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2008年8月17日 (日)

夏季休暇に読書

 まとまった休暇は、年末年始の休暇、お盆の休暇、ゴールデンウィークの休暇の3回ある。こういうときには帰省も含め、行楽に時間を使うか、読書に時間をとるかいずれかである場合が多い。今回の休暇では、普段は読まない娯楽小説を読むことにした。

 最初に、東野圭吾の「分身」を読んだ。これは帰省前に駅の本屋に積んであった文庫本のなかから選んだのだった。東野は売れっ子作家であるが、これまで一冊も読んだことはない。15年前に書かれたサスペンスであったが、率直に言って飽きさせない面白いストーリーであった。クローン人間として誕生させられた「姉妹」の運命がその内容であるが、全く同じ遺伝子をもつ二人が、それぞれ違った個性として描かれ面白く、最後に二人が初めて対面するシーンは感動的であった。

 2冊目は、水上勉の「眼」という小説である。これは昭和30年代に出されたいわゆる社会派推理小説というジャンルのものである。婦人向けの既製服メーカーの社長が業績不振を乗り切るため、在庫品の取り込み詐欺の被害者を装い、会社を整理し、在庫品を処分した金で事業を再興しようと企てた。そこには仲間が何人かいて、巧妙に仕組んだはずであったが、刑事の追手を振り切ることができなかった。その過程で仲間が一人殺害され、この偽装詐欺にはかかわっていなかった専務が、証拠隠滅のため最後に殺害される。最後の落ちで、この専務の義眼が、詐欺仲間の女性事業家の邸宅に飼われていたシェパードの糞のなかから出てくる場面はギョッとさせるものがあった。義眼はこの終幕への振りであったわけだ。面白く読んだが、在庫品を横流しする時の価格が1着平均3千円であったものが、テキ屋に現金でさばかれ、露店で売られるときには5百円になっており、これだけの金額では事業の立て直しもあったものではないと思った。また、仲間を牛久沼近くで殺害したときに、釣りざおを持たせて川岸に座らせ発見を遅らせる工作をしているが、それなら草むらのなかに放置した方がよほど人目につかぬように思ったりした。

 3冊目は、東野圭吾にかえり、「容疑者Xの献身」である。これはテレビドラマ化された「探偵ガリレオ」シリーズの元になった作品であり、直木賞受賞作でもある。数学に天才的な才能を持ちながらも職に恵まれず、高校の教師をしている独身男が、アパートの隣室に住む女性と娘が犯した殺人の身代りになろうとする。これは女性に対する男の純粋な愛情がさせた業であるが、その巧妙なトリックにも関わらず、大学時代の友人であるガリレオこと物理学者の湯川学に見破られてしまう。松本清張を愛読してきた者にとっては、今風で読みやすく新鮮な感じはした。かつての社会派推理小説は、犯罪を犯すにいたった社会的背景に重きが置かれていて、それはそれで重厚さを感じさせる作風になっていたが、読んでいて重苦しさにつながっていた。それに比して、たくさん読んでいるわけではないが、最近のものは個人的動機に重きが置かれているようである。

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