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2007年2月の投稿

2007年2月28日 (水)

ものの見え方

  依って立つ立場によってものの見え方が変わってくる。多くの人は立場がはっきりせず、考え方が定まらないでいる。「多様な働き方」と「多様な働かせ方」とは違う。前者は労働者から見た表現、後者は使用者から見た表現である。しかし実際には後者の言い方は聞かない。いつも「多様な働き方」である。労働者が主導的に(被)雇用形態を選択しているかに見える。現実には使う側がさまざまな雇用の形態を作り出したのである。

 働く側に立てば、企業の行動がよく見てくる。社会の公器と称しつつ、「私的」な行為に終始している企業も多い。近代的な工場であることを訴えかけるコマーシャルを流しているS社の工場にワーキングプアがあふれていることはよく知られている。企業家の精神を問いただしたい。自動車のT社を見ているといくら儲けたら気が済むのだと言いたくなる。下請け、孫請けに働く人々。多くの外国人労働者。

 立場を明確にして世の中を見る。前提があることを自覚しよう。

勝ち逃げ組か

 学生時代には考え方が形式的に革新的であったが、企業社会に染まってしまい、時々競争原理や学歴社会に批判的でありながらも一定の出世を実現し、子どもは私学に通わせている。そのような中年の生き方を稲葉振一郎氏は勝ち逃げと称している。私も外見上はその部類にはいるのかもしれない。ただし自己弁護させてもらうと、若い時代からの関心事には引き続き興味を持ち、勉強は続けてきた。

 私のもっとも信頼する評論家である加藤周一氏は、知識人について以下のように述べている。

 「 多くの青年が・・・しばらくすると特殊な専門的領域での仕事以外に、その知的活動をほとんど全面的に停止する。その根本的理由は、決して仕事が忙しいとか、付き合いがどうとかいうような外面的なことではなく、若い時代の活動そのものが、つけ焼き刃であり、なま半可であり、何一つ確かなものを捉えていなかったという事実そのものにほかならない。」

 知的活動の停止。それは避けなければならない。

2007年2月26日 (月)

今日は長男の受験2日目

 今日は国立大学の二次試験2日目であった。息子は望み薄であるが、試験場に向かった。通学している高校の方針でもあるのかやや実力より難易度の高い大学を選択している。

 高学歴だからといって実力が身についているとは限らない。会社で新人の働き振りを見ていれば分かるし、採用の面接に立ち会ってもよく分かる。そこそこの国立大学を出ていても、返ってくる言葉に感じるものがない。決して「切れ味」のある回答ばかりを期待しているわけではなく、こちらの想定を超えたユニークなものがあってもいいのではないかと思う。それから、学力とは関係がないが、昨今言われるようにあまりに元気がない。採用してほしいという気があるのだろうか。

 振り返ってみれば、私は大学には通ったが講義にはほとんど出なかった。だから教授の顔も数えるほどしか記憶がない。おまけに入学式にも卒業式にも出ていないのだ。毎日地下にあるサークル部室に入り浸り、週数回の学習会に参加していた。参加していた仲間のレベルが高かったので、それらの学習会は意義深いものになって今に生きている。サークルからは大学の教授、助教授を少なからず輩出している。結局、大学の講義から学んだものは何一つなかった。卒業証書をもらうために授業料を払っていたいたようなものだ。

 息子の受験に戻るが、論文試験があったので、そういう問題が出るかどうかは分からないが、参考のために文章を書いてやった。その一部をここに掲載しておこう。

 (前の文章略)

では経済学とはなんであろうか。辞書的に言えば、経済の現象を対象とした学問、学説ということになるのだろう。とはいえ経済の現象といっても多種多様であって、身近な眼に見える範囲から世界的で極めて抽象的な範囲まである。どういうレベルで現象を切り取ってくるかは研究者の目的意識によって決まるのだと思う。マックス・ウェーバーがいうように、無前提、あるいは主体の価値に左右されない「客観的」な学説はありえない。そのことをストイックに自覚することが客観性の保証となるという考え方に賛成する。

