2009年11月 8日 (日)

三遊亭圓生 「八五郎出世」

 落語のファンというほどたくさんの演目を知っているわけでもなく、数を聞いているのでもないが、テレビやラジオでたまに聞くと面白い。学生のころは東京に住んでいたので、新宿の末広亭に何度か足を運んだこともある。東京の寄席は色ものよりも落語がメインで、幅を利かせていた。落語家では、生で聞いたことはなかったが、三遊亭圓生が好きである。

 最近は、CDやDVDを買わなくてもYouTubeで聞ける(見れる)のでありがたい。昨日は金馬の「藪入り」と圓生の「八五郎出世」を聞かせてもらった。金馬の落語は映像がモノクロだからかなり古い。この演目は有名で、人気も高いので高座にかかる機会が多く、私も若いころから知っている。奉公に出した息子を3年ぶりで迎える夫婦のやり取りや動作が面白くもあり、愛情にあふれており、思わず心にじんとくる話である。金馬は特に強情っぱりの父親をよく演じている。それがなおさらに涙をさそう。今では失われてしまった親子の情愛である。

 さて本題の「八五郎出世」だが、これも前に一度だけ聞いたことがある、しかし詳しい話の筋は忘れていた。殿様の妾に召された妹が世継ぎになる男子を出産したのをきっかけに、粗忽者の兄がお屋敷に招待される。そこで面白いやつだと見込まれてお屋敷の仕事を任されて出世するという話である。庶民と殿様との会話のギャップが面白いのだが、一番の聞かせどころは、酔っ払って兄が妹のことを心配しながらしんみりと話し出す場面である。身分の差を感じつつも、妹の行く末を案じる兄の情愛が巧妙に、濃厚に演じられる。圓生ならではの、人情の表現である。涙なしには聞けない話である。

 年をとると涙もろくなっていけない。

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遺棄された死体の発見

 行方不明になっていた女子大生が死体となって発見された。大学に入って半年余りで人生を断たれ、娘の成長を見守っていたご両親はさぞかし無念であろう。ご冥福を祈るとともに、犯人が早く逮捕されることを願う。

 さて、殺人事件で、遺体が事件の発生現場から遠く離れて発見される事例が多くある。山中もあれば、河川、海岸もある。報道を聞いて思うのは、犯人の思惑に反して(意図的に発見させるという場合もないとは言えないが。)意外に早く見つかってしまうものだということだ。しかし、これを今データで示すことはできない。殺人事件に関するデータベースがあれば容易に分かるだろう。先に犯人が特定された場合を除き(この場合は、拘束して詰問すれば死体の在りかが分かる。)、死体を遺棄した場合に犯行から平均して何日後に発見されているかがはっきりする。
 前もって私の言いたいことを明かしておくと、「人間の行動範囲というものは非常に限られていて、こういう事件でさえ、あるいはこういう事件だからこそ、範囲が限定されてしまう」ということだ。過去に行ったことがなく、しかも人が足を踏み入れない場所に向かうことはなかなか難しい。行き当たりばったりでは捜査情報をまき散らすようなものだし、事前に調査して遺棄場所に見当をつけることも、よほど計画的に行われた犯行でない限り考えにくい。
 死体の運搬はもっぱら自動車によるだろう。死体はわれわれが普通運ぶ荷物に比べて大きくて重たい。したがって、運ぶ手段には車が選ばれる。また、集合住宅から運び出す場合などはあまりに目立ちすぎるので、いくつかに切断する必要がある。ここからは私の全くの想像だが、車を流して女性を漁っていた男(複数も考えられる)の目にとまり、強引に車中に引っ張り込まれ、騒ぎ出したところ手に負えなくなった男が鈍器で殴打して黙らせたという展開ではないか。当地に住んで半年余りで、生活もしっかりしていたということなので、恨みをかうこともなく、金銭トラブルもなかったと推測する。
 男は、死体の処分に困り、いくつかに切断したうえで、それを車のトランクに詰め、過去に走った山道を行く。そして最後の林道の終点に行きつく。当然深夜だから灯りはなく、物音ひとつしない。さらに山林を分け入って進む気力もなく、そこから崖下に投げ捨てたのではなかろうか。そして、数日後(翌日?)には近くの住民の発見するところとなったのである。

