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2007年12月30日 (日)

考えるということ

 自分を対象にしてもそうであるが、一日のうちで本当に「考えている」時間はわずかである。仕事でも、全く初めてのことは別にしても、前例のあるものは過去の事例に従って進めるので考えることをしない。多くの人は同じであろう。考えることができるのは、ごく一部の「できる」人たちである。

 自分で学び、考える人が育っていない。しかし現状では多くを期待するほうが無理なのではないか。教育は義務化され、大衆化した。学びたくないものにも教えなければならない。一人の教師が40人も50人も教えなければならない。自ずと最低限のことを“覚えさせる”ことになる。考える力を身につけさせるには時間も労力もかかるのだ。

 学校教育のなかで抜群に成績のよい集団が形成される。この集団のなかには本当にできる人も含まれているが、「覚える」ことに長けた人が多い。こういう人たちが高級官僚になって国策を推進してきたのだ。先を見通せないのも必定というべきか。

 逆に、この集団から外れた人たちのなかに多くの逸材が埋もれている。惜しい限りであるが、まずは考えられる自分作りと部下の指導を進めるしかなかろう。

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