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2007年6月 5日 (火)

転向論

 「転向」というと左翼思想をもった者が外からの圧力によって自らの思想を放棄することを意味する。圧力とは、権力からの直接的暴力的攻撃もあるし、家族からの伝統的反共的な干渉の場合もある。前者の場合は生き延びるために転向を装うこともありうると思う。それは、人によってはそれさえも断罪の対象にするが、明らかに命を失う状況にあり、抗ったところで何の前進にもつながらないようなときには合理的判断として許されるのではないか。

 問題は後者の方である。おまえがそんなことをしていると親戚中から白い眼で見られるとか、姉さんが嫁に行けなくなるとか言われて屈するのである。そういう身の回りの現実が自分の信ずる世界観をも崩してしまうのである。これはその世界観が現実の分析から積みあがった思想ではなく、書物からの借り物であったかを示しているのではないだろうか。

 なぜ伝統的な社会において、とりわけ農村において反共思想が堅固であるのか。権力からの教育宣伝が隅々まで政策的に行われていたのか。農村的な社会、風土が反共的な意識を生み出しやすい構造をもっていたのか。そういうところから自分への攻撃の根拠を分析し、日本の社会の在り様を捉え返さなければ、ただただ窮屈な状況から逃避するだけの結果に終わってしまうのである。

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