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2008年9月の投稿

2008年9月28日 (日)

政治家の失言

 中山国土交通大臣が失言問題で辞任するという。特に命取りになったのは、日教組解体論だ。一時発言を取り消す素振りを見せたが、翌日には元の発言をさらにエスカレートさせた。これまで、朝鮮人の宗氏改名は彼らが望んだことだとか、女は子供を産む機械だとか、いろいろな失言を聞いてきたが、結局本音は隠すことができないのだ。これを「馬脚を現す」とか、「お里が知れる」とか言う。

 言葉は思想である。考えていることが言葉になって外へ出るのである。口が滑ったというのは、思ってもみないことが外へ出たわけではなくて、思っていることが不注意にも言葉になって出たということなのだ。それはそれで仕方がない。要は、その人の本音はいかなるものであり、その内容が、今回の例でいえば、大臣にふさわしいかどうかという問題なのだ。本音を隠して、国民を欺くよりは少しはましなのかもしれない。国民は、各政党の本音に注目し、そこで評価をしなければならない。マニフェストもよいが、あれが本音とは限らず、選挙用の単なる看板であるかもしれない。

 自民党は政権を持っており、その政治家の発言も耳に触れることが多いものだから、自ずと失言も目につくのであるが、自民党のなかには問題になるような思想を持っている人が多いということも事実だろう。リベラルな人もいるとは思うが、戦前の思想をそのまま継承してしまっている人の割合が想像以上に多いということだろう。かといって、民主党の方はどうかといえば、クエスチョンだ。議員のこれまでの発言を調べたり、個人演説会を聞きに行ったりするほど国民も暇ではないので、実態は分からないが、政権を取ればマスコミに露出する機会も圧倒的に増える。こういう意味でも、政権交代は必要なのかもしれない。

闘犬

 高知に商用で出かけたとき、土地のことを知っておこうと桂浜に出かけた。そこには、「闘犬センター」がある。一度見ておこうと思い、入場して観光客向けに組まれた闘犬の試合を見ることにした。中央に土俵があり、四方の席から見下ろせるようになっていた。入って気になったのは、血なまぐさい空気であった。強烈な臭いというわけではないが、何か神経に触る臭いである。

 取り組みは、小型の犬と中型の犬との戦い。当然、共に土佐犬である。体格の差はかなりあり、見た目は中型に歩がありそうだ。戦いが始まる。小型の動きが早い。間もなく、小型が中型の喉元に喰らいつく。必死に振り払おうと頭を左右に動かすが、小型はしぶとく食らいついて離さない。この状態が数分続く。中型は次第に動きを失っていく。息絶え絶えになったところで勝負ありとの判定。飼い主が、小型犬を引き離そうとするが、なかなか離そうとはしない。勝負は人間が決めたもの、犬には分からない。

 大きいから勝てるとは限らない。犬の武器は口である。弱点は首。力に差がなければ先に食いついた方が有利である。とはいえ、闘争本能がなければ、先に攻めることはできない。見るからに、小型犬の闘魂には素晴らしいものがあった。犬と人間の世界とを比べるわけにはいかないだろうが、大きさだけで序列が決まらない点は同じであろう。組織とて、自分より大きな組織に勝てないという道理はない。相手の弱点を得意技で攻めれば、勝ち目はある。ただし、圧倒的な力には滅多なことで逆らわぬことだ。満を持した奇襲以外に手はない。そのタイミングを計るのは難しい。

 ちなみに、このあと横綱の土俵入りがあった。圧倒的な大きさと落ち着きと威圧感がある。先ほど強さを見せた小型犬もこれに挑むことは難しいだろう。文字通り、しっぽを巻いて逃げるに違いない。

 闘牛、闘鶏など同種の催しがあるが、闘犬がもっとも過激なものである。高知で行われてきたのは土地の人の気性と関係があるのかもしれない。私の知る人は、まっすぐな気性で、優しさに満ち溢れているが、いい加減な行動には手厳しい。

 

2008年9月23日 (火)

1968年の流行歌 その二

 ①「ブルー・ライト・ヨコハマ」(いしだあゆみ) 軽快なメロディーにのって大ヒットした。皆がそう思っているように、いしだは歌が上手くない。曲がよかったということだろう。作曲者を調べたら筒美京平だった。うなずけるところですね。いしだはその後女優になり活躍している。歌で名を売り、女優という職を得た。

