2012年1月29日 (日)

大阪国際女子マラソン 重友さん優勝

 4年ぶりに女子マラソンを観戦。前回は、福士選手が終盤に失速し、ふらつきながらゴールするという印象的なレースだった。
 そして今日は、その福士選手の再挑戦のレースとなり、トレーニングと調整をしっかりやったとの前評判があって、大いに期待をもたせたのだった。

 12時10分にスタート。最初の観戦は森ノ宮駅前。13時ごろだ。ペースメーカーに引っ張られ、天満屋の重友さんが軽そうな走り。福士さんもその後にしっかり着いている。次は本町付近。13時20分、位置どりは変わらない。再び森ノ宮。13時50分ごろ。ここでは、予想に反し、早くも重友さんが抜け出している。勢いがある。そして相当離されて福士さん。重友さんとはスピードが違う。

 そして長居スタジアム。重友さんがトップで帰ってくるのは間違いない。少し重そうな走りで戻ってきた。タイムは2時間23分23秒。立派な記録で優勝。これでほぼオリンピック代表は決まりだろう。

 それにしてもオリンピックイヤーの天満屋は強い。調整が上手いのか、先輩の偉業が選手のモチベーションを高める好循環になっているのだろうか。

 重友さん、おめでとう。

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Kさんのこと

 Kさんは私の先輩で、年齢はもう70歳近くになります。以前私の勤める会社にいましたが、私の入社前に辞めています。しかし、その後何度か仕事を手伝ってもらったことがあるのです。

 Kさんは、私の会社の主力製品が発売された時期に、その普及活動で大いに貢献しました。車で全国のユーザーを回って宣伝活動を行い、注文をとってきました。昨日は九州、今日は北陸と言うように大移動しながら回っており、今でも武勇伝として語られています。私も何度聞かされたか分かりません。当時は会社も小さく、皆自分の判断で動いていました。今、会社の指示でそういう動き方をしたら労働基準法違反になるでしょう。

 古くから取引が続いているユーザーに行くと、いまでもKさんの話が出ることがあります。いい営業マンだったと褒めてくださる。Kさんは辞めてからも一人で商売を続けてきました。しかし、儲けて会社を大きくすることはできませんでした。あれだけ情熱的で、機転のきく営業マンが成功しなかった理由はどこにあるのかと考えてしまいます。

 仕事が野師的でした。一人で商売するからどうしてもそうなりがちですが、非常にニッチな商品が多い。自分が患ったせいもありますが、糖尿病に効くという(本当かどうか分かりませんが)こんにゃくを扱っていました。地域で患者を集め講習会を開くのだと言っていました。たくさん仕入れて、その支払いに困っていた様子がありました。その他、葬儀屋に商品を卸したりもしていました。

 数年前に、中国の子会社支援で上海まで二人で行ったことがあります。代理店の営業マンに飛び込み営業を教えてもらうためでした。Kさんは中国でも恐れ知らずでした。中国語は添乗員をやっていた時代に覚えたほんの片言程度ですが、それでもコミュニケーションできるところがすごい。暑い夏で、40度ある街中をふらふらになって二人で歩きました。おかげで、私もひとりで上海の街を歩けるようになりました。

 その時に、上海万博にも二人で行きました。人気のパビリオン前は長蛇の列です。ところが、Kさんは脇の別の入り口に行き、何かの書類を見せる。そして私を呼び、こっちから入ろうと言うのです。待たずに入れました。何を見せたのか未だに分かりません。そういう芸当のできる人でした。

 このような裏技について、嬉しそうに語るKさん。私は思います。このように、まともにぶつからず、裏を行く姿勢が、会社を大きくできなかった理由であると。
 力のないものが生きるためにはそういう道もいたしかたないのでしょうか。スマートにスーツを着こなし、きれいに磨き上げた立派なクラウンに乗って(中古車を安く買いたたいたものですが)自分を大きく見せる工夫に余念がありませんでした。

 人間、技におぼれてはなりません。

2012年1月28日 (土)

中堅企業における人事評価制度について考える

  一定の規模になれば、人事評価制度を導入する企業が多い。私の会社も数年前に制度を作り運用を始めている。

 当然制度には目的がある。その目的のために制度は有効に運用されなければならない。しかし、往々にして目的が忘れ去られ、ただ形式に従って評価する(点数をつける)だけに終わってしまう。

 目的の第一は、人材の育成である。大企業と違って中堅の企業には始めから特別に優秀な人材が集まることはない。最近は就職難で、以前なら採れないレベルの学生も入ってくるようになったが、それでもAクラスの人材とは言えないのである。
 だから、入ってから育てることが重要であり、その成否が企業の行く末を左右するのである。人材育成の重要性は大企業よりも大きいと言って間違いないだろう。

 目的の第二は、競争原理を一定の範囲内で働かせ、社員のやる気を引き出すことである。私の会社では報酬への反映は上位職に限られ、また賞与部分だけなので、ごく限定的である。しかし、昇格を決める際の判断基準に結果として出た点数を使っており、上手く運用すればその目的を果たすことができると考えている。