 人間は、冒険家でない限り、人が足を踏み入れていない場所には行かないし、行けない。人は、過去に人が歩いた道を進む。山林のなかにも道がある。少なくとも歩いた痕跡がある。そこをたどるしかないのだ。そして、その道から遠くない地点に遺棄する。そうすると土地の人間であればいつもと違った形跡に敏感に反応するだろうから、発見されてしまうのである。早く見つかれば、被害者が特定できる。最近発生した事件と関係づけて捜査が急速に進むのである。
 悪いことをしてもすぐにばれる。人間は、いいことも悪いことも、いろいろなことを考えることができる。しかし、実際の行動は非常に限られたパターンに限られてしまう。それは、身体をもった一つの個体であるからでもあり、物理的にも精神的にも他者との関係の範囲でしか活動できないからでもある。

 重ねて、ご冥福を祈る。

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2009年11月 3日 (火)

野村芳太郎 「張り込み」

 松本清張の短編小説を映画化した作品。1958年に、橋本忍の脚本で野村芳太郎がメガホンをとった。1958年といえば私が生れた年である。野村監督は1919年生まれ。加藤周一と同じ年に生まれている。亡くなったのは2005年で、加藤氏よりも3年早い。それでも85歳まで生きている。黒沢明の助監督を務め、監督として山田洋次を育てた。
 野村芳太郎と言えば、なんと言っても1974年の「砂の器」である。そしてそれに続くのは、1978年の「事件」と「鬼畜」だ。私はそれほどたくさん映画を観ている方ではないが、そのなかではいずれの作品も上位に位置づけられる秀作だと思う。

 さて、「張り込み」だが、ある女の主婦としての平凡な生活を追う場面がかなりの時間を占めるので、少々退屈してしまう。全体として地味な映画である。女は年長の銀行員の後妻に入り、先妻の子3人とともに平凡な生活を送っている。3年前に分かれた男が殺人事件を犯して、逃亡中にこの女に接触をする。それを張り込んでいたのが警視庁の刑事2人である。女は無表情で、感情がないかのごとく淡々と生活を送っていたが、昔の恋人に会うや否や大胆で感情豊かな女に変身する。このギャップに、この映画の唯一の面白さがあると言ってよいだろう。高峰秀子が好演している。ちなみに、刑事役は宮口精二と大木実である。
 興味深いのは、この映画から見てとれる(私が生れた年の)世の中の状況である。経済成長はまだ始まったばかりで、生活の様子は今と随分違う。東海道線の急行列車は蒸気機関車で運行している。道路には信号がない。舗装されている道もまだ少ない。舞台になっている佐賀市では、市内の川で子どもたちがまだ水浴びをしている。買い物は道端に並んだ露店でしている。一日の食費が80円。旅館の宿泊費は3食付きで650円である。これから考えると物価はおおよそ現在の10分の1程度だったと考えられる。風呂は石炭で沸かしている。当然ながら、列車にも家にも冷房はない。旅館にさえ扇風機がない。ストーリーは真夏に展開するので、とにかく暑そうである。汗だくの捜査とは、ああいうのを言うのだろう。そんななかにあっても、逃亡中の男と人妻となった女が再会する山中の温泉場には涼しい風が吹いているように感じられた。思い切って二人の生活に足を踏み出せなかった男と女の悲哀がそう感じさせたのかもしれない。

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大阪府立大学を訪ねて

 先週初めて大阪府立大学を訪問した。会社で新しく取り組もうとしている事業に関連している府大のプロジェクトについて、M教授に話を聞くためである。
 地下鉄御堂筋線の終点である「なかもず駅」を下り、⑤番出口から出た後、傍にあった喫茶店で食事をとった。そこの売り物はオムライスで、同行したT君はチーズオムレツを注文したが、私はから揚げ定食にした。そのあと、旧街道らしい広くない道をしばらく歩くと、広くて交通量の多い通りにぶつかった。国道310号線である。横断歩道を渡ると、そこは正門である。キャンパスのなかには種類は判らないが背の高い樹木が整然と並んでいて、いかにも大学らしい。こういう雰囲気は久々である。その特に大きくはない正門を入ると、なかは結構広々としている。都会にある私立の大学はもっと窮屈な感じがする。国公立の雰囲気がする。生協や学生会館があったりして、それは普通にある建物だが、全体として地味な感じがする。私は私大の出身だが、私大はもっと派手で、勉学よりサークル活動が前面に出ている。T君によると府大は理系が中心なので授業への出席率がよく、結構まじめらしい。そういうことが背景にあってのこの雰囲気なのだと判った。
 M教授の研究室は、少し小さめの建物の1階にあった。少し狭い感じ。教授の部屋など、サークルの顧問教授の部屋しか入ったことがないので判断できないが、たしかあの先生の部屋は倍ぐらい広かったような気がする。部屋の広さで勝負するわけではないからどっちでもよいのだが、気の毒な気がした。先生には大変希望に満ちた話を聞き、プロジェクトへの参加も検討しようと思いつつ岐路に着いた。人柄もよく、熱意の感じられるM教授だった。