 ②「恋のしずく」(伊東ゆかり) 三人娘のひとり。本人いわく男っぽい性格だそうな。この歌、平尾昌晃の作曲。続々とヒットを出していたことが分かる。音楽の素人からすると、こういう今までにないメロディーがよく次々と出てくるもんだと感心する。

 ③「愛のさざなみ」(島倉千代子) 島倉のヒット曲の中では、それほど目立つ曲ではないか。初期の「からたち日記」や晩年と言っては失礼だが、「人生いろいろ」などが代表曲として思い浮かぶ。彼女、借金を作ってしばらく苦労した。その時にバックについていたのが、細木数子である。興行でかせぎ、借金を返済させたが、それ以上に細木が大金を稼いだらしい。うまい金蔓を掴んだというわけだ。

 ④「霧にむせぶ夜」(黒木憲) ヒット曲はこの1曲だけ。歌も上手くない。曲に恵まれたということだろう。これは鈴木淳の作曲だが、ヒットメーカーに曲がもらえるかどうかで歌手の運命が決まると言ってもよい。歌がうまくても売れない歌手はたくさんいる。

 ⑤「三百六十五歩のマーチ」(水前寺清子) 星野哲郎の作詞。人生の応援歌である。熊本県出身で、公園の名から芸名を付けた。彼女の苦労時代は五木寛之のエッセイに紹介されている。歌手として熱狂なファンがいる一方で、TBSドラマの「ありがとう」などで女優もいっぱしのものだった。その後司会にも挑戦したりで頑張っていたが、最近顔をみていない。

 ⑥「悲しくてやりきれない」(ザ・フォーク・クルセダーズ) 京都から出た三人組で、それぞれ個性があって才能豊かなグループだった。何といっても「帰ってきた酔っ払い」はよく流行り、一世を風靡した。この曲は、詩がサトウハチローで、単なる作詞家ではなく、芸術家である。加藤和彦の曲もうまくマッチしている。

 ⑦「あなたのブルース」(矢吹健) 非常に印象に残っている歌である。その理由は曲調にもあると思うが、激しい詩の内容によるのではないか。詩をあらためて見てみたら、一番の詩が大変良い。ところが二番は平凡だ。こういう歌は結構ある。最初があまりにはまりすぎると後を続けるのが大変なのだ。

 ⑧「釧路の夜」(美川憲一) 「柳ヶ瀬ブルース」で大ヒットを出した後の歌である。宇佐英雄とのコンビでまたまたヒットした。美形の青年として人気をさらったが、そのうちにおかま風おじさんになってしまった。けっこう面白がられて人気が出たが、これも、ものまねタレントのコロッケのおかげだといえよう。

 ⑨「受験生ブルース」(高石友也) 今は「高石ともや」という表記にしている。この曲はよく売れたが、本人は売れるとは思わなかったようだ。テレビ局のスタジオに連れて行かれて流行歌手といっしょに歌わされた時の話をじかに聞いたことがある。それまでに手にしたことのないギャラをもらったそうだ。しかし、それは一時の話で、以来フォーク歌手として地道に活動している。いや、歌手としてよりもアイアンマンレースのアスリートとして名が売れている。元気で愉快なおじさんである。

 

2008年9月21日 (日)

1968年の流行歌 その一

 1968年は私が10歳の時。この時期は歌番組が多く、私が歌好きだったこともあり、よく記憶に残っている。

①「恋の季節」(ピンキーとキラーズ) よく売れた。子供を含め若い世代に人気があった。ピンキーこと今陽子の歌唱にはパンチがあって若い魅力があったが、私はいまだに上手いとは思わない。彼らをメインにしたドラマ仕立ての番組も作られ、結構見ていたのであるが、面白かったという印象はない。とにかくピンキーだけが前に出て、キラーズは目立たなかった。

②「天使の誘惑」(黛ジュン) 作曲家三木たかしの妹である。歌は上手かった。この曲のほか「夕月」も大ヒットした。ミニスカートを売りにしたが、あまり美人ではないので歌以外にアピールするものがなかったのだろう。その後、ヒットがなくなりテレビの世界からは消えていったが、その後もジャズを中心に歌の活動を続けていたように思う。大橋巨泉のラジオ番組に出て、日本は本当に歌の上手い人が売れない世界なので残念だねえ、と言って慰められていた。