 私は今、日本の社会で起こっていることに関心があり、もちろんそれが国際的な経済の影響下にあることを考えると他国で起こっていることも考えなければならない。私が生まれたときはいわゆるバブル経済の最中であった。そしてまもなくバブルがはじけ停滞の時代が始まり、捕らえ方によっては今なおそれは続いている。

 バブル後日本の企業は三つの過剰を抱えることになった。「負債」「生産設備」「労働力」である。これを克服するために企業が行ったことは、新規の資金調達は極力控え、設備投資を抑制し、負債を減らしていった。もう一つ大きな対策は人員の削減であった。不採算工場を閉鎖し、労働者には早期退職を迫った。これによって多くの失業者が生まれ、それは経営基盤の弱いサービス産業に流れていった。また新規に必要になった労働力は派遣社員などの非正規労働者でまかない人件費の抑制に努めたのである。政府は、これらの企業の活動がうまく進むように制度面でバックアップした。いわゆる規制緩和である。政府の動きでもひとつ付け加えると大手都市銀行の全面的支援があった。公的資金(国民の税金)を投入して救済した。ゼロ金利で銀行が利益を上げる条件を作った。預金者にはただ同然の金利しか渡さず、貸し出しには一定の金利を付けた。これを大前研一は「ネコババ」と呼んでいる。

 こういった経済の動きは国民生活にどういう影響を与えただろうか。まず、バブルの時期に住宅を購入した世帯(実は私の家もそうなのだが)は大きな借金をかかえることになった。リストラされた労働者は再就職ができたとしても所得の低下を招いた。正社員が大幅に減少し、非正規雇用者が増大した。他方、一部の企業ではIT関連事業や輸出の好調さで好業績をあげた。しかしこのような企業においても成果主義が導入され、すべての労働者が潤っているわけではない。以上の過程で結果として「格差社会」と呼ばれる状況が生まれたのである。

 ではこれからどうなっていくのであろうか。また経済学に何ができるのだろうか。経済のグローバル化が進んでアメリカのような国になっていくのか、それとも市場経済ではあるけれども人間が中心の、人間のために市場が活用される社会になるのか。私は後者を選びたい。また、資産の運用が旨いか下手かによって老後の生活に差が生まれたり(内外金利差すなわち日本の政策金利が0,5%であり、例えばアメリカの金利が5,25%であることによって円を売ってドルで運用し、利益を得ること)することは決して歓迎できることではない。イスラム社会では自分が働いた分しか手にしてはならないという戒律があるらしい。それは極端ではあると思うが、電子データのやりとりで利益が一瞬にして増えたり消滅したりするマネーゲームよりも、最初に述べたような生産→流通→消費の循環である実体経済が尊ばれなければならないと思う。

 経済を研究するまえに政策ありきでは困るが、ストイックにそれは抑制しつつよりよい社会を実現するための経済学でなければならないと思う。不器用でも真面目に働いている者に一定の生活が保障される社会でなければならない。

2007年2月25日 (日)

今日から新しい自分史が始まる

 会社では、いやほどパソコンを使っているが、このほどやっとマイパソコンを購入し、インターネットのインフラも整備してブログを始める事とあいなった。思い立ってから3ヶ月は経っている。

 これからの抱負は、とにかく言いたいことを発信しようということ。今、政治も経済も文化も決していい方向には行っていない。同時に国民の意識に、不満や不安は漠然とあっても、目指すべき方向のイメージがうっすらとさえ出来上がっていない。それは提起する人間がいるにはいるのだが(たとえば評論家のU氏・・・この方についてはこれから何度となく触れることになるだろう。)まだマイノリティーの位置にある。いわば、私はそれらの地位や名声を捨てて必死に、わが国の大衆の行く末を案じ、活動している人の少しばかりの後押しをしたいということである。

 しかし、他方で趣味の分野に関する話題も交えていきたい。知的好奇心は若い者に負けず抱負である。肉体も、脱いだらすごいぞと言える体に鍛えてきた。ジムに通う時間的余裕がないので家でのトレーニングになるが、今日も片方27.5キロのダンベル2本でベンチプレスをやったところだ。もう50歳近くなるが、若いものには負けんぞ。

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