 久しぶりに大学のキャンパスに入り、学生時代が懐かしく思われた。大きく違ったのは、昔は正門付近にたくさんの「立て看板」というものが並んでいた。だいたい、それを出している組織によってお決まりの文句なのだが、あれがないと大学らしさを感じないのは骨董品的人間なのかもしれない。

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2009年11月 1日 (日)

川上未映子 「へヴン」

 川上さんは昨年、「乳と卵」で芥川賞を受賞した。その後、次の作品を生み出すことに苦闘する様子が報道されたりして、どんな作品が発表されるか世間の注目を浴びていた。「へヴン」の単行本は、9月1日付で発行され書店に積まれるようになった。私も注目していた一人だったが、すぐに購入せず様子をみていた。しかし、昨日旭屋書店を訪れたときに、帯の「反響続々、発売即重版!」に惹かれて買ってしまった。そして今日一気に読んでしまった。
 「乳と卵」との比較は、片方が短編であることと題材も違うことから単純にはいかないのだろうが、私には随分進歩しているように思えた。前作は、結局のところ何が言いたいのか分からず、大阪弁による親子の会話と卵をぶつけ合うエンディングの面白さが目立ったのだが、今回の作品ではより深い主題が扱われていると思った。そして、その問題に果敢にチャレンジしようとする川上さんの意欲も強く感じることができた。
 題材は中学校における「苛め」である。苛めはおおよそ集団が個人を攻撃する形をとる。しかも公然と行うことなく、見えないところで陰湿に行われる。しかし、苛める側に罪の意識はない。しかも、この小説に登場する二ノ宮と百瀬はともに成績優秀な生徒で自分の行為を正当化する理屈には驚くほど長けている。中ほどから後半にかかるところで、「僕」と百瀬の間で展開される、苛めの「罪」についての論争は、川上さんにとっても最も力の入った部分ではなかろうか。苛める側に罪があり、罰を受けるべきことは明白だが、これを当事者に分からせることは容易ではない。川上さんもそれをよく分かっていて、あえて執拗に百瀬に反論させている。善か悪かでいえば、かれらは悪であるのは間違いないが、そのことを説得しきれない今の時代が歯がゆいのである。私は、ここの行を文字通り歯ぎしりしながら読まざるを得なかった。ここは、まさに、川上さんの大いなる仕掛けだったのかもしれない。かれらは、今の時代に規範とは何かを挑戦的に問うているのである。

 私は、この小説の核心は、コジマの存在だと思う。無抵抗の抵抗は成り立つのだろうか。包み込む、マリア様のような愛は有効たりうるのだろうか。残念ながら敗北感に打ちひしがれざるをえなかった。これもまた川上さんの挑戦であるが、まだ成功していない。最後の事件のあと、コジマはどこに行ってしまったのだろうか。もはや余人の理解するところを超えてしまった彼女は、隔離装置のなかに押し込められたに違いない。もう一度、女神として復活は可能だろうか。川上さんの今後の作品にそれを期待したい。
 最後に。「僕」は「斜視」の手術を受けて、新しい風景を手に入れることができた。それが、未来への希望を象徴するかのごとく描かれているが、ここでそれは、どれだけの意味をもつのだろうか。そんなことで「僕」は解放されないのではないか。コジマが訴えていたではないか。全く本質的な問題ではなかったのだ。川上さんはどういうつもりなのだ。終わり方に不満が残った。

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2009年10月31日 (土)

筆談ホステス 斉藤里恵

 旭屋書店で本を探していたら、「筆談ホステス」というタイトルが目にとまった。立ち読みすると、著者は生れてしばらくして病が原因で聴力を失った。そのハンデのためか非行に走り、青森では有名な不良少女になったそうだ。その彼女が水商売で接客することを仕事にし、頑張っているという話である。意地悪なママに、客との性交渉を強制されたり(危機一髪逃げ出したらしいが)盗みの罪を押し付けられたりと、まさに犯罪的ないじめを受けてきた。それでも、店を移ることはあってもホステスという仕事は今も続けている。