③「好きになった人」(都はるみ) 市川昭介と組んで数々のヒットを世に出し、一時代を築いた。しばらくヒット曲が途絶えたが、「北の宿から」で復活した。普通のおばさんに戻りたいと言って芸能界から引退したが、歌を捨てきれずに復帰したようだ。(このあたりの事情は詳しく知らない。)彼女は京都生まれであるが、父親は朝鮮の出身者で、そのこともあってか中上健次と仲良くしていた。新宮にも何度か足を運び、死期を間近にした中上を見舞っていたらしい。

④「愛の園」(布施明) 「霧の摩周湖」でデビューして以来、その歌唱力を武器にして安定して活躍している。これも数あるヒット曲のひとつである。ちなみに「霧の摩周湖」は平尾昌晃の最も初期の作品だったと記憶していて、若いことからいい曲を書いていたのである。布施の一番のヒットと言えば「シクラメンのかほり」だろう。今なお親しまれている名曲である。布施は、オリビア・ハッセーと結婚し男の子を一人もうけている。どういう縁か知らないが、ずいぶん羨ましがられた。その後離婚している。

⑤「小さなスナック」(パープル・シャドウズ) 強い印象はない。地味なグループの地味な歌である。ある意味、この時代だからこそ受けた歌であり、その前でもその後でも支持されなかったのではないか。

⑥「花の首飾り」(ザ・タイガース) グループサウンズ全盛の時代にあって最も人気のあったグループである。この曲はメインのボーカルが加橋かつみで、かれの高音がよく映えた歌だった。とはいえ、人気者は沢田研二で、タイガースファンの大半が彼のファンではなかったか。沢田はソロになってからも大ヒットを連発した。グループサウンズ出身者は、音楽の世界に残り、活躍した人が少なくないが、シンガーとして華々しく活躍したのは沢田ぐらいではないか。ショーケンは早々と俳優の道に入った。

⑦「長い髪の少女」(ザ・ゴールデンカップス) グループサウンズのなかでは最も好きな曲の一つである。あの低い、湿った旋律がたまらなくよい。詩のなかみは、大した意味もないように思うのだが。

⑧「亜麻色の髪の乙女」(ザ・ヴィレッジシンガーズ) ご存じ、島谷ひとみがリバイバルヒットさせた曲である。ゆったりした平和なメロディーである。こういう歌もあっていいのだと思う。

⑨「年上の女」(森進一) 独特の声で人気を博した森進一。鹿児島の出身で、ハングリー精神があり、彼の稼ぎで実家の生活を支え、弟を医学部に通わせ医者にした話は有名である。猪俣公章の弟子になって才能を開花させ、「花と蝶」「女のため息」など続々とヒットさせた。五木ひろしと比べられることが多かったが、彼には淡谷のり子という応援団がいた。大原麗子と結婚して、世の男性に嫉妬されたが間もなく離婚。続いて森昌子といっしょになったが、これも離婚。「おふくろさん」の歌詞を勝手にアレンジしたことで川内康範を激怒させ、歌うことを禁止された。晩年は上手くいかなかった。

⑩「伊勢佐木町ブルース」(青江三奈) 独特のハスキーボイスだった。歌は上手かったと思う。ヒット曲が途絶えてからもしばらくは紅白の常連だったから歌を聞く機会はあった。知名度はあるし、歌も聞けるし、特定のファンもありそうだから、地方公演やキャバレー回りで稼げたのではないかと推測するが、事実はどうか知らない。

⑪「今は幸せかい」(佐川満男) ヒット曲はこれだけのようだ。歌はうまいとは思わなかった。同じ年にヒット曲「恋のしずく」を出した伊東ゆかりと結婚したが、これも離婚。数年前にテレビで、二人で歌っているのを見た。

⑫「グッド・ナイト・ベイビー」(ザ・キングトーンズ) 独特の歌声と雰囲気を持つグループである。その後テレビにはあまり出なくなったが、なつかしのメロディーなどで往年と変わらぬ声を聞かせてくれたので,地道に活動していたと見える。

