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2008年2月の投稿

2008年2月17日 (日)

川上未映子 「乳と卵」

 今年の芥川賞である川上未映子の「乳と卵」を文芸春秋誌で読んだ。いち早く読める。安くつく。選評が載っているなどメリットが多いので。

 選評を先に見てしまったため、石原慎太郎の酷評が頭に残って若干先入観を形成したかもしれない。「乳と卵」は、大阪弁を巧妙に使っており、言葉と生活実態との距離を詰めることに有効に働いていると思った。本音が伝わりやすい言葉だが、それにしても登場人物達は言葉にできずに苦悶する。このあたりが作者自身の苦悶であることはよくわかる。

 しかし、ここで扱っているテーマが何なのかよく分からない。特殊現代的なメッセージがあるのか。必ずしも女性に普遍的なテーマではなさそうだし、よく分からない。どうも、そんなものは感じられない。

 最後の場面で、母と娘が生卵を自分の頭にぶつけながら叫びあうシーンは、よく思いついたなと思うアイデアで、そこは感心したが、それがなかったらどんな終わり方があったのだろうと心配になる内容だった。

 いずれにしても本質でない部分で評価されている気がして、川上未映子の核になる部分は分からない。まあ、これから見てみたいとは思うが。石原慎太郎ほど酷評しようとは思わないが、高くは評価できず、そもそもそういうレベルの作品は無理なのではないか。石原は、評価しなかったことで将来慙愧することは恐らくあり得まいと書いているが、もう年なのだから将来はもう残り少ない。

2008年2月11日 (月)

クリティカルマスについて

 「クリティカルマス」は臨界量と訳され、ある一定量を超えると、急に認知されたり普及し始める量のことをいう。

 ビジネスの世界でどこまで投資すれば効果が出始めるかを考えるときの概念になっているのだが、個人の能力開発にかける時間と結果とを考える際の概念とも考えられる。よくスポーツで化けるということをいうが、地道に努力を続けてきてあるとき一気に花開くことがある。ただし、いつまで経ってもクリティカルマスに達しない場合がある。これは練習の密度が低い場合もあるし、才能が影響しているということもある。また、スポーツの場合は周りにライバルがたくさんいるのでストレートには結果が出ない。しかし、ビジネスの能力を身につける場合は特に周りの影響を受けることはないので、マイペースで行える。

 注意すべきは、一人の人間がもっている時間には限りがあるので、あれもこれもやろうとすると力が分散し、いつまでもクリティカルマスに達しないことである。私も気が多いというかいろいろな方面に興味があるので、本もいろんなジャンルのものを読む。それはそれで悪くはないのだが、どの知識も中途半端で、これはプロ級だというものは一つもない。ここらで絞って集中的に勉強して、クリティカルマスを超えたいものだ。

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2008年2月 9日 (土)

競争参加型人間と非参加型人間

 人間を類型化して二つに分けると、競争参加型と競争非参加型とになる。参加型はこどもの頃からスポーツや受験で競争的環境に置かれ、競争を志向し、競争になかで力を発揮するようになる。ここには親の考え方が大きく影響している。逆に非参加型は競争的環境を経験せず、あるいは一度は経験してもその後それを嫌悪して、忌避する傾向をもつ人たちである。

 どちらがいいかという価値判断はさておき、企業として集めたいのは競争参加型人間であろう。業績アップ、社員の能力アップを早めたい場合には組織のなかにそういう人間を放り込んでかき回す必要があるだろう。

2008年2月 3日 (日)

中国製冷食への農薬の混入

 中国製の冷凍ギョーザにメタミドホスという農薬が混入していた事件が大問題になっている。先日中国を訪問し、親近感をもったところだけに残念だ。大事なのは事実がどうであるかだ。私の立場では報道から情報を得ることしかできない。

 農薬が混入したことは現物で確認されたので間違いないだろう。では、いつどこで、どれだけの量が、誰によって混入され、どれだけの製品に入り込んだか?また実際にどれだけの消費者に食されたのか?

 未だ事実は究明されていない。調査には時間がかかるだろう。製造した工場で入った可能性は高いが、まだ断定することはできない。メーカーは日本が大事なお客さんになっているのでひとまず謝罪したが。原料の農産物に残留して持ち込まれたか、製造工程で誤って(何かの原料と間違えて)入ったのか、工程で誰かが意図して入れたのか、出荷後だれかが意図して入れたのか。論理的に言って、このいずれかである。

 日本による被害の大きさであるが、被害を訴えた人は2千人近くいるらしい。調査の途中経過ではこの件に関係のない人が多いようだ。現物も多数は出てきていない。申し出た人をいくつかに分類できる。農薬との因果関係がある人。食べた後におなかをこわすなどの症状はあったが、農薬とは関係なく発症した人。虚偽の申し出をおこなった人。最後の部類は沢山はいないだろうが、何人かはいるはずだ。自分で証明はできないが、販売元も嘘だと断定できない事態につけ込むわけである。見舞金ぐらいは手に入るというわけだ。

2008年2月 2日 (土)

お金が動くところ

 当り前の話かもしれないが、お金が動くところに「儲ける機会」がある。儲ける機会は損をする機会でもあるが、人はそこに群れてくる。まっとうな人はリスクがあっても自分のお金を投資して利益を上げる。損をしても自己責任である。面倒なのは他人の金にへばりついて甘い汁を吸おうという輩だ。自分の金でもないのに国や地方の予算(すなわち税金)を動かして、そこから利益を抜き取るのは政治家や役人のすることだ。権限と不正は密接に結びついている。また、裏社会の人間もその悪巧みに入り込んでいく。おそらく、最初に仕掛けるのはそういう連中だろう。政治家や役人は最初はそういうつもりはないのであろう。誘惑に負けてしまうのだ。誘惑に負けない毅然とした態度あるいはポリシーが権限のあるものに求められる所以である。

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