 始めにも書いたとおり、運用の仕方が悪いと制度が形骸化する。時期が来れば評価シートを作成し、次の時期が来ると結果に対し評価する。(評価するというのは点数をつけるという意味だ。)その間は、ほとんど何もしない。そして、点数に基づき、昇格者(もしくはその候補者)を決めるのである。

 二つの目的のうち、後者についてはいくらか結果が出ているように思うが、前者は全く不十分である。いや、後者についても制度が機能しているとは言い難い。それは、結論を言えば、評価シートの作り方が拙いからだ。各人の課題は、その資格に照らして妥当なレベルの課題を設定しなければならない。リーダーという資格にある者は、リーダーに相応しい量と質を持った課題に取り組むべきである。ところが、まずここにばらつきが生じる。リーダーであるのに、それより下の一般の社員がやる課題を上げている場合がある。なかには一つぐらい混じっていてもよいが、そんなやさしい課題ばかりでは力量が上がっていくはずもない。

 課題には、難易度が設定される。その社員の資格に対して妥当なレベルであれば「B」、上の資格に対応する場合は「A」、下の場合は「C」である。当然「B」の課題が中心になり、「A」と「C」が一部含まれるという状態が望ましい。社員を成長させたいなら、「A」の課題に積極的にチャレンジすべきである。

 根本的な考え方は、会社の目標を達成するために必要な課題は、細分化して、資格に応じて社員一人ひとりに背負ってもらうことなのだ。一人ひとりが期待通りに課題を完結すれば、会社の目標は達成されるはずである。制度はそういう構造になっている。しかし、現実には多くの社員が高い点数を取っているのに会社の課題は未達成なのだ。

 課題設定が適切でない。その社員の資格ではなく、現在のその者の力に合わせた課題になっている。力にあった資格が付与されていればよいが、制度移行の時にそれまでの社内のポジションを考慮している。年齢が高いとある程度の資格に位置づけられてしまうのだ。力が足りないから、その資格に相応しい課題を要求することができないのである。しかし、制度の趣旨からすれば要求しなければならない。そしてできるように上司は指導しなければならない。どうしてもできないならば、難易度「C」の課題を並べるしかない。そうすると、やりきっても高い点数は付かないから、この結果を本人に受け入れてもらうしかない。

 また部門自体が伝統的に挑戦的な目標を掲げてこなかったという要因もある。確かに、現業部門には現場作業ができる人材を充ててきたので、正味の力量は伸びにくいという事情がある。あるのだが、資格は他の部門と同じように上がってきたのである。これは会社の歴史の結果であるから、これを一気に破棄することはできない。大事なのはこれからのことである。

 あまい課題を与え、あまい難易度を設定すれば自ずと高い点数が付いてしまう。チャレンジしなければ人は成長しない。資格に相応しい課題を上げてチャレンジさせる。上司はとことん指導する。そして他の部門の同じ資格の者と同じレベルの仕事をさせるのである。そうしなければ、他の部門とのバランスがとれない。厳しい要求を突き付けられている社員にしてみればこのアンバランスは納得できない現実であろう。

 もう一つ、問題点を上げておこう。それは結果の判定基準である。課題の達成基準はできるだけ定量的に設定し、結果の幅と対応する点数を決めておく。二つ以上の目標がある場合はそれぞれのウエイトを決めておく。これがないと判定に主観が入り込んでしまう。よく頑張ったから高めに付けておいてやろうというような温情が生まれる。しかし、あくまで客観的な結果でしか評価してはならない。制度は、枠外でいくらか加点できるようになっているので、そこで考慮すればよい。原則を踏み外してはならないのだ。

 以上のように運用上さまざまな問題点がある。要は、制度が軽んじられているのである。運用がいい加減であれば、所期の目的が果たされないだけではなく、上司と部下の信頼関係がゆらぐ。また、部門間の不信感をも招く。それは組織の弱体化につながるゆゆしき問題なのだ。人事評価制度とはそれだけ重要な制度であることを改めて認識しよう。

2012年1月22日 (日)

生活保護について

  現在、生活保護を受けている世帯は150万世帯あり、受給者数は207万人に達するそうです。生活保護を受けている人は、嘘の申告をしていない限り、財産がなく、貯金もなく、生活に足る勤労収入や給付金のない人たちです。基本的には、経済情勢の悪化で雇用が減ったり、賃金の引き下げがあったりで、手にするお金が少なくなっていることが増加の背景にあります。

 借家住まいだから家賃が要ります。水道光熱費がかかります。食費は必須です。いろいろ考えると最低限必要なお金は結構な額になりますね。生きていくためにぎりぎり必要な金額を得れば当座はしのげます。そのための給付を受けることがまず必要ですし、制度としても望ましい。
 しかし、まだ働ける世代の場合はプラスアルファがないと厳しいと思います。再起するためには勉強しなければならないし、人間関係が大事だし、着るものだって粗末なものでは面接にも行けない。いったん落ちてしまった人が立ち上がるのは難しことなんだなと思います。こういう場合は、私的な支援と公的な支援の両方が組み合わさらないと上手くいかないのではないでしょうか。

