自殺者が3万人を超えたということです。警察庁のデータでみると、前年の24391人から一気に32863人まで急増しました。そしてその後3万人を下回ることはありません。ちなみに最高を記録したのは2003年の34427人です。この自殺者の増加の原因は生活苦だと考えられます。他の原因としては、病気や人間関係の悩みなどがありますが、そういうものは大きく変化しないと思われるので、増えた部分の大半は経済的困窮なのではないでしょうか。

 企業はバブル崩壊後、三つの過剰を背負うことになりました。負債の過剰、設備の過剰、人の過剰です。順番から言うと、負債を減らすために、工場を閉鎖するなどして生産設備を縮小し、人員整理を進めたのです。ちなみに、「整理」とは、要るものと要らないものを分け、要らないものを捨てることです。人が捨てられたのです。1998年ごろになると、それまでリストラの対象だったブルーカラーに加え、ホワイトカラーも整理され始めました。企業は整理した上で、業務をアウトソースしたり、派遣労働者に置き換えていきました。そして、政府はそれが進めやすいように法整備を行っていきました。こうやって所得水準を大きく下げる労働者が増えました。これが、自殺者の増加に結びついていると考えられます。そして、労働者にとって過酷な状況は今日もなお続いており、さらに悪化する恐れもあるのです。

 思い返せば、人身事故で電車が止まるというニュースが毎日のように報じられた時期がありました。今でもあるようですが、ニュースとしての価値がなくなったのか、違う死に方を選ぶようになったのか、前ほど聞かなくなりました、それでも統計資料を見ると3万人以上が自ら命を絶っています。もう一度1998年を振り返ると、1993年に住宅ローンのゆとりローンが創設されていて、5年経過した後、金利が大きく上がった年でした。前年の1997年には消費税が3%から5%に上がっています。私の仕事の関係で目立つ現象として、外食産業の市場規模(売上げ)が縮小に向かい出した年でもあります。

 このように見てくると、1998年は構造調整の仕上げの年だったと言えるのかもしれません。それ以降も変化の傾向は変わらずにいますが、変化の度合いは少し小さくなったように思います。これ以上労働者を追い詰めると、社会が持たなくなるという認識を官僚や政治家が持ち始めたということでしょう。しかし、アメリカ発の金融危機が日本の実体経済に悪影響を及ぼしています。さらなるリストラが進められる恐れもあるのではないでしょうか。しかし、日本の国民が長くそれに耐えられるとは思いません。結果として、自殺者が減少するような、政策こそが求められるのです。

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