⑬「ゆうべの秘密」(小川知子) この曲は特別特徴はなく、歌手にも特徴はなかったから、歌謡曲の歴史においては特別の意味はなさそうだ。しばらくしてテレビの世界から消えていったが、非常にきれいな人だった。その後「幸福の科学」に入ったと聞いた。時期は忘れたが、谷村新司とデュエットして話題になった。今どうなっているかは知らない。

2008年9月20日 (土)

古本

 今日、難波に出たら、ブックオフがあったので立ち寄って古本を見、2冊購入した。今は亡き今村仁司さんの「アルチュセールの思想」(講談社学術文庫)と松下幸之助の「指導者の条件」(PHP研究所)である。こんな組み合わせで購入する人はあまりいないのではないかと思う。どちらも定価の55%の値付けで、高い方だろう。安いものは文庫でも単行本でも1冊100円である。どうやって値段を決めているのだろうか。ずっと見て回ってみると、安い本は、出版はしたけれどあまり売れなかっただろうと推測されるものである。かつ、一般向けというか、大衆向けというか、対象がぼんやりしている。逆に、ビジネス書だったり、学術書だったり、特定の層が、値段以上にその一冊の価値を知っているような場合は高くなるようだ。基本的には需要と供給の関係で価格は決まるのであるが、本の場合は、需要(効用という方が適切か)の大きさが関係するようだ。つまり、娯楽小説などはどうしてもそれでなければならないわけではないが、学術書であればある人にとってはどうしても欲しい本なのである。私も、たとえ文庫本であっても、本当に自分に必要だと思った時は、1万円ぐらい出してもいいという気になる。(実際には出さないが)それほど、物によっては、値打ちがあるのである。情報というものは、物理的には、紙の上に書かれた文字でしかないが、その知的内容においては恐ろしいほどの価値を含んでいるということだ。

 ところで私はブックオフに古本を売ったことはないが、買取り価格はどれほどだろうか。学生時代に個人経営(昔は皆そうだった)の古本屋に売ったことはあるが、二束三文で買いたたかれた。希少価値のある本(お宝的な)は別にして、大体が安く買われて、そのうちの一部が高く売れるので、それで飯が食えたということだろう。いくらで値を付けるかが古本屋のノウハウなのだろう。

2008年9月17日 (水)

森林も魚も空気までも

 人類の歴史は自然(資源)を貪り食う歴史だった。持続可能な資源利用という知恵がなかったわけではない。弱った自然を労わりつつ、滋養させて再び利用する。そういう自然への向き合い方が、世界に、殊に日本にはあったかと思う。江戸という都市は、稀に見るリサイクル社会だったとも聞く。しかし、それは残念ながら極めて特殊な社会だったのではないか。

 森林は、人類の発展の過程で半分を失った。全く手を加えなくても成長のための栄養源となる魚類を、驚異的に発達した技術を使って獲りつくそうとしている。空気は汚れ、今夜も星が降るようだという歌が、大昔の歌のように思える。

 増え続ける人口を賄う資源は再生可能か。水は戻るか、森林は戻るか、魚は戻るか、空気は戻るか。増えなくても、せめて現状維持は。均衡は破られる。動き始めた物の勢いを止めるには莫大なエネルギーが必要だ。人類のどこにそんな力が残っているというのだ。

2008年9月16日 (火)

水資源が枯渇する危機

 人口増加に伴って必要になった食糧の増産のため、農耕地が拡大されてきた。農業には大量の水が必要である。河川から引き入れるか、地下水を汲み上げるかして調達するのだが、大規模な農業開発が水資源を枯渇させつつあるようだ。

 いくつか例を挙げると、アメリカの雨量の少ない穀倉地帯では主に地下水が使われている。大量に汲み上げられているので、年々井戸は深くなり、涸れる恐れも出てきている。中国には、黄河と揚子江という大河が流れているが、近年雨量が減ったこともあり、また人口増に伴う農耕地の拡充などで北部地域の水量が激減している。黄河では、流域の途中で水枯れが生じているという。複数の国をまたがって流れる国際河川では、水の争奪戦が行われている。上流にある国が、水を独り占めするために国際的な紛争へと発展している。

 水は生きていくために必須の資源である。日本では雨量が多く、水が不足することなど長い間考えられてこなかった。しかしながら、最近では時折ダムの貯水量がゼロに近い状態になっているというニュースも聞くようになった。また顕著なのは、飲料水の質が落ちたためにミネラルウォーターが飲まれるようになったことである。日本の水も、無限にあると言える現状ではない。合わせて、食糧安保の観点から自給率を上げようとすれば、当然のことながら農業用水が必要だ。単純に考えると、自給率を倍にしようと思えば、水も倍必要なのだ。