 そんなふうに落ちてしまうのは本人が悪いからだという意見もあります。もちろん原因をたどれば本人の考え方や行動の仕方に由来する要素もあるでしょう。勤めても長続きしないとか、ギャンブル好きだとか、健康管理ができないとか、そういうことがあります。そんな人に税金を使うのは納税者として許せないし、努力しないものはそれなりの報いを受けるべきだという懲罰的意見も出てきます。
 ところが、よく見ていくと本人の責任に帰することのできない要素が出てきます。規律の身に就かない環境に育ったとか、生まれつき病弱だったとか、人に騙されたとか、そんな過去のあることが分かってくる。そうすると、人間の社会というものは、あるいは今の段階の社会においては、このような境遇の人を一定数生み出さざるを得ないのだという考えに達します。そこから、だから社会がそれを支えなければならない、という理念が生まれるのです。
 

 生活保護費が支給されるとすぐにパチンコ屋に向かう人の姿がテレビで放映されました。こういう映像が繰り返し流されると、生活保護受給者はすべて怠け者であるという偏見が助長されます。もちろん、そういう人は一部です。生活に窮する人のなかにそういう性癖の人が含まれてしまうことは予想されますが、その手の人が存在するからといって制度の意義がなくなるわけではありません。

 生活保護受給者の増大は、私たちの社会におけるセーフティーネットの貧弱さを表しているのかもしれません。充実していれば、もっと前に他の制度で救われた可能性があります。失業給付や仕事の斡旋や年金の充実などがあれば、「生活保護」という、人によっては惨めさを感じる呼び方をされることはなかったのです。一つの現象はもっと大きく幅広い現象のなかに位置づけられるべきでしょう。

2012年1月21日 (土)

「幻のバイブル」 藤井利香 日刊スポーツ出版社刊

 和歌山市にある進学塾KGセミナーの塾長山下先生から教えていただいた本を紹介します。山内政治という男性の生涯を描いたノンフィクションです。

 山内政治(やまうちまさはる)さんは1959年彦根市に生まれ、2009年2月11日に急逝しました。享年49歳でした。彦根東高校で野球に打ち込み、一浪して早稲田大学に進みます。私より一つ年下ですが、二年遅れた私と大学では同級生だったことになります。同じ時期に在学し、神宮でよく観戦した野球部に所属していたということから親しみを覚えます。私の会社の工場が彦根市の近くにあることから、その点でも近しい感じがします。

 この本は、前半が山内さんの野球人生であり、後半が化学物質過敏症という難病の妻を持った山内さんの悲劇が描かれています。前半が「明」なら後半は「暗」。まったく違う二つの話が同居しているのです。前半部分だけなら一人の個性的な野球選手、そして野球指導者の物語で終わっていました。それはそれで野球ファンにとっては面白い読み物になっていたと思いますが、続く後半の展開は野球ファンの興味を超え、人間にとって避けがたい運命というものを感じさせるのです。藤井さんの文章は前半は少し読みづらい感じがします。しかし、後半は一転して悲劇に襲われた山内さんの涙のように文章が流れていきます。そして読む者の涙も誘うのです。

 山内さんの奥さんは、大学卒業後山内さんが勤めていた学習塾の生徒でした。10歳も年下の中学生だったのにその時からずっと山内さんを思い続けていたそうです。再会して結ばれるのですが、この出会いが二人の運命を、いや正確には山内さんの運命を決するのです。奥さんが山内さんを求めた理由は何だったのか。単なる相性の問題であったのか。将来の難病を予期させる何かがあって、自分を一番守ってくれる相手を本能的に選んでいたのかもしれません。それを受け止めざるをえなかったことが山内さんの悲劇であったのです。

 詳しくは本をお読みください。もう少し生きてほしかったと誰もが思うことでしょう。そして今ある命を、人生を、もっと大事に生きようと思うに違いありません。

2012年1月15日 (日)

命を投げ出す行為について

 自分の命を賭けてでも守らなければならないものがありますか。守るものは人であったり、大義であったりするでしょう。実際のところ、人や大義のために命を捨てられる人は滅多にいるものではありませんし、捨てるべきでもないでしょう。「命は一つ、人生は一回だから、命を捨てないようにね。」という歌もありました。

 やくざの世界には一つの定説があります。自分のために命を捨ててくれる子分を一人持っていたら、日本一の親分になれる。もしくは、15年刑務所に入ってくれる子分を三人持っていたら日本一の親分になれるというものです。これは、親分のために命や人生を捨てられるやくざは皆無だということの裏返しでもあります。義理の世界とはいえ、親分子分のつながりは存外薄いのでしょう。また、やくざの世界に大義なるものも存在しません。彼らは社会のために活動しているわけではないからです。

 とはいえ、一般の人々も同じでしょう。溺れる子を助ける親はまれにいます。これは親の本能であり、理念で動くのではありません。他人の子が溺れるときに飛び込む人もいます。勇気ある行為ですが、泳ぎに自信のあることが裏付けとしてあると思います。