 言葉がうまくしゃべれないから、コミュニケーションの手段として筆談が使われる。お客の方もわざわざそのような相手を選ぶわけだから、少しばかり忍耐が必要だ。それは、同情であるかもしれない。それに写真を見て分かったのだが、彼女は可愛いのである。和服を着た姿は銀座のナンバーワンホステスと言われても違和感はない。確かにハンデがありながら、よく頑張っていると思うのだが、珍しさとともにやはりきれいであることが成功の要因になっている。障害を持つ人たちの励ましとなっているということなので、それは率直によいことだと思うが、彼女が他の人にはない特別なものを持っていることは間違いない。とはいえ、彼女自身が書いているように後から若い娘が入ってきて競争が激しい。いつまでも可愛さを売りにできない。筆談を通じてでも、相手を気分よく楽しませて帰す術を身につけなければならない。これからが彼女にとっての正念場なのだ。
 

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加藤周一から学んだこと

 私の愛読書の一つに、「日本人とは何か」という文庫本がある。他にも、平凡社ライブラリーの「加藤周一セレクション」や岩波新書の「羊の歌」などを読んでいるが、この本を繰り返し読むことで加藤氏から学んだことがたくさんある。
 そのうちの一つは、固定化した、いわゆる通説というものを鵜呑みにすることなく、自分の目で直に見て、自分の頭で考えて評価をくだすべきだということである。例えば、俵屋宗達と尾形光琳の作品について触れた部分がある。宗達と光琳は長い間並び称されてきた。(たしか、歴史の教科書にも並べて紹介されていた。)宗達の傑作は「風神・雷神」であり、光琳の傑作は「菖蒲図」である。しかし、「風神・雷神」のむき出しの腕は不細工で目ざわりであるのに対し、「菖蒲図」は比類を絶する正確なデッサンが基礎にあって水準が高い。この二つの屏風はまったく程度の違うものであるにもかかわらず、並び称するのは馬鹿馬鹿しいほどだと言うのである。
 一度習慣が生じると、閉じられた狭い世界では、誰もそれを疑うことがない。宗達の絵の評価に関して、氏の説が正しいかどうかは私にはわからない。しかし、宗達と光琳の絵が、教科書に並べて載っているだけで、この時代の二大傑作であると思い込んでいる自分は疑いえない。おそらく、絵にいくらか親しんでいる人でも見方には大差がないのではなかろうか。
 これは一つの例であるが、私たちが受けている情報には、この類の通説が多い。残念ながら、一つひとつについて吟味する時間もなければ見識もないが、それが正しい評価だという決めつけからは距離を置く必要があるだろう。

 加藤氏からは、こういうものの見方だけではなく、文章表現についても学んでいる。過去のブログを読み返していると、氏の言い回しによく似た部分を発見することがある。知らず知らずに真似しているのかもしれない。

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2009年10月25日 (日)

イチローと落合博満との対談

 今から10年ほど前の二人の対談を、YouTubeで発見。イチローがメジャーに行く前の年のキャンプ地で撮影されている。短い時間で、もっぱら打撃フォームの話題に終始していた。内容は非常に専門的なもので、素人のファンには理解しがたい。
 落合が、イチローのフォームに対して「トップの位置が低くて浅い。」と指摘。イチローも納得している様子だった。また、「一流のバッターは、線で引っ張ってきて、点でひっぱたく。普通のバッターはただ点に自分が衝突していくだけ。」と発言しているが、イチローは子どものころから、線をイメージして打ってきたという。ただ、イメージがフォームとして確立したのは最近のことだという。いずれにしても打撃を極めた人間同士にしか分からない話である。

 さて、ここで言いたいのはそういう中身ではない。落合がいろいろ指摘したあとでイチローが言った言葉である。「今日はいろいろ教えてもらってありがたかった。なかなか言ってもらえないので。」素人は、周りに監督やらコーチやらOBが大勢いるのだから、なにやかやとやかましく口出しするのかと想像するが、イチローほどの選手になると誰も言わなくなるらしいのだ。よく考えたらそうかもしれない。自分より優れており、実績もある選手にアドバイスなんてできない。的を外してしまうかもしれないので怖くて言えないのだ。
 しかし、何も言ってもらえないというのも孤独である。ただひたすら自分で考えなければならない。イチローにしてみれば、落合のアドバイスは非常に貴重なものであったのだ。外から見てもらわないと分からないことがあるのである。