 とりあえず、飲み水がなければ生きていくことさえできない。毎日、遠くの井戸まで水を汲みに行くことが日課の大半を占める子供たちがいる。学校に行くこともできない。非常に不公平な人生だと思う。力のある国が多くを奪いすぎることに原因があるとすれば、それをより公平な配分に持っていくための方策はどこにあるのだろうか。

2008年9月15日 (月)

高校野球指導者の体罰

 智弁学園和歌山高校の野球部監督である高嶋仁氏が、部員への暴力行為で謹慎処分を受けた。その報道を耳にした時、あの監督ならやるかもしれないと思ったと同時に、その程度(選手の足を蹴った)のことなら大騒ぎすることもないのにと受け取っていたのだ。

 しかし、よくよく考えれば、名監督として名をとどろかせている人だけに安易な解釈は避けるべきだと考え直したのだ。まずは、基本として暴力は許されない。体罰という言葉で免罪しようとしても、それは一方から見た解釈であって、立場を離れて行為の素を見れば、やはり暴力という言葉しか残らない。厳に戒めるべきである。

 ここまでは一般的な話である。次は、智弁和歌山の野球と高嶋監督の問題である。高嶋監督は甲子園で通算56勝を上げている。もう少しで元PL学園の中村監督の通算勝利数を上回ろうとしている。彼におごりと焦りはなかっただろうか。この夏の勝利インタビューを聴いていておやっと思ったことがあった。それは、それほど大差で勝ったわけでもないのに、楽に勝てたという趣旨の発言をした時である。多少の違和感を感じながらも、ベテラン監督になるとそこまで読めるのかと思ったが、事件があってから思い返すと、少々過信していないか、勝負にこだわり過ぎていないかという疑念が湧いてくる。彼にとっては甲子園にチームを連れて行き、それなりの戦績を残すことが「仕事」になっているのだ。

 智弁和歌山では、一学年の部員が10人に限られ、県外生は二人までに限られている。これにはいろいろな解釈が可能だろうが、毎年確実な成績を上げるのに都合のよい仕組みだと考えられないだろうか。選手が多過ぎては指導が行き届かない。下級生に公式戦の経験を積ませれば、毎年一定のレベルを保つことができる。和歌山には他に強い私立高校がないので、県内の中学から優秀な選手を集めてしまえば、公立高校の戦力は落ち、甲子園への道は極めて短くなるのである。そうやって勝つためのシステムを学校と監督とが作り上げたのではないか。智弁和歌山は今や関西屈指の進学校となったが、そこに果たした野球部の貢献は計り知れないものがある。いつしか、謙虚さが消え去り、俺が甲子園へ連れて行っているのだと考えるようになった。選手のための甲子園ではなく、監督のための甲子園になってしまった。

 しばらくの謹慎期間を経て、また監督に復帰するだろう。そして中村監督の記録を破ってから引退することになる。ここまで肥大化した高校野球は簡単に方向転換することができない。多くの利権も絡んでいるらしい。これに比べれば、まだ大相撲は変わることができるように思えてしまう。日本においては、実は高校野球が国技であったのかもしれない。

2008年9月14日 (日)

「ルポ貧困大国アメリカ」 堤未果

 アメリカの貧困の実態を伝えるルポである。

① 貧困が肥満を生み出している。アフリカ系米国人とヒスパニック系米国人は所得が低く、食事は低価格高カロリーのジャンクフードに頼らざるをえない。

② 防災事業が民営化されたために、防災対策の質が低下し、災害の被害が拡大した。ハリケーン「カトリーナ」で被災した住民の多数が貧困層であった。

③ 国民皆保険制度がないアメリカでは、民間の保険会社の医療保険に頼らざるをえない。しかも、保険料がすこぶる高く、貧困層にはとても支払える金額ではない。したがって具合が悪くなっても市販の薬で我慢し、いよいよひどくなってから病院へ駆け込む。医療費は高額になり、以後多額の借金を背負うことになる。