 宗教や思想など、信ずるもののために命を投げうつ人もいます。迫害する者への抵抗としてその行為は現れます。これにはいろいろなケースが考えられるでしょう。イスラム原理主義に基づく自爆テロもこの種の行為です。しかし、これは他人の命を奪うものです。救われるものは何一つない、いわば純破壊的行為です。

 人の命を救う限りにおいて、命を投げ出す行為が美しい行為として評価できるのではないでしょうか。

 自殺もまた罪です。

2012年1月14日 (土)

連帯を阻むもの

 以前にも書きましたが、組織を弱体化させるには、内部の連帯にくさびを打ち込むことが有効です。すなわち、仲たがいをさせるのです。たとえば、幹部の一人が謀反を企んでいるとか、不正に蓄財を行っているとかの噂を流すのです。確か、孫子の兵法にも書いてありました。

 例えと同じようなことは会社ではないのかもしれませんが、理屈としては同じことが言えます。競争のある社会ですから、攻撃を受ける恐れは少なからずあります。気をつけなければならないのは、内から分裂を誘発する要素が発生することです。直接は外部からの働き掛けではありませんが、現象としては同じことです。

 ある人物が、AさんはBさんを追い落とそうとしていると、目立たないように言って回ります。AさんがたまたまBさんの弱点を指摘しただけなのに、それを肥大化させて悪宣伝をする。聞いた方はそれを真に受けはしませんが、他言せず心にしまっておきます。そうするとAさんに対する信頼は崩壊まではしないものの弱まるでしょう。そうすると、Aさんの指示は通りにくくなり、組織の力が減退します。ある人物の行動は組織の弱体化を狙った目的意識的な行動ではないかもしれません。病的な性向によるものかもしれない。しかし、攻撃的な作用をします。要注意です。

 もっと広く、社会的な現象についても言えます。現在、階層間での格差(所得を中心に、持てる者と持てない者の格差)が広がっており、加えてその固定化も進んでいると言われています。そのことは、各種の調査・研究で実証もされています。
 下層にいる人たちは、いわゆる社会的弱者ですから生活の困難が付きまといます。そこで、お互いに助け合ったり、篤志家の援助を受けたり、社会の改良・改革を目指す人や組織の先導を受けて連帯したりします。このような様々な活動を重ねることで、生活の危機を回避し、格差拡大の方向に歯止めをかけるのです。

 しかしながら、上記の活動が以前に比べ弱まったとの指摘があります。簡単に言えば、助け合わなくなった。このことにも多くの要因があると思います。地域社会が崩壊して相互扶助の基盤を失ったこともあるでしょう。非正規雇用が増え、従来の労働運動がその人たちをすくい上げられないという問題もあるでしょう。それから、漠然とした言い方ですが、今の消費生活のなかに人を孤立化させる要素がたくさんありすぎるという要因もあります。

 それから、意図した宣伝もあると思います。小泉さんが首相の時だったでしょうか、自己責任論や自分探し論が流布されました。これは自然発生的なものではなくて、賢い?官僚が考えて流したものらしいです。ナンバーワンよりオンリーワンとさかんに言われましたね。誰にでもいいところがあるはずだから、それを自分で見つけ、それで満足して生きなさいというメッセージだと思います。パイが大きくなる見込がないなかで競争が激化し、中間層が割れて下層へ転落する国民が増えることを官僚ははっきりと予測し、今後の制度設計を行っています。国を混乱なく統治するためには、下層に落ちた人々を騒がせてはならない。先に連帯を阻むイデオロギーを注入したのだと思います。実に巧妙であり、スマップの歌も上手く利用されて、私たちは易々とそのイデオロギーに染まってしまったのです。

 今、下層の人々に必要なのは助け合うことです。上層にいる人たちは助け合わなくても生きていけます。というよりは、上層の人たちは今ある制度や文化を背景にして暗黙のうちに助け合っているのです。

 攻撃しあうより、助け合うことです。攻撃することでしか自分の存在価値を確かめることのできない人を見かけますが、そんな行為は破壊こそすれ、何も生み出しません。弱い者ほど助け合う。当たり前の道理ではないでしょうか。

2012年1月 9日 (月)

徒党を組む場合の一致点

 十名ほどだったでしょうか、民主党から国会議員が離党しました。詳しい事情は報道の詳細を見ていないので分かりませんが、消費税率の引き上げがマニュフェストに反するということを理由にしているようです。それも一つの見方であり、離党する権利もあるので行動そのものを批判しようとは毛頭思いません。

 さて全員かどうかは知りませんが、離党した人たちで「新党きづな」を立ち上げました。政党を結成するからには、政治理念や運動方針、規約などが必要だと思います。ネットで検索すると、綱領は「自主自立」であるとの記事がありました。これはスローガンのレベルであって、綱領ではありませんね。そんなに慌てず、じっくり考えればよいと思います。それとも、早く発表しないとマスコミに忘れられてしまうからでしょうか。あるいは、ただ飛び出すことが目的で、お互いの目指すところを話し合っていなかったのでしょうか。

