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2007年12月の投稿

2007年12月30日 (日)

考えるということ

 自分を対象にしてもそうであるが、一日のうちで本当に「考えている」時間はわずかである。仕事でも、全く初めてのことは別にしても、前例のあるものは過去の事例に従って進めるので考えることをしない。多くの人は同じであろう。考えることができるのは、ごく一部の「できる」人たちである。

 自分で学び、考える人が育っていない。しかし現状では多くを期待するほうが無理なのではないか。教育は義務化され、大衆化した。学びたくないものにも教えなければならない。一人の教師が40人も50人も教えなければならない。自ずと最低限のことを“覚えさせる”ことになる。考える力を身につけさせるには時間も労力もかかるのだ。

 学校教育のなかで抜群に成績のよい集団が形成される。この集団のなかには本当にできる人も含まれているが、「覚える」ことに長けた人が多い。こういう人たちが高級官僚になって国策を推進してきたのだ。先を見通せないのも必定というべきか。

 逆に、この集団から外れた人たちのなかに多くの逸材が埋もれている。惜しい限りであるが、まずは考えられる自分作りと部下の指導を進めるしかなかろう。

2007年12月29日 (土)

ビジネスの前提

 前提にあるのは他社との競合である。競合あるところに戦略と戦術が生まれ、ビジネスという活動が発生する。ビジネスに緊張が生まれないのは常に競合他社との力関係を推し量っていないからである。実際は競り合っているのに、目は社内の方ばかり見ていると自分たちだけで仕事が進んでいくものと勘違いする。そこに危機感は生まれない。

 競争は現に存在し、認めざるを得ないものである。が、そこには社会的に見てメリットもあればデメリットもある。物事は相反する二つの面を共存させている。メリットは品質の向上であり、情報提供の活性化である。デメリットは敗者の行動や生産物が無駄になってしまうことである。競争的でありつつ、ロスを産まない生産、流通と消費のメカニズムはあり得ないのであろうか。

2007年12月24日 (月)

アシックスの靴

 アシックスはスポーツシューズのメーカーであるが、ビジネスシューズの分野にも進出していて、「歩人館」という店を出している。売り上げは好調らしい。

 アシックスに友人が勤めていることもあってアシックスのビジネスシューズを履いている。初代の靴がかなりくたびれてきたので今日は二代目を購入した。値段は少し高い気もするが履き心地は抜群である。同時に今まで履いていたものを捨てるのはもったいないので、底の張り替えを頼んできた。代金は安い店の靴本体ほどかかるが、それでまた2~3年履けるのだから靴も喜ぶだろう。

 ちょっとアシックスのコマーシャルになってしまった今日のブログでした。

2007年12月16日 (日)

学習の原体験

 私の生家は私が生まれる前の時代に「みどりや」という屋号で旅館をやっていた。私が生まれたときには基本的に店じまいしていたが、長期滞在の決まったお客だけはとっていた。置き薬の営業で奈良から来ている人達で3人いた。

 私が幼稚園に通っていたころではないかと思う。2階に泊まっていた薬屋さんたちのところへ行って遊んでいた。なぜそうなったかは分からないが、算数の問題を出してくれてそれに喜んで答えていた。正解すると、褒めてくれて、それがうれしくて何度も問題をねだっていたように思う。小学校就学前の記憶はそう多くはないが、この記憶ははっきりと残っている。学ぶ動機づけをしてくれたという意味で私への大きな後押しであった。

 

2007年12月 9日 (日)

ボクシング観戦

 いつもの通り松下IPMホールでの観戦。大阪帝拳主催のドラマティックボクシングである。今回出場した選手で最高位は日本の6位であった。

 残念に思ったのは一つ判定に疑問を感じた試合があったことだ。大鵬ジムの中井選手と塚原京都シムの村田選手の試合で、過去の戦績から考えて中井選手が有利だと思ったが、村田選手はトリッキーな動きで自分のペースに引き込んでいた。村田選手が2度いいパンチをヒットさせており、中井選手に有効打がなかったことも併せて、村田の勝ちと判断したが、僅差ではあるが3対0で中井の勝ちであった。

 この興業に大鵬ジムが試合提供という形で深く関わっており、また地元ということもあってジャッジの判断を狂わせたのであろう。本来中立であるべきジャッジもそういう力関係に惑わされるわけで、いかに公平な判断が難しいかを感じた次第である。

 その他「まじになったキティラー」こと橋口峻の試合はいつもの通り一方的に打たれる内容だったが、持前の気力で倒されることなく持ちこたえた。ボクシングは未熟だが、気力は一流と評価してよい。

2007年12月 8日 (土)

泣いて馬しょくを切る

 中日の落合監督が日本シリーズで8回までパーフェクトの投球をしていた山井を岩瀬に代えた件について、石原東京都知事が組織の責任者として素晴らしい判断だったと褒めている。そのことに異論はないが、たとえで「泣いて馬しょくを切った」という言い方をしたのには違和感を覚えた。

 泣いて馬しょくを切るとは、かわいい部下でも失敗すれば全体の統制のために組織から切り捨てなければならないという意味である。山井はミスをしたわけでもないし、降板しただけで次の登板の機会を奪われたわけでもない。意味が違うように思うが、広くとらえれば使えるのかもしれない。

 言葉の意味は、ひとによって幅の違いがあるのだ。

2007年12月 2日 (日)

考えること

 数日前に書店でハーバードビジネスレビュー誌の別冊で「プロフェッショナル養成講座」という雑誌を買った。日経の広告に載っており、書店でも山積みにしてあったので買ってしまった。価格は980円で、この手の雑誌としては普通かなと思うが、本誌が2000円なだけに安いのかなという気がした。

 なぜ980円なのかと考えてみた。山積みしてあるぐらいだから売れるのを見込んで大量に印刷したのは間違いない。内容は今一般受けするプロフェッショナルになるにはどうすればいいかという特集である。本誌はアメリカの経営学者の論文が載せてあるので専門的で読者が限られる。発行部数が少ないので高くなるのは当然だ。逆にこの本は一般受けする内容にして読者層を広げ、部数を増やし手頃な値段で発売したというわけだ。

 普段疑問を感じないことでも考えればそれなりの理由があるものだ。

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