④ 兵隊の供給源として貧しい若者が狙われている。移民の子である若者は将来の生活改善のために大学進学を目指すが、高額の学費を支払うことができない。あるいは、学資ローンの返済に困っている。これを肩代わりする代わりに兵隊への志願を勧誘するのである。教育予算が削減されたことにより、大学の学費が高騰し、若者の借金が膨れていることがこの事態に拍車をかけている。

⑤ 軍まで民営化されている。軍事費を抑えると同時に、戦争への批判を弱める働きをしている。戦地(イラク)で補給活動にあたる要員が派遣会社によって集められ、送り込まれている。募集するときに説明を受けた条件と現地での実態とは大きくかけ離れている。米国だけではなく、貧困な世界の地域から送り込まれている。また、補給要員だけではなく、民兵が派遣会社に雇用されて送り込まれている。彼らのなかにも戦死者はいるが、統計には上がってこない。

⑥ 不法入国者を含む移民たちはアメリカ社会の最底辺に押し込まれている。新自由主義の名の下、規制緩和、税制のフラット化、資本行動の自由化がすすめられ、結果富裕層と貧困層への二極化が劇的に進行した。ある意味、低賃金労働者が底辺で社会を支えているのである。学生がアルバイトをする場合、マクドナルドの時給は5ドルでこれも低いが、移民の子が違法に就労する場合2ドルということもあるようだ。①に書いたジャンフードも貧困層をターゲットにした商品であるが、いわゆる貧困ビジネスの典型はサブプライムローンである。本来返済能力のない貧困者に貸し付けを行うことは常軌を逸した経済行為であるが、住宅の価格が上昇していたがゆえに、形として担保としての体をなしていた。ところが、一部の識者が警告を発していたように下落をはじめ、大量の焦げ付きを発生させたのである。経済的な悪影響も大きいが、差し押さえを食らった貧困者たちは過去に大きな負債を負うことにより、もはや未来に希望を持つことを禁じられた。

⑦ 何もかもが民営化された。医療など、人の命にかかわる事業は国が責任をもって行うべき領域であり、民営化にそぐわない。民営化は利益を最優先し、徹底的な合理化、コスト削減が行われる。最終的にはサービスの低下が起こり、ここでも貧困者が切り捨てられる事態が発生する。

 これらの事例は、日本でも起こりつつある事態であり、未来を予想させるに十分な内容である。小泉的手法による規制緩和の道は、確実にこの結果を引き寄せるだろう。何か手を打たなければ、この恐ろしい現実がもはや一歩先には待っているのである。

2008年9月13日 (土)

東野圭吾

 「分身」「容疑者Xの献身」に続き、「手紙」「変身」を読んだ。非常に読み易い文体で、ストーリーにも強引さがなく、流れるように展開している。最近のミステリーものには手を出さなかったが、東野の作品に触れることで読む機会が増えそうだ。彼の作品を読んで特に感心するのは、人物像の輪郭が非常にはっきりしていることである。特に、若い女性の描き方が素晴らしい。極めて意志的で、曖昧なところがない。困難があっても決してひるむことなく、立ち向かう姿が鮮烈である。生き方に迷う男性とは対照的なのである。そしてすこぶる可愛い。なぜ、異性の、しかも違う年代の女性をこれほどまでに生き生きと、描けるのか。また、セリフが出てくるのか。不思議であるが、逆に、男だからできるとも考えられる。女性は同性に厳しい。冷たい。だから、このように肯定的に、美しく、可愛く、描くことができないのかもしれない。

 矢口敦子の「償い」を読んだが、60万部売れたという宣伝文句とは違い、さほど面白いと思わなかった。ストーリーがよどむ部分があって、少し飽きがきてしまう。パーツがあまり沢山ありすぎると、全体の統制がとれなくなって、読んでいる側で整理がつかなくなってしまうのだ。

2008年9月 7日 (日)

フリーターの反乱

 小林多喜二の「蟹工船」が売れている。少し前に40万部を超えたという話を聞いたので、今では50万部ぐらい売れているかもしれない。自然発生的にこれほど売れるわけはないから、ネットなどの媒体を使ってどこかで仕掛けられたのは間違いないが、本の数よりも、こういう本を購入する層が今の社会に形成されているという事実の方が衝撃的なのである。