 人が徒党を組む場合、一致点のレベルによって組み方が変わります。単一の政策への賛否が焦点であれば、様々な組織や個人が連合を組めばよいのです。世界観・歴史観が一致するなら政党を興せばよいと思います。危機に当たっては、その危機の回避一点に絞った徒党が組まれます。反ファシズムの統一戦線がありました。

 離党した議員たちが、消費税率アップの阻止を焦眉の問題とするならば、その点での統一戦線を呼びかけたらいかがでしょうか。自民党であれ、共産党であれ、賛同する者とは組む。この動きを先導するならば、それは本当の意味での「政治」だと思います。そうではなくて、次の選挙を有利に戦うための単なる戦術なのであれば、この人たちは政治家として大きな考え違いをしているのではないでしょうか。

 社会の転換期においては、何に反対するかという一致点も非常に重要です。しかし、次の段階では何を作り出すのかという理念ベースでの一致がなければなりません。

2012年1月 8日 (日)

お守りに反映する世相

  正月に、熊野と大阪の二つの神社に参拝しました。お参りした後には、おみくじを引いたり、お守りや置物を買ったりします。買わない場合でも、どんなものがあるか必ず見て回ります。参拝することが主目的ですが、その行為はほんの一瞬のことなので、それだけで帰るのはもったいない。

 お守りやお札にはたくさんの種類があります。近ごろは特にバラエティに富んでいると感じます。これも商売と同じで(商売そのものかもしれません)、消費者の多様なニーズに応えて品揃えを増やしているからでしょう。こういう商材?は、個々の神社が作っているのではなく製造元があります。だからどの神社へ行っても同じものを売っています。この神社でしか手に入らないというものは少ない。

 面白いのは、病よけのお守りでも病気の種類で分かれていることです。たとえば脳の病気に効くお守りというのがあります。また、心の病用もあります。近年需要が高まっているに違いありません。私は、求めるなら健康のお守りがいいと思います。どんな病気にも適応できるのだからお得です。病気を絞り込んで買うのは、実際にかかってしまったか、かかりやすいと意識しているからでしょう。それで本当に病気が防げるとは思いませんが。病気を気にすること自体が病を誘発する恐れがあります。病は気からといいますから。

 新型インフルエンザが流行してから、インフルエンザ除けのお守りが売られるようになりました。科学的に考えると、感染予防には手洗い・うがいの励行やマスク着用が有効ですし、発症しないためには抵抗力・体力の養成が必要です。お守りでは除けようもありません。これが高じれば、放射能除けまで登場するかもしれません。

 もう一つ世相を反映していると思うのは、就職守りというものです。昔はなかったと思います。就職難はこんなところにも商機を生みだしています。神社も人件費やら建物の改修・維持費が必要なのでお金は要るに違いありませんが、商魂たくましいものです。

2012年1月 7日 (土)

巨大な流木 記録的豪雨の証

  この年末年始の休暇に熊野の実家に帰りました。天気がよかったので、近くの海岸に出てみました。そこで目にしたのがこの流木。根が付いているから、山肌からそぎ落とされたものでしょう。おそらく熊野川上流から海に流れ出し、海流に乗って北上し、その後の台風で防波堤近くまで打ち上げられたのだと思います。周囲には他にもたくさんの流木がありました。

 あの千ミリを超える記録的豪雨の証がこの場所にも見られました。

Mihamakaigan

2012年1月 2日 (月)

予測の愚

 今年の政治はどうなるか、経済はどうなるか。新聞やテレビでも、あるいはセミナーでも「識者」や評論家などが予測を語っています。しかし、結果との部分的な一致はあっても全体的に合致する説はまずないと言っていいでしょう。可能な限りデータを収集したとしても、予測は不完全に終わらざるを得ません。

 社会の変化は不確実・不確定なものです。もっとも、予測を商売にしている人にとったら予測そのものが自分の商品ですから、人とは違う根拠を持ち出して、差別化した予測を持ち出すのです。そういう意図を含んだ予測がなおさら当たらないのは明らかでしょう。

 わたしたち一般の企業人は、社会の長いスパンの変動と身近な狭い範囲の短期的変動を押えておけばよいと思います。そのうえで自分の行動を決める。「どうなるか」ではなく、「どうするか」が大事なのです。予測は不確実であっても、自分の決断と行動は確実なものですから。

2012年1月 1日 (日)

新年あけましておめでとうございます

 心から新年をお祝いしたい。一部の企業には、地震と原発事故の被災者に気づかって、祝いの言葉を自粛する向きもありましたが、明るい年にしたいという思いを被災した人たちと共有したいと思います。

 被災者に必要なのは、励ましの言葉や気づかいよりも、今は物理的な支援でしょう。仮設住宅では寒さがこたえるに違いありません。生活資金が不足する人も多いでしょう。もともと蓄えが十分でなかった人もいます。予算に計上した資金が早く隅々に行きわたることを願いたいです。

