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2008年3月 9日 (日)

誤解の活用

 ある事実を示して、それをどうとるかは相手の判断によるが、意図して相手の誤解や錯覚を誘うことは可能である。ある状況、ある話の文脈において、ひとつの情報を投げた時に、相手はこう解釈すると推測して仕掛けをするのである。嘘を言うのではないが、ある種の引っかけであって、結果として相手に経済的損失を与えれば詐欺にあたるのだろう。

 悪意でそれを行うことはいけないが、たとえば男女の恋愛における駆け引きのなかで、もちろん悪意ではないが、利用されているのではないか。デートの時、女性が弁当を持ってきて男性に食べてという。男性は感激して、おいしいと言って食べる。それは実は母親が作った弁当だった。女性はとくに断らなかっただけで、嘘をついたのではない。男性が自分のために本人が作ってきたと思いたかっただけのことである。結婚してから味の違いに愕然とするかもしれないが、結婚するまでにバレてしまうことだろう。できてからバレたところで大した問題はないのである。断わっておくが、これはわたくしの経験ではない。家内は自分で作ってきた。

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