 偉大な人物、あるいは大きな組織のトップに遠慮せずものが言える人は少ない。外から見ていると、力量のある人は自分で考え行動できると思うので、助言・進言は控えがちだが、当人は意外にそれを待っているものなのかもしれない。

 

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2009年10月24日 (土)

山井の交代(2007年日本シリーズ)

 2007年11月1日の日本シリーズ第5戦における山井投手の交代については、マスコミ上だけではなく職場など身近な場所でも賛否両論乱れ飛んだ。山井投手は8回まで日本ハム打線をパーフェクトに抑えていたが、9回から落合監督は躊躇なく守護神岩瀬に交代させた。それに対し、あそこは続投させるべきだったという意見が多く聞かれたのであった。私は翌日11月2日のブログに落合監督の判断を支持する意見を書いた。それは、単にプロ野球の一ファンというよりは、監督はどうあるべきかという観点からの主張であった。

 ところで、YouTubeでスポーツ関係の動画を検索しているうちに、この日本シリーズが終わった後の落合監督のインタビューを見ることができた。ちなみに、江川卓が質問をしている。そこでは当然山井の交代に触れられていた。なぜ交代させたかの質問に対する答えは、私が考えたこととほぼ同じ内容のものだった。ペナントレースを、最後は岩瀬で締めくくるというプランに従って戦ってきた。あの場面でも同じように動いたという中身だった。ある意味、非常に単純な論理である。もちろん、そのプランで勝ち抜いてきたことがその論理の根拠であり、岩瀬でなかったら使えない理屈である。だから、この「事件」の最大のキーマンは岩瀬なのである。星野仙一は、私だったら山井に投げさせていたと語ったが、これは一つは星野氏が評論家の立場で語っているということと、岩瀬に対する思い入れが落合監督ほど強くないことに由来している。
 これに関連して落合監督から、もう一つ興味深い発言があった。江川から、川上憲伸が投げていたらどうしたかという質問に対する答えである。監督は即座に、川上だったら自分から代えてくれと言いますと返したのである。私はブログで憲伸だったら続投もあったかもしれないと書いたが、この発言からすればそういう判断はありえないことになる。要は、川上は監督の方針やチームの事情が分かる選手だと言いたかったのだろう。おそらくは、そこまでは考えられない山井とは違って。

 監督の主たる役割が観客を喜ばせることであれば、山井を投げさせ、パーフェクトの達成を目撃させるというサービスの提供に努めただろう。しかし、第一は勝つことである。しかも、中日はどうしても日本一になりたかったのである。これはチームの悲願であると同時に親会社の悲願でもあった。雇われた指揮官としては、もっとも大事な目標に向かって、自分の頭を最大限に使ったのである。その結果が、あの交代であった。

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2009年10月18日 (日)

総合的に考える

 民主党政権がスタートして、改めて自民党政権下で進められてきた行政、特に国土開発への見直しが行われている。具体的には、ダムや高速道路の建設、港湾や空港の整備などである。反省点は、グランドデザインなしに、とにかく地方の要求に応じて(地方選出の議員がそれを代弁するのであるが)作り続けてきたというところにある。一つひとつの施策が、全体の計画の中でどのように位置づけられているかという観点は、国政のみならず、仕事や生活の次元でも大切なものである。

 仕事でもお世話になっている、村井哲之氏がその著書である「ハイヒールと宝石が温暖化をもたらす」で、温暖化対策の考え方について述べられている。割りばしの使用をやめてマイ箸を使おうとか繰り返し使える箸を外食で使う運動が進められているが、これをどう考えるか。一時、割りばしは大量消費の代表的事例として取り上げられ、すっかり悪玉にされてしまった。しかし、これが森林の伐採を加速し、二酸化炭素の吸収を阻害することで温暖化を促進することになるのだろうか。村井氏は、この問題を一面的にとらえるのではなく、総合的なビジョンに位置付けるべきだと主張する。すなわち、日本の山林はよく知られているように、一所懸命に植林を進めてきた割には手入れが行き届かず、間伐が行われていない。山林の荒廃は、二酸化炭素の吸収能力を弱めてしまう。これを全国的に解決するためには、間伐材を割りばしに利用する動きを政府が後押しする。消費が起これば、供給するために間伐材の確保や設備の増設が進む。生産・流通・消費のサイクルが生れるのである。
 このように、総合的な政策としてビジョンを打ち立てる必要がある。これは一例であるが、木を見て森を見ずの例は、ここかしこに見られるのである。

 

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