 震災以外にも問題は多く存在しています。財政の問題は、先に欧州に危機をもたらしましたが、日本にとっても重たい問題です。商品の価格低下、原料高、円高、製造業の海外移転、年金問題、消費税問題、若者の失業、沖縄の基地問題、北朝鮮の政情、TPPへの参加、などなど。一気にかたづくことはありませんが、はっきりとした指針を持って取り組まなければ、一時しのぎで根本的な解決には至りません。

 アメリカでオバマ政権が誕生し、日本では民主党政権が発足しました。当初、彼らから語られた政策を国民は期待をもって受け止めました。発する側にも、単なる選挙に勝利するための看板にとどまらない強い志があったはずです。ところが、彼らがやろうとしたことができているのはごく一部で、社会の進む軌道の修正は微弱に終わっています。

 これはなぜでしょうか。ひとつには、弁護するわけではありませんが、既存のシステムおよび対抗勢力の強固さがあります。既得権を守ろうとする力は恐ろしく強いのです。それを押しのけるには、政権に強い基盤が必要です。大衆は選挙で投票はしますが、その後は何をしてくれるのか見ているだけです。大きな政策の変更には、院外の支援が欠かせません。この組織化の弱さが、結果としてマニフェストの放棄を生み出しているのではないでしょうか。
 もうひとつは、アメリカは分かりませんが、日本の民主党は一枚岩でなく、労働組合系や旧自民党系や松下政経塾出身者などなどの寄せ集めであって、一体どこに基盤となる一致点があるのかよく分かりません。

 オバマは、極度の競争社会のもと下層に沈澱した不満・不安が社会の不安定化を招かぬよう、公的な医療制度の創設などを目指しました。また、高額所得者の課税率を引き上げて再分配を強化しようとしました。これは体力を失いつつあるアメリカ社会に再生のための栄養を補給しようとするものでした。しかし、既得権を手放したくないもの、自分の成功は自分だけの力によると信じている者の抵抗にあって上手く進んでいません。彼らは少数であっても強大な政治力、発言力を有しています。多数が気持ちの上でいくら改革を望んでも、そのような物理的力にかなわないのです。

 政治にルールが必要なのは言うまでもありませんが、経済にもルールが必要です。ルールは、ある立場の人から見ると、「制約」と受け取れます。制約をすべて取っ払ったところに自由があると思うのは間違いです。それは自分にとって有利な条件を作り出そうとする、特定の立場の表明にすぎません。

 どうやってルールを作るか、制度を構築するか。世界的な危機を回避するためには国際的な経済ルールが必要ですし、日本の将来を考えれば、医療や年金の制度、税制、雇用の在り方などが重要課題です。繰り返します、投票して終わりでは済まないのです。選ばれた政治家だけでは現に進まなくなっているのですから。

2011年12月31日 (土)

ゆく年くる年

 何といっても、「東日本大震災の年」だった。何が起きたかは改めて書くまでもない。原発事故も含め、これほどの災禍に見舞われることは予想していなかった。世界でも有数の地震国なのだからリスクは大きいが、国が安全だと言い続けてきたことも備えを疎かにした原因である。特に原発はそうである。

 人命は元には帰らない。崩れたものは、お金をかければ再び築くことができるが、時間が失われる。放射能については、どうやって終息できるのか見当がつかない。

 震災を通じて、外国から支援を受けた。称賛されたこともあった。原発事故では非難を浴びたし、今後も処理の仕方をめぐって批判を受けることがありそうである。

 もともと、政治・経済・社会各分野で問題が膨らんでいた。そこにこの惨禍が上乗せされた。この経験をどう受け止めるべきか。われわれの築き上げたものは脆く、崩れ易いことを知った。また、細かいことにこだわっていては前に進めないことも知りつつある。

 既得権にこだわってはいけない。いったん、すべてのものをご破算にして、やり直す発想が必要だ。それほどのことが起こったのだが、はたしてそういう認識が政府や東電に生まれたのだろうか。その後の言動を見ていると、そうとは思えない。皆さんは、どう思われますか。

 自然災害は、その発生をコントロールできない。来年も何かが起こるだろう。過去の被害を教訓に、早期に非難するなどの行動で対処しよう。行政も、その旗を振ってほしい。

 人災は有効な対策を打てば防げるし、被害を小さく抑え込むこともできる。そういうものにどれだけの金と人材を投入できるかである。利益を優先しすぎると、対策は甘くなるのが当然の流れである。

 今年よりもずっといい年になりますように。素直に祈りたい。

2011年12月30日 (金)

私のプライベート重大ニュース

1 東日本大震災を経験

 茨城県の工場で会議をしている時に大地震が発生。東北ほどではないが、相当な揺れだった。数分間、机の縁にしがみついているのが精いっぱいで、動けなかった。工場は、従業員に怪我はなく、設備にも大きな被害がなく済んだ。その日は、なんとか近くにホテルを確保し、余震で眠れぬ夜を過ごした。翌日は、辛うじて動き出したすし詰めの常磐線に乗り大手町に辿りつき、東京駅でしばらく新幹線を待ち、午後3時すぎに大阪まで帰ってこれた。