 購入者のなかには、いわゆるインテリ層も多いと思われるが、今社会問題化している「フリーター」たちが多く含まれているようだ。詳しい調査がないので、その割合は分からない。また購入の動機についても詳しくは分からないが、貧困や隷従に対する共感があることは間違いない上に、自分を、「蟹工船」の労働者たちと似通った「層」としてとらえ始めていることが大事なポイントである。それは「階級意識」と呼ぶほどはっきりしたものではないが、彼らの境遇に社会的物質的基盤があることを自覚し始めたことは間違いない。それでなければ「蟹工船」などという特殊な文学が、今の社会に受け入れられるとは思えないのだ。私も二十歳前後の青年期にこの文庫を読み、それなりに考えるところはあったが、当時でも政治や文学に興味を持つやや左翼に傾いた青年達か、本物の労働運動あるいは革新的な政治戦線に身を投じる者に限って読まれる、発行部数の少ない小説であっただろう。

 さて、このように自分たちを「層」あるいは「集団」として意識し始めたフリーターたちは、今後どのように組織化されていくのであろうか。ひとりひとりはバラバラに雇用されており、元々組織化の基盤を持たない。したがって非常に不安定な身分に繋がれている。そんな中にあっても、ボランティア組織を通じて連帯の輪が広がり始めている。数百名単位の集会やデモ行進はテレビでも取り上げられるようになった。格差問題は何年も前から社会問題化していたが、非正規雇用者が層として立ち上がり始めたのはある意味、かなり遅れてやってきた現象だと言える。

 元来、かれらを組織化する能力をもったものとして、労働組合、革新政党、宗教団体などがあるが、どれもまだ十分な結果を出せていない。かつて高度成長の時代は、人口の増加も相俟って、それらの組織も大きくなっていった。しかし、今では、それらは十分機能していない。誰が、どのようにして一つの大きな運動体へと導いていくのであろうか。それとも危機感を抱いた政府によって、形式的に雇用主との雇用契約を変え、名ばかりの「正社員」として体制に取り込まれていくのであろうか。

2008年9月 6日 (土)

社会の変動要因

 社会の変化は、近年そのスピードを著しく速めているように思える。その要因は何であるか。改めて考えてみる。

 1 世界の人口が増加している 2 人口の大きい中進国が急激に経済成長している 3 資源が有限であると同時に、一部の地域、国家に偏在している。以上の3つが大きな要因であると考えられる。

 現在の人口は65億人強であるが、2050年には90億人に達すると言われている。社会現象は非常に複雑で、人口増加が他の現象の原因なのか、あるいは結果なのか、単純には言えないところだが、ここでは原因であるという前提で話をしよう。人口が増えれば、その人たちの生命を維持するための条件が整備されなければならない。ところが、現実にはそれが追い付かないのである。生活の基礎である衣食住を考えると、「食」と「住」が重要な要素になる。

 まず、現在でも食料が十分に行きわたらない状況がある。ある統計によれば、生活に必要なカロリーを摂取できていない人が8億人いるという。また必要な栄養素のうち一つでも欠けている人が二人に一人いるらしいのだ。しかも、状況は今後悪化する可能性が高い。食料の生産性が上がっていったとしても、人口増に追い付けないのである。他方で、食糧の価格が上昇している。主な原因は、バイオ燃料を製造するためにトウモロコシへの需要が増していることや、中国などの中進国が経済発展をとげ国民の食生活が豊かになったことによる食糧全般への需要増がある。直接穀物の摂取量が増えたこともあるし、食肉の確保のため大量の飼料が必要になったこともある。価格の上昇で貧困な地域の住民に十分な食料が供給されなくなった。一部では暴動も起こっている。「食」の問題は「水」の不足も併せて考えなければならない。人口増に対応する農業生産および工業生産の伸びが水への需要を飛躍的に高めた。川が干上がったり、地下水が枯れたりする現象が世界中で広く発生している。

 「住」に話を移すと、途上国では人口増、気象の問題や所得の減少などによって都市に大量の住民が流れ込んでいる。そして立地の悪い場所にスラム街が形成される。そういう場所は災害の影響を受けやすく、治安が悪く、疫病もまん延しやすい。地震や台風などが発生する頻度は変わっていないが、被害にあう住民が増えるのは、このような社会的な背景があるのである。

