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2007年3月21日 (水)

アフリカの貧困

 ある日、アフリカの子供たちの写真を目にした。飢餓状態にある子供たちで、カメラの方に何か訴えるような視線を送っている。このような境遇の子供たちが世界中に恐らく何百万、何千万というオーダーで存在しているのであろう。

 方や、飽食の社会に生きている子供たちがいる。確かに日本では飢えて死ぬ子供は皆無といってよいだろう。とは言っても、彼らが皆幸せであるとは言いがたい。先進国にはそれなりの問題がある。将来への希望が持てる環境に在るのかどうか。親子関係に異常さがないかどうか。飢えないということは最低の条件でしかない。

 とはいえ、その最低の条件さえ満たされない子供たちは救済されなければならない。これは相対的に豊かな国の責任ではないだろうか。特に豊かな国の豊かな階層の人々の責任である。なぜならば、そういう人々は富の偏在を生む社会構造のなかで特殊な利益を享受しているからである。何も自分の力だけでそうなったわけではないのである。

 毎日水を汲みに行くだけがその少女の生活であった。友達と遊ぶこともできない。学校で学ぶこともできない。彼女にとって人生とは何なのであろうか。彼女を勝手に不幸と決め付けるわけにはいかないが、多様な未来が開けているならそれはよいことであるには違いはあるまい。

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