2 株主総会で、取締役に選任される

 重責を担うこととなった。いったん退職し、取締役に就く。社内報で生まれた赤ちゃんの顔をいくつも見ると、この子たちのミルク代も稼ぎださなければならないと思う。

3 銀婚式を記念して、家内と和倉温泉に旅行

 家内と二人の旅行は20年ぶりであった。しばらく前に和倉温泉加賀屋の鳥本専務と名刺交換をさせていただいたので、加賀屋さんに連絡して部屋をとっていただいた。行ってみると昭和天皇が泊まったという部屋に通され、驚いた。至れり尽くせりで、期待を上回る旅行となった。

2011年12月29日 (木)

落とし所のなさ

 政治という舞台は、諸派が自分のよしとする政策を実現せんがために対抗勢力と争う場であるから、安定を求めるのは一つの矛盾ではあるが、それにしてもあっちへ行ったりこっちへ来たりで、はっきりしない。

 ねじれ国会が不安定さをもたらしてると言われるが、ねじれは原因ではなく、むしろ結果であろう。以前は、投票して議員を選んでおけば、あとはゴタゴタはあるものの、良し悪しは別にしても一定の結論が出て政策は実行された。ところが、今は政策に継続性がなく、予算にもポリシーが現れていない。要するに、決めきれないのである。

 どうしてか。政治家が無能との指摘がある。たしかに、見ていると有能な人は多くはないように思える。しかし、政治の機能不全はそこからすべて説明が付くのだろうか。
 背景には、社会の変化がある。高度成長期には、しばらくの間は成長が続くという希望と確信があった。また、使える財源があった。だから、与党には野党に譲歩する余裕があったのだ。最初から、これだけは分け前として差し出す算段があった。ところが、今は譲るためには借金を増やすしかない。しかし、そういう調整の仕方は長く続くはずがない。

 政権を交代させても、首相の首をすげ替えても、国会における力関係や個人のリーダーシップだけでは動かないのである。日本だけではなく、アメリカでも同じだ。
 こうなったら、院外の動きが重要になる。国会を無視することはできないが、補完する運動がなければ国会自体が動かない。ここでは、それがどんな運動か触れず、またの機会にしたい。

 落とし所のない交渉というものは厳しい。もはや、「間をとる」という選択はない。ないにもかかわわらず、妥協の産物として骨のないアウトプットが生まれる。これ以上、決断の時期を先延ばしすることはできない。

2011年12月28日 (水)

S商店のSさんのこと

 S商店は、私が入社する前から、私の会社の代理店だった。Sさんは先祖代々受け継いだものであろう土地をたくさん持っており、小さいけれどもビルも建ててテナント収入もあった。

 Sさんは剣道の実力者で、性格は真っすぐな人だった。やくざにも物おじせず、退治した武勇伝を嬉しそうに話していた。代理店ではあったが、売り上げは伸びず、別の代理店を置いたのだが、それが気に入らず、文句ばかり言っていた。「騙された」が口癖で、それを毎回聞くのも辛かった。こちらとしては騙しているつもりもなく、優遇していたのだが、結局は商才がなかったのだと思う。

 別の地域のK商店も同じような商売をしていたが、こちらは売り上げを増やしていった。人が嫌がる屠殺場の清掃などもやって稼いでいた。貪欲であり、お金を貯め、家も建てた。Sさんの方は財産家だったから、大きな家もあり、それほど欲がなく、いざとなったら土地を切り売りすればいいと思っていたのではないか。現に、財産は少しずつ手放さざるをえなくなった。

 代理店にもいろいろある。私の会社の製品だけを扱うのではないが、私の会社とともに順調に成長し、今では上手く二代目に引き継いでいる会社がある。一方で、昔とほとんど変わらぬ規模の商店のままである場合もある。こういう店は逆によく続いているなと思ってしまう。

 S商店のSさんはすでに亡くなっている。当社との取引は何年も前に無くなった。今思えば、商売など似合わない人であった。

2011年12月27日 (火)

バスケ部の女子が駅伝で日本一

 全国中学校駅伝は18日、山口市の山口県セミナーパーククロスカントリーコースで行われ、女子(5区間12キロ)は新居浜東(愛媛)が40分22秒で初優勝を果たした。
 このチームの5名は全員がバスケットボール部の部員で、9月の半ばから練習していたそうだ。また4名は昨年も大会に出場していた。

 バスケの部員が優勝したということで話題になった。しかし中学生ならありうると思った。これが高校だったら起こり得ないことだ。中学はまだレベルは高くない。高校のように私学が優秀な選手を集めてきて鍛えることはしていないからだ。だから陸上部の選手もバスケ部の選手も能力において大きな差はない。バスケ部も試合でかなりの距離を、しかもかなり激しく走るから、走力とスタミナが備わっているのだ。しかも、試合前の数か月を練習に充てれば、陸上部の選手に追い付く可能性は十分にあるのだ。また中学生の女子は急激に成長し、記録がアップする時期だから、このような一見フロックのようなことが起こるのである。