 二つ目の大きな要因は、中国などの経済発展である。先ほど食料への需要増に触れたが、その他にも工業の発展で、石油、石炭、鉄鉱石などの鉱物資源の輸入量が一気に増加した。そのことで価格が高騰し、世界の経済のかく乱要因となってしまった。中国の発展は、日本の輸出企業に恩恵をもたらしはしたが、全体としてはデメリットも多く、日本の経済力を相対的に低下させていると考えられる。ロシア、インド、ブラジルを加え、これらの変化が世界経済に与えている影響は極めて大きい。

 三つ目は資源の問題だ。資源の偏在は、世界経済を大きく左右する要因である。しかも有限な資源である。有限であるがゆえに、それを国家の戦略物資として使うことができる。持てる国は、少しでも高く売るために様々な策を講じてくるだろう。そして時には政治的な駆け引きにも利用する。この動きは資源を持たない日本にとっては憎いばかりである。今後も世界の経済と政治に影響を与え続けるだろう。

 人間が増えていく。そして豊かな(ものが十分にあるという意味で)生活を求めていく。しかし資源は有限であり、環境問題も深刻化していく。簡単に言ってしまえば、これが大きな問題であり、これまでの歴史の延長線上では答えの見つからない難問なのである。

また、日本相撲協会

 若ノ鵬の大麻所持事件を受けて、相撲協会は抜き打ちの尿検査を行った。これは協会自身の管理体制の甘さへの批判から逃げるための、言い訳的措置であったが、なんと二人の力士に陽性反応が出てしまったのだ。これには協会関係者が一番驚いたに違いない。露鵬ら二人のロシア出身力士には、続けて精度の高い検査が実施されたが、やはり陽性の結果が出てしまった。本人たちは否定しているが、物質が出ているのだから言い訳は苦しい。

 これまで何度か相撲協会の不祥事について書いてきたが、今だに根本的な改革に着手されないままである。協会は、国技という名のもとに安住し、保守的で閉鎖的な組織を維持することで自らの地位を確保しているのだから自浄作用は望むべきもないというのが真実かもしれない。

 八百長疑惑はずいぶん昔からあった。週刊誌で告発される形をとるが、曖昧にされ、忘れ去られる。これが何度となく繰り返される。大半の国民は八百長の存在を否定しないであろう。金銭の授受はともかく、星の貸し借りというレベルでいえば、間違いなく行われている。勝ち越しを懸けた一番で、勝ち越し負け越しが確定した力士が、相手方に星を貸すということが起こる。部屋別総当たり制で、部屋の力士同士は当たらないが、同門同士では対戦があり、助け合うことは人情として分かる部分がある。真剣勝負を旨とする格闘技の世界ではあってはならないことだが、部屋制度の問題を考えると無理からぬ要素は認める。

 これ以外にも、双羽黒問題、朝青龍問題、時津風部屋での暴行致死事件など数多くの問題を発生させ、そのたびにはっきりしない対応をとってきた。根本的な対策になっていなかったことは、不祥事の繰り返しで証明されている。ここに至れば、すでに論議が起こっているように、協会の解体にまで踏み込まなければ再生はありえないであろう。早く、解決しなければプロとしての相撲という競技そのものが消滅する可能性もある。

 部屋制度は解体すべきである。力士は全員、フリーにすべきである。新人は、テストを受けて力士学校に入る。当然ながら全寮制で、食事など生活の面倒は、新しく結成された新協会の新人育成部門が担当する。そこではライセンスを取得した先輩力士が実技や社会人としてのマナーや見識を教え込む。力士だからという特別な規範は必要ない。普通の常識が備わればいいのだ。一定の水準に達した力士は卒業だ。今までのように、相撲界に入ればすぐに土俵に上げるというやりかたは続けてもいいかもしれない。しかし、一定の期間に決められた番付まで上がれない場合は、退学しなければならない。

 さて、卒業すれば、協会の設立したトレーニングセンターに所属する。生活は基本的に併設の寄宿舎で寝起きする。部屋や食事は番付によって差をつける必要がある。けいこは、やはりライセンスを取得した先輩が行うが、部屋がなくなっているので、便宜上ランダムに振り分けられたグループに属するようにする。地方場所の宿泊やけいこも、今までお世話になったお寺などでグループごとで行う。

 これぐらいの改革を行わなければ、生き残ることはできない。力士も今の体制に甘えることなく、一アスリートとして自活していかなければならない。

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