 このブログを書いていて、バルセロナで金メダルをとった岩崎恭子を思い出した。彼女はあの時期に急激に記録を伸ばした。だれも金メダルをとると思っていなかったのだ。いくつかの条件が幸運にも重なってあのような結果となった。

 バスケ部の選手たちは、この先どのような進路をとるのだろうか。バスケが好きなら、それを続ける方がよい。

2011年12月26日 (月)

タクシードライバー

 会社の帰りに時々タクシーを拾う。そこで運転手さんと会話を交わすことがある。そうすると、その人の人生の一端を知ることができる。

 運転手の入れ替わりは激しい。とりあえず職に就きやすいからだろう。しかし、思っていたほど楽な仕事ではないからすぐに離れる。タクシーは全国に二十数万台の数があり、運転手は四十万人程度いる。

 二十数年勤めた建設会社がいよいよだめになりましてね、と語る私と同年輩の運転手さん。転職して一カ月ほどらしい。なる前には、道端で休んでいるタクシーを見て楽な商売と思っていたが、なってみると厳しいという。前の仕事で市内を走り回っていたので道は分かると考えていたが、それはすべて会社を起点とした動きだったので全然役に立たないと言う。

 その次に乗ったタクシーでは、三十年勤めた会社を病気のため退職した運転手さんに会う。いつまでも遊んでいるわけにはいかないので最近運転手になったという。この人もまだ道を覚えきれていない。乗客が道案内をしなければならなくなった。

 タクシードライバーの勤務はハードである。大体が隔日勤務で、20時間程度乗っていなければならない。給与は歩合制で、売り上げに対して定率で受け取る。バブルのころは相当な売り上げがあり、実入りも多かったらしいが、近年大幅に落ち込んでいる。先日、近くで悪いけどと声をかけると、いえいえありがたいです、なかなか乗ってくれないので、とのことだった。

 以前組合の委員をやっていたころタクシー会社の組合役員と付き合いがあったが、その人は厳しい条件のもとで会社とやりあっていたので、どこかの組の組長かと思うほど顔に凄味があった。闘いが作った顔である。

2011年12月25日 (日)

安易な道に危険あり

 一所懸命働いて生活の糧を得る。いくらか蓄えを持つ。ごく普通の働き方であり、生き方である。

 働かずに、蓄えたものを増やそうとすると、本来やるべきことが疎かになる。これは個人も企業も同じである。やはり本業が大事なのである。実体経済とは地道な労働の積み上げである。金融工学とやらで実体ある富は増えるはずがない。

 富のトータルはそう簡単に増減しない。たしかに自然災害で一気に社会的な資本が壊滅することはある。東日本大震災で経験したところだ。逆に増える方は、そんなことはない。
 一時的に増えたかのように見えても、次の瞬間一気に収縮する。その間に、富は移転する。強奪と言わずして何と呼べばよいか。

 楽をして儲けようと思うなと言われてきた。まっとうな教えである。安藤昌益は自ら耕したものだけが自分に属すると言った。自ら労働することなく、短期的な利益を求めて資金が世界を駆け巡る。こういう行動は社会の進歩に役立たない。正しい労働とは、他者に利益をもたらすものであり、社会の福利に資するものである。

 安易に利益を得ようとする道には、自分ばかりではなく、社会にとっての危険に埋め尽くされている。

2011年12月24日 (土)

食物アレルギー 「茶のしずく石鹸」に思う

 私にはまったくアレルギーがないので楽だ。よく聞くアレルギーに花粉症があり、高齢の人でも最近症状が出たという話を聞く。杉の花粉などは昔から飛散していたはずで、特に私のような田舎育ちは慣れているはずである。しかしそういう人でも発症するのは生活環境や食生活などの条件が変化しているからに違いない。

 ところで、新聞やテレビで加水分解小麦を成分に含んだ石鹸でアレルギー被害が出ているとのこと。調べてみると、この原料は化粧品原料として正式に認可されたもので、泡立ちをよくする効果があるらしい。問題になってから注意表示は義務付けられたが、現在でも幅広く使われている。「茶のしずく石鹸」は5千万個近く売れたそうで、この数が発症者の数を多くしているのだと思う。実際に重いアレルギー症状が出た人は六十数名という。ある人に言わせると、他のものでもこの程度の確率でアレルギーは出るらしい。

 アレルギーは体質として始めからあるのではない。使っているうちにそういう反応を生じるのである。石鹸を作った方は全く予想していなかったに違いない。発症事例が目立ってきてから添加を中止したのは賢明な処置だった。認可された成分でも、こういうことが起こると言うリスクは想定せざるをえなくなった。アレルギー学会でも知見を持たなかった事例だったそうだ。

 消費者もリスク意識を持たねばならない。そばアレルギーというのがあって、ひどい場合には死にいたる。会社にも二人いるが、日ごろから注意している。そばアレルギーがあるからといって、蕎麦屋を営業停